九十三話 白亜の城
街道を行き交う人々は人族が多い。
やはり、耳長のエルフは誰一人いなかった。
遠くにあった白き城が近くに見えてくる。
尖塔が左右均等に立ち並び、白亜の城壁は優美な外観だ。
「シュウヤ様。聖都はどうですか?」
「えぇ、綺麗で整っています。素晴らしい城に街並みです」
「そう言って頂けると嬉しいです。わたしも自慢なのです、この美しい街に城が」
姫様は誇らしげに語る。
そうして、城門前に馬車が着く。
すると、不思議な感覚が身を突き抜けた。
馬車が城の門を潜った瞬間――何か、ぬめりがある膜のような物を通る悪寒的な感覚があった……。
何だったんだ?
そんな不思議な感想を持っていると、馬車は城の中で止まった。
「到着です。姫様、先に降ります」
エルメスとクロエが先に降りていく。
俺も降りて、最後に姫様が降りた。
「シュウヤ様。出迎えの式がありますので、暫し付き合ってください。わたしの横を歩いてくださればいいので」
姫様が小声でそう話してくれた。
「わかりました」
姫に返事をすると、縦に整列して出迎えた兵士たちが次々にラッパを吹く。
「第三王女アウローラ様の御帰りでございます~」
「公務から御帰りでございますっ」
大声と共に銅鑼が鳴らされ赤い絨毯の上を歩かされる。
なんか、場違いな気持ちだ。
姫様の斜め後ろを歩いていく。
絨毯の先では着飾った衣装を身に纏う貴族たちが出迎えている。
「姫様。御公務、お疲れであります」
「お疲れ様でございます」
「はい、レングリフ宰相、ローガン辺境伯フアン、サディア端麗公、皆様。無事に教皇様と会談を行い、神聖十字軍の派兵は決まりました。それに親書はお渡ししましたよ」
「「おぉ」」
貴族たちは喜びの反応を示す。
「それはそれは。では、陛下にもご報告を、聖王座にてお待ちになっております」
「はい」
姫様はお偉いさんたちへ頭を軽く下げると、前へ進み出す。
俺も姫のすぐ後ろからアーチ門を潜り城の中へ入っていく。
緑の絨毯が敷かれた通路を通り城の大広間に出ると、竪琴のような音楽と笛の音が聞こえてきた。
天井にはどうやって作られたのか分からない天を歩くようにデザインされた神像がある。
しかも、神像からは魔力が放出されていた。神像の周りには特殊なシャンデリアのような水晶体が飾られている。
魔察眼で凝視すると水晶体の先端から放射状に魔線が幾つも大広間、天井を突き抜けているようなので、特殊な結界魔道具なのかもしれない。
左右の壁には格調を感じさせる色彩のモザイク壁画に盾が描かれた紅白色の旗が綺麗に並んでいた。
綺麗な壁や特異な天井の魔道具に感心しながら大広間を歩いて中央にあった階段へ向かう。
その階段下の空間を生かすように音楽隊が演奏を繰り広げ、ピエロの格好をした小さい男たちが踊っていた。
竪琴と笛の音楽はここからか。
俺を含めた姫様一行が通りがかると、皆、演奏を止めてお辞儀をしてくる。
横に広い階段を上がり二階へ向かう。
二階には真っ直ぐ続いている廊下と左右へ続く円形の廊下がある。
円形の廊下の縁には綺麗な紅白模様の垂れ幕が一階の大広間へと下りて、風で靡いているように動くので、宗教的な荘厳さを感じさせる雰囲気があった。
姫様たちは円形の廊下ではなく、天井が曲線状に維持された石のアーチの廊下を進む。
廊下の先にある煉瓦色の両扉は開かれていた。
床には赤い絨毯が敷かれ両サイドの黄土色の縁上を踏みしめて立つ銀色のハルバードを持った重騎士たちが並ぶ。
あそこが謁見の間か? 王宮の中だろう。
毅然とした姿の騎士たちの背後には貴族の人たちが群がっているのが見える。
ざわざわと音を立てながら貴族たちによる好奇な視線が俺たちへ向けられていた。
姫様はその謁見の間である赤い絨毯の部屋へ入っていく。
俺も部屋に入ると膜のようなモノを通り抜けた感覚を得た。
この城に入る時にも滑りを空気中から感じたが……。
すると、鈴の音と銅鑼の音が鳴り響く。
――警告音か?
