九十五話 魔境の大森林
【ソール砦】にある冒険者ギルドに入ると、喧騒が止む。
自然と視線が俺に集まった。
砦前で派手に暴れたからな。
黒猫は頭巾の中に隠れた。
注目を受けたことが嫌だったのかな。
それとも疲れたのかな。
すると、ゴロゴロと、喉音が背中から響く。
頭巾の中の黒猫が両前足を俺の背中に当て、揉み揉み、「ンン」揉み、揉み「ンン」と、小さい鳴き声出しつつ、マッサージをくり返してしてくれた。
爪の出し入れと肉球の感触が堪らなく可愛い。
母親からミルクをもらう気分ってわけじゃないだろうが、甘えん坊だ。
背中に黒猫の可愛い体重を感じながらギルド内部を進んだ。
ギルドの建物内部は【フォルトナ】の街と同規模のようだ。
床は木目調の板張りが受付台がある奥まで続く。
天井にある魔法の剣と丸い盾が光源という変わった明かりが中央ホールを照らしていた。
お馴染みな光景もある。
冒険者たちが依頼を選びつつ悩んでいる表情は、何処も一緒だ。
俺も見る。
依頼紙が貼ってあるボードを、彼らと同じように思案顔で見つめていく。
依頼、依頼……。
ほぼすべての依頼が【魔境の大森林】。
ランクはC~Aの魔族討伐が多い。
グリズベル、レッサーデーモン、マッカーヤなどの討伐依頼が並ぶ。
俺が倒した黒毛目玉の怪物アービターの名前もあった。
ランクはB++だ。
グリズベルやレッサーデーモンの他にも色々いるようだ。
カドプレパス、レグモグ、ハピアドといった見知らぬ名前のモンスターの討伐依頼がCランクとBランクのボードに貼り出されている。
依頼内容:Bランク〝グリズベル〟討伐十匹
討伐対象:グリズベル
応募期間:無期限
生息地域:魔境の大森林
報酬:金貨五枚
討伐証拠:青毛皮、蹄、眼球、耳
注意事項:馬の四肢を持ち素早い。だが接近戦を好む傾向がある。長剣や弓矢などを用いて攻撃してくるだろう。角持ちの指揮官グレートグリズベルが側にいると難易度が跳ね上がるので注意。
備考:出現数が多いが、Bとなる。毛皮、眼球、蹄、睾丸、等は素材買い取り。
買い取り素材が多い。
睾丸は回収したくないけど。
次はレッサーデーモンかな。こいつも数が多いはず。
依頼内容:Cランク“レッサーデーモン”討伐十匹
討伐対象:レッサーデーモン
応募期間:無期限
生息地域:魔境の大森林
報酬:銀貨五枚
討伐証拠:角、三ツ又槍、耳
注意事項:接近戦を好む。集団で行動。
備考:角、三ツ又槍、買い取り。
後一つ、無期限のだけ選んどくか。
依頼内容:Bランク“レグモグ”五匹
討伐対象:レグモグ
応募期間:無期限
生息地域:魔境の大森林、
報酬:金貨三枚
討伐証拠:黒爪、角、鼻、毛皮、肉
注意事項:鋭い爪による接近戦を好む。鼠を使役し人を襲わせる。集団で行動。暗いところを好む。見た目的に特徴ある鼻があり臭いを嗅ぎ分け人族を見つけるようだ。奇襲に注意。
備考:一度に出現すると数が多いためBとなる。見た目は動物タイプ。黒爪、角、鼻、毛皮、肉、素材買い取り。
合計、四つの依頼を受けることにする。
同じグリズベル討伐依頼の木札を二枚持ち受付へ向かう。
おっ、地図だ。
受付の上に斜めから天井にかけて、魔境の地図と思われるものが描かれてあった。
砦の位置が手前に大きく描かれ、殆どが森の一色。
討伐隊が進んだ位置と思われる場所には赤の×が印してあった。幾つかある×印がある場所は砦から少し離れた位置でしかない。
詳細な地図ではないのか。
地図らしき絵の感想を持ちながら空いてる受付の受付嬢に木札とカードを提出。
「この依頼をお願いします」
「はい。えっと、この数を一人で?」
「そうだ。問題があるか?」
目を細めて受付嬢を見た。
「いえ、では、ここに手を」
受付嬢は俺の視線には動じず淡々と処理していく。
水晶が光り依頼はすぐに承認され冒険者カードを返された。
カードを仕舞う。
少し、この【魔境の大森林】について聞くか。
と、聞こうとした、その時――ギルドの入り口扉が蹴飛ばされ乱暴に開かれた。
「――どこにいるっ!」
なんだ?
