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大人の世界

 村長さんは立ち尽くしている。


 アデリーナ様が静かに語り掛ける。


「何か申し開きは有りますか?」


 でも、彼は黙ったままだ。

 ちょっと体が震えているのは仕方ないでしょうね。身の破滅が待っていること間違いなしだから。

 代官様より身分が上っぽいアデリーナ様に逆らうどころか、毒を盛ったり、盗っ人扱いしたのだから、彼の命だけでは償えないかもしれない。



「ふふふ。ご安心ください」


 まだ消えない矢で四肢を地面に磔にされた娘がいるこの状況とは全く合わない、優しい笑顔をアデリーナ様はされました。


 そんな事を言われても恐怖しか感じませんよ。



「あなたや村の方の命の保証は私が致します」


「……本当で御座いましょうか……?」


 村長は呟く。


 貴族の中には庶民との約束など簡単に破る連中がいるらしい。

 ラナイの隣村であっても、森を挟んでいるノノン村には貴族の方なんて滅多に来ないからよく知らないけど、お父さんがそんな事を言っていた。


「すみませんね。証文は事情があって出せないのですよ。私の今の言葉で納得して頂きたいのです」


 ずるい貴族なら、今のセリフを日常的に使うでしょうね。頭の回らないヤツだったら、「あぁ? この貴族様のお言葉を信じられないってか!?」で強引に通すでしょう。


 何にしろ、村長に選択肢は御座いません。

 信じないと言った瞬間に、一縷の希望の糸は切れてしまうのですもの。

 今のあなたの窮地を救える人間は、表面的にはお優しく見える、目の前の王家の方しかいません。


「し、信じてもらえないのは、分かっています! しかし、死ぬ前に自分を弁護できる機会を頂き、感謝致します」


 流石に村長をやってただけあるね。普通の農民ではおよそ持っていないであろう学を感じました。


 村長さんは涙を流しながら喋ります。



 ある日、森の中で倒れている若い女を見つけた。それが、フロン。

 村で保護をしたが、行く宛がないということで、皆で相談した結果、村長の家の奴隷としたのです。わざわざ奴隷なのかというと、本人が希望したのだそうです。



「何故、奴隷になりたいのか、本人にその理由を確認しましたか?」


「はい。……誰か分からない余所者である自分が村に受け入れて貰うには、村長である私の奴隷となるのが最も早いとのことでした」


 普通に居候で良いのではないのかしら?

 あぁ、でも危害を加えて来ないだろうという意味では、村人にとっては奴隷の方が安心なのかな。


「正規の奴隷の手続きはしましたか?」


「最初はしていません。知らなかったのです。半年程前に妻が亡くなり、新たに人手を増やすために、その、昨日の……」


「ナタリアですね。彼女を買われたと?」


 元気がないまま、村長は首肯く。

 そして、彼は言葉を続ける。



 ナタリアはシャールに出向いて買ったらしいです。お金が足りず、幼い子供になったのは仕方なかったとの弁明です。その際に、奴隷の証である腕輪の事を聞き、同行していたフロンにも取り付けたのです。


 寝転んでいるフロンの左腕に確かに腕輪がありました。



「ナタリアから、夜な夜な、あなたがそこの娘をお抱きになられていると聞いていますが、真実ですか?」


 アデリーナ様、果敢に核心に突進されました。


「! ……はい、その通りです」


 はい、終わり。殺しましょう。




 私が重い腰を上げようとしたところで、エルバ部長に軽く手を踏まれた。


「まだ聞いていた方がいいよ」


 可愛らしい声の方で言われました。

 はぁ。では、もうしばらく。

 あと、足をもう上げて頂けませんか。



「しかし、奴隷ではあるのですが、愛を持って接していました!」


「とは申されましてもね。本当かどうかは分かりませんし、口にするのも憚れるのですが……。ナタリアが言うには、そこの娘を縛ったり、鞭で打ったり、蝋燭で云々とか、その他諸々、苦痛を与えたり、嫌がる事をしたりと――」


 アデリーナ様の言葉を村長が遮って叫ぶ。



「そ、そういうプレイなんですっ!!」



 ちょ、村長さん、正直に言ったのかもしれませんが、宜しかったんですか。

 周囲に村民は見えませんが、絶対聞いている奴はいますよ。



「ファルも悦んでおりました」


 ぬけぬけと言うな、ハゲ。

 あと、ファルはそこのフロンの事でした。彼女は偽名を使われていたようです。



「ナタリアは、そこの娘が泣いていたと言っています。あなたとフロンが二人きりになった時には無理矢理、服を破ったりとか」



「だから、そういうプレイなんですっ!!」


 マジかよ、ですよ。

 村長、全部「そういうプレイなんですっ!!」で乗り切るおつもりではないでしょうね。こちらに、それを確かめる術はありませんよ。


 あと、そういった行為も描かれた絵本を持っていたお父さんも村長と同じ趣向が有るのかもと思うと気持ち悪くなってきました。



「白薔薇ちゃん、それは本当だよ。お外にも聞こえてたもん。仲良さそうにヤってたもん。たまに、村長さんも鞭でペシペシ叩かれてたよ」


 エルバ部長が無邪気風に言いました。

 ご、ご覧になったのですか、部長!?


「お、お恥ずかしい限りで」


 はい。死んで詫びろ。



 アデリーナ様は優美な笑顔のまま続けます。この人も凄いです。衝撃的な話に眉一つ動かせません。


「では、ナタリアを裸にして折檻した事については?」


「……あります……。でも、何故か分からないんです……」


 さっきの一瞬の勢いが消えて、村長は再び気落ちする。「そういうプレイなんですっ!」って言った瞬間に殴り付けてやろうかと思いましたよ。


「それ以上もお有りでしょう?」


 アデリーナ様の目が特に冷たくなる。



「そんな事はしていません! もっと成長してからでないと……」


 いや、後半は言ってはダメです。思っていても心の奥底に隠してください。クズですね。



「していないとは言え、あなたが嘘を付いている可能性がありますが。幼い子への虐待は聖竜様の逆鱗に触れるものです」


「……そうですね」


「で、昨日の毒は?」


「それは…………、勝手に口が動いて……。ファルが棚から壺をナタリアに渡して……」


「了解です。では、後はそちらの娘に聞きましょう」


「うん、そうしよう。私も今の説明で納得だよ」


 エルバ部長も同意しました。調査結果とも矛盾した話は無かったということでしょうね。



 それにしても大人の世界は奥が広いという事を学んでしまいました。

 ……知りたくありませんでしたね。興味は…………うん、持たないわ。

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