何事かと、周囲がざわついた。
「――第三次高度結界の反応音だっ! 王を守れっ、王宮内に魔族が侵入したぞっ!」
んあ? 何だ?
大声で叫ぶ騎士風のイケメン金髪男は俺に剣を向ける。
この男は鎖帷子の上に神官の衣を着ていた。
黄土色の十字紋章が目立つ。
他の紅白色の兵士とは違う国の軍人のようだ。
ざわざわ騒ぐ王宮。
俺の正面も同じ。
正面は、赤い絨毯の先の壇の上には、立派な玉座がある。
その玉座には金の冠を被る白髪の王様らしき人が座る。
装飾された玉座と豪華な絹ダブレットは、王様だよ、王様。
異世界の王道だ、凄い。
まさに、中世にタイムスリップした感じだ。
しかし、見学を続ける時間はない。
隣の姫様やエルメスさんとクロエさんも周囲の反応に動揺しているのか、きょろきょろと頭を動かしていた。
ハルバードを持った鎧騎士たちは騒ぐ多数の貴族たちを守るように赤い絨毯の外でハルバードを身構えた。
そして、黄土色の十字紋章が目立つ騎士たちが近付いてくる。
先頭は剣先を俺に向けたイケメンの金髪男。
その男の隣には騎士たちだけでなく、二人の司祭がいる。
片方の司祭は緑色を基調とした地味な衣。
もう一人は赤色を基調としたキラキラ模様付きの豪華な法衣を着る。
「これはクルード様、司祭と大司教に教会騎士を連れて、どういうことです?」
姫様はあの黄色い十字騎士の名を知っているらしい。
クルードという名前なのか。
「それはこちらの台詞ですよ、アウローラ姫。ターリウム王の御前に魔族を伴い侵入させるとは……血迷ったのですか? ひょっとして、陛下を亡き者とする、反乱、謀反ですか?」
謀反?
そんなことがある訳がない。何を言っているんだ?
「父上を亡き者? そんなことは天地がひっくり返っても起こり得ませんっ! 誰が魔族ですって?」
姫様は珍しく怒っていた。
その姫様の怒りを助長させるように豪華な赤衣を纏う司祭風の男がニヤッと顔をいやらしく歪めながら一歩前に出る。
首には教会のお偉いさんが掛けるような黄色十字のキラキラの刺繍が入った前掛けを装着していた。ストールか?
「姫様。わたしはゴルガン大司教です。この度は使節団ご苦労様でした。しかし、魔族を伴ってのご登場とは……些か度が過ぎますな」
その言葉に姫様より早く、エルメスさんが反応した。
「失礼なっ、どこに魔族がいるのだ?」
護衛騎士団団長らしい、荒々しい口調だ。
大司教と名乗った初老の男は、皺に囲まれた細い双眸で、睨みを利かせながら俺を指差した。
「……その黒髪男。姫の後ろに居る灰色外套を着る男。その男がここに入った瞬間に魔族探知の結界が反応しました。高度結界なので、上位魔族と推察できます。人族に変装しているクシャナーン系の亜種の可能性が高いかと……」
あちゃぁ、やっぱり俺か。
<分泌吸の匂手>は使っていなくても反応するのか。
しかし、クシャナーンな訳がない。クナじゃねぇ。
その時、背中の頭巾に寝ている黒猫がもぞもぞっと動いた。
う、今はまずい、そのまま寝ていてくれ。
黒猫は起きてこなかった。
……良かった。今は可愛い黒猫とて、中傷の的になる。
「そんなことは決してありません。このお方は、わたしと護衛騎士団を救ってくださった方。魔族の急襲から救ってくれたお方です。そして、西門を攻撃していた魔族たちとその指揮官を倒してくれた、偉大な方。【聖都】を攻撃していた魔族たちを追い払ったのも、このお方なんですよ? ゴルガン大司教様に教会騎士のクルード様は間違っています」
姫様は力強く反論した。
周囲はその言葉に感嘆の声をあげる。
「……おやおや、魔族を庇うとは……まさか“魔に感化”されているのでは?」
姫様の言葉を打ち消すように、嘲笑して話すイケメン騎士クルード。
「待ってください。わたしは護衛騎士団魔術師長のクロエですが、謂われのないことなので、発言させてもらいます。“魔に感化”など、ありえません。姫様を含め、わたしとエルメスは“対精神防具装備”を身につけておりますので、感化など不可能です。それに、このお方は、魔避けのお香も効果がなく普通の人族です。魔族を多数討ったのも確かですし、ありえません」
魔除けのお香?
