ブラボー!
少年はそのまま手で押し込まれ、意に反して椅子に座らされた。
私たちが喋る前に、その手の持ち主が口を開く。とても太っておられますし、顔も油で照かってます。
「お前ら、お金持ってたな。俺に恵んでくれよ」
はぁ?
もう子供とも言えないけど、こんな若い連中から巻き上げようと言うの?
正気なのかしら、このおっさん。
その大きな体で労働すればいいじゃないの。
「やめろよっ!」
少年が肩の手を払おうと体を捻るものの、押し付ける圧力が強くて敵わなかった。
ニラの顔に怯えが見えました。
そんな彼女を目掛けて、男の拳が向かいます。顔面に当たる寸前で止まりましたが、仰け反ってバランスを崩したニラはそのまま椅子と共に転倒してしまいました。
殺す。
あっ、ダメだ。ここは街の中です。
痛め付けるくらいで抑えないと。それに余りにも短気でした。
私、覚えていますし。品位の保持です。マリールさんの家との契約です。
品位を保持すると言うことは、つまりは、いつも通りにしなさいということです。
だから、ゴブリンをぶっ殺した程度の行動までなら「保持」していると主張出来るでしょう、きっと。
しかし、私は賢いのです。保持ではなく向上を目指すのです。淑女ですから。
ひとまず、私は転げたニラに手を差し出す。でも、彼女は帽子が取れた頭を隠すのに必死で、私の手を取りません。
あぁ、動物の耳が付いているのが見えますね。犬の耳です。
アシュリンさんが指摘したように、彼女は獣人でしたか。うん、可愛いですよ。隠さなくても良いのに。
「あぁ? お前、獣人かよ! クッセーなって、さっきから思ってたんだよ! ギャハハハ」
……聖竜様は仰いました。『困っている獣人がいれば助けろ』と。
ニラの目を見ます。私と目が合った瞬間に反らされましたが、涙が見えました。
……困っていますね、困りましたね。
うん、契約書は仕方ないです。ごめんなさい、マリール。向上は別の機会に図りますね。
殺します。
それが聖竜様との約束です。
半殺し程度では、私が居ない所でニラに絡み続けて、金をせびり続ける恐れが高い。
そう判断しました。
私はフォークを片手に持ち、ニラに向けられたままの奴の汚ない拳に刺す。
血は出たけど、先が折れた?
ちっ、こいつ、堅いヤツか。
そのまま、私はフォークを顔に投げ付けるが、避けられました。
「イッテーな!? 何しやがるんだ、このアマっ!!」
痛めた手を押さえながら男は叫びました。
それを無視して、私はニラの服の襟を持って後ろに放り投げる。保護です。
ガシャランと、テーブルに着地した音が聞こえました。無事でしょう。
続けて、その隙に料理が乗ったテーブルを勢いよく斜め上方向に膝で蹴飛ばして、正面にいる男の視界を塞ぐ。
それから、足払い。
少年の一人が座った椅子ごと薙ぎ払います。ブルノさんでしたっけ。
狙い通り、二人とも倒すことが出来ました。で、少年の方だけ足を取り、後ろに放り投げます。序でに落ちてきたテーブルを片方の肘で粉砕する様にすっ飛ばしました。
二人目、保護完了です。
彼は獣人ではないでしょうが、彼が傷付いてニラが悲しむのは避けたいのです。
後ろからまたガシャンと無事着地された音と、悲鳴と罵声が聞こえました。
すみません、急に喧嘩となり申し訳ありません。
食事をされていた周囲の方は急いで立ち上り、私の為に戦闘のスペースを作ってくれました。有り難いことです。
こんな騒動は慣れておられるのか、私たちを取り囲むように人壁を作ってくれています。
これも嬉しいです。ヤツはもう逃げられない。
倒れたまま呻く男の喉元を踏みつけようとしましたが、床を転がって避けられました。
……私が躊躇してしまったからです。私らしくありませんでした。
しかし、スカート姿で踏みつけるとなると……。ノーパンツだしっ!
