お酒様
私とアデリーナ様は外に出ました。
「……何が起きているのでしょうか?」
アデリーナ様が呟きます。私への問いという事でなく、独りで思案している、そんな感じです。
で、諦められたようです。
私に顔を向けて仰られました。
「あの服はメリナさんの物で間違いないという確認は得られましたから、それで良いという事にしましょうか」
はい、それで良いです。早くアデリーナ様から解放されたいですっ!
そんな時に、とても美味しそうな香りが風に乗って私の鼻を刺激しました。
お肉のソースを焼いた匂いです。香ばしくて私の目はそちらに向かいます。
屋台が出ていました。
何かの肉の串焼きと思われ、参拝者の方々を相手に商売されているようです。
「アデリーナ様、私、あちらが気になります。向かっても宜しいでしょうか?」
「メリナさんが気になるですか……。お酒は?」
「お酒は毒です! 二度と飲みません!!」
くぅ、何て洗脳なの。
私は続けて喋る。
「お酒ではありません。どんな料理がこの様な匂いを発しているのか偵察に行って参ります」
「偵察って、あなた、食べたいだけなのでしょう。いいわよ、買ってみなさい。お金は差し上げます」
そう言うと、アデリーナ様は懐から例の可愛い蛙の財布を取り出して、私に二枚の金貨を渡して下さいました。
気前が良いです。流石、王家の人です。知り合いで良かったです。
「では、私は部屋に戻ります。メリナさん、あなたも早めに寮に帰って来なさいね。おやすみなさい」
言い終えてアデリーナ様は一人帰り道を歩いて去って行きました。
私の手には二枚の金貨が握られています。手を広げて、私はそれを見詰めました。
思いがけない駄賃を頂きましたね……。
しかも、今、私は独りです。
……街に繰り出せば、お酒が買えます…………買えてしまいます。
屋台に近付いて何を売っているのか、チラッと見ました。
鶏肉ですね。美味しそうです。
が、混んでいますか。すみません、別のお店にしましょうかね。他にも屋台はありますしね。
私は人混みに流されながら、先に進む。
違う店が見えました。
この屋台の人、巫女服を着られた女の人です。そういう部署もあるのでしょうか。
一所懸命、骨付きの鳥肉を茹でて、店の前に並べて、そして、お客さんからお金を頂いておいでです。一個ずつお客さんの要望したソースを掛ける手際が凄く良いですね。
が、残念、ここも混んでいます。
私は人波に抗いきれず、更に先へと進んでしまいます。仕方がないのです。
おぉ、この店は凄いです。
なんと丸焼きの大きな鳥を売っております。それを客の要望に沿って切り分けるスタイルなんですね。
やっぱり巫女さんが切り盛りされています。もしかしたら、最初の串焼きの店も巫女さんがやっていたのかもしれません。
観察していると気付きました。
なんと、薄切りパンに切った肉を挟み込んでいるのです!!
タレがパンに染み込んで、絶対に美味しいと思われますっ!
ぐっと堪えて、私は帰る人々に歩みを合わせる。流れに逆らうのは危ないですからね。
気付けば、私は神殿の外に出てしまっていました。
あれ~、おかしいですねぇ。
道に迷ってしまいました。
後ろに神殿の門が見えますが、幻だと思っておきましょう。きっと蜃気楼です。
一体、ここはどこなのでしょうか。早く寮の部屋に帰らなければ、とりあえず、前進してみましょうかね。
このメリナに後退などという柔弱な発想は御座いませんことよ。だから、後ろは振り向けません。
聖衣を拝観するという目的を終えた人々を私は道の横から見詰めている。
この後にどこへ向かうかを知りたいのです。
家族連れには興味がありません。なぜなら、家に帰るだけでしょうから。もしかしたら、食事が出来るお店に向かわれるかもしれませんが、可能性はそこまで高くありません。
彼らの後を追っても神殿には辿り着きませんね。
お手々を繋いだ、若い男女?
うむ。難しいです。
お食事に行かれるかもしれません。お母さんの書物から得た知識を頼りにすると、お洒落な酒場で愛を語るのかもしれません。しかし、お父さんの絵本によると、卑猥な行為をしに宿屋へ向かわれるかもしれません。
こちらも尾行しても徒労に終わる可能性があるので避けましょう。
私の目当は剣を腰に差している、数人の小汚ない格好の集団です。
所謂、冒険者連中です。
彼らは、その日に稼いだ報酬をその夜に使いきってしまうことがあるほどに、お酒が好きと聞いたことがあります。
そうです。彼らに付いていけば、神殿に行けるのですっ! お酒様の神殿にっ!!
これは聖竜様に匹敵する事はありませんが、皆様に愛されている存在を知るための大切な偵察なのですっ!
うふふ、色々と自分に言い訳をしましたが、さぁ、酒を飲みに行きましょう。楽しみです。
おっ、丁度良いくらいに汚れた服を着た人達が歩いてきました。皮鎧の人も二人ほどいます。
私はがっつり観察します。
男4、女2ですね。「お腹が空いたよぉ」という女性の声も聞き逃しません。
これは当たりですっ!
絶対に、酒場に、いえ、お酒様の御座す神殿、若しくは殿堂に行かれますよ。
私は彼らが通り過ぎた後、その背中を追うために足を動かした。
その刹那、
「あっ、メリナさ――」
不意に後ろから声を掛けられた私は、全身で跳び跳ねるくらい驚きました。
アデリーナ、張っていたのかっ!!
私は平静を装いつつ、振り向きました。
しかし、そこにいたのは、白薔薇と称す鬼ではありませんでした。
茶色い帽子を被った、少女ニラでした。
「流石です、メリナ様! 振り返るのも物凄く速くて、感動しました」
えぇ、死地を迎えるのかと覚悟しましたから。戦場と同じ、いえ、それ以上の、私の人生最速のターンで御座いましたよ。
「お会いできて嬉しいです、メリナ様」
健気で可愛いです、ニラ。
私も表情をゆったりさせて返答します。
「えぇ、私も嬉しいです。こんな所で再会できるとは聖竜様のお導きかもしれませんね。どうですか? 宜しければ、ニラさんのお好きなお店でお食事でも致しませんか?」
「はいっ!」
私は彼女が「お酒が美味しい」と森の入り口で言ったことを覚えている。
今日はクリスマスイブですね。
飲める方は美味しいお酒を頂きましょう(^_^)/□☆□\(^_^)
メリークリスマス!