そんなもの、何時の間に……あぁ、あのテント内か。
ちゃっかりとクロエは俺のことを監視していたと。
股間を高くしている時も監視していたのだろうか……いやだなぁ、恥ずかしい。
イケメン騎士クルードは彼女の魔術師としての言葉を聞いても、意に介さないようだ。
「ふん、くだらん魔術師の戯れ言だな。誤魔化すのも大概にしてもらおうか。とにかく、その男は我々の結界に反応したのだ。庇いたてるのならば、たとえ、“姫の臣下”であろうとも、教会騎士の十字軍として“異端の疑い”を向けなければならないが?」
金髪騎士クルードは腕を振るい、長剣の切っ先をクロエへ向ける。
エルメスさんはその動きに反応して、腰から長剣を抜こうとしていた。
『至高たる閣下を侮辱する、あの人族たちは許せません。わたしの水で皆殺しに。いえ、生ぬるい、生意気な尻たちへ、千、万の氷礫を生やして、鑑賞しましょう』
左目の中にいるヘルメが怒気を放ち反応した。
『いや、まてまて、何があってもヘルメは外へ出ちゃ駄目だぞ。今、ここで俺の目玉から水が飛び出ちゃ、余計に疑われる。指示を出すまで見といてね』
『はい……』
ヘルメは残念そうに思念を返す。
そんなやり取りをしていると、姫様が一歩踏み出した。
「――貴方たちではお話になりません。お父様? わたしたちを信じてくださいますよね?」
姫様は後ろの玉座に座り静観していた王様に訴えている。
「う、うむ。アウローラ、よく帰ったな」
「ターリウス王――今、こちらに近付いてはいけません。結界に反応したのは確かなのですぞ?」
赤衣を着る大司教がそう語り、王様を止めた。
このままだと、姫様まで立場が悪くなる。
しまったなこりゃ、俺の過失だ。
<分泌吸の匂手>を使用しなきゃ大丈夫だろうと、たかをくくっていた俺が悪い。
ここは直に弁解した方が良いだろう。
前に出るか。
報酬も別にいらねぇし、捕まったら自力で脱獄すればいい。
「あのぅ、すみません。疑っているところ悪いのですが……俺は魔族ではないですよ。姫様がお話をしてくださったように、魔族に襲われていた姫様たちを、救出しましたし、西門では派手に魔族と魔族を指揮する指揮官と戦っていたので、多数の兵士たちが、俺の戦う姿を城門の上から見ているはずです」
と、飄々とした態度を取る。
「なんだと? 魔族が戯れ言を」
教会騎士クルードは、鋼のような鋭い視線で俺を見る。
この教会騎士、偉そうな態度を取るだけの実力はありそうだ。
手や足に魔力を纏っていた。
ま、雑魚兵士より強い程度だろうけど。
「……それでしたら、魔族に効く物を俺にぶつけてください。それでなんともなければ信じてもらえますか?」
「ふん、ゴルゴン大司教。聖水を持っているだろう。あの魔族に掛けてみろ」
「はい。では――」
赤衣のゴルゴン大司教は懐から瓶を取り出して、俺に投げ掛けてきた。
びちゃっと掛かる。水だな。頭から水が流れていく。
ただの水だ。
いつぞやのヴァンパイアハンターと同じ結果だ。
「な、反応がないだと……大司教、それは本当に聖水なのか?」
教会騎士は狼狽して、大司教に話す。
「は、はい。これはわたしが直にスキルで作り上げた高度聖水です。普通の魔族でしたら瞬時に皮膚が溶けて断末魔の悲鳴をあげているはず。高位魔族でも、皮膚は焼け赤くなる筈です。こ、この方は……人族」
大司教は、ばつが悪そうに目を伏せる。
「なんだと!? それは本当の聖水なのか?」
「本物です」
「使えない聖水だな」
教会騎士は聖水が入った瓶を持つ大司教を睨みながら話していた。
「いかにクルード卿とて、聞き捨てなりませんな。司教クラスが特殊スキルを用いて光神ルロディスが愛したとされるアードの葉から何年もかけて抽出した液体に聖鳥クンクルドの羽根を混ぜ合成させて、やっとの思いで完成する聖水の価値を……」
