魔族ではないのでしょうよ
私はアデリーナ様よりも先に答える。
「すぐに殺しましょう。頭を粉々にするのです」
聖竜様から生かすなと指示を受けていますもの。
「……メリナさん、落ち着いて下さい。……正直、私は、あなたも魔族だと疑っていました。転移を出来ることも隠しておられましたし、人間離れした魔法の力もお持ちですし。一番は切断された足の完全な再生。矢を当てれば、正体を現すかと思ったのです」
なっ!
「私は一応人間だろうと言ったからな」
エルバ部長、一応人間って何ですか。
「魔族では無いのでしょうよ。そう理解します。申し訳ありません」
「……疑いが晴れて、……良かったです」
複雑な気持ちですよ。
「えぇ、あなたなら、あれくらいの矢でくたばるとも思っていませんでしたよ。あなたは、腹にゴブリンの槍が刺さっても戦っていたのです」
そんな事もありましたね。お恥ずかしい。
「人間である方が驚きだな。お前、ヤバいな」
「繰り返しになりますが、すみませんでした、メリナさん」
いえ、大丈夫です。
戦闘で無傷な方がおかしいですもの。後ろからの攻撃の可能性を考えなかった私が甘いのです。
次は避けますよ、アデリーナ様。
「で、申し訳ないと言っておきながら、更にお願いしたい事が御座います。この魔族を殺すのは待って頂けませんか?」
アデリーナ様は言うけども、私は反論する。
「ですが、聖竜スードワット様のお言葉は絶対です」
「そうですね。でも、解釈は巫女に任されているのですよ。ご存じありません?」
そうなんですか。でも、解釈のしようは無いと思います。
「メリナ、聖竜、いや、聖竜様からは何と聞いたのだ? 一字一句、正確に言え」
エルバ部長、私の教育の結果が出てきましたね。ちゃんと「様」を付けてくれました。
喜んで答えましょう。
「『何があっても生かさぬように』と仰いました」
命を奪う以外の意味合いはないと思うのです。
アデリーナ様は少し黙ってから声を出した。
「ロルカ巫女長の時代、聖竜様は隣国の人間を殲滅しろと仰いました」
聖竜様にお逢いした人ですね。だいぶ前の時代の巫女だとフローレンス巫女長からお聞きしました。確か、冒険者と共にダンジョンに入り、最深部で聖竜様とお逢いされた方。
「メリナさん、そのお告げをあなたが受けたとしたら、どうなされますか?」
「全ての殲滅は無理でしょうが、なるべく殺し廻ります。私の人生を掛けて」
「ふむ、流石。マジでドン引き。さながら、魔王の誕生を目にするようだ」
エルバ部長が茶化してきました。
「当時の巫女たちは聖竜様のお言葉に困惑しました。しかし、長い議論の結果、隣国と合併することで、滅ぼすべき隣国の民というものを無くしたのです」
それで良いのでしょうか、屁理屈だと思います。
「当時のシャールは独立国で、強大な武力も誇っていました。その状況であるからこそ出来たのでしょうが、聖竜様はそれもお認めになられました。それも直接お会いしてお言葉を頂いたのですよ」
なるほど、興味本位だけでなく、ちゃんと目的があってロルカ様は向かわれたのですね。民を助けたいという信念があってこそ、深いダンジョンにも潜れたのか。
「今回の件ですが、一旦、私にお預け下さいません、メリナさん? その間に聖竜様に真意をお尋ねください」
「と申されましても……。そもそも魔族です。殺さないと被害が出ます」
「私はフロンの行方、もしくはそこの魔族がフロン自身なのかを知らないといけないのです」
そうかもしれませんが……。そいつは間違いなく魔族でありまして、転移魔法で神出鬼没なんですよ。犯罪行為をし放題で嫌われていますし。フロンなのかどうかより優先度が高いと、私は思うのです。
「これは、巫女でなく王家としての命令と受け取って頂いても構いませんが?」
