バカめっ!
エルバ部長と私は離れたところで座っている。
あっちでは、顔を伏せている村長、疲労で座っているアシュリンさん、涼しい顔で追及を続けているアデリーナ様、最後に四肢に刺さった矢から血を流しながら地面に磔にされている魔族が見える。
空気がとても澱んでいます。
「竜の靴は、何を感じているの?」
竜の靴?
私はエルバ部長を見る。
「あなたのことだよ、竜の靴」
私?
聖竜様にお仕えするから、竜かな?
靴は? とても良い靴が目立ったからね。
それにしても、自称天才の言うことは本当に意味が分からないわ。どうしたの急に。
「さっき白薔薇が言ったよ。察せられないの?」
あぁ、貴族風に身元を隠す呼び名ね。
お忍びだとか秘め事で家名を隠したいときに使う通称があるって、本で読んだわ。いいじゃない、淑女って感じもしないでもないわ。
でも、竜の靴って……。いえ、聖竜様に由来しそうだから不満はないのだけど、『華麗なる竜の炎』とか『竜の眠る湖の巫女』みたいな、カッコいいのが良かったですよ。
「ねぇ、何か感じないの? 私は大地がそわそわしてるみたいに感じるよ」
「……部長、そっちの口調が素ですか?」
「あれ? 竜の靴はいつもズレてるね。そんな話してないよ」
そうでしたね。
「とても嫌な感じです。あの魔族が喋る度に、場が汚くなる、そんな感じです」
「おっ、よし。お前、素質あるな」
私の答えに短く返して、エルバ部長が耳を貸せと手を振る。
「お前が割った魔族の殻、まずい」
殻?
ダークアシュリンになる前に割れた、あの殻の事でしょうか?
私は、魔族が外殻と呼んだものを探す。
……無い。
私が出した氷の槍の付近だと思ったけど、消えてなくなったのかしら。
「溶けたのか、蒸発したのでしょうか? 無いですね」
「だな。アデリーナも分かっているはずだ。なのに、対処していない」
「ところで、部長。どうして口調をそちらにされたのですか?」
「お前、今は、それを訊くタイミングじゃないだろ」
突然、アデリーナ様が叫ぶ。
「鉄の拳! フロンを抑えてっ!」
私が視線を移した時には、アシュリンさんが吹っ飛ばされていた。でも、空中で姿勢を直されて着地したので、無様にはならない。
あの長身でよくやりますね。
しかし、鉄の拳ですか。アシュリンさんらしいですが、私の竜の靴がとても可愛らしく思えました。
なっ!
魔族が宙に浮いています。
あれを、アデリーナ様の矢による縛りを、抜けたのですか。
「白薔薇と、まだ呼んであげるわ。見逃してくれたお礼よ。さようなら。またお逢いしましょう。二人で過ごした夜が忘れられないわ」
気になるワードが幾つかありますが、相手は魔族です。騙されて疑ってはなりません。まずは息の根を止めるのです。
「まだ、そんな力を隠していたなんて、やはり魔族、狡猾っ!!」
アデリーナ様の矢をどうやって引き抜いたのでしょう。
私もあの矢を喰らっているので分かります。相当な痛みですよ。私でさえ、太股から矢を抜くのを躊躇って止めたくらいです。
「やられました! 竜の靴、加勢をお願いします!」
はいっ!
アデリーナ様に頼りにされて嬉しいです。
私は即座に魔族へ向かいます。
くっ、ヤツまではちょっと遠いか。
「白薔薇、ありがとう。さっきは何故、その竜の靴を止めたのかしら。私を殺せない理由があったのかしらね?」
「そんな物は御座いません!」
「そう? うん、じゃあ、いいわ。転移一回分の魔力しか無かったから、魔力を周りに集めていたのよ。賢いでしょ、私」
そう、地面には光の矢が刺さったままなのです。
「保険は常に用意するの。外殻に魔力を入れておいて、徐々に放出したの。これで魔力を考慮せずに転移できたのよ。あとは、別の場所に、静かで素敵な場所にもう一度転移して休憩するわね」
ノノン村から転移した時に部長が言っていた、転移先に適した魔力が溢れる場所っていうのを、自前で作ったのか。
「そうそう、白薔薇、あなたの――」
私、間に合いました。鉄拳制裁ですっ!
何やら喋っておりましたが、興味は御座いません!!
お願いですから、死んでくださいっ! 私、頑張りますからっ!!
魔族フロンはアシュリンさんの頭よりも高いところに浮いていましたが、届くものですね。地面を思いっきり蹴れば、彼女よりも高く飛べました。そして、上からの拳で彼女の額を叩き潰す勢いで殴ってやりました。
「竜の靴、あなたって人は……」
アデリーナ様から驚喜の声が上がります。若干、響きが異なる気がしましたが、きっと喜んで頂けているでしょう。
落ちた魔族を飛び越えて、着地。
後ろを向いて、もう一度、高く舞います!
土煙の中、魔族が蠢くのが見えました。
そして、私は空中。
足を切られたときのように、迎撃体勢に入られては不都合です。
切断されても構わないのですが、アデリーナ様に再び魔族だと勘違いされるのも嫌なのです。腕だと良いかなとか、一瞬思いましたが一緒ですね。危なかったです。後々の物議の元かもしれません。
ただ、これは私の誘い。
魔族は足を止めてタイミングを計っていることでしょう。
魔法です。
『私は願う。渾身の火球を、あの魔族にぶつけたい!』
風で土煙が流れていくと、魔族がこちらを向いているのが見えた。
ニヤリと笑い、長い爪をこれ見よがしに顔の前で構えた。私もたぶん、笑ってます。
「「バカめっ!!」」
お互いの攻撃の間合いが一緒だったのかもしれない。
私と魔族は声を合わせて、同じ罵倒の言葉を吐く。
でも、勝つのは私。
聖竜様が付いているのだから!!
振り上げた拳に、十分な熱量を感じています!!
炎を纏った腕を一気に降り下ろす。
魔族も爪を突き刺す動作を始めたけど、もう、私の繰り出した炎のストレートの光で見えない。
あなた、遅いのよっ!
私は魔族がいた地点に立っている。地面さえ焦がしています。さすが、私の魔法です。
くくく、燃え尽きたのかしら。
余裕でしたね。
少し魔法を使いすぎて、疲れ果てましたが。
私は両膝が笑うので、座り込みました。
でも、満足感でいっぱいです。




