五十四話 凄腕鍛冶屋からの奴隷市場
ここ数日はゲートを使った鏡の探索は止めていた。
依頼も受けずに自堕落に生活しながら、散策に出かけていた。
シュウヤ・カガリの異世界路地裏散歩道。
そんな番組のリポーター気分で、爽やかな場末の風を感じながら楽しく歩く。
都市で暮らす人々の様子を見て回った。
桶に入れた洗濯板を使い皮布を洗っている人や、洗濯物を干して<生活魔法>の風で乾かしている人、狭い庭では近場の農民たちの共有農地があるらしく、そこで畑を耕して、<生活魔法>で水撒きをしている人もいた。他にも、小さな潜り戸が開かれた先にある雑貨店の敷居を跨いで覗いてみたり、見慣れない界隈の酒場では拳闘の賭け試合があったり、ボディス、袖なしの上着を着るちぢれ髪の美人娼婦が出迎えてくれたりと……そんな感じで、【城塞都市ヘカトレイル】の下町を中心に歩き回っていた。
都市の内部は下水道が整備されている。
公衆トイレ的な厠もあった。
通りにうんこが投げ捨てられている光景はなかった。
ここは魔霧の渦森に入る前に旅をしたファダイク近郊とは違う。
よし、今日の散策はお仕舞いにするか。
頼んでおいた鎧の受け取り日だ。
少し体を動かしてからザガ&ボンの店へ向かうとする。
散策で見つけた空き地がある住宅街の狭い路地を進む。
軒の布屋根が奥に続く。
足元は暗い。雨は降っていないが、湿った空気が満ちている。
が、嫌いじゃない。どこか和む。
布屋根が繋がる壁の向こうから笑い声や話し声が聞こえてくるからだ。
暖かい人々の営みはいい。
下町独特の雰囲気。
そんな和む雰囲気を楽しみつつ布屋根の狭い通路を歩き続けた。
すると、空き地が目の前に広がった。
ぽつねんと存在する空き地。
ここでラジオ体操をする。
訓練もやろう。
「ロロ、訓練をやるから、適当に遊んでこい」
「にゃ」
黒猫は肩から飛び降りた。
壁に向けて跳躍し壁を蹴り上がると天辺に到達すると優雅に壁の上を歩く。
相棒は細い壁の上を前足を交互に前に出してトコトコと歩くと、壁の上から跳躍して住宅街の中に消えた。
数時間後、訓練を終えた。
が、黒猫が戻ってこない。
いつもならすぐに戻ってくるはずなんだが……。
――口笛を吹く。
相棒が消えた住宅街に足を向けた。
すると、住宅街の一角から子供の笑い声が響く。
そこに向かった。
あ、いたいた。黒猫は子供たちと遊んでいた。
おいかけっこをしているようだ。
黒猫はわざと子供たちに捕まえられている。
優しい相棒だ。
捕まると子供たちの顔をぺろぺろと舐めていた。
子供たちは嬉しそうにきゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでいる。
黒猫のお腹に顔を埋めてぶうぶうとお返しの息を吹きかけていた。
子供たちは楽しそう。
黒猫も楽しそうだ。
あはは。
子供の笑顔はいいもんだなぁ。
俺も楽しくなる。レファはどうしているんだろうか。
そんな楽しそうに遊ぶ子供たちには悪いが……。
黒猫に向け――。
――口笛を吹く。
『近くに来たぞ!』と知らせた。
黒猫はすぐに反応。
耳をピンッピンッと縦に横にと動かす。
口笛が聞こえたようだ。
顔を俺に向ける。
と、子供たちと遊ぶのを途中で止めて走ってきた。
黒猫は「にゃ~」と俺の脛に小さい頭を何回も擦りつけてきた。
そして、俺の右腕に飛び掛かる。
いや、腕を伝って肩に乗ってきた。
いつもの定位置だ。
子供たちも黒猫に釣られて集まってきた。
「――わぁぁ、平たい顔だ。お兄さんの飼い猫なの~?」
「あはは! いいなぁ、肩に乗ってる~」
「――ぼくもぼくも~」
「お兄ちゃん、背が高い~」
「なぁ、あんちゃん、一緒にたま投げで勝負しようぜ」
