三十五話 鍛冶屋
2021/07/25 10:31 修正
「しかし、そんな重い甲殻を持てるとは……凄い腕力だな」
おっぱい受付嬢にも言われたし、
「まぁね」
と無難に答えておく。
キッシュは俺の怪力ぶりに驚きながらも鍛冶屋へ案内してくれた。
通る道はとにかく横道が多い。細かな路地だ。
そんな道や家々を記憶しながら歩いていく。
やがて、鍛冶街だと思われる光景が目に入ってきた。
新品の長剣と槍が立て掛けてある台。
鋼鉄の鎧が装着されてある案山子台。
この店はどうやら鍛冶屋と商店を兼ねているようだ。
隣には本格的な鍛冶の作業場があった。
体格の良い職人が踏みふいごと箱ふいごを使い、汗を垂らして作業を行っている。
俺たちにまで熱々の熱気が伝わってくるようだった。
勿論、近くには炉と金床もあり、人族やドワーフの職人たちがハンマーを振るい、熱された鋼鉄を叩く音を何度も響かせている。
その斜向かいには鍛冶ではなく煉瓦作りの作業場が広がっていた。
煉瓦小屋が五つほど並び、複数の職人が、藁と水と土を使い一から煉瓦作りを行っている。近くには纏まって干されている煉瓦もあった。
ここは鍛冶屋を含む色々な職人たちの店が密集しているエリアか。
そんな通りの一角を曲がった先にある店の前でキッシュは止まった。
「ここがザガさんの工房、【ザガとボンの鍛冶工房】。わたしも装備を見てもらっている。この辺りではかなり有名な鍛冶屋だ」
美人のキッシュが綺麗な緑色の双眸を工房へ向けて話していると、その説明をしていた店からドワーフが現れる。
そのドワーフはオカッパ頭。
まんまる顔で満面の笑みを浮かべている。
笑みを浮かべたドワーフは走り寄ってきた。
「エンチャント? エンチャントォッ」
「え? エンチャント?」
思わずオウム返ししてしまった。
「エンチャントッ」
「にゃ?」
肩にいた黒猫も不思議なドワーフに反応。
「エンチャント?」
「にゃにゃ――にゃっ」
黒猫はこの不思議なドワーフに興味があるようで、俺の肩から降りて、鳴き声を連発しながら近付いていく。
「エンチャン、エンチャントォォ」
「ンン、にゃにゃ、にゃぁ」
黒猫へ向けてエンチャントを連呼するオカッパの髪形のドワーフ。
相棒と未知の会話を繰り広げていた。思わず――。
助けを求めるようにキッシュへ顔を向けるが、キッシュは何事もなかったように笑顔をオカッパドワーフへ向けている。
「ボン君、ザガさんを呼んできてくれないか?」
オカッパ頭のドワーフの名はボンか。そのボン君は、頭から足先まですっぽりと覆うゆったりとした貫頭衣を着ているせいか、余計に丸っこく見えてくる。結構可愛い。
「エンチャントッ」
そのボン君は、元気よくエンチャントという未知なる言葉を言い残し、店へ走って戻っていく。そんな様子を見て、キッシュに、
「えーと、ボン君は……」
「あぁ、あの子はエンチャントという言葉しか話せないんだ。詳しくはザガさんから聞けばいい」
自閉症のような症状かな? そうこうしていると、オカッパ頭のボン君が厳ついドワーフを連れてきた。あれが店主のザガさんかな。
店主はドワーフの中のドワーフといった感じの背格好だ。
もじゃもじゃの茶色の髪で、揉み上げの毛と口周りの髭が繋がり、立派な美髯を蓄えていた。
幅広い額の端から伸びている大きな皺が目尻とふっくらとしている頬に繋がっている。
目は独特の目力だな。
くりくりっとした青い瞳はボン君と似ているが……。
ボン君と違って赤みがかった鼻梁は太く、鼻の穴も横に広い。
髪型と服装がまったく違うので対照的と言えた。
「お、キッシュじゃねぇか」
「やぁ、ザガ。今日はお客を案内、紹介しにきたんだ」
やはり、この強面のドワーフさんが店名にもあったザガさんか。
いかつい肩にチュニックを羽織り、腰には銀の斑の革ベルトが巻かれ、ハンマーなどの鍛冶道具に細工道具をぶら下げている。
職人の風格を漂わせていた。
キッシュに紹介されたので、ザガさんへ頭を軽く下げる。
