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白薔薇

 私は傍観することにしました。

 本当に疲れているのです。


 村の人達に囲まれている状況ですが、土の上に座りました。アシュリンさんも私の横に腰を下ろします。

 腰に付いていた兵隊さんは、また倒れていました。勝手に気を失った感じでしたね。魔族の術が切れたからでしょうか。



「この地の代官、シュバイル・トリナーノである。我が配下に狼藉を働き、また、ラナイ村の長であるノルマンの資産を奪ったこと、この眼で確認した。大人しく縄に付くが良い、偽の巫女の一味よ!!」


 声と同時に村人の後方から武装した兵隊さんが出てきて、剣を抜かれました。

 私たちが打って出る事を怖れて、村人を盾に使っていましたね。気高くない選択肢で、余り第一印象が良くないです。


 うん、余裕ですね。強そうな人はいません。

 アシュリンさん一人で全員を討てるでしょう。隣に座っていますが。



 私は疲労から来る眠気に負けた事もあって、欠伸をしてしまう。


「貴様っ! そこの村娘! 汚い口を開けたヤツだ! 村名と共に名を名乗れ!!」


 私かな? 汚くはないでしょう。ちゃんと食事のあとは、水で漱いでいますもの。

 迷ったので、じっと代官さんを見る。


 あっ、私だ。睨み返されました。



「コッテン村の、……シェラです」


 後々を考えると面倒なので、嘘を吐く。

 偽名がすぐに思い浮かばなかったので、すみません、シェラ、あなたのお名前を使わせて貰いました。

 コッテン村の方だけでも適当に思い付けて良かったです。



「貴族に対する侮辱罪の現行犯で処刑する!」


 えー、早い。

 休憩してないよ。もう次の戦闘ですか?


 まとめて、皆を魔法で焼きましょうかね。それが一番楽です。偽名にして正解でした。



 炎の雲を出すために心の中で詠唱し始めたのですが、傍にいたアデリーナ様に小声で止められました。


「……やめなさい。村を滅ぼそうとしていますよね。絶対にダメですよ。私に任せなさい」


 はい、分かりました。私は立ったままのアデリーナ様と目を合わせて同意する。


「その目が怖いのよねぇ。殺気をね、感じるのよ」


 そうなのですか。アデリーナ様は失礼千万ですね。




「お久しぶりです、トリナーノ殿」


 アデリーナ様が微笑みながら語り掛ける。


「偽巫女! お前は誰だ!? 私は知らぬぞ! 下賎な者が私に声を掛けて良いとでも思っているのか!?」


 逆です。お代官様、逆の立場で御座いますよ。その方、王位継承権をお持ちで御座いますよ。


「そうでしたか。それにしても下賎な者だなんて、まさか、その様に言われようとは思いもしませんでしたわ。聖竜様だけでなく、お父様やお祖父様の麗しい耳に聞こえましたら、大変に悲しまれることでしょう」


 堂々とした態度でアデリーナ様は返されました。

 私が同じセリフを言ったなら、はったりにもならなくて場が騒然としたのでしょうが、アデリーナ様は違います。


 本物が言うのですから、迫真の演技とか、そんなものでなくて、「これ、やばいんじゃないの?」って雰囲気で、先ほどまでのガヤガヤが静かになりつつあります。



 そんな中、アデリーナ様は続けます。


「あぁ、シャール伯爵領のチヌール方面管理官管轄域の中のタナン地方事務官担当所属のドール第三秘書官の配下であられるトリナーノ殿に下賎な者と蔑まれるなんて。お知らぬとは言え、一族の恥で御座います。死んで家名にお詫びしとう御座います」


 シャール方言でないイントネーションでそんな事を言われます。


「い、いや……巫女殿……」


 代官様も勢いに呑まれて行くのが手に取るように分かります。



「アシュリン、この私が自決しても最期は立派であったとお祖父様に御伝え下さいませ。しかし、一筋の涙、それさえも家名を汚してしまうのでしょうか。お許し頂きたくお願い申します。白薔薇はラナイの村にて罪なき罰によって散ります。風はサナン・トリナーノ準男爵の甥シュバイル、凄まじき暴風。これが私の遺言となるのでしょう」