俺は笑顔を意識して、
「そう、こいつは俺の飼い猫であり、使い魔、ペットだ。相棒でもあるんだぞ」
「ン、にゃ」
黒猫も同意するように鳴く。
「へぇ、すご~い。返事してるぅ」
「ん、つかいまってなにぃ?」
「リュリュはばかだなぁ、まほうのせいぶつとかめしつかいのことだよ」
「そうなんだ、タタンはあたまいい~」
「へぇぇ、すごいね~。お兄さんって、つよいぼうけんしゃ?」
「そうだな」
子供たちに少し自慢気な顔つきで答えた。
「――おぉぉっ」
「すごーい」
子供たちは素直に驚きと興奮の目で俺を見る。
このまま子供たちと遊ぶのも良いが、ドワーフ兄弟の店へ行かないと。
「……それじゃ、俺たちは行くところがあるから」
「えぇ、いっちゃやだぁ」
「ばいば〜い」
「猫ちゃんいっちゃやだぁ」
「たま投げの勝負は~?」
片手を泳がせながら、
「すまんな、然らばだ」
と言って子供たちと別れ、ドワーフ兄弟の店に向かう。
背後から「さらばぁ」と子供たちが俺の真似をした声が聞こえた。
さてさて、頼んでおいた鎧、楽しみだなぁ。
どんな感じに仕上がっているんだろう。
にやつきながら路地を歩いていく。
途中、道に迷ったが、なんとか大通りに戻り、道順を思い出して歩いていった。
そしてドワーフ兄弟の店に到着。
「エンチャ? エンチャント!」
「ンン、にゃおっ」
店に近付くとボンが出迎えてくれた。
黒猫はボンをみると、喉声を僅かに発しながら肩から跳躍。
ボンのもとへ走っていった。
黒猫とボンは楽しそうに言葉を交わしている。
「はは、相変わらず謎会話をしているな」
すると、店からザガが顔を出す。
「おっ、ボンが騒がしいと思ったらやはりシュウヤか。もう鎧はできてるぞ、入れ――」
「はい。ロロ、中にいくぞ」
「にゃ」
「エンチャント」
相棒は肩に戻った。
ボンも一緒だ。
店に入り、机に向かった。
頼んでいた新しい鎧がある。
これがザガとボンが作り上げた鎧かぁ。
まず見た目が素晴らしい。
襟は白色のファーがついているから高級感がある。
右肩には丸みを帯びたショルダーアーマーが付いていた。
肘から肩は甲殻の筒状の防具。
リアブレイズのような作りかな。
いいねぇ、この肩の部分。
旧ザクじゃないが、ショルダータックルをやりたくなってくるよ。
胸には八角形の鎧将蟻の甲殻がついている。
必要最低限、心臓だけは守れるように作られている。
その甲殻の表面にはうっすらと魔法陣が浮かんでいる。
更に白色で槍の絵が施されていた。
絵も上手いんだな。
だが、エンチャント部分が際立つ。
魔力の密度が一部分だけ高い。
亀裂が入るようなハニカム状の魔力の線が甲殻の表面と混ざっていた。
……凄まじいエンチャントの技だと思う。
素人目にもそう感じられた。
その甲殻に合うように、毛皮があちこちの繋ぎに使われていた。
腰回りもタセットの草摺りもしっかりとした作り。
足も自由に動かせそうだ。
脇腹には皮ベルトが二重三重に付いている。
細かく変化するだろう体形に合わせる作りか。
丁寧な作りだ、さすがは職人。
早速着てみる。脇のベルトを締める必要もなくフィット。
裏地もなんかサラサラですべすべだ。
青い皮。あぁ、これ、俺が渡した虎皮か。
腰を捻ったが違和感はない。
海竜製のキュイスとの相性もよさそうだ。
薄い黒色の皮手袋も装着。
左手首にはちゃんと穴が空いている。
俺の希望通りに、ちゃんと<鎖>用の穴を開けてくれたようだ。
手首の内側が革細工で縁取られ、稲妻が走るようなデザインが施されていた。
「どうだ?」
「ありがとう、大満足ですよ」
「そうか、作ったかいがある。なぁ? ボン」
「エンチャン、トゥ~」
指を立ててトゥ~って、微妙に変わってるぞ?