「……どうも、俺はシュウヤ・カガリと言います。この甲殻の加工なら貴方が良いと言われたので、キッシュにこの店まで案内を頼んだんです」
甲殻をザガさんに見せた。
「ほぅ。オフィサーの丸々一個の甲殻か。重いのによく持てるな? 見た目は人族だが、実はドワーフの血でも入っているのか?」
冗談か? でもザガさんは真顔だ。
だから、俺も真顔で返してみよっと。
「いえいえ、なわけないでしょう。それで、加工してもらえるんでしょうか」
「ふん、冗談だろうに、まぁ見てやる。……確かにこの甲殻は硬い材料として有名だ。扱いが難しく、そんじょそこらの鍛冶屋じゃ無理だな」
冗談か。ザガさんは重い甲殻を太い腕で軽々と持ち上げる。
じろじろと観察していた。
素材の質を定めるように太い指で甲殻をなぞり、コンコンと指先で表面を叩く。
「エンチャントォォォッ」
ボン君が叫ぶ。
笑顔で凄い喜びようだ。
「こら、ボン、近くで大声を出すなっ。これはもっとよく見てみないとな。まだお前の出番があるかは分からんぞ」
「エンチャント……」
ボン君はザガさんにたしなめられると顔を俯かせる。
力なく呟いていた。そのまま背を丸め縮こまってしまう。
ボン君、残念そうだな。
背が小さいから余計に小さく感じる。
するとザガさんが、俺のボン君に向けている不思議そうな視線に気付いたらしく……。
「……こいつを初めて見ると大抵は同じ反応をする。不思議だろう?」
ザガさんはボン君を優しい目で見つめながら落ち着いた口調で語っていた。
「えぇ」
俺は頷く。
「ボンは歳が離れた弟でな? 幼い時から無口で言葉を一切喋ろうとしない不思議な弟だったんだ。親戚は心配してそんな弟を治そうとしたが……教会の司祭に治療代は沢山取られたが、結果はダメで、回復魔法もポーションも効かなかった。そのせいで、父や母にも不気味に思われたボンは、一族から折檻されていた可哀想な奴だったんだが……」
そこでザガさんはボン君を誇らしげに見る。
「実はそうじゃなかった。ボンは凄いんだ」
「凄い?」
ボン君を見る。
あまり凄そうには見えないけど……。
「あぁ、凄いぞ。鍛冶の腕はまだまだだが、俺を超えた付与魔法師だ。正確にはボンの戦闘職業の名は誰も知らないのだがな、予想はできるが」
付与魔法師なのか。
本人があれじゃ分からなそう。
だが、ボン君は凄いと。
「ザガさんを超える?」
「あぁ、俺が鍛冶で付与魔法のスクロールを使い魔宝石に魔法を込めているのを見た途端に、身を乗り出してそれに興味を示してな。……俺が付与魔法だぞ。と説明したら――突然エンチャントという言葉を叫び出したんだ。それ以来ずっと同じ言葉を連呼していたので、おかしな奴だと思っていたのだが……ある日、魔宝石を弄っていたボンの奴が、どうやったかは知らないが、スクロールではなく自分自身の魔力で付与魔法を使い、とてつもない魔宝石を作り出したんだ」
付与魔法か。
「……その付与魔法が、優れた魔法技師を超えて魔金細工師の域をも超えた賢者技師の魔法規模だったんだ。所謂、付与魔法に関する一種の天才という奴らしい。だから、それ以来、ボンには付与魔法を任せるようにして、一緒に店で働いてもらっている」
「エンチャントッ!」
ボン君はとたんに機嫌を直す。
ザガさんに褒められて嬉しいのか笑顔だ。
……改めて喜ぶボン君を見つめた。
くりくりっとした灰色がかった青い大きい目に睫毛も長い。
ドワーフ特有のふっくらとした体つきと丸みを帯びた顔から、可愛いクマサン人形を思い出す。
でも、凄い才能の持ち主なんだな。能ある小熊は魔法を隠すってか。
「エンチャントッ」
俺の視線に気付いたボン君が笑顔でガッツポーズを繰り出したから、俺も笑顔を返した。
ザガさんはそれを無視するように話し出す。
「長々と話したが、それで、これを使って何かを作れってんだな?」
「はい、鎧や防具を。できれば動きやすいのが良いです」
「防具か……まぁ、店の前で話すのもなんだ、こっちへ来い。ボンも来い」
ザガさんは重い甲殻を一旦置いてから肩に羽織っているチュニックを伸ばすと、再度持ち上げて歩き出した。
