メリナ、反省
「へい! 注文は?」
席について暫くしてから、筋骨隆々なおじさんが傍に寄ってきました。
私は壁に貼ってあるメニューを見る。
各種肉の焼き物、聞いたことのない野菜のサラダ、チーズ数種類、スープ、結構な品数です。
一番目立つのは魚介類の料理です。シャール近くにある湖の恵みですね。魚だけでなく海老や貝もあるようですが、固有名詞で書かれていて、私にはよく分かりません。
ユンヌ貝の煮物とか、ラナン蟹とマカナス海老の茹で物とか、焼きナールランマなどと書かれた物は形すら想像できません。
ニラさんお勧めの卵料理はどこでしょうか?
あっ、ありました。グラター鳥の卵焼きとか言うのが、それなのでしょう。
やはり彼女はそれを注文されました。少年達は肉ですね。串焼きの盛り合わせを頼んでおられます。
私は壁のメニューを見続けています。種類が多過ぎて選ぶのに時間が掛かりますね。お待たせするのも忍びないです。
「焼きナールランマをお願いします」
私はチャレンジすることにしました。
「分かった。飯は以上だな。酒は?」
私は即座に反応します。
「お酒は毒です! 二度と飲みません!!」
おぉ、何ですか、これは。
自分の口が恨めしい。アデリーナのせいで、口癖となっています。
もしかして呪詛的な何かを掛けられているのではなかろうかという疑惑が浮上してきました。
「……おぉ、そうか。じゃあ、水な」
悲しいです。
何のために冒険、アデリーナ様を欺くという危険を冒す旅に出たと言うのですか。
「流石です、メリナ様。ご自分が飲まない事で私たちにも飲ませない。つまり、私たちの健康にも気を遣って頂いたのですね」
「いや、健康だけではない。俺達に明日も朝から仕事が出来る様にという配慮も込められている。何にしろ、流石、メリナ様だ」
強引っ! 何たる解釈力なのっ!?
本当にそういう『流石』は全く要らないのですよ。ちゃんと飲むべき場所では飲まないといけませんよね。
「おう、俺達も今日は我慢しようぜ!」
しないで宜しいのよ。むしろ、私を誘いなさい。
料金を支払った後に料理が運ばれてきました。前払いシステムですね。銅貨がたんまり入った皮袋を少年の一人が持っているのが見えました。アデリーナ様から頂いた金貨を両替されたのでしょうかね。
なお、ナールランマは魚ではありませんでした。大きな蜥蜴か、それに似たヌメヌメ系の何かっぽいです。
姿焼きですが、食べやすいように身が骨から外されていたり、部分で切断されたりしています。
この様な細やかな気配りが出来る店だからこそ、繁盛しているのでしょう。
「……メリナ様、結構、豪快な料理ですね……」
私がフォークで刺した前足を口に入れているとニラが言ってきました。
「えぇ、食べ応えがありますね」
大きくて、デンとテーブルの真ん中を占拠しています。ニラ達の注文物は端に追いやられています。
「皆さん、すみません。この料理を知らずに頼んだものですから。折角ですから、皆様もお食べください」
私は立ち上がって、次々と小皿に持っていく。
皆さんも食べたことも見たこともない料理だったようで、恐る恐る口にしました。
「……ウマイですね!?」
「結構あっさりしてるけど、味付けがいいのか?」
うん、私も思いました。普通の水棲蜥蜴特有の柔らかさだけでなく、噛むほどに味わいが出てきます。
「よく、ここに来られるのですか?」
「いえ、街の中に入れたのが数日前ですから」
少年の片方が答えてくれた。別の方が続ける。なお、二人はブルノとカルノという名前ですが、今一区別が付かないので、まとめて少年としています。
「街に入る為のお金が無いので、シャールに着いてからは、ずっと壁の外で過ごしていました」
そうですか。巫女になるために来た時に、確かに街へ入る門でそういう要求がありました。私自身は神殿の紹介状で支払いは免除になりましたが。
「大変でしたね……」
「いえ、壁の外も宿屋が有ったり、冒険者ギルドも有ったりで過ごしやすかったですよ」
そうは言っても街の外では危ないでしょうに。危ないからこそ、外壁があるのですよ。
「メリナ様。聖竜様のお陰ですね。こんなに美味しいものを頂けるようになったのは」
えぇ、そうですね。
でも、貧しい人達は昔からいまして、この先もいるのでしょう。不幸な生い立ちの人も後を絶ちません。
お助けにならないという事は、聖竜様は、そういった個人的な事にはご興味がないのではと愚考致します。若しくは、私には及ばない深いお考えを持たれているのでしょうか。
「さぁ、水ですけど乾杯!」
少年の合図で木製のコップをぶつけました。仰る通り、ただの水ですけど。
食事をしながら他愛もない雑談に華を咲かせました。
ただ、笑い話の中でも、ちょこちょこと冒険者生活を伺い知ることが出来ました。
三人は二、三ヶ月前に出身の村を出て冒険者となったようです。冒険者になれば食うものに困らないと考えていたのですが、それは幻想で、装備もノウハウもない彼らはギルド登録しても碌な仕事がありませんでした。
野草を採りに森に入っては野宿を繰返し、ある程度に収穫出来れば街に戻って、宿を取る。そんな生活だったそうです。
夜の森は危険です。それでも、彼らは生きるためにそれを冒すしかなかったのでしょう。
宿泊費、食費で稼いだお金はほとんどなくなり、冒険のための装備なんて買えるはずがありません。宿泊先は街壁の外の冒険者ギルド経営の簡易宿なのにね。
冒険者たちが金を貯めて仕事を辞めないように、ギルド報酬と必要経費が悪辣に調整されているのでしょう。
どうも本人達もその苦境に気付いていたのですが、どうすることも出来ず、毎日を暮らしているのでした。
これは彼らだけでなく、ほとんどの村出身冒険者の現実でした。
森で稀少な何かを発見する。その僅かな可能性に賭けて生き続けているのです。
街出身の冒険者は違います。既に住む処があります。また、古くからそこに住んでいるだけに、どの冒険者ギルドに所属するのに良いのか、どの依頼物の儲けが良いのか、危険な地帯はどこかなど、情報量に差が有りすぎるのです。
それだけに同じ貧しい階級出身であっても、冒険者として名を上げる確率や生き残る可能性が高いのです。
しかし、ここにいるニラ達はアデリーナ様と遭遇し、依頼を頼まれるという幸運を掴んだのです。
それを握り続けて欲しいと、私は願います。
お酒、頼まなくて良かったです……。
私、浮かれていましたね。
反省です。今日は勉強になりました。
とは言え、お料理美味しかったです。
満腹ですし、もう遅いので、ここで解散という雰囲気になりました。
席を立とうとした少年の肩に、突然大きなゴツゴツした手が置かれました。