大司教は顔を紅潮させては口端に白いぶつぶつを発生させている。
「クルード様? だから言ったでしょう? 彼は恩人です。いくら教会騎士であろうとも、これ以上の侮辱は許せません」
姫様が大司教側に付くようにイケメン野郎を責める。
「えぇぇいっ、煩い。侮辱はどちらだ。わたしは教皇猊下に選出された教会重騎士長なのだぞっ!! 本国から派遣されている神聖十字軍先遣隊を率いる身である。神聖教会、教皇騎士団に所属する、選ばれし教会重騎士なのだ。その、わたしが、この男を魔族と認定するっ! いいから、あやつを捕らえろ――」
クルードの指示のもと、教会騎士の黄色十字の鎧を着た男たちが俺を囲い出した。
ん~、ここで俺が暴れてもな。
今コイツらを皆殺しにしたら完全に魔族扱いだ。
それに姫さんたちにも迷惑がかかるだろうし、少しの間、我慢して捕まるか。
「そんなことはさせませんっ、エルメス、クロエ!」
「「ハッ――」」
姫の発破を受けたエルメスは長剣を抜き放ち構える。
クロエは魔力操作を行いながら大杖を掲げた。その杖の先から炎が灯る。
「おや、姫が抵抗するとなると……国の根幹事業である聖戦十字連合も無かったことに、更には、この国、【アーカムネリス聖王国】は神聖教会がある、我ら【宗教国家ヘスリファート】と争うことになりますが?」
この生意気なイケメン黄色十字の騎士は派遣されたと話していた。
イケメンだけに【宗教国家ヘスリファート】の外交大使を兼ねた重騎士?
だとしたら、ヘスリファートでかなりの有力者、または背後に教皇の存在があるか、教皇のライバル的な組織の実力者だろう。
だが、参ったな。素直に捕まろうと思ったのに。
姫様は俺を守るために人族の国同士で戦争でも始める気かよ。
嬉しいけど、まずいだろ。
ここは姫様には退いてもらった方が、俺には都合が良い。
大司教の後ろで額に皺を寄せて黙っている王様の態度からしても……。
【アーカムネリス聖王国】は【宗教国家ヘスリファート】と争いたくないのは解る。
なので、姫様に近付いてこそっと耳打ちする。
「……姫様。ここは退いてください。俺、捕まりますので」
「なぜそのようなことを?」
「このまま、外交関係が崩れてもいいんですか? 下手したら姫様だけでなく、エルメスさんやクロエさんまで責任を取らされますよ」
「ですが……シュウヤ様には非はありません」
「いいんですよ。俺は所詮外部の者、切り捨ててくださって構いません」
「恩人に、そんなことができるわけないでしょう?」
姫様は怒っている。眉を潜めて俺を睨んだ。
まぁ、人の良い姫様だ。こんな反応をするのも頷ける。
だが、状況が見えていない。
「……俺がここで暴れてもいいんですか? あの教会騎士もかなりの強さだと思われますが、所詮、俺の敵ではないです。当然、そんなことになったら、姫様たちの国の兵士も俺に攻撃してくるでしょう? 俺は命乞いをしてこないかぎり、全てを潰しますよ……姫様と一緒に過ごしてきた期間は短いですが、俺が話している言葉に嘘がないことはお分かりになられるはずです。戦えば、大惨事になる……と。後、姫様の部下である護衛騎士団のことも考えてください」
俺は半ば脅迫じみた言葉を姫様に告げた。
姫様は泣きそうな顔を見せる。
う、そんな顔を……可哀想だが、仕方がないんだ。
「……そ、それは……わかりました」
ほっ、わかってくれたか。
「エルメス、クロエ。退きなさい」
「え、は、はい」
「いいのですか?」
「退きなさいと、言っているのです」
「「ハッ――」」
姫様のキツイ言にエルメスとクロエは武器を収めて姫様の後方へ下がった。
「――よろしい。下らん茶番はここまでだ。では、その魔族を捕まえろ」
俺はその場で黄色十字の騎士たちに取り押さえられる。