口も尖らせて眉間に皺を寄せている。
ドヤ顔だ。
「しかし、本当に見事な作りです。胸のデザインもいい。あと、この魔法がかかったような所は?」
「ボンのエンチャントだ。《光の加護》と《物理防御》が融合したようなエンチャントが掛かっている。詳しくは分からんが、強力だ。防御力が上がると考えればいい。因みに槍のデザインは、わしのオリジナルだぞ」
やはりボンのエンチャントか。ボンは天才だな。
絵も上手いし、このドワーフ兄弟、ただの鍛冶屋じゃないな。
「デザインが上手いですね。ボンのエンチャントも凄いのは分かりますよ」
「まぁな」
「エンチャンットッ」
「ボンも嬉しいようだ」
「はい。あっ、これが代金です。ザガにボン、本当にありがとう」
代金を渡す。
「おうよ。――確かに」
「エンチャントッ」
「それじゃ、早速この新しい鎧を着て散策してきます」
「がはは、見せびらかしてこいっ。またなんか良い材料を持ってきたら作ってやるからな」
「はい。では――」
「にゃお」
新しい鎧のなんともいえない新品の匂いを満喫しながら、大きい市場がある通りを黒猫を連れて歩いていった。
ここの市場は色々な露店があり、人々がごった返している。
店も、毛皮や革靴専門の店、栗を焼いたようなお菓子を売る屋台など、食い物を売る店と衣服を売る店が隣合わせに存在している。
とにかくめちゃくちゃだ。
それに、日によって店があったりなかったり、違う店になっていたりと、ランダム性抜群な激戦区。
この市場、イメージ的には東南アジアや中南米の商店街だろうか……。
ラーメンとかを販売している店があったら速攻でいくんだけど。
おっ、串焼きだ。
露店の一つに肉の串焼きが売っていた。
鹿系モンスターのカセブの胸肉らしい。
玉葱のような野菜と肉が交互に刺され、肉汁が垂れている肉の香ばしい匂いが食欲をそそる。
――うまそうだ。買っちゃお。
俺と黒猫の分を買う。
串焼きを食いながら、様々な客層の群衆に交ざり、適当に散策していった。
そうして市場の外回りを歩いていると、縦長の大きな馬車が市場の端に止まる。
ん? 随分と特殊な大型馬車だな。
馬車を金属で魔改造したような感じだ。
棺桶のようにも見える。
奴隷市場が目の前だし、それに関係するのかな。
気になったので、その特殊な馬車の横合いに移動する。
馬車の横には一本角の馬のような動物が描かれ、家紋のようなデザインがデカデカと描かれてあった。
赤色と黄色と白色で描かれた一角獣。
家紋か? 商会のマークかな。
目立つなぁ、所有者は偉い人なのだろうか……。
その大型馬車の後方の扉が開くと、木製のタラップが地面へと伸びた。
そこから、貴族のような洒落た衣装を身に纏う若い男性と、奴隷と見られる黒い首輪をつけた銀髪の女性が、タラップを踏みしめ降りてきた。
青白い肌に銀髪か。
ん? 顔の左半分に銀のフェイスガード?
