お酒は?
私はアデリーナ様の後ろを歩く。展示室に向かうのです。
もうだいぶ日が暮れて暗くなっています。私の気持ちも重いです。
「メリナさん?」
「……はい」
「お酒は?」
「お酒は毒です! 二度と飲みません!!」
「よろしい。それを一日に一万回唱えなさい。そうすれば、あなたは、より高みに届くでしょう」
何の高みでしょうか。
私は嫌です。
口には絶対に出しませんが。
「メリナさん、お酒は?」
「お酒は毒です! 二度と飲みません!!」
さっきから何回も言わされています。気が滅入ります。
もう参拝者の方々も見え始めてますよ。喧騒も段々大きくなってきています。
……ここで、もう一発特大の「足が痛いよ、痛いで御座いますよ」口撃をやって差し上げましょうかしら。
「嫌な予感がしました。先程の猿芝居をこの先でされましたら、あなたの口を二度と閉じないままか、開いたままにしますよ」
むぅ、やりますね、アデリーナ様。この私の先を取るとは……。
ん? アデリーナ様、今言ったそれ、どっちも同じ状態ですよ!!
何をする気ですか……。
「メリナさん、お酒は?」
私は「お酒は美味しいです! レッツドリンクっ!!」と叫びたいところを我慢しました。
また、矢を放たれそうな気がしたからです。そうなると、今度は反撃で殴ってしまうかもしれません。聖竜様の聖域でそれは許されることではないでしょう。
アシュリンさんと殴り合ったり、騒いだりしたことは、まぁ、許して下さい。
「お酒は毒ですっ!! もう二度と飲みません!!!」
せめて、この奇行をさせている人に視線が集まるように声を張り上げることが、私のせめての抵抗です。
「宜しい」
宜しくないですっ!
私はお酒様を貶すように、強制されているのですよ! 何たる冒涜でしょうか!
白い石造りの建屋の前まで来ました。前というか、裏手なのですが。
「はい、ここから入りますよ」
木陰に隠れたように設置されている巫女さん専用の鉄扉をアデリーナ様が開く。
先は小部屋になっていて、何人かが椅子に座ってテーブルで話し合っている。
そして、入ってきたアデリーナ様を見られると、皆が立たれました。素早く整然と直立です。
軍隊の参謀室ですか、ここ……。
見たこと無いですけど、そんなイメージですよ。大将軍でも入って来たのですか。
新人寮の管理人の分際で、アデリーナ様は完全にこの部屋の巫女様を掌握されていますね。
皆様、やはり、このお人がお恐いのでしょうか。
「アデリーナ様、そちらがメリナ様でしょうか?」
「はい、そうで御座いますよ。ノノン村のメリナさんです」
アデリーナ様の返答に皆の目が私に降り注ぐ。
「……お会いできて、感激です。メリナ様」
一人は涙ながらに私の手を握って言う。
「聖竜様との邂逅、素晴らしいことです。私もあやかりたいものです。あぁ、メリナ様ぁ!」
一人はそう言いながら、私を抱擁します。
「あぁ、この時代に生まれた、偉大なる同士、メリナ様。私の心も体も全て、あなた様に捧げます」
一人は私の手に口づけをしながら言う。ただ、この人の捧げる先は聖竜様であるべきでしょうけど。
いえ、しかし、全身を私にも捧げなさい。まずは肩を揉んで頂こうかしら。
「この二日、素晴らしい売り上げです!! メリナ様、大変素晴らしいのですよ!」
彼女は私にお金が入っているであろう革袋を渡してくれた。
ズシリと重いです。まるで、先ほどの私の足取りのようです。
で、すぐに取り上げられました。
くれないのですか?
私、お酒とパンツを買いたいのです。
「どうです? これで、神殿の財政が潤いますよ」
彼女はとても嬉しそうです。ですが、良いのでしょうか。
いえ、世の中、お金が大切なのは、ゾビアス商店へ服を買いに行ったときに味わいました。
別の方は、私の足元に跪いて言います。
「奇跡の巫女、メリナ様……。どうか私めにお救いを」
…………。
……怖いです。
皆、私をちやほやしてくれています。
妙にくすぐったいですね。
落ち着きませんし、返しの言葉が思い付きません。
何故なら、誉められ慣れていないからっ!!
うぅ、自分で思いながら非常に悲しいです。
「さぁ、皆さん、お仕事にお戻りになって下さい。降って湧いた聖夜はまだまだ続きますよ」
「「ハッ!!」」
皆さん、何故に敬礼……。
私はアデリーナ様に促されて、部屋を出て通路を進む。
「アデリーナ様、聖夜って何ですか?」
「昨日決まったらしいのですが、聖衣を拝む夜という伝統行事を作ったようですね」
……伝統って、そんな風に作るものなのですか……。
「これから数日間は、聖夜なのでしょう。あと、売上次第でいつまでするか決めます」
売上って。
大人の汚い世界を見せられました……。
階段を昇る途中、先を行くアデリーナ様が私に言う。
「さっきの巫女の方々、どう思われましたか?」
アデリーナ様の忠実な下僕なのかと思いましたが、言えません。
彼女らは巫女服をお召しでしたので、聖竜様の正式な巫女なのです。見習いの私よりも偉い人達です。
「……あれが毎日続いたら退屈でしょ?」
黙っているとアデリーナ様が続けました。
「あそこにいた人達は皆、貴族の出身なのよ」
そうなのですか。道理で、私が馴染めないはずです。
……いえ、馴染めないといけないのですよ。何を安心しているのですか、メリナっ!
「……アデリーナ様、私は淑女ですから、大丈夫ですよ」
「メリナさん……。お酒は?」
「お酒は毒ですっ! 二度と飲みません!!」
くそ。体が即座に反応してしまう程に、短時間で仕込まれてしまっているわ。
「あのお金の話をされた方くらいですか。見所があるのは」
そうですか。どうでもいいです。
私たちは更に扉を開いて、展示室に出る。
大きなホールに人がぎっしりいるのが上から見えた。高所から覗いているから、人の頭、頭です。色んな髪の色の人々がいます。
「いつ見ても、ゴミの様ですね」
私の服か!?
部屋の真ん中にガラスケースに入って飾られている、私の服がゴミの様だと仰るのですかっ!!




