聖竜様の許可
人々を見下ろす位置にいる私は落ち着かない。
ここは運営側の、つまり、神殿の巫女が業務用に使う、展示室、いえ展示ホールと呼んだ方がいいくらい広い場所の上方にある渡り通路なのだけど、いつ、下にいる参拝者達に見つかるか心配なのです。
私、ただいま、ノーパンツだからっ!!
「見てください、メリナさん、あの光景を」
アデリーナ様が飾られている聖布を見ながら言いました。
私の着ていた服は、ショーケースの中です。で、周りに人が近寄りすぎない様に、柵で囲んであります。
たまに高級な服を着た人が、両サイドをケースと同じ様に柵で分けられた通路を歩いて服に近付きます。通路は丁寧に赤絨毯で御座いますよ。
で、顔をケースの中に入れて、とても幸福な表情をされています。
聖衣の臭いを嗅がれているのです。
その度に観衆は大歓喜の声を出されます。その大きな音で、私のいる所まで震えます。
何ですかっ、これ!!
ヤバい宗教みたいじゃないですか。
いえ、神殿だから宗教で良いのですが、信仰すべき物が違いますよっ。
「繁盛してるわね。で、あれはあなたの服で間違いないでしょうか?」
「……はい」
あれは長年着古した私の服で相違御座いません。
「そうですか……。アレ、本物なのですか?」
臭いがという事ですよね。
「はい。ラナイ村に行く前日にアデリーナ様に怒られましたが、あの話です」
「……。今回は巫女長が絡んでいるのですねぇ。アレ、本当の話だったんですね……」
アデリーナ様は、ずっと服を見ながら呟いた。
「アレの持ち主が、トンでもない戦闘狂だなんて、誰も知りたくないでしょう……」
私の服をずっとアレ呼ばわりですね。
しかし、私はそんな事はどうでも良いのです。いえ、どうでも良くはないのですが、とりあえず、今はそれ所ではないのですよ。
「早く下に行きませんか、アデリーナ様?」
「うん? 流石にきまりが悪いですか? そうですね、神殿の運営費の為とはいえ、ここまでの大事になっているのですからね」
「いえ、私、その、履いてませんので……。下から見えるんじゃないかと不安が……」
アデリーナ様の目付きが少し鋭くなりました。
で、無言で扉の向こうに行くように手で示されました。
私は喜んで指示に従います。
階段上に戻り、扉が閉じた瞬間に怒られました。
「あなた、お酒の前に欲っするものがお有りでしょ!?」
パンツ入手が第一優先、カッコよく言うと、プライオリティでしたか。
うっかりです。判断ミスです。
「あとで、私のものを差し上げますから!」
「……アデリーナ様の物とはいえ、……お古はちょっと……」
「だ、誰が渡すかっ!! 勿論、未使用のものですっ」
おぉ、さすが王家の方です。
太っ腹です。
「今は仕方有りません。絶対にバレないように動いて下さいね」
アデリーナ様に連れられて、さっきの参謀室みたいな所へ戻りました。
『絶対に~しないで』って前振りだと思っちゃいますよね。もう『やりなさい』って意味なんじゃないかな。
しかし、でも、今回は流石に私も従いますっ! 私の尊厳性の問題ですからっ!!
参謀室に戻ると、そこにいる人数が増えていました。
「あら、メリナさん。まぁ、アデリーナさんも」
フローレンス巫女長様とそのお付きの巫女さんです。
丁度良かったです。任務完了の報告をしておきましょう。
「巫女長様、エルバ部長の探索完了しました。無事、神殿に戻られております」
「あらあら、まあまあ。もう終わっているのですか。エルバさんも帰路に着いておられたのですかね。お疲れ様でした。ありがとうございます」
えぇ、フローレンス様の考えていた通り、普通ならまだ私たちは往路でしたよ。
こんなに早いのは、隣にいる暴走金髪族が轟雷の如く馬車を飛ばしたからです。
私は巫女長に対して微笑みと軽い礼で返す。
もう1つ、巫女長様には言わないと行けないことがあります。
「巫女長にお尋ねするのは大変に心苦しいのですが、この騒ぎは一体どうしてなのでしょうか? 厳粛なる聖竜様のお眠りを妨げる結果となりませんでしょうか?」
そうです。私の服の件はともかく、この騒動は宜しくないと思うのです。いえ、私の服も問題ですね。
私の問いに対して、巫女長様は優しい眼差しで答えられます。
「あなたの危惧も理解しますよ。ただ、聖竜様もお認めなのです、メリナさん」
なっ!
聖竜様もオッケーって言ってるんですか!?
「……本当ですか? 本当に聖竜様が?」
「はい。メリナさん、そうなのですよ。メリナさんから聖衣を頂いた夜、聖竜様からお言葉を頂きました」
「ど、どのような、お言葉を!?」
一字一句が気になります!
「聖竜様は言われました。まず『メリナという者は我の言葉を解する巫女である』と。ですが、その時点で私は既にそれを知っていました。その旨を聖竜様にお答えしました」
うんうん。
「丁度良い機会でしたので、私はどうしても訊きたい事を尋ねたのです。『メリナさんの服に付いている匂いは聖竜様の香りで相違ないのか』と」
うん、で? 早く早く。
「聖竜様は言われました。『どのような芳香か、我には届かぬ。しかし、それ程に芳しいか』と」
それもそうね。聖竜様は地下深くにおられるのですから、服の匂いを確認することはできないわ。
「そこで私は答えました。『メリナさん曰く、彼女の靴の中の臭いである』と」
おお! いわば、聖竜様と私の共通項ですね! とても幸福な気持ちです。
「それで、どう仰ったのですか、聖竜様は!?」
私、興奮してきました。
「えぇ、少しの沈黙のあと、『う、うん。うーん? そうなのかなぁ。へ、部屋の臭いだと思うかなぁ』と」
そっか、私の靴の臭いを嗅いで頂いていないですからね!
次回お逢いした時に嗅いで頂かなくては!! 靴への脱臭魔法は当面禁止です。
「私は思いました。『聖竜様の部屋は靴の中の臭いなのかっ!?』と。そして、この臭気が真実、聖竜様の物であることを確信致しました。感激ですよ、メリナさん! 本当に、真に、あれが聖竜様のお匂いだったなんて」
巫女長様が私の手を両手で握って来られた。
後ろにいる巫女の方々も泣いておられる方が多数です。
「私、聖竜様に進言致しました。『この聖衣を信者に見てもらいたい、嗅いで貰いたい。宜しいですか?』と。聖竜様は『そ、それが、主ら巫女の為になるのであれば』と了解されたのです」
私も涙が出そうです。
聖竜様は私たち巫女を思って、私の服を展示することを認められたのです。
なのに、私はどうでしょう。自らの見窄らしい布切れが衆人に見られるという恥ずかしさで頭の中を埋めていたなんて!
……巫女の為になっているのかという疑問はありますね。そもそも、巫女の一員である私の為にはなっておりませんね。
全体主義ですか、聖竜様は。私だけを見てくれればよろしいのに。
「フローレンス様、聖竜様とのやり取りについては了解致しました。いつも素晴らしい体験をされていて羨ましい限りです。それで、この人波は如何なされたのですか?」
アデリーナ様が巫女長様にお尋ねされました。
「えぇ、不思議なのよ。何があったのかしらねぇ。これ程までに、街の方々も聖竜様の事をお知りになりたかったのかしら」
巫女長様もご存じありませんでしたか。
夕食直後にアデリーナ様に引き留められて良かったです。見当違いの殴り込みを行なってしまうところでしたよ。