最初の貴族風の男性は奴隷商人だろう人族。
白銀の髪の女性は耳が長いエルフ。
しかも、肌が青白いエルフなんて初めて見る。
首に黒首輪を嵌めているから奴隷だと思うが、他の奴隷と違うのか、手足は拘束されていない。続けて、背後から黒色の首輪と手足に鉄の鎖で拘束を受けている多種多様な種族がタラップを降りてきた。
そんな奴隷商が率いる一団は奴隷市の一角を目指して歩いていく。
興味が出たからついていく。
あの奴隷商人と肌が他と違うエルフ……。
奴隷商人は競りに出ている奴隷をチェックするようだ。
鋭い視線でチェックしている。
時折、奴隷商人は隣で歩く銀髪エルフに意見を聞いているようだ。
他の商人たちは、この奴隷商人に一目置いているらしく……。
皆ひそひそと会話する。
厳しい視線をその奴隷商人に向けていた。
一部の奴隷商人たちは避けるように身を退く。
自然と、その貴族のような奴隷商人が歩く道が混雑している通りにできた。
海を割ったモーゼのようだ。
あの奴隷商人、何者なんだ……。
その貴族の風格を漂わせる奴隷商人の下に、着飾った男が奴隷たちを引き連れて近付いていく。
何を話すんだろう。
非常に気になる。
その時、青白い肌の美人エルフと目が合った。
銀色のフェイスガードで顔の半分を隠すエルフ。
青白い肌で、見えているところだけでも綺麗な顔と分かる。
銀色に輝く片目には魔力が宿る。
青白いエルフ……魔察眼を使えるようだ。
俺も魔力を目に留めながら……。
聞き耳を立てるように意識しつつ近寄った。
「【一角の誓い】のケラガン・キャネラス様」
ケラガン・キャネラスと呼ばれた貴族風の奴隷商人は、目の前の奴隷商人だろう男に頷き、
「ドッジネスか。ヘカトレイルは相変わらずの外市場なのだな。市場規模は大きいが、さすがに店が乱立しすぎだろう」
青い目で市場を見渡しながらそう語る。
「はい。しかし、ここは税制の面でかなり優遇されていますので、娼館よりここで合同で売るのが、他の奴隷商人にも都合がいいのであります」
「この賑わいだ。そうなんだろうな」
ドッジネスの説明に、キャネラスは納得するように語る。
ドッジネスは手を揉み揉みと動かす。
謙る態度を取りつつ、鋭い視線をキャネラスの背後に向けていた。
そこには銀髪のエルフがいる。
「……今日は売りですか? 買いですか?」
ドッジネスは猫撫で声でキャネラスに聞く。
「今日は売りだ。ん? その視線、やはり気になるか?」
「えぇ、はい。まさか、その後ろの方は、幻の?」
キャネラスはその言葉に満足気に頷き、
「さすがに気付くか。そうだ、普通のエルフではない、ダークエルフなのだよ。この特別なダークエルフはお前には売らないからな? 今回売るのは、後ろにいる奴隷共だ」
「……では、そのダークエルフは例の地下オークションへ?」
へぇ、あのエルフ、ダークエルフなのか。
ダークエルフといえばの褐色じゃなくて青白い肌。
あっ、また目が合った。
良いね。スタイルも素晴らしい。
んだが、奴隷商人同士の会話が気になる。
視線はスルー。
キャネラスはドッジネスへと顔を向けてしたり顔を作る。
口端を上げた。
ニヤリとした傲慢そうな顔だ。
「……当然だな。市場ではまず見られない……」
と語るキャネラスは、ドッジネスから視線を外し、
「――ハイエルフ同様、本当に存在するかどうか分からないという値打ち物。オークションでは相当値が跳ね上がるだろう」
笑顔のままダークエルフへ視線を向けて語る。
ダークエルフは俺から視線を逸らし、そのキャネラスのほうへと顔を向けていた。
無言のまま頭を下げたダークエルフ。
「ふむ。ドッジネス――そんなことより、買い取り値は幾らだ?」
ドッジネスはキャネラスの問いに慌てて懐から羊皮紙を取り出す。
「は、はい、少々お待ちを」
「分かった。玉石混淆だが、期待しているぞ」
ドッジネスは手に握る金属の細い棒を伸ばす。
鎖で繋がれた奴隷たちの体を調べ出す。
品定めか。