荷物が入って膨らんでいる胸ベルトを押収されてしまうが、とにかく急ぎたいのか、外套や鎧はそのままだった。
頭巾の中で寝ている黒猫にも気付いていない。
勿論、アイテムボックスである腕輪も無事。
抵抗はしていないので、そのまま何事もなく城を出て牢屋がある場所まで誘導されていく。
ま、明日の朝までだな。
朝には脱獄しちゃおっと。
牢屋に入れられて、数時間が経つ。
不思議だが尋問や拷問といったものはない。
というのも、俺が入っている牢獄に黄色十字の服を着る騎士たちは入れなかったからだ。
紅白色の兵服を着る【アーカムネリス聖王国】の兵士たちが【宗教国家ヘスリファート】の教会騎士たちを止めて、俺を奪うように引き連れて牢屋小屋に移動していた。
彼らは罵り合いをしている。
「ここからはお前らの自由にはできない」
「我ら教会騎士に歯向かうのか?」
「そうだよ。ここはお前たちの国ではない、これ以上、英雄を中傷するのは止してくれ」
聖王国の兵士と教会騎士たちは罵り合う口喧嘩を暫く繰り返していた。
「何が英雄だっ! このことは本国に正式報告する。聖戦十字連合に傷ができたことは確かだ。後悔しないようになっ」
そんな捨て台詞を言い残して、牢屋の中まで聞こえていた口喧嘩は聞こえなくなる。
どうやら、言い争いは終わったようだ。
最後の声はクルードと呼ばれていた教会騎士に違いない。
はは、聖王国の兵士たち、やるじゃん。
と言っても、俺が牢屋部屋で過ごしているのには変わりないのだが……。
「にゃ」
黒猫が背中の頭巾から肩へ戻り、俺の顔を見る。
「ロロ、まだ寝てていいぞ。もう少しこの牢獄にいようと思う。朝になったら強引にでも出るつもりだけど」
「ンンン、にゃ、にゃ」
黒猫は喉声で返事すると、肩から離れ鉄格子近くに歩いていく。
――あっ、黒猫の奴。
格子の隙間から外に出ていっちゃった。
「自由に行動しても良いが、朝方までだぞ?」
「にゃぁ」
ちゃんと理解していると思うが、黒猫は振り向きもせずに外に向かう。
そうして、黒猫が出ていってから数時間。
日が傾き夜になった。
後ろの壁の上にある小さい格子から、暗くなった外の様子が分かる。
牢屋といえば、地下牢だけど、ここは城の敷地内にある牢屋小屋だ。
この牢屋小屋に来る前に兵士たちを何人も見かけたし。
兵士の寝泊まりするであろう宿舎や屯所のような建物があった。
脱走対策にもなるので一石二鳥の配置だろう。
固い寝台の上で、寝転びながらそんなことを考えていると、兵士たちとは違う足音が聞こえてきた。
なんだろ? 鉄格子に手をかけて待っていると、
「……姫様にエルメスさんとクロエさんか」
「はい。シュウヤ様。こんなことになり、申し訳ありません……」
「シュウヤ殿、荷物は回収しておいた。牢屋の鍵も外しておく。ご自由に外へ出られよ」
と、エルメスさんとクロエさんから格子越しに胸ベルトを渡される。
短剣類も全て無事だ。胸ベルトを装着しながら、姫様たちは大丈夫か聞いていく。
「――ありがとう。でもこんなことして教会騎士たちが黙っていないと思いますが……大丈夫なんですか?」
「そうですね、他国の騎士とはいえ、神聖教会の騎士はこの国でも一定の影響力を有します。そして、その教会騎士に見つかったら、大変なことになりますね……ですので、わたしたちは、すぐにここから離れなければいけません」
俺が逃げたとわかったら、その責任は聖王国が被ると思われるが……。
まぁ、ややこしいことになると思うから、姫様の厚意に甘えて詳しくは聞かないで納得した振りをしておく。
「……なるほど」
「シュウヤ殿。わたしも姫様と同様に恩人をこういった形で放逐するのは、すまないと思っている。苦渋の決断なのだ……」
エルメスさんは騎士らしく凛々しく頭を下げた。
それに続くように姫様とクロエさんも頭を下げる。