大きい声音に思わず反応。
受付に背を向けて、背後を振り向く。
「ン、にゃ?」
黒猫も頭巾から顔を出す。
ギルドの入り口には、ロングな桃色髪が目立つ可憐な女騎士がいた。
右には色黒肌な肩に入れ墨が目立つ筋肉マッチョな大剣持ちの男。
左には杖持ちの白ローブを着る頬がこけた痩躯な男。
「今しがた、ここに来た槍使い、魔族による急襲を退けた槍使いは何処か?」
女性騎士の力強い声が響く。
当然のようにギルド内部にいる冒険者たちの好奇な視線は俺へ集中した。
「む、そこか――」
偉そうな桃色髪の女は皆の視線に誘導される形で俺を一瞥する。
彼女の髪型はマリーアントワネット的な雰囲気を感じさせるロングロール。
銀鎖帷子の上に銀プレートを着込み胸が膨らんだ位置には小さいが国の紋章であろう紅白色の剣が描かれ目立っていた。
腰には銀糸素材で作られたスカートのようなタセット部位が下半身を守っている。
そのスカートに付着するように幅広の金紐が巻かれた戦闘用の長剣が二本ぶら下がっていた。
スマートで背丈が高く、身長は百六十センチは超えているか?
襞のない銀マントを靡かせ歩く姿。
モデルのような優雅な足取りで歩み寄ってくる。
その長い足には意匠が施された銀グリーブを装着していた。
銀尽くしだ。碧色の瞳を持つ、お偉いさんの女騎士とすぐに分かる。
小さい薄桃色の唇が動く。
「そなたが、多くの魔族たちを屠り、あのアービターを倒したそうだな?」
薄化粧で香水が仄かに匂う。
魅力的な美貌の持ち主だ。
「えぇ、はい。そうですが、貴女は?」
「わたしは冒険者Aランクのシュアネだ。クラン【魔境殲滅】のリーダーでもある」
「姫、ちゃんと名乗られた方が……」
姫?
すぐ後ろにいるひょろい魔法使いが、フォローしていた。
なるほど、この美人な女性は騎士じゃなく、姫様か。
桃色髪ということは、
「む、そうか? わたしは、シュアネ・フィ・アーカムネリス。第一王女であり、冒険者でもあり、ここ【ソール砦】の駐在武官でもある」
やはり、王女。
名前からして、アウローラ姫の姉にあたる人か。
そっくりな碧色の瞳と桃色髪だ。
「……シュアネ姫様でしたか、そんな高貴なお方が俺に用ですか?」
「用件をいう前に、ソナタの名を教えてくれないか?」
「これは申し遅れました。名はシュウヤ。姓はカガリ。シュウヤと呼ばれています。冒険者ランクはCです」
「なんと、シュウヤ殿はあれほどの戦果をあげて“C”なのか?」
まぁ、ありきたりな反応だ。
「はい。これが証拠です」
「にゃにゃ」
と、カードを見せると同時に黒猫が肩に戻り鳴いてきた。
「確かに、シュウヤ殿だな。その肩にいる黒猫も魔族を倒し活躍したと、冒険者たちから聞いている。もう一人、女と、さらに骨のような騎士がいたようだが……」
「何かの見間違いでは? ロロは相棒であり使い魔ですから。それで、用件とは?」
「あぁ、その、なんだ。魔族殲滅のため、我がクラン員になって――」
何だ。勧誘かよ。
誘い文句なんて最後まで言わせない。断っちゃお。
「お断りします。では――」
「なっ……」
姫は驚いて口をぱくぱくさせていた。
美人だけど……。
もう、こういった類いのに関わるのは嫌なんだよね。
冒険者カードをそそくさと仕舞い金魚の口になっている姫を迂回してギルドを歩いていく。
「待て――」
姫の後ろにいた大剣持ちが、そう叫びながら色黒の腕を広げ俺を塞いだ。
「姫様の誘いを断るとは、どういう了見だ?」
大剣持ちは釣り上がった目で俺を睨み、そう話す。
何なんだ、強引に入れとでもいうのだろうか。
「それはこっちの台詞だが、まさか、強制的に入れと?」
「いや、そうではないが、ここの【ソール砦】の状況を知ったうえで、姫様のクラン【魔境殲滅】の誘いを断るつもりなのか?」
魔族に攻められている状況か?
