鏡の前で
人波を掻き分けて、私たちは神殿に入る。
いったい、何の騒ぎなのでしょうか。
いつもの神殿は静謐というか、閑散としているというか、参拝者はまばらなんです。巫女さんの数の方が多いんですよ。
なのに、今日は中庭の池に落ちてしまう人がいるくらい、溢れ返っています。この池、柵を付けないと危ないですね。
人の動きを見ていると、皆様、本殿横の展示室に行っているようです。私もアシュリンさんと競走している時に、ショートカットできないものかと入った事があります。
私たちは、何とか、人でごった返す中庭を抜けて、参拝客が入ってはいけない『巫女さん業務用地域』まで行けました。
初耳の『巫女さん業務用地域』ですが、アデリーナ様に教えてもらいました。薬師処はもちろん、総務や調査部などの建物があるそうです。もちろん、巫女長のお家の他に、私が配属を伝えられた館『本部』もあるのです。
アシュリンさん、絶対初日に私へ伝えるべきことですよね。各部署の場所が分からないなんて、仕事に支障をきたすばかりですよ。
なお、魔物駆除殲滅部の小屋はもっと奥に離れてあります。その点も神殿から仲間外れにされているみたいで不満です。
調査部なんか殲滅部と同じ違和感のある部署だと思うのですよ。
「では、またな。メリナ、お前、いつでも話を聞きに来て良いからな、マジで」
獣人から魔族の話ですよね? 本当に短く伝えてくれたら宜しいのですよ。
しかし、聖竜様からの大切なアドバイスです。忘れないようにしないといけません。
「今からでも宜しいですか?」
「マジかよ。いつでも良いって言ったけど、マジかよ。疲れてんだよ。明日にしろよ」
「メリナっ! 貴様は巫女長へ任務完了の連絡だ」
そうなのですか?
アシュリンさんは、ちゃんと任務を覚えておられたのですね。……私、すっかり頭にありませんでしたよ。
やっぱり、エルバ部長を探されていたのは巫女長様だったんですね。
「そういう事だ。じゃあな」
エルバ部長はトコトコと白い石造りの建家に入っていかれました。丁度、扉から出てきた巫女服の人が深くお辞儀しています。
エルバ部長、あんな小さい子供なのに本当に偉かったんですね。
「では、私も本部の方に寄って行きますね」
アデリーナ様もいなくなる。
「行くぞっ!」
はい、分かりましたよ。
アシュリンさんは今日もノックもせずにガチャリとドアノブを回して巫女長の部屋に入る。
誰もいらっしゃいませんでした。お留守です。
やっぱりノックしましょうよ。無断で入ってはいけないと思うのです。
アシュリンさんは部屋の隅々を見回していた。
それから、
「ちっ、いないか」
舌打ちした、舌打ちしたよ、アシュリンさん!
神殿で一番偉い巫女長様に対して!
なんて傲慢なんでしょうか。
巫女長様の家を出る時に世話係っぽい巫女さんに出会い、アシュリンさんが依頼は完了した事を言付ける様に依頼していました。
世話係さん、少し驚いていました。
悪名高きアシュリンさんですものね。
何度も私を見返ししていたのが気になりますが。
「今日はここまでで終わりで良いな」
おぉ、やっと休憩が出来ます!
アデリーナ様が傍にいると落ち着かなかったのですよ。ずっと監視されているみたいで。
「メリナ、靴を綺麗にしておいてやるっ!」
アシュリンさんは魔法を唱えられました。いつぞやの森の近くで、教えてくれた「連なる雲が、浮かぶ雲雀」なんたらの呪文です。
完全には消えませんでしたが、シミは目立たなくなりました。
私は丁寧に深くお礼を言いました。涙が出そうだったからです。
まだ、この靴を履けるのですね……。
大変ありがとうございます。
さて、外はまだ明るいけど、寮の部屋に戻ってきました。
そして、大事に抱えていた服を広げます。
私のスカートです。
とても素晴らしいスカートです。
どうしよう?
着ちゃおうかな?
パンツ持ってないけど、いいかな。
私はそんなに迷わずに、お着替えしました。
それから、シェラのベッドの枕元に置いてある小さな鏡で自分の姿を見る。
おぉ、これ、イけてるんじゃない?
まだ洗練されていないけど、磨けば光るような気がしました。
巫女アイドル、メリナ参上っ!
これ、いいんじゃないのかな。狂犬だとか気狂い巫女戦士だとか、二度と呼ばせませんよ。
その為には、アシュリンさんには悪いですが、魔物駆除殲滅部から抜けないといけません。
魔族フロンを見つけたら、その時だけ、お呼び頂ければ良いのです。次に出会ったら、私はあいつをぶっ殺しますから。
今度は誰が止めても全力で行くのです。必殺です。止めるヤツも必殺します。
……いえ、今はそれを考えないようにしましょう。お淑やか、お淑やか、私はお淑やか。
私は、鏡の前で悩殺ポーズを取ってみる。
うん、やっぱりイけるんじゃないかな……。
……頂点取れるかも……。
その後、シェラ、マリールと再会致しました。
そして、久々の三人揃っての夕食となったのです。
もちろん、私はスカート姿です。
二人が部屋に戻って来る度に、スカートのヒダを広げるように体を回転させて、新しい服を自慢しました。