あれほど必死になって俺を姫様側の陣営に誘ってきたヒトの台詞とは思えんな。
ま、権力闘争なんてもんはどう転ぶか分からんもんだしね……。
利用されずに済んだと思えばマシというものか。
「……いやいや、構わないですよ。ついてきたのは俺の判断ですからね。それに、外に出られるんですから」
俺の言葉を聞いた姫様は顔を上げて、胸に手を当てながら瞳を震わせて唇を動かしていく。
「……海はいかなる川をも拒まず、と言いますが、なんて度量が大きい人なのでしょう、シュウヤ様。本当にありがとう」
姫様は海に例えてきた。なんか照れるな。
そして、細い手に持っていた袋を差し出してくる。
「これは報酬です。受け取ってください」
貰った巾着袋を受け取り確認。
中には、大きな金貨と小さいクリスタルが入っていた。
おっ、これは魔造家じゃないか。
「これは……あのマジックアイテムの?」
「はい。未使用の魔造家を急ぎ探しました。この間のわたしが使用していたタイプの小さい物となります」
「おぉ、凄い、冒険者にとっては嬉しいアイテムです。ありがとう」
これは嬉しい。
実際使うかは分からないが。
「良かった、喜んで頂いて。本当はもっともっと、お話をして……槍技も身近で拝見したかったです。そして、ちゃんと、報酬を差し上げたかったのですが……申し訳ございません」
いや、もう十分だろ。高級なマジックアイテムだ。
ありがたく貰っておく。
花多ければ実少なし、という言葉があるが、この姫様は当て嵌まらない。
誠実な女性だ。
「……気にしないでください。報酬はこれで十分です。教会騎士たちにばれたら厄介なことになりますから、もうこの辺りで、姫様たちは帰られた方が良いでしょう。俺は、姫様たちが去ってから数時間後に動きますから」
「……わかりました。シュウヤ様、どうかお元気で」
そう言って、姫様たちは申し訳なさそうな顔を浮かべて去っていく。
朝方になるまで待ってから、牢屋の外へ出た。
――黒猫はどこにいった?
「にゃ?」
屋根上にいたらしい。
黒猫は『やっと来たニャ』というように俺を見下ろすと降りてきて、定位置へ戻ってきた。
「んじゃ、ここから出るぞ」
<夜目>と<隠身>を発動。
掌握察を行い、周囲の索敵をする。
――魔素をチェック。
――クリア。
よし。
<導想魔手>を利用しつつ空中を駆け上がる。
空を飛ぶように高く跳躍――白亜の城壁を通り越した瞬間――。
膜のようなモノを通りぬけた感触を得る。
悪寒が走ると言えばいいか……もしかして、これが結界なのだろうか。
たぶん、そうだろう――そのまま<導想魔手>を蹴る。
高い空を体で抱くように、両手を広げた――。
風を利用する鷹になった気分で滑空からの――また、足下に<導想魔手>を生成し蹴る。
城壁を越えて、高度が高い位置に到達したところで、<導想魔手>を足下に、再び発動。
その足場の<導想魔手>に立ちつつ……。
――城でも見ようかと、風が前髪を撫でて靡くのを感じながら振り返った――。
綺麗な城だが、圧倒的な存在感を有した白亜の城って感じか。
魔法の灯りや松明の灯りが、白色の城を、より白く美しく魅せている。
背景に、桃色髪の御姫様の映像が見えたような気もしたが、白亜の城は独自のライトアップを受けて、白銀色の霧を得ているような……とにかく美しい。
自然とこんな光景を作り出すとはな……本当に綺麗な城だ。
白亜といえば、姫路城、別名白鷺城だが、こっちの城のほうが、もっと白く美しい。
この城の内部をもう少しゆっくりと拝見したかった。
櫓塔の中を見張りの兵士が歩いているのが見える。
さて、見つかる前に然らばだ。
きょろきょろと周囲を見回す。
あっちの方角が、俺がこの都市に入ってきたところ……。
こっちが東門か。街の空を翔るように移動――。
どうせなら、少し見学を兼ねるか。街を見つつ東門に行こうか!