そんなこと知ったことではないんだがな……。
「そうだよ」
「我らは十字軍を超えて、魔境における遠征を何度も繰り返し成功させている【ソール砦】のトップクランだぞ?」
トップクランか。
【魔境の大森林】全土における詳細な地図でもあるのかね?
ま、そんな地図があったとして、クランに入ったら目的の場所に行けなくなってしまう。そんなことは本末転倒だ。
“サデュラの森”の場所はエルメスさん曰く、マハハイム山脈に近い南東の森と言っていた。
そうなると、奥の奥を目指さなきゃ行けない。
この人らも強いし頼りになるだろう。しかし、所詮は人の範疇。
足手纏いになる可能性がある。
なので、
「……すまんな。断るよ」
「ベルトラン。シュウヤ殿もそう言ってるのだ。退くぞ」
「は、はい。わかりました」
姫様は残念そうに話してベルトランを止めていた。
そのまま、その姫様ご一行には目をくれずに足早にギルドの外に出る。
この砦には商店街的な物はない。
なんでも屋的な店と宿屋がギルド近くにあるだけだった。
結局、受付嬢から詳細な情報を聞けなかった。
ま、いいか。東南を目指して行けば良いだろう。
宿が左にあるが……。
泊まらずに、いきなり【魔境の大森林】へ突っ込むかな。
入ってきた門は開いたままなので、簡単に砦の外に出られた。
砦前でモンスターの死骸から素材を回収していた冒険者たちが続々と砦に戻っているので、冒険者とすれ違っていく。
すれ違う度に皆が一瞬、俺に注目していた。
倒したのに回収しなかったのが不思議に思ったのだろう。
依頼の成功数に加算されるなら今からでも回収するが。それはないので森林へ向けて走っていく。
【魔境の大森林】に突入した。
暗い……太陽の光がないじゃん。
魔法の光は使わずに<夜目>を使う。
鬱蒼と繁る草場が出迎える。
魔槍杖と魔剣で草を狩りながら進んだ。
だが、急に大森林の表情が様々に変化を見せる。
コケのように一面に短草が広がる場所になったり、焦げ茶色の巨大根が張る地面になったりと、環境が一定ではないようだ。
灌木も多くなり足場が不安定になる。
歩き辛い地面が続き、人が通る道は皆無。
背丈の高い樹木ばかりだ。
でも、不思議とこの沢山ある木々の内部から魔素を強く感じる。
別個に生物が潜むような気配があった。
そして、また、反応を示す。
何だ? 掌握察に何かが反応したような気がしたが……。
樹木の幹を注視しながら見つめるが、何にも起きない。
不思議だが、ここは【魔境の大森林】だ。
そういうこともあるのだろうと思い、首を傾げながらも<導想魔手>や<鎖>を使わずに、自らの足だけで進んだ。
……だいぶ、歩いた。
もう、この辺でいいか。
そこで、すぐ斜め横にある背丈の高い樹木に<鎖>を射出。
枝の上にくると太陽の光で明るいので<夜目>を解除。
日光を浴びながら木々を伝うように移動を開始する。
これはやはり楽だなぁ。楽しい。
暫く、ターザンか忍者のように木々を伝い移動していた。
木々の下、暗い地上には魔素の気配をいたるところに感じたが、木々の上で活動するモンスターはいないようで、未だに遭遇しない。
なので、スムーズに探索できる。
たまたま、木々を伝うモンスターに出会っていないだけかも知れないので油断はしていないが……一応注意をしながら木々の旅を楽しむ。
猿、ムササビ、コウモリ、梟、蛇、蟻、等、幾らでも木の上で生活、木を利用している動物、虫は地球の環境ではいたからな。
このセラの大森林にはどれほどの未知なるモンスターが待っているやら……。
そんな時、大樹から生える異常に太い枝を発見。
寝られるぐらいに横幅がある。
その太い枝上に片膝をつけながら、着地。
立ち上がりながら、自然と太い幹から上へ続く天を覆うほどの巨樹を眺めていく。
砦の近辺にあった樹木より、圧倒的に背丈が高く幹も太い。
大森林が【旧ベファリッツ大帝国】エルフの帝国だったのはよく分かる。
ラグレンに案内されて着いた【テラメイ王国】があったエルフの領域より大きいだろう。
……地面が薄暗くなるわけだ。
ここはまだ太陽の光が届くけど、下の地面は光がほぼ遮断されている。
――お?
