目を見つつ静かに後方へ
アデリーナ様が放った矢はアシュリンの方ではなく、予想外にも、倒れているフロンの両手両足を射ち貫いた。
フロンさん、短い悲鳴を上げられました。顔も痛みで歪んでいます!
……。う、うん、邪魔だから地面に固定してくれたんでしょう。ありがとうございます、アデリーナ様。
正直、流石に私でもちょっと引きました。私でも気を奪う程度に手加減くらいしていたのですよ。
さて、まぁ、いいです。
これで、私は心置き無く対アシュリン戦に入れます。
「逃げるなよ! 魔族っ!」
私は大声で叫ぶ。
アシュリンはまだ腰に巻き付いている男を離せていないです。よくやってくれています、名も無き兵隊さん。
崖からズサズサと滑り降りてくる音が聞こえます。アデリーナ様とエルバ部長でしょう。
「よくやった、メリナ」
エルバ部長から称賛の声を頂きました。
私はその声に背中を押されて、アシュリンに突進する。
「なんだっ! まだやるのか、メリナっ!」
未だ動きが不自由なアシュリンをあと一歩で殴り付けられるというところで、私の太股が上がらなくなった。それも、両足。
遅れて鋭い痛みが走る。
アデリーナ様、私を裏切った?
光る矢が二本、私の足を貫いた形で留まっているのをチラッと確かめました。
足に力が入らず、そのまま前傾姿勢のままアシュリンの横を転がります。
不味いです。敵の位置を視認できなくなってしまいます。
私は転がる最中に腕やその他のまだ稼働する箇所を使い、体を捻りながらお尻で座る形で止まることができました。ちゃんとアシュリンは見えています。
「エルバ部長、そのバカ、本当に魔族ではないのですね?」
「いや、大丈夫だ。それにしても、マジヤバの狂犬だな。助けるはずだったフロンを平気な顔で殴っていたぞ。自分以外は全て敵だとでも言うのだろうか。軍の最前線部隊に置いた方が国家の為だろ。マジで」
「同感で御座います。躊躇いなく、無関係な兵に容赦ない膝蹴りをされておられましたね。でも、彼女でなければ、乗り移られたアシュリンを戻すのに手こずったことでしょう。仲間を簡単に切り捨てられる、それが彼女の真骨頂なのかもしれませんね」
敵意はなさそう。バカって言われたけど。
もしあれば、火炎魔法で二人を蹴散らそうと思ったのだけど、このまま座っていたら良いのかしら。もう少し様子を見ます。
金属鎧の男を引き摺ったまま、アシュリンが近付いてきて私と目が合う。
「回復魔法を掛けるが、良いかっ!?」
はぁ? 舐めるなよ。
私は足の痛みで涙が勝手に出てきていたけど、首を振って断る。切断された時よりも痛いって、どういうことよ!
「そうか。要らんのだな。動けなかったが、お前の回復魔法は記憶にあるっ! 私のものより効果が高そうだったからな」
「アシュリン、危険よ。背を向けてはいけません。メリナの目を見つつ静かに後方へ移動してください」
まるで野性動物と出逢った時のようなアドバイスをアデリーナ様がなされました。
私は魔法の光る矢が消えるのを待って回復魔法を唱える。
アシュリンがゆっくり後ずさっている。もちろん、腰には男がセットです。
「メリナさん! そのアシュリンは味方ですよ。敵はフロンです!!」
私が立ち上がった瞬間にアデリーナ様の声が飛ぶ。
そうなのですか? 本当に?
「……アシュリンさん、私は巫女戦士ですか?」
「ああ? 狂戦士だろ。あの日の話なら、私は戦士巫女だったか。」
うーん、その回答では確信を持てないです。
私は狂戦士じゃないもの。淑女を目指す乙女だもん。今日はちょっと張り切り過ぎただけだもん。
「いい加減にしなさい!! メリナっ、まだやるなら、狂犬から狂人メリナにランクアップさせますよ!!」
狂人って……。
洒落にならないレベルで、もう魔物みたいな感じになっているじゃないですか。狂犬なら、まだ「強面の方かしら」とか思えるけど、狂人だと誰からも避けられそうですよ。もう私が魔族じゃないですか。
私は戦闘意欲をなくしました。死んだ方がマシとの判断です。
私の様子を見てアデリーナ様は溜め息をお吐きになられた。
「本当に困ったものです。アシュリンの背骨を折ろうとした時はあなたの心臓を貫こうかと思いましたよ」
私は無言で通す。感情としては反感しかありませんから。
「扱い辛いにも程がありますね! ……しかし、お疲れ様でした、メリナさん」
「……ありがとうございます」
仕方ありません。長いものには巻かれておきますよ。疲労が物凄いですし。
「アシュリン、説明をお願いします」
「あぁ、分かったっ!」
アシュリンさんが何があったかを語ってくれました。
救出して村長の家を出るまでは順調だったそうです。
村長の家の地下の食料庫に倒れていたフロンを両手で抱えて走りました。途中で目を開いたと思ったらフロンが唇を重ねて来たらしいです。
で、急に体の自由が利かなくなり、先ほどまでに至るようです。
ダークアシュリンが言っていた通り、体はアシュリンさんの物だったんですね。道理で固いはずでした。
次に闘う時は工夫が必要ですね。考えておきましょう。
「アデリーナ、この矢は転移を無効化出来ているのか?」
「絶対という自信はないのですが」
「うむ。矢の後ろから、こいつの魔力が抜けているようではあるのだが」
「そういう術ですから」
体内の魔力を放出させるのか。とても痛かった理由はそれかな。
「さて、この魔族の始末はどうする?」
エルバ部長がアデリーナ様に訊いた。