逆らえば、私を殺すということですね。
しかし、私は聖竜様と共に歩む者です。今回ばかりは退きません。
「生かすなと言われたんだろ? それは魔族として生かすなっていう意味かもしれんぞ」
エルバ部長が言う。
「魔族はなかなか死なんからなっ!」
アシュリンさんまで加わってきた。
困りました。
どうしたら、そこにいる魔族の息の根を止める方向に皆を説得できるのでしょうか。
私は視線を魔族から村の方向に遣ります。少し考えを纏めたくて、気持ちを切り替えようとしたのです。
あぁ、関係ないですが、村長と馬に乗った偉そうな人を先頭に村の人々が、こちらに向かっていますね。私が出した火は鎮火したのかな。
あっ、頭の中が何かぼわっとした感じになりました。目には見えないですが、光? いえ、光では頭はぼわっとしないですね。不思議な感覚です。
『ご苦労、メリナか?』
頭の中から聖竜様の声が聞こえる。
「はい!」
思わず声で反応してしまった。
周りのアデリーナ様とかをびっくりさせてしまいましたが、すみません、今は忙しいので、後で説明します。
『魔族を仕留めたか。よくやってくれた。また頼もうぞ』
いえ、だいぶ弱らせましたが、まだ死んでません。
『そうであるか? しかし、魔族ではなく獣人のレベルまで落ちておる。それで良い』
魔族が獣人? どういう事でしょうか?
『知らぬという事も分からんでもない。レギアンスが傍にいれば、訊くが良い』
分かりました。何はともあれ、この魔族は殺さなくとも良いと言うことですね。
『うむ。では、またな。感謝している』
はい。近い内に再会致しましょう。
脳内の会話を終えて、私は皆に告げる。
「聖竜様に確認致しました。その魔族は殺さなくても良いようです」
「マジで?」
「はい」
私は静かに答える。
「メリナ、酒を飲んだのかっ!?」
おい、アシュリンさん。まだ酔払いが何かを言っているとでも思っているのかしら。
「アシュリン、お止めなさい。よく決断してくれました、メリナさん。あらためて、弓を射った非礼をお許し下さい」
おぉ、あのアデリーナ様が私に頭を下げたよ。
思わず、彼女の頭を撫で撫でした。
うわっ、凄い柔らかくてふわふわですよ。
「ちょ、お前、スゲーよ。なんで、弓で射られたお前の方が慰めている形になるんだよ、おかしいだろ」
あれくらいなら、まだ戦えました。だから、気にしていないですよ。
「さぁ、今の内です。狂犬がまた牙をむ、いえ、すみません、余計でした。メリナさんにも同意頂けたので、このフロンさんの姿をした者を私の王都の屋敷に運ぶように手配をお願いします、アシュリン。その後、専門家に詳しくお尋ねして貰いましょう」
「面倒だな。しかし、分かったっ! 後で連絡しておこう」
どうしてアシュリンがアデリーナ様の館を知っているんだろう。
それから、連絡?
アシュリン、王都まで走るの?
さてと、私はエルバ部長に質問しなくては。
「エルバ部長、魔族が獣人になるなど起こり得るのですか?」
その言葉にエルバ部長は驚きの表情を隠さない。
「お前っ! 鋭いじゃないか! マジで聖竜……ぅ様と話ししてんのか!?」
私は首肯く。
「良し! 話してやる。しかし、ここではダメだ。神殿で詳しく教えてやる。その逆に、獣人が魔――」
長い話になりそうだわ。
今でさえ、ダメだとか言いながら続きを話そうとしているし。
拒否です。
「部長もお忙しいと思いますし、あの、詳しくは結構でして、はいか、いいえだけくらいでも良いの――」
「そこの者ども!! 私の領地で何をしておる!!」
私の言葉は見るからに貴族っぽい格好の人に遮られた。そっか、この人達が近付いているのを忘れていました。
「どうしたのぉ?」
即座にエルバ部長が童女の演技をし始めた。