魔素の反応が樹木の下から感じられた。
下を覗くと、青毛の馬魔族が列をなして歩いているのが見える。
グリズベルの集団。数が多い……。
しかし、樹木の上にいる俺には気付いていない。
奇襲できるけど無視しよ。
「ンン、にゃ?」
肩にいる黒猫が下を見る俺を見て、疑問風に鳴く。
あの魔族を殺るニャ? と言っている気がした。
「いや、今は探索を優先しよう。依頼のために殺るのはいつでもできる」
「にゃぁ」
黒猫はそう鳴くと、欠伸をしながら頭巾の中へ戻っていく。
「敵が来たら、起こすからな?」
「ンンン」
喉声だけの返事。
全く、良いご身分な猫殿様だ。顔に白粉を塗って馬鹿猫殿様にしちゃうぞ?
そんなアホみたいなことを考えながら、木々を伝い移動を再開。
エルメスの噂話とクロエが話していた本の内容を思い出しながら、周囲に注意を向ける。
丘、大きい大樹、泉だったっけか。
丘は盛り上がっている地形だろうし、近付けば一発で分かると思う。
それらを探すため周囲を探索しながらマハハイム山脈に突き当たるぐらいの勢いで一直線に森を進んだ。
深夜になったので、大樹に生える太枝にまた着地。
この枝上で休憩だ。
姫様に貰った魔造家を初めて使う。
クリスタルを触り「展開」と言った瞬間。
ボンッと効果音を立て、豪華な幕付きテントが目の前に出現。
早速、布扉を潜り中を覗いてみた。
アウローラ姫様が使用していた魔造家とは違い、ベッドの数が一つ少ないが十分広い。
十分だ。ベッド以外でも寝られる空間はあるし。
さて、横になる前に……魔造家から出た。
沸騎士たちに見張りをしてもらおう。
指環魔道具、闇の獄骨騎を起動する。
指輪から黒と赤の糸のようなものが発生。
太枝の上に糸が付着。
枝だが、糸が付着した箇所は沸騰するような音を立て煙を発生させて沸騎士たちが出現した。
「閣下、黒沸騎士ゼメタスでございます」
「閣下、赤沸騎士アドモスでございます」
骸骨状の顔に二対の赤い瞳が二つ。
片膝をついた沸騎士たちが登場した。
「よ、さっきぶり、お前たちを呼んだのはここで見張りをしてもらうためだ」
「はいっ――」
「ははっ――」
重厚なハモり声だ。
傷についても聞いておくか。
魔界でも争いの場になっていると、前にも聞いたが、もう一度聞いておく。
「……突然だが、傷場とは魔界セブドラと、地上を繋げるモノだよな? 前に聞いたがもう一度教えてくれ」
「はい、魔界では、傷を巡って常に争いが起きております。魔界において勢力があるグループが傷場を占領することが多いですが、一定の協定を結ぶ場合もあります」
「協定?」
「はい。セラ進出を優先するために複数の眷族、魔族たちが争わずに連合協定を結ぶ場合があるのです。中には融通の利かない魔族もおりますので纏まりはありませんが」
纏まりがないのは、ある種、魔族らしいとも言えるかもしれない。
「へぇ、俺が会ったことのある魔族たちは連合していたのかな? お前たちもこないだ戦った相手、グリズベルという、青毛の馬型とレッサーデーモンと呼ばれていた人型の頭に長い二本の黒角を持つモンスターなんだけど」
「閣下、グリズベルとは狩魔の神ボーフーンに連なる眷族でありますぞ」
「または、それに近い立場を持つ魔族たちかと推察できます」
やはり知っていたのか。
狩魔の神ボーフーン。
この名前は魔界セブドラの神絵巻で見たことがある。
見た目的には弓を持つケンタウロスの“絵”だったはず。
「アービター。俺が倒した丸い巨大黒毛目玉の緑光線を出すモンスターも居たが、こいつは?」
「魔眼の悪神デサロビアの眷族かと思われます。強力な魔族で狂暴性が高いのですが、知能はあまり高くないのが多いとか」
なるほど、黒毛目玉が問答無用に他の魔族を攻撃していたのも頷ける。
ま、質問はこの辺にしとこ。
別に疲れたわけじゃないけど、魔造家の中で、軽く横になりたいし。
精神的にリフレッシュしないとな。
「それじゃ、少し休憩するから、ここ、樹木の上だけど、見張りを頼む」
「ハッ――」
「お任せあれっ」
沸騎士たちは気合声で返事をする。