 白薔薇? 真っ黒ですよ。

 ほら、さっき、私を射ち貫きましたよ。



 しかし、言いっぷりが正しく貴族様。本当はその上の王家ですが。

 アデリーナ様は場を完全に制しました。



「み、巫女殿、申し訳ありませんが家名を、どうか家名を仰って頂けませぬか?」


 アデリーナ様の演技は更に高まる。


「この私を存じられていないとは。恥辱、何たる屈辱でしょうか。あぁ、場所は王都タブラナル、万物の王の玉座たる遥かなるスナッシュナル宮殿、第三式典大会場、鳳凰の剣の間。共に語ったでは有りませぬか。甘美なる葡萄酒、それさえもお忘れになったのでしょうか」


 みるみる代官様の顔色が青褪めて行く。私には分かりませんが、貴族様同士特有の脅しなのでしょう。

 それにしても、準男爵の甥くらいでも、王宮に招かれる事があるのでしょうか。



「我が家名をお覚えになっておられないとは。いえ、それは私めの不甲斐なさなので御座いましょう。あぁ、獅子の紋章、その左右に双葉の剣。それに連なる我が家を貶めた私をお許しください。そして、このシャール伯領の安寧を心より祈願していると、白薔薇は神々しい剣と盾に誓います」


 獅子の紋章は知っています。伯爵以上の貴族家に下賜される御旗のデザインです。双葉の剣は何なのか分かりません。あくまで、王家の一員であることは隠される訳ですね。


 完全に沈黙が流れます。

 あと「安寧を心より祈願」は逆の意味でしょう。破滅を祈っていると貴族様なら受け取るべきです。よく本に書いてあるので知っています。



「ねぇ、ここも私のお家の領地になるの? 嬉しいな」


 エルバ部長が後押しをします。貴族間で外交戦争をするよねと脅迫されているのでしょう。


「トスカーナ殿に負けず、吹き荒ぶるお祖父様、どうぞご容赦を願います」



 これで、代官様は完全に折れました。

 エルバ部長の発言で、もう一人、貴族に連なる者がいるとも思ったのでしょう。


「み、み、巫女殿……。わ、私が誤っていたようで御座います……。この度は、し、失礼致しました」


「そうで御座いましたか。誤りというのは、この私めを侮辱した事、更には、こちらの醜女シェラへ処罰宣告した事と受け取って宜しいのでしょうか?」


 醜女って……。貴族は召し使いを下に見る風習だとは聞いていましたが、ちょっとショックなんですけど。

 演出的な物ですよね、アデリーナ様?


「そ、その通りです。更には、今回の騒動についてもです。偽告をした村の関係者には、追って処罰を致します。また、そちらのお嬢様が醜女とはとんでも御座いません。し、白薔薇様には及びませぬが、優雅なる慈愛に満ち溢れたるご様子。さながら、薔薇に寄り添う、紫のサルビアの如く。我が見識の無さをどうかお許し頂きたく存じます」


 慈愛?

 ズボンがもはや血色なんですけど、私……。

 でも、お世辞とは言え、嬉しいです。


「カハハ、おい、貴様はサルビアらしいぞっ!」


 アシュリンさんの大声が余計です。

 笑い出しの大声で代官様が体を震わせておられましたよ。



 代官様は配下を引き連れて、そのまま場を離れられます。

 未だ倒れている配下の方々も板で運ばれて行きました。


 村の人々も慌てぎみで散っていきます。


 残されたのは、後日に処罰を受けるであろう村長だけとなりました。罪状は代官を大変な危険な目に合わせたということになりましょう。


 ただ、この人も魔族に操られていたなら、家を破壊されて、家の召し使いを二人も奪われて、更には何らかの罰を受けてしまうという、傍目には気の毒な悲惨な状況です。

 アデリーナ様はどうされるのでしょうか。

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