一体感
泣き続けるマンデルさん。
私は静かに立っています。
どうすべきか分かりませんが、今は身動きしない方が良いでしょう。ちょっと雰囲気が重い感じなんだもん。
周りの人もマンデルさんが泣き止むのを待たれていて、今となっては店を出ていく人なんて、いません。
とりあえず、私はニラの頭を撫でます。耳がフサフサで良い感じですね。
服が料理やお酒でびちょびちょですが、あの暴漢の仕業ですか。
……いえ、私が投げ飛ばしたからか。つまり、やはり暴漢のせいでした。
周りから囁き声が聞こえ始めました。
「お、おい。あの女、巫女様らしいぞ……」
「マンデルの親父のとこ、確かに奇蹟が起きていた……」
「やべーよ、強くて可愛いなんてよ」
「あいつ、メリナって呼ばれてただろ?」
「聖衣の持ち主か!」
「まさか、巫女様がこんな所に」
「マンデルの所の噂は評判になっていた……。やはり聖竜様が絡んでいたのか」
「ベラトも運が悪いな。聖竜様に殺されるぞ」
「……おい、マンデルにも髪が生えてないか?」
「容赦ないのが伝説の聖竜様みたいだ……」
「あぁ、強かった」
「眼を抉るとか言ってたな、強烈過ぎる」
「いや、俺、あいつと眼が合った時、死んだと思った」
「私にさえ、飛び掛かりそうな勢いだったわ」
「止めに入ったヤツも殴っていたもんな」
「俺、初撃を見たんだ。フォークを刺していた……」
「なのに、マンデルのおっさんに見せた慈愛は何だ?」
「鳥肌立ったよ、俺」
「恐怖だよな」
「でも、スゲーな、メリナ」
「あぁ、スゲーよ、メリナ」
色々言ってくれてます。基本、誉められていると考えて宜しいでしょうか。
いつの間にか、段々と観衆が再び騒ぎ始めました。何せ、酔っ払いしかいませんでしたから当然ですね。
「「「メリナ、メリナ、メリナっ!!」」」
私の名前で大合唱が始まりました。何故なんでしょう。
それは、皆が酔っ払いだからです。それが真理です。
何これ?
本当にとても気持ち良いです。
私は両手を振って、皆に応えます。後ろも前も、横の人にも。あっ、隣にいるニラさんが恥ずかしそうなので、手を繋いで、彼女にも手を振ってもらいました。
全てはノリです。
私は飛び跳ねます。皆もそれを見て、同じ様に飛び跳ねます。何回も。
一体感が凄いですよ!
でも、忘れてはいけません。今の私はノーパンツでスカートです。ヒラヒラが開きすぎない様に注意が必要でした。中々、難しいです。
マンデルさんも立ち上り、知らない人と肩を組んで、私の名前を連呼しています。
ニラを見ると、笑顔でした。良かったです。
ニラの仲間である少年らも、ジョッキを片手に楽しそうに叫んでいる。片方はニラと同じく料理で服が汚れています。はしゃぎ過ぎたのでしょう。
喉が乾いて来まして、思わず、近くのテーブルにあったコップを手にして、一気に煽りました。
…………お酒だったと思います……。
アデリーナ様のお酒とは違う味でした。でも、体が熱くなる感覚は一緒です。そして、同じく不味いです。
私は高揚していました。だから、こんな事を言ったのでしょう。
「お前ら、掛かって来なさい!! 優勝賞品は、この美少女ニラでありまふっ! いらっしゃいませ、へなちょこ共っ!」
私は店内全員を相手に戦いを挑みました。今となっては理解し難い行動なのですが、私、少しばかり活動的になっていたのでしょうか。
記憶は、私が近くの男性を早速殴り飛ばした所で途切れています。「掛かって来なさい!」って言ってるのに、自分から向かっていくって、今、考えると可笑しいですよね。一番近いのは、ちなみにマンデルのおっさんでした。
で、今、私はニラさん以外の人がぶっ倒れている現場にいます。
救いなのは、隣のニラさんが喜んでいる事くらいです。
「凄いです、メリナ様! お強いです!」
「えぇ……、そうですね」
そんな事よりも、この後始末はどうしたら良いのかしら。
不味いわ。ゾビアス商店の契約どころか、神殿からの解雇も有り得るんじゃないの?
……しらを切るしか有りませんです。
そのためには、マンデルさんを懐柔しましょう。
私は横たわる男女から、黒髪ふさふさのおっさんを探す。折り重なって倒れているのをひっくり返したりしながら。
誰も彼も気を失っています。あれだけ騒がしかった店内も静まり返っていて、私が裏返したり、引き摺ったりする音だけが響きます。
あっ。
ブルノかカルノと思わしき少年も顔に殴打された痕を残して倒れています……。
私じゃないよね、やったのは?
「カルノも一撃だったね、メリナ様!」
ニラさんの声が聞こえました。聞きたく有りませんでしたよ。
彼、身動き一つしないんですけど……。
もはや私を慰めるのは攻撃魔法で殺戮を行わなかったという一点のみ。
お酒様は大変な事を仕出かしていますね。
私は広い店内を見渡しました。
……逃亡……。
私の頭にそんなキーワードが浮かびました。
ですが、何人もの証人というか被害者がいるこの状況です……。
逃げにくいですね。
私は回復魔法を心の中で唱えます。
『私は願う。私の精霊さん、お助け下さい。この店内にいる人々の傷や痛いところをお治し下さい』
床から柔らかい白光が湧き出る。
光に包まれたニラさんは相変わらず笑顔です。
消光した後も皆は倒れたままです。でも、傷が癒えて、心なしか、皆さん、安らかなお眠りに着かれたようです。
いえ、逝去されたという意味では御座いませんよ。
しばらく待っていると何人かがモゾモゾと動き出しました。私は笑顔で彼らを迎えます。
これ、怯えるでない。
私は優しく腕を引っ張って立ち上がらせる。
魔族フロン戦の時にエルバ部長にしてもらって心地好かったからです。
突然、店の扉が勢いよく開きました。
マンデルのおっさんが乱入してきた時と同じですね。
「魔法使用を感知した!! 逮捕する!! どいつだ!?」
衛兵がいっぱい雪崩れ込んできました。
未だ多くの人が倒れている店内の様子で、一瞬だけ足の置き場に困られた感じでしたが、私は囲まれました。
ニラさんも囲まれていたので、私は自首致しました。彼女に危害が向いてはなりませんので。
それにしても、街で魔法は厳罰。……すっかり忘れていましたよ……。