俺は頷く。その瞬間、また、常闇の水精霊が視界に現れた。
『閣下、わたしを使ってくださらないのですね……』
『見張りだろ? 必要ない』
『分かりました』
ヘルメは視界から消えた。
俺は魔造家の中へ入り、休憩を行った。
◇◇◇◇
その後は二日掛かって、マハハイム山脈の麓に到着した。
大きい山々だ。バルドーク山が可愛く見えてくる。
この山脈を越えた先の先には、ゴルディーバの里、師匠たちが住む高原地帯があるはず。
あの時とは反対側に来ているのはなんとも不思議だ。
観光的な気分で、もう一度、上から見るか。
<導想魔手>と<鎖>を使い、いつものように空へ駆け上がる。
背丈の高い樹木を越えて、標高の高いマハハイム山脈の下腹部ぐらいの高さまで進んだところで足場を作り、俯瞰した。
マハハイム山脈が世界の壁のように脈々と続いている。
これは凄いなぁ。山の上方を見ると、のっぺらぼうの顔が鏡のような人型、ドラゴン系の巨大なモンスターがうようよと飛んでいる……あれは怖い。
というか、こっちに来ないよな……。
あんまり山際で、高度を高く保つのは止めた方が良いかも。
マハハイム山脈の見学を止め左に延々と続く【魔境の大森林】を見つめていく。
現在位置は【ソール砦】のあった位置から真南なはず。
この山脈沿いに東へ行けば、一応、南東の方角にはなるだろう。
東を見ても、森は絨毯のように遥か遠くまで続いて空と溶け合うような森だし、“サデュラの森”が何処にあるかは分からない。
しらみ潰しで東へ向かいますか。
空中から降りていく。
背丈の高い樹木へ<鎖>を撃ち込み、東へ向けて移動を再開した。
今度は視界をあちこちへ向けながら、ジグザグに動く移動を意識する。
ヘルメ、沸騎士たち、黒猫に手伝ってもらうことも考えたが、遠距離通信ができるわけでもないし俺だけの方が早い。
そんな時、また、休憩に使えそうな太枝がある背丈の高い樹木を見つけた。
だが、何かが違う?
んおっ? 何だ?
今、一瞬、幹の樹皮が蠢動した?
樹木の皮が一瞬動いて見えたぞ……。
その太い枝に着地して、調べようと、太い幹へ近付いていく。
――え?
――うはっ
コワッ、目? 複数の目だ。
樹皮と樹皮の間、何ヵ所もある“ひび割れた暗い箇所”に人族の目らしきモノが複数、蠢いていた。
しかも、その複数の目が一斉に見つめてくる……。
「小サキモノ、気付イタ、我ラニ、気付イタ……」
樹皮の化け物はそんな言葉を響かせると、突然動き出す。
目玉が付いた樹皮が樹木から剥がれメキメキと捲れていく。
樹皮が剥がれた幹の中身はごっそりと抜け落ち、樹木内部の一部がガランドウにくり貫かれたように空洞になっていた。
――うはっ。
捲れた樹皮が一つに纏まり塊になり巨大化していく。
最終的に一つの塊だったモノは木製の人型らしき化け物になっていた。
体長は三メートルぐらいか?
太枝が軋む。
重そうな胴体を支える根っこ状の四つ脚が身体を支えている。
胴体部分にある口らしき部分がメキッと効果音を立てて動いた。
「小サキモノ、オマエ、マ族、チガウ。ナニ者ダ?」
木のモンスターか。
樹皮と樹皮の間にある目玉が忙しなくぎょろぎょろと動いてキモイ。
しかし、何者と呼ばれてもな……。
お前こそ何者だよっ、と強く言いたいとこだけど、我慢した。
「俺は人族に似たルシヴァルという種族だ」
「ジン族? ルシヴァ? シラヌ、シラヌ名ダ……。小サキモノ、ルシヴァ、ウマイノカ? マ族、ウマイゾ」
あきれた。魔族は捕食対象なのかよ。
「俺はウマクないぞ。魔族とは、青毛のグリズベルとか食うのか?」
「ソウダ。アカイ、メ、ウマイ。ウマ脚、タマタマ、ウマイ……他ノ、マ族モ、クウ。ツノツノ、ノ、アソコ、ウマイ」
タマタマ……。
どうやら、グリズベルで間違いないようだ。
どうりで、樹木の上にはモンスターがいないわけだ。
こいつらが樹木に近付く魔族を食っていたのだろう……。
「お前は何者だ?」
「我ラワ……トレント族ダ。ソンナコトヨリ、腹ヘッタ、腹ガヘッタ。オマエ、マズクナイカモ、食ッテ、食ッテ良イカ?」
トレント族か。
つうか、まだ、食う気かよ。戦うか?