舌を出させたり、股を開閉させたりして、細い棒で体をつつくように調べていった。
調べ終わると、羊皮紙の書類にペンですらすらと文字を書く。
その羊皮紙を持ってキャネラスのところに戻った。
「全部買い取りましょう。こんなもんでどうです?」
キャネラスは羊皮紙を受け取る。
内容を確認すると、眉を動かし、
「……ほぅ。随分と高く見積もったな。ドッジネス、君の要求は何だ?」
「えぇ、それはですね、わたしも例の地下オークションに出席したいのです」
キャネラスは数回頷き、
「ふむふむ……ドッジネスの資格は第一級だな?」
「はい、去年に」
「それならば、ここをだな……」
キャネラスは羊皮紙にペンでスラスラと何かを書き足した。
「なっ……わかりました」
ドッジネスは書類とキャネラスを交互に見つめて焦ったように額から脂汗を垂らし、手を震わせながらも、しょうがないといった感じに何かを書き、キャネラスに見せる。
「……これを出すか。よほど出席したいようだな。よし、取引成立だ。これを持て。それがあれば、わたしの家に入れるだろう。厳冬の月、わたしが所有するペルネーテの屋敷に来なさい。肝心のオークションは年末の九十日から年が明けての初日に開催だからな。早めに来るんだぞ」
何か手渡していた。
「はい、向かいます。どうもありがとうございます」
「では、金貨は馬車へと運ぶように。お前たち――」
キャネラスは背後へ振り向き手を叩く。
奴隷たちに簡単に指示を出した。
奴隷たちはドッジネスのほうへぞろぞろと歩いていく。
やはりキャネラスは所有する奴隷を売り払ったようだ。
買い取った側のドッジネスが連れた奴隷たちは二列になった。
キャネラスは奴隷たちが移動したのを確認すると、ダークエルフを連れて豪華な馬車へ戻る。
ダークエルフは戻る時に、またチラッと俺を見たような気がしたが……。
まあ気のせいだろう。
奴隷商人同士の会話なんて初めて聞いたが……濃密だった。
あんな世界があるのか。
それにしても、何度か出てきた地下オークションが気になる。
クナが死ぬ前に、アイテムボックスを買ったのは地下オークションと言っていた。
残したメモにもそれらしき事が書いてあった。
ペルネーテで開催されるようだが……俺も奴隷商人の免許状があるし、参加できちゃったりするのかな?
そんなことを考えながら、売られている奴隷たちを見ていった。
屈強そうな男や美人はすぐに買われていく。
「そこの兄ちゃん、買っていかねぇか?」
見学していると、奴隷商人に話しかけられた。
「今は興味がないんだ、すまんな」
「そうかい、冒険者崩れの戦士だが、魔導人形を独りで潰したこともあるんだがねぇ」
そいつは首輪を着けた虎顔のマッチョマンだった。
少しその奴隷の様子を見てから通り過ぎる。
この世界に転生して二年だ。
これからも冒険者として生活していくんだから、いつかは奴隷を買うことにもなるだろう。
買うならやっぱり、美人さんで強者がいいな。背中を預けられる相棒のような存在は、黒猫以外にもほしい。
その黒猫は俺の背中の頭巾の中へ潜り込んでいる。
「ンン――」
だが、喉声を発して頭巾から出ると、肩から降りた。
さっき食べたばかりの肉を吐く気か?
と思ったが違った。
腹をどでーんと晒して、地面で背中を擦り始めた。
「背中が痒い?」
「にゃお――」
と鳴くと、くるっと回転しながら立ち上がった黒猫。
先にトコトコと歩く相棒だ。
「ンン――」
その相棒は喉声を発して俺を呼ぶ。
尻尾で地面を叩き出した。
振り向く相棒ちゃん。
その黒猫は、『何を考えているにゃ~、早くこっちに来るにゃ〜』と語っているようにも感じた。
そうしよう。
新しい鎧を着ながらの槍を試したい。訓練するか。
「ロロ、空き地へ行くぞ」
「ンンンッ」
喉声のみ。
先に走り出した黒猫だったが――。
途中で気まぐれを起こす。
肩に乗ってから背中の頭巾に戻った。
――相棒は眠いらしい。
