演技力
私はアデリーナ様のお部屋にいます。
棚に並んでいるお酒の瓶を見て、ちょっとだけ喉が鳴りました。
我慢してソファーに座ります。
……アデリーナ様を倒せば、あのお酒は全て私の物となるのでしょうか。
心臓の上を殴って気絶させます?
いえ、ダメです。
後で半殺しにされそうです……。
ならば、殺した上で、皆に見つからないように地面に埋めるしかありません。
ダメだ。
今日は人が多いです。絶対に見付かりますよ。
……何を考えているのかしら、買えばいいだけの話でした。
恐ろしい発想でした。
ん? そうです。
ラナイ村で足を矢で射たれたことを非難する演技でもすれば、一本くらい頂けるかもしれません。いえ、今更かもしれません。
……ゴクリ。もう一度、唾を飲み込む。
これも死と隣合わせな気がしますが、やってみますか、メリナ……。
聖衣に関しては、後回しでも良いでしょう。
「メリナさん、心はここにあらずって感じですね。既に参拝者が増えている理由は聞かれていますか?」
「……えぇ、先ほど、マリールから聞きました……」
「私も巫女用出入り口から確認しましたが、あれはあなたの服に間違いありませんね?」
「いえ、……私はまだ見てないので分かりません」
「そうですか。では、まず事実確認から致しましょうか」
アデリーナ様が立ち上がる。このまま、聖衣がある展示室に向かう気なのでしょう。
……そうはさせません。
私はアデリーナ様が扉付近まで歩かれても座ったままでいました。視線は床に向けます。
「……どうされたのですか?」
「すみません……。……そ、それが足が動かないのです……」
目の前にお酒があるから!! あるからぁ!!!
「っ! 戦闘の傷は癒えて無かったのですか!? あの回復魔法は、流石に切断されたものを完全に治すまでの効果は無かったということですか!?」
しまった。そっちも、あったか。
「いえ、フロン、いえ、ダークアシュリンにヤられたのは大丈夫です……」
「ダ、ダークアシュリン……? あぁ、魔族に乗り移られて体の色が変わってしまったアシュリンの事ですね」
そうか、あれは私の中だけの呼び名だったよ。
「では、一体、どうして足が……?」
お忘れなのかしら、アデリーナ様。
あなたがお射ちになられたのですよっ!
もしかして、本当にお忘れでしょうか。
……私は、この時を心待ちにしておりましたのにっ!
「はっ! もしかして、あれで御座いますか?」
よく思い出しましたね、それです。
「アシュリンによって生尻を見られた事によるトラウマが、何かの拍子で出て来られるのですか!?」
どんな拍子ですかっ!
いえ、お酒を見たら、そのトラウマが出てくるという設定に変えた方がいいのかしら?
ダメです。かなり無理があります。
グレッグさんが戦場でグレッグ無双をするくらい無理があります。
それに「お酒を見せなければいいよね」ってなります。ミッション失敗です。
「いえ。……パンツは欲しいのですが……」
「まだ履いていらっしゃらないの!?」
履いてないですが、それは今の第一優先ではありません。
しかし、これではパンツ話に横道に逸れてしまいそうです。
仕方ありません。強行突破です!
「あぁ!! 足が!! あ、足が痛い!!」
「えっ、本当にどうされたのですか? もしかして、魔族の欠片みたいな物が体に入り込んでいたりするのですか!?」
恐い事を仰らないで下さいよ。
そんな事になっていたら、聖竜様に捧げるべき、この身が穢されているという事ですよ。
今すぐに自分の両足を切断して、中を確認したくなりました。
「足がっ! 太股がっ! 王家の人に射たれた太股がっ!! 真っ黒い白薔薇に射たれた所がぁ!! げ、き、つ、うぅ~~っ!!」
目を瞑って叫んだ後、アデリーナ様がどんな表情で困惑されているかを確認致しました。
……すっごい冷たい目をされているんですけど。
この人、心は鬼なのかしら……。
しかし、連打です!
アデリーナ様の氷のような心を融かすのですっ!
「うわぁぁあ、急に痛くなりました~!! これは、死ぬ! 死んでしまうわぁ!! 助けて、助けて下さい、アデリーナ様ぁ!!! もう矢を突き刺さないでぇ!! 私の足に矢を放った、アデリーナ様ぁ!! せめて死ぬ前に、お詫びの品を下さ~いっ!!!」
ここで、チラリとお酒の瓶を見る。
完璧です。
彼女に良心と憐憫の心が残っているなら、必ず、私に棚ごと下さることでしょう。
!?
憤怒?
……いえ、アルカイックスマイルですよね。彫像みたいに、唇の端が上がって微笑まれています。
えぇ、こめかみに凄まじい青筋が見えている気がしますが……微笑んでる……。
笑えないでしょ、普通……。
「メリナさん……。お静かに。ここは私の部屋なんですよ。誤解を受けるでしょう? 分かってるかな?」
分かっていましたよ。そこは計算済みです。そもそも誤解じゃないしぃ。
途中まで遠回しに私を傷付けた事をチクチク脅していこうかと思いましたが、強襲策に作戦変更しております。
ククク、こちらの方が効きますよね?
アデリーナ様の評判が落ちますからねぇ。
私に向けて矢を射った事を後悔しなさい、アデリーナ!!
って、先ほどのお顔を拝見するまでは思っておりました……。
「……毎晩やる気でしょ?」
「まさか。毎朝もですけど」
敗戦濃厚ですが、一気に畳み掛けますよ。ここが勝負所です!!
もはや、特攻しか活路がないのですっ!
「殺すぞ」
私の頬を何かが掠めたと思った瞬間には、後ろからバリンと瓶が割れる音がする。
速かった!!
矢だと思うけど、全く視認できませんでした。これは無詠唱の魔法なんでしょうか。
「調子に乗るなよ、下郎が」
私、分かっていますよ。
あなた…………今、マジギレされてますね?
土下座。
後ろ首を差し出す土下座をし続けることで、私はアデリーナ様のお許しをゲットしました。