『閣下、わたしの魔法で凍らせ水で沈めますか?』
常闇の水精霊ヘルメが視界に登場。
少し頬を膨らませているので怒っているらしい。
『いや、まだ。戦わなくていい。今はネゴシエーションを試したい』
『わかりました』
トレント族というが、こいつらも魔族と同じような物なのか?
まぁ、話してみるか。
「俺は不味いぞ。それに只で食われる訳にはいかない。……俺が、お前らを逆に食ってしまうかもよ?」
「我ラヲ、食ウダトッ、ブボボボボボ……」
瞬時に太い胴体から枝らしきモノが複数生えて、横や縦に伸びては縮みを繰り返した。
「――なんだ?」
「小サキモノ、オモシロイ、オモシロイ。イマハ、食ワナイデオク」
笑ったリアクションかよ。
少し、びびってしまった。
しかも、俺を食わないでおくか。ん、待てよ……。
魔族が食事対象なら、食事を用意したら何か情報が得られるかも?
「俺を食わないでおくか。なら、魔族の死体を持ってきたら食うか?」
「オォォ、マ族、マ族、モッテキタラ、食ベルゾ」
「よし、俺が魔族の死体を持ってきたら、この地域について知っていることを聞かせてくれ」
「ブボボボボボ……ワカッタ、ワカッタ。ヤクソク、ヤクソク。マ族、ハヤク、ハヤク」
「――ンン、にゃにゃ」
木の化物の変な笑声で、黒猫が起きた。
外套の頭巾から俺の肩へ移動してきた。
「ソノ、ケモノ、マ族カ?」
「いや、こいつは俺の使い魔だ。食い物じゃない」
「にゃ」
「フンッ、……マギラワシイ。ハヤク、マ族、ホシイゾ」
それじゃ魔族を殺って持ってくるか。
「わかった。ロロ、降りて狩りだ。行くぞ」
「にゃお」
そう言い残して、太い枝から飛び降りる。
空中で<導想魔手>を展開。
下降しながら足場を何回も作り、衝撃を吸収しながら下降していく。
最後に斜め前方の地面に<鎖>を伸ばし刺す。鎖を収斂させて、華麗に着地した。
魔素の気配はすぐ近くにある。
<隠身>を行いながら魔素の反応があった場所に早歩きで近付いていった。
いたいた。足音が聞こえる。
軍馬のような蹄に踏み砕かれる小枝や落葉。
グリズベルたちだ。
少なくとも二十匹以上の集団で移動している。
先回りして、急襲しよう。
「ヘルメ出ろ」
『はい、閣下』
左目から液体化したヘルメが放出される。
地に片膝をつけて登場した。
「ロロとヘルメは背後から、この音の集団を尾けろ。俺が先回りして急襲する。ロロとヘルメは、その背後からグリズベルたちを襲え」
「ン、にゃお」
「閣下、挟撃ですね。素晴らしい。ロロ様、行きましょう」
黒猫とヘルメは迂回しながら移動していく。
俺も行動を開始する。
前屈みの姿勢で<隠身>を継続。
魔族たちを窺いながら闇に紛れて走っていく。
前方に俺がぶら下がれるぐらいの大きい太枝を発見。
あれは使える。左手から<鎖>を射出して<鎖>を枝に巻き付け、左手へ収斂しながら太枝まで移動。
太枝にぶら下がり、逆さま視点になりながら空中で<導想魔手>を起動。
歪な魔力の手である<導想魔手>の透明な魔手が太枝を掴む。
俺は逆さまな体勢で、その太枝にぶら下がった。
そして、<鎖>を消しては再度射出。
<鎖>を操作して輪を作り、太枝の上に回して下へ垂らした。
暗闇に乗じて、外套で身体を覆いぶら下がる今の姿……。
たぶん、他から見たら、まるで大きい蝙蝠だろう。
バッ○マンだな。アーカムシティは俺が守る?
