契約書
素敵な服を着て、お皿には湯気を立てたお料理があります。幸せです。
夕食は朝と違って取り放題でないのが不満ですが。
「メリナ、また安っぽい服を着ているね」
ほほう、マリールさん、唐突に挑発してきますな。
私の殲滅対象リストに、魔族フロンを差し置いて筆頭へ上げておきましょうか?
グサッと、今日のメインディッシュ、厚切りハムとソーセージを纏めてフォークにぶっ刺す。
「えぇ。しかし、庶民にはこの服でも上等なのですよ」
私の返答に余り反応せず、マリールはサラダを食べながら続ける。
「顔は認めていたわ。あなたは、綺麗よ」
おぉ、そうですか? 巫女アイドル、良いですかね?
私もハムを食い千切る。
しかし、突然どうしたのでしょう。
「でもね、その服は、まぁ、仕方ないのかしら。貧乏人にはそれくらいしか買えないでしょうから」
ちょっと、アレね。
「調子に乗るなよ、この金満豚め!!」って、この場で叫ばれたいのかしら。
私は、それが出来る女よ。
「でね、私の家、ゾビアス商店で、あなたの服を作らせて欲しいの」
…………叫ばなくて良かったです。本当に危なかったです。
ダークアシュリンに首筋を攻撃された時以上に、背筋が凍りました。体がヒヤッとしましたよ。
今の発言は、私に服を差し上げましょうと言ってくれているのでしょうか?
しかし、ぬか喜びをしてはなりませぬ、メリナ。
「以前に、『商人だから利益は出なくても損は出せない』って仰ってましたよね。とても私には手が届かないですよ」
マリールは少し笑った。
「いいのよ。こちらから、あなたにお願いしたいの。ビジネスとして」
ビジネスとして?
また、怪しい人か、安っぽい考えの人が好みそうな言葉を使うわね。
騙されませんよ、このメリナは。
マリールがどの様な考えなのかは知りませんが、私を甘く見ては怪我をしますわよ、物理的に!! 主に身体的な意味で!!
「でね、もう用意しているのよ。うちの家も早いよね」
マリールが床の上に置いた鞄から書類を何枚か渡してきた。
それを私は芋を蒸した物を食べながら、テーブル越しに受け取る。
カラフルな服を着た女性の絵が何枚もある。最後は契約書?
「どう気に入った服はある?」
「あるっちゃ、ありますけど……」
いえ、全て素晴らしいんですよ。
ただ、すごく私は警戒しているのです。
美味しい話には毒が紛れている事があるやもです。
「大丈夫。私がいるのよ。心配要らないわ」
マリールは、そう言ってくれますが、少し信頼できないというか、あなた、抜け目なさそうでしょ。警戒し過ぎた方が良いと私の本能が訴えるのです。
私はシェラを見る。
彼女は食事の途中だけど、ハンカチで口を拭ってから、喋ってくれた。
「友人ですよ、私たち。私からも祝福致します」
ちょっと言い回しに違和感がありますが、「行け、メリナ!」って事でしょうか。
私は首肯く。
「分かりました。お願いして宜しいでしょうか」
「流石、メリナ。決断が早くて助かるわ。兄様がメリナにどうしてもお願いしたいって言うものだから、何があっても通したかったのよ! ありがとう」
マリールの兄様ですか。
どうも話が読めませんね。
「どうして、そのお兄様が私に服を着て欲しいと言うのでしょう?」
私は契約書を読みながら、マリールに訊く。契約の方は難しい単語が多くて読解するのに時間が掛かりそうです。
「あっ、メリナ、一番下にサインするだけで良いからね」
マリールはわざわざ私の横に来て、署名欄を指で示す。
「そうなんですか?」
私は騙されませんよ。
これは、詐欺師の典型的な技術。都合の悪い文章を読ませないためでしょう。お父さんの本の中に、そんな事が書かれたものがありましたよ。
私は目を大きくして、中身を丹念に確認する。
独占?
私を独占すると言うのですか!? 独占しても良いのは聖竜様だけです!
私は強い怒りを覚えましたが、どうも、私の服の作り手として独占するとの話でした。
つまり、マリールの家の服のみを着るように、との事です。
「巫女服もマリールの家の服の中に含まれると考えて良いんですか?」
「もちろんよ。じゃあ、ここにサインを」
ふん。まだよ。
無償貸与?
私を誰かに貸すと言うのですか!? 卑猥な貴族にでも渡す気ですか!?
再び、頭に血が昇りました。が、どうも服の事らしいです。
お金を払わずに服をくれるのですね。
「汚したりしたら怒られます? お金が要りますか?」
「要らないわよ。こっちに永久にってあるでしょ。法的にはタダで上げるって書いてるの。さぁ、もういいでしょ?」
まだまだっ。
紛争?
この私を相手に戦争をするとでも言うのですかっ!? その言葉、あの世で後悔させてやりますよ!!
今すぐに殴り込んでやろうかと思いました。が、契約上の揉め事の事を指す様です。
「私が契約違反したら、どうなりますか?」
「んー、しばらくは契約しておいて欲しいかな。逆にこちらから解除する時はお金を払う事になっているわ」
該当箇所を指で示してくれた。
「ほら、とても良い条件でしょ? 店が乗り気の内に、早くサインしなよ」
ふん。焦らそうとしても無理ですよ。
私はお父さんの「これでもう二度と騙されない! 不動産取引の闇と嘘」を熟読しているのです。
最後です。
品位の保持?
私に品位が無いとでも言うのかっ!?
お前のところの娘こそ、朝っぱらから他人の胸を揉んで来るんだぞっ!
うん、これは大丈夫です。
私、品位がないこともないですから!
私はサインしました。
満面の笑みのマリールが横にいます。契約書を大事に胸の前に当てております。
「マリールが一番嬉しそうですね」
シェラが言う。私もそう思う。
「うん。兄様に誉められるかな」
あぁ、そういう事ですか。前に家族へのお手紙を頼まれましたが、マリールさんは家族愛が深い方なのですね。
しかし、何のための契約書だったのでしょうか。