ま、空き地へ向かう間ぐらいは寝かせてやるか。
俺はこの間見つけたばかりの空き地へと向かった。
その空き地に到着。
掌握察で周囲に人気がないか確認――。
猫の集会があった場所だ。
大きな切り株があるだけの広い空間。
――誰もいない。
「ロロ、訓練をやるから起きろ」
「ン、にゃあ」
黒猫は頭巾から肩に移る。
俺の肩を蹴って地面に降りた。
そのまま、両前足を前に伸ばして……『少し眠いにゃ~』といった気分を表すように背筋を伸ばしてから……。
切り株のほうに走り出す。
その黒猫は切り株に乗った。
相棒は、切り株の上で人形のように両前足を揃えつつ俺を見つめてくる。
さて、訓練を開始するか。
走って跳躍――宙空を突く。
――槍を上げ、柄の表面を指で撫でるように柄を回転させた。
体を激しく動かして新しい鎧の具合を確かめていく。
槍はいつも通り――スムーズに動かせる。
新しい鎧に違和感はなし――。
一旦動きを止めた。
明日はいよいよ魔竜王討伐だ。
これを最後にして――。
軽めの調整にしとくか――。
まずは基本――普通の突きを連続で繰り出す。
途中から<刺突>を織り混ぜた。
――<闇穿>からの<刺突>、間を空けずに普通の突き。
最後にタイミングをずらせる<闇穿・魔壊槍>からの連続スキル突きを行う。
次は<槍組手>の歩法――。
捻り、爪先回転、ステップワークを駆使。
あらゆることを想定した訓練を行う。
やはり【修練道】で身に付けた<超脳魔軽・感覚>は凄い。
爪先回転が訓練を行う度により鋭くなり、回避が洗練されてくる。
そうした動きに加えて魔剣を使った訓練も行った。
腕を横や斜めに動かして剣を振るい、蛇行型を意識。
俺はスタミナ抜群、疲れることはない。
そのせいか、本格的な槍と剣の訓練になってしまった。
結局その日の大半は訓練して過ごすことになった。
◇◇◇◇
次の日、魔竜王討伐依頼の集合場所である戦神ヴァイスの広場へ向かう。
大きな公園のような場所らしいが。
すると、肩にいた黒猫が跳躍して先に走っていく。
また何か発見したのか?
俺も足早に黒猫を追いかけた。
入り口らしきところを発見。
ガウンを着たような老人の彫像と、いかにも神っぽい鎧を着て片手で剣を掲げる戦神と見られる彫像が入り口の両サイドに立っている。
ロロはその片方である老人の彫像の上に乗っかり、禿げた頭へ乗り移ろうと狙っているところだった。
「あれ、猫だわ」「ほんとだ」「やけに動きが機敏だな」「ほぉ」「賢人ラビウスの上に乗るとは……」「だが、カワイイもんだな」
……目立ってるし。
冒険者たちが黒猫に注目していた。
ここからは冒険者たちがどっと増えていく。
皆、目的は同じらしい。
俺は少し恥ずかしい思いをしながらロロを呼ぶ。
「おーい、戻ってこい」
「にゃっ」
黒猫はすぐに戻って肩の位置に収まった。
「ロロ、少し大人しくしてろ。これから人が集まるところへ出るから、静かにな」
「にゃお」
黒猫とそんなやり取りをしていると、
「あの猫、可愛いわねぇ」
「俺もあんな猫がほしい」
「やけに従順だな。使い魔か?」
「さあな? 行くぞ」
そんな感じで、暫し注目を浴びた俺と黒猫。
視線に照れて頭を掻きながら、移動している冒険者たちの後を追う。
広場の中心地には、屋根が無い円形の野外劇場のような会場があった。
へぇ、演劇オペラでもやってそうな感じ。
そこに続々と冒険者と見られる人々が集まっている。
――俺もその会場へ向かおうとした時、
「シュウヤ――」
声をかけてきたのは、透明感のある笑顔を持つキッシュだった。
キッシュ・バクノーダ。
見たことのある白色と緑色の騎士鎧に、緑系のグリーブ。
あの悩ましいロケットおっぱいは隠されている。
綺麗に並んだ白い歯が見える笑顔、やっぱ癒されるなぁ。
「……やはり、キッシュも討伐に参加か」
「にゃっ」
「ああ、勿論だ。シュウヤも黒猫を連れてここに来たってことは、参加するんだな?」
「そのつもりだよ」