邪悪な笑みを浮かべながら真下を通るグリズベルを待ち構える。
きた、きた。
先頭をいくグリズベルの頭、首に狙いをつける。
真下を通った。今だっ――。
枝に巻き付けている<鎖>を狙い通りに下へ急発進させて動かす。
<鎖>は太い枝の端を擦りつつ削りながら下へ突き進む。
俺も魔槍杖を右手に出現させながら、地面へ急降下。
輪の形にした<鎖>の先端を歩くグリズベルの首に引っ掻ける。
<鎖>を収斂。背丈の高い枝の上に、クイッとグリズベルを持ち上げるように引っ張り上げた。
グリズベルは首を押さえつつ――。
苦しみながら空中で暴れる。
<鎖>にぶら下がったまま動かなくなった。
バットマ○もそうだが、必殺仕事○的な鎖技と言えよう……。
俺は左手から<鎖>が伸びたのを感じながら――魔槍杖を握った右手を横に伸ばす。
紅斧刃を横に寝かせた状態で着地していた。
右足もその魔槍に沿うように膝を横に伸ばした体勢だ。
――始まりよければ終わりよし。
魔族たちは突然の俺の襲撃に慌てたのか、対処に遅れている。
枝の上で動かなくなったグリズベルに対して、他のグリズベルたちは助けようとしているのか、叫んではケンタウロス擬きらしい馬脚を使った跳躍を繰り返していた。
その魔族、グリズベルたちへ向けて魔脚で間合いを詰める。
魔槍杖を右から左へ扇状に薙ぎ払った。
紅斧刃の一閃により輪切りとなるグリズベル。
今度は左から右へ返すように前進しながら薙ぎ払う。
二匹、三匹、と、電光石火の薙ぎ払いで先頭集団を切り刻み、次々とグリズベルたちを屠る。
グリズベルの背後から黒猫とヘルメも襲い掛かっていく。
挟撃される形となった魔族たちは、ろくな反撃もできない。
ヘルメが左手を振り払い黒靄をグリズベルたちへ放ち視界を暗闇の雲で奪う。
そこに黒猫が触手骨剣を伸ばして頭に手を当て混乱しているグリズベルの頭蓋を突き刺していた。
俺も前進しながら、一旦、<鎖>を消してから再度出現させ変化させる。
イメージは太い三節棍。
ヌンチャクのように三つの棒が連なる棒を完成させた。
魔槍杖でグリズベルの筋肉胸を突き、青毛を燃やし怯ませたところへ、跳躍しながら左手に握った偽三節棍を真正面から振り下ろし、捻り曲がった鉄棒鎖がグリズベルの頭蓋を凹ませると、勢いよく四つの血塗れた眼球が飛び出していた。
他のグリズベルは長剣で襲い掛かってくるが、三節棍鎖のほうが射程は長い。
蛇矛のようにくねり伸びた三節棍鎖が正面から突っ込んでくるグリズベルの分厚い胸を強打。
「ぐぉぉ」
くぐもった声を出すグリズベルは胸を押さえて動きを止める。
そのタイミングで右手の魔槍杖を消しては、鎖三節棍をその場で改良。三の節が蠢き、蛇がグリズベルの首に巻き付くような動きで首に三節棍鎖が巻き付く。そのまま、一気に締め上げてはグリズベルの太い首を千切り取った。
更に、近くにいたグリズベルには先端の鋭さを利用するように真っすぐ伸びる鎖槍へ変えて、フェイントを行うように<刺突>をグリズベルの頭蓋へ突き刺し、鎖槍を消失させる。
そのタイミングで、ヘルメが魔法を撃っている場面が視界に映った。
「アハハハハッ、お尻、お尻、お尻ぃぃぃ」
ヘルメは笑いながら氷礫をグリズベルの青毛尻に放ち倒すと、足から水飛沫を発生させ華麗に木々へ跳躍、三角跳びのような軌道で、宙で身を捻りながら右手から氷剣を出し、近付いたグリズベルの首を刈っていた。
刈った首を蒼い足で踏みつけては、俺に見せるように、こないだとはまた違う独特のポーズを繰り出している。
「動きが鈍すぎますっ――」
恍惚とした表情を浮かべたヘルメはそう叫ぶと、グリズベルの頭を足先から発生させた水で圧殺するかのように踏みつぶし独特のポーズを取りながら、氷剣を消しては右手に氷の靄を作り、自分の周囲を氷の円で囲む。
円の内部には蒼と黝の二色のグラデーションで光る細かいルーン文字が回転しながら動いていた。
「ふふふっ」