――足場になる<導想魔手>を踏みつつ徐々に高度を下げた。
トントン拍子に赤色の屋根に着地。肩から相棒が跳ぶ。
あっと――屋根の足場が悪い、ぐらぐらする。
しかし、黒猫は平気なようだ。
揺れている屋根をトコトコと歩く。
俺は急いで不安定な屋根を走って縁から飛び下りた。
――五点着地法とはいかないが――転がりつつの着地。
黒猫は触手を壁に刺しては、その触手をゴム紐のように利用して、ぶら下がりつつも自らは壁を蹴って高く跳躍し、違う壁に移ると、その壁も蹴って、反対の方角に跳ぶ。
見事な三角跳びを連続的に行いつつ地面に下りた。
黒猫は決めポーズを決めるように、振り返る。
着地した姿がカッコイイ。
俺も<鎖>や<導想魔手>を使えばできそうだが。
黒猫は足下に戻ってくると、小さい頭を俺の足に衝突させる。
頭を上下させて、一心不乱に頬と耳を擦りつけてくる。
そんな可愛い黒猫を連れて路地裏を歩き出した。
まだ薄暗いから――路地裏は不気味な雰囲気だ。
何か、怪物が出てきそうな感じ。
ここで<隠身>を解除。
魔素には反応はないので心配はしていない。
おっ、そんなことを考えてたら、魔素の反応あり。
……というか、酒場か。
木彫りの看板にはバルムントの集いと書かれてある。
店の前では複数の酔っ払いがふらついていた。
魔素の反応は店内からと、この酔っぱらいたちからだ。
ついでだ。中で一杯飲んで、情報を得るか。
押し扉を開いて酒場の中へ入る。
酒場の中は朝方だというのに、人で溢れていた。
早速、顔を朱色に染めた娼婦が話しかけてくるが、無視して前へ進む。
酒場は奥に広い作りとなっている。テーブル席が縦に続き、左奥にはカウンター席があるのが見えた。
ん? 音だ。
手前のテーブルでは、軽快な音、カッカッカッと机を叩くような音を響かせている。
興味を持ったので覗いて見た。
音の正体はナイフ。
ハンドナイフトリックの最中だった。
――うあっ、俺が見るなり、いきなり手にナイフが刺さって失敗している。
しかし、手慣れた動きで、すぐにポーションをかけて傷を塞いでいた。
トリックに失敗した人は残念そうな顔を浮かべて、向かい席に座る男に金を払っている。
成功か失敗かの賭け事か。
危険な賭けよりも、俺としてはあっちのが興味があるな。
中央のテーブル席ではカードゲームらしき物を行っていた。
札は木札で絵柄は中世のタロットカード的な絵が描かれてある。
ルールはポーカーに似ているようだ。
これはあれか?
脳内でゴッドギャンブラーと言われた漢の出番か……。
おっ、そのカードゲームが行われている奥ではテーブルが退かされて、拳闘試合も行われていた。
野次馬も多く、酒を片手にどんちゃんさわぎだ。
ヘカトレイルにもあったな。酒場では定番らしい。
やはり俺もファイトクラブに入るか?
ピーカブースタイルで頭を振ってデンプシーロールからのガゼルパンチを意識しちゃうよ? でも鵜の真似をする烏状態だからハートブレイクショットを喰らってダウンしちゃうかもな。
さて、ここで楽しみにふけるのも一興だが、やることを優先しますか。
マスターらしき人がいるカウンターへ向かう。