「よかった。シュウヤと黒猫は強いからな。心強い」
黒猫は嬉しいのか、片足でぽんっと俺の肩を叩きながら、
「にゃぁ」
「まぁ、頑張るつもりだ」
「あぁ、そうだな。わたしも、人生をかけて、故郷、家族を葬った魔竜王の討伐を果たすっ」
キッシュの瞳の中に、はっきりとした憎しみの色が見えた。
「……シュウヤは個人で参加なのだろう?」
「そうだよ」
「なら、わたしも個人参加だ。一緒に会場へ行こう。もう侯爵様と冒険者ギルドのギルドマスターが到着しているらしい。それに、この都市の軍である騎士団のメンバーも壇上にいるとか」
「わかった、行こう」
キッシュと共に円形会場の中へ入っていく。
数百人近くは座れそうな客席がもうほぼ満員になっていた。
俺たちの後ろの方は立つことになりそうだ。
ザワザワと冒険者たちの声で騒がしくなった。
そんな客席に座るメンツを見ていくと、どの人も面構えが厳しく強そうに見える。
獣人も多数いる。
おっ、サラだ。紅虎の嵐も参加か。
「あそこにいる獣人と人族の混成パーティは有名な冒険者クランだな。確か……Bランクの【戦斧のシャファ】メンバーの殆どが戦闘奴隷という曰く付きだ。その向こうにいるのが、同じくBランクの【紅虎の嵐】。その隣が黒と赤のローブ姿から察するに、Bランクの【アリアの放浪者】だ。おっ、なんと、もっと大物がいた。あの二人組の魔法使い、Sランクの【蒼海の氷廟】だ」
キッシュが説明してくれた。
「へぇ、詳しいんだな」
「わたしも冒険者になって数年は経っているからな。今挙げたクランは、ここヘカトレイルだけでなく、東部の近隣で名を轟かせているクランだぞ」
「そっか、知らなかったよ。覚えておこう」
キッシュはそんなことも知らないのか?
という顔で俺の顔を見る。
構わず、今キッシュが話していた有名なクランの面々を見る。
【戦斧のシャファ】の面子は毛むくじゃら。
巨体の獣人が多い。
その獣人たちの胸元には、特徴的なマークがあった。
全身が毛だらけだが、
胸元だけ黒い環の焼け焦げたような痕がある。
毛が剥げていた。
この間の奴隷たちは全員首輪があった。
あの胸にある痕も奴隷の証しなのだろうか……。
人族の女性魔法使いも側にいる。
女性だけ胸に痣がない。
あの女性が主人か。
遠くからだから、いまいちその顔は分からない……。
【紅虎の嵐】は相変わらず綺麗な面子。
逆に厳ついブッチ氏がいるから、バランスはいいのかもしれない。
【蒼海の氷廟】は前の席に座っていた。
キッシュが語っていたSランククラン、やはり二人だけのようだ。
双子かな。人族のようだが違う? 背が小さいし、白肌も目立つ。
二人組の魔法使いの子供。そこで、壇の上を見た。
壇の両側には護衛の黒マスクをかぶった戦士が立つ。
プロレスラー的な護衛だ。
処刑用の斧を両手で抱え持って観客席を見ている。
警備員的な感じかな。
舞台の中央には、主催者の女性貴族と、その取り巻きたちが勢揃い。
左側には紺色の外套を着た老人と、魔法使いの女性が一人。
ん――あれ、エリスさんだ。
エリスさんは左端。隣には整った紺色の外套を着た老人。
紺色の外套を着る老人はエリスさんとは話さず。
右に座る女性貴族と長々と会話中。
その老人と話す女性貴族の背後に立つのは、白髪が目立つ老戦士と若そうな侍女獣人。
青色の鎧を着た騎士風の人たちも女性貴族の近くにいる。
……その女性貴族。紺色の外套を着た老人と話し込んでいるあの女性貴族……。
金髪に青い目。陶器のような綺麗な肌。
鼻筋も高く、隙のない整った人形みたいな顔……。
なんか見覚えがあるような……いや、うーん、その女性貴族の衣装は……。
黒マントと真紅のビロードドレス。
羽織ったマントの縁は銀色で美しい。
黒いマントはピカピカと光を反射している。
細かな宝石をまぶしてあるのだろう。
やはり見覚えがある。
あの女性貴族と老戦士に侍女獣人……。
絶対に何処かで見ている面子だ。
――あぁっ、思い出した!