彼女は笑いながら、全身から水飛沫を発生させ、氷の円を維持しては脅えているグリズベルに近寄っていく。
氷の円にグリズベルが触れた瞬間、
「ぎゃぁぁっぁ」
分厚い段だら模様が血色に染まり胸元が半分切断されていた。
うは、あれは攻防一体の氷円か。
俺も負けずと狩りながら前進。
ヘルメ、黒猫の挟撃により、グリズベルは逃げる余裕もなく狩られていく。
こうして、そんな時間は掛からずに魔族たちを全滅させた。
二十匹は軽く超えるぐらいに殺ったかな。
「にゃにゃ~お」
黒猫が一仕事を終えたというように鳴きながら走り戻ってくる。
「閣下――たくさん倒しましたっ、見ていてくれましたか?」
常闇の水精霊ヘルメも独特の動きで腕を振りまきながら戻ってくる。
Fはある綺麗な蒼葉に包まれた双丘は張りがある揺れ方だ。
「……見ていたぞ、ヘルメはあんな軌道でも動けるんだな。ロロも良かったぞ」
「閣下……嬉しい。身が震える思いです」
本当に全身の黝葉と蒼葉を震わせているが、指摘はしなかった。
「ロロ、死体を運ぶから、突き刺して運んでくれるか?」
「ンン、にゃ」
黒猫は了解してくれたようで、触手骨剣を地面に転がる骸に突き刺していく。
「ヘルメ、目に戻ってこい」
「はいっ」
左目にヘルメを戻し、死骸をトレントへ運ぶ前に依頼の証拠である耳の剥ぎ取りを行う。
黒猫の触手にぶら下がってる死骸からも耳を切り取り、回収完了。
俺も死骸へ向けて<鎖>を射出させ死骸に絡ませて持つ。
<導想魔手>も使い死骸を持つと、樹木の化け物の前へ魔族の死骸を大量に運んだ。
「オォォ、マ族。マ族ダ。オマエ、ヤクソク、マモッタ。クウゾォォ、オレサマ、アタマ、マルカジリ」
トレントは喜びの声を発すると、青毛のグリズベルの死骸を食い始めた。
腹の口のような部位を広げると、死骸を吸い飲み込んでいく。
不思議だが、咀嚼する音も立てずに、死骸は無くなる。
「タマタマ、クサイ、チンミ、マンゾク、マンゾク。……ヤクソク、ヲ、マモロウ。ナニガ、シリタイ?」
タマタマの部分は馬耳東風。
「“サデュラの森”は何処にあるか知っているか? 丘、泉、大樹の三つが同時にある場所でもあるようだ」
「サデュラノ森? ソノ名ハ、シラナイ。ダガ、オカ、イズミ、ダイジュ、シッテイル。我ラガ、入レナイ、場所ダ。ココカラ、ヒガシ、ズットヒガシ、アル」
丘、泉、大樹。おぉぉ、知っていた。東か。
エルメスさんは噂で南東と話していたが、間違いではなかったということだな。
「トレント族は入れないのか。何かの魔法か結界の作用なのか?」
「マホウ。トウメイナ、壁ガ、アルノダ。我ラ、トレント族ヤ、マ族モ、ハイレナイ、ハイレナイ。 根モ、ハイレナカッタ、アソコ、ウマいノ、アルノカ?」
ほぅ、地中もダメで魔族も入れない強力な魔法結界みたいのがあるわけか。
場所も分かったし、とりあえず礼をしとこう。
「いや、知らない。東にあるんだな。トレント族よ、ありがとう」
「ブボボボボボッ、小サキモノヨ、我ラ、ヤクソクマモル。腹イッパイ、腹イッパイ。ネムク、ネムク、ナッタ。我ラ、ネル。サラバ――」
そう話すと、樹皮と樹皮の間にある目玉が小刻みに動き出す。
人型だった木の化け物は一つの塊に戻り、空洞の幹の中に吸い込まれるように戻っていく。
見た目的には、普通の樹木に戻っている。
大きく幅広い幹を持つ樹木だ……。
魔素もあまり反応しない。
最初に樹木から感じた不思議な魔素は、この樹木の中にいたトレント族だったのかもしれない。
別にどっちでもいいけど。
さて、東に向かうとしますか。
樹木を蹴り、<鎖>を使い、<導想魔手>を使い、素早く楽しく、東へと真っ直ぐ向かう。
そろそろ【ホルカーバム】を出てから十日ぐらい経った頃か。
大商会との約束の期日までは、後二十日ぐらいある。
闇ギルド【梟の牙】の動静も気になるな。
支部を潰した俺の情報も少なからず渡っているはず……。
ま、それはここで用事を済ませて、帰ってからか。