私は茫然と傍に立っているもう一人の少年に声を掛けます。
「下がりなさい。怪我をしますよ」
「は、はい」
「お前、俺が誰だか分かって喧嘩を売ってるのか!?」
起き上がった男が言う。が、私が知っているはずがないです。知っていれば、店内でなく、今日の深夜に寝首を掻きに行く選択肢もありました。
……一応、仕留めきれなかった場合の為に聞いておきましょうか。
「誰ですか?」
「絞め殺しのベラト。冒険者だったら聞いたことがあるだろ?」
名前はゲットです。
んー、一応、住所の情報も必要よね。違う人を襲うと大問題だし。
「お住まいは?」
「住まい?」
「えぇ、必要です」
「えっ、今日は、この上の宿屋だけど。何? 来てくれるの?」
「行きたくはありませんが、必要があれば」
この場で命を奪えなければ、必ず行きますよ。
私は間合いを計る。
ちょっと強めな人だけど、一撃で終わらせたい。
アシュリンさん程では無さそうだから、行けるかな。
「えっ、それってヤるの? 一晩中?」
「はい。殺ります。一晩は持たないと思います」
私の言葉に目の前の男は油断した。
何故? 表情が緩んだし、嬉しそうだ。
死にたがり?
私は、素早く手刀を指先からヤツの喉仏に入れた。
殺った?
いえ、まだです。手応えが薄い。寸前で首をずらしましたね。
私は大きな音を立てて後ろへ頭から倒れたそいつに追い討ちを掛けるべく近寄ろうとしましたが、躊躇せざるを得ませんでした。
スカートの中を見られるのは避けたいわ。
くっ、忌ま忌ましいスカートね。
折角、ゴホゴホと息を乱していたのに残念です。
一度、起きてもらって、転倒させずに殴り殺さないと行けません。
「立てっ! 立て、コラッ!!」
私はできるだけお淑やかに罵声を浴びせます。
口調が少し優しいのです。「ゴラッ!!」じゃないのです。この濁点の有無は大きいと信じてます。
視界の端に別の人影が見えました。
「もう勝負着いただろ。すまない、こいつも酔っていたんだ」
仲間らしいヤツが寄ってくる。こいつはスマートな体なのに、上腕とかは筋肉が盛り上がっています。
しかし、馴れ馴れしい言い方。不愉快です。
「近付いたら、お前も殺しますよ」
私の発言に素直に従ってくれたらいいんだけど。
「落ち着きな。こいつもバカだけど、一応、仲間なんだ。助けざるを得ない」
そんな事を言いながら、そいつは倒れた男に歩み出した。
説得はダメでしたか。
魔法を街中で使っていいなら、即座に焼くんだけどな。
警告無視、つまり敵対心有りということで、力強く踏み込んで、その男に殴打に入る。木の床がメリッと音を立てました。
「嬢ちゃん、腕に自信があるのはお互い様なんだぜ」
相手は武道の嗜みがあったのか、体を私に向けて腕で捌こうとするのが見えた。
いえ。違うわね。掌をこちらに見せている。
私の拳を受け止める気か。腕を伸ばしているから掌底で打つという事では無いでしょう。
甘く見られたものです。
私のパンチは重いのですよ。
「死ねぃ!」
どう繕ってもレディーの言葉じゃないけど、致し方無しです。
構わず、私は相手の掌の付け根を目掛けて殴り付ける。
そして、私に向かって出されていた腕を、そのまま相手の胸に密着するまで押し込んだ。
手に良い感じの響きが伝わってくる。でも、思った程じゃない。
くっ、骨折止まりね!!
でも、手首だけでなく肋骨も逝っておきなさい。
声を我慢したのは大したものよ。でも、もう私の勝ちです。
折れた腕の一番痛い箇所、脹れ始めた手首を握り締める。それから、苦痛で体が伸びた瞬間に腹を突き上げる形で殴る。もちろん、肝臓の上ですよ。
短く息を吐き出してから、ずるりと、そいつも倒れた。
さて、後は始末するだけですね。
とか思った矢先に、店内の色んな方向から歓声が上がった。
何?
新たな敵か?
「ブラボー!! やるね、姉さん!!」
「ガハハ、一瞬で男を二人伸すとはな!」
なんと、喝采の声と一緒に拍手も沸き上がったのです。
私は戸惑いながらも片手を上げて応えました。
より一層、私を称える声が大きくなりました。
ちょっと気持ち良いです。これってもしかして、アイドルが味わう気持ちと一緒かしら。