「エンチャントッ」
「わたしも付いていっていいかな?」
キッシュが聞いてきた。
「あぁ、構わないよ。案内してくれたのはキッシュだし」
ザガさんは重い甲殻を抱え、店の中へ入っていく。
ボン君はザガさんについていく。俺とキッシュも続いた。
店内には大きな机に炉、ふいご、金床がある。
アキレス師匠の工房部屋を思い出した。
店内を見学していると、ザガさんは鎧将蟻の甲殻を幅広な樫机の上へ乗せ、黒い布を取り出した。
懐から羽根ペンを取り出して片手に持っていた。
どうやら布にメモを取るらしい。
「お前さん、シュウヤと呼ぶぞ?」
「構わないです」
ザガさんは布に羽根ペンのような物で何かを書きながら、
「ふむ。鎧は一式、何か他に注文はあるか?」
そのザガさんの言葉で左手の<鎖の因子>マークのことを思い出した。
「あっ、できれば左手の……この部分、穴を空けてください。それと右手はこの通り――手首までしかないですが、小さい装備品があるので要らないです」
身振り手振りで説明。
「……手首の部分だな。右手の部分はなしと……まぁ右上腕部には、その小手に合いそうなのを考えるか、むしろ要らないかもな。動きやすいのを求めているのなら、防御力は削っていいんだな?」
ザガさんはラフな絵を描きながらメモっていく。
絵は意外に上手く、絵描きでもやっていけそうに見えた。
「えぇ、必要最低限で構いません。関節部分の可動域を柔らかく、広く、とにかく動きやすいのが希望ですね。後、重くても大丈夫だと思います。身体能力には自信があるので。今着ている袖が中途半端な黒革のジャケットと合うような感じにしてくれれば嬉しいです」
「ふむふむ。寸法を測るぞ」
ザガさんはメモを取りながら、小さい椅子を用意して、その椅子に乗りながら俺の体を測っていく。
「ザガさん、甲殻の余った材料は買い取り可能ですか?」
測られている最中に聞いてみた。
「ぬ? ザガで構わん」
「はい、努力します」
ザガの顔は皺が多く厳しい顔付きなので、敬語になってしまうんだよな。
「……甲殻の買い取りはできるぞ」
「なら、余った甲殻素材は全部差し上げます」
「おっ、気前が良いな。気に入った。正直ありがたい。鎧作成の代金は割引してやろう。あっ、いや、待て……そうだな。割引はなしで、他の金属や革を混ぜて、より良い鎧に仕上げるというのはどうだ?」
そのザガの言葉を聞き、青白虎の毛皮を持っているのを思い出した。
「良いですね。それならば、……この虎皮なんですが、使えます?」
青白い毛皮を出す。
「おっ、ガルバウントタイガーか。使えるぞ、その色合いは中々のものだからな」
「では、これを鎧に使ってください」
毛皮をザガに手渡した。
「おぉ、気前が良い。――ボン、良かったな。お前の出番が増えそうだぞ」
ザガは俺が渡した毛皮をボンに見せている。
「エンチャ? エンチャントォォッ」
ボンは嬉しそうだ。
ザガもボンの笑顔を見ると優しい顔になっていた。
一見すると厳しい表情なのでおっかない印象のザガだけど、弟思いなんだな。
そのザガは俺へ視線を戻す。
厳しい顔付きに戻っていた。
「値段は金貨六枚で良いだろう。出来上がりは七日後あたりでどうだ?」
相場は分からないが、ザガなら信用できる。
不思議だけど、初めて会った気がしないんだよな。
合縁奇縁という奴かもしれない。
「……わかりました。では、頼みます」
ザガはもう甲殻を弄り始めていた。
俺には見向きもせずに短く「おう」と返事をするだけで、素材に夢中になっている。
職人の目、真剣だ。
「にゃぉ」
「エンチャントッ」
黒猫はボンに挨拶。
ボンも満面の笑みを浮かべると、黒猫と謎の会話を始めていた。
これ以上ここで煩くするのは、作業の邪魔になりそうだ。
撤収しよう。
「ロロ行くぞ。ボンもまたなぁ。キッシュも行こうか」
黒猫は俺に呼ばれると、肩へ飛び乗ってきた。
「わかった」
キッシュはずっと黙って見ているだけだったけど。
「エンチャントォォッ」
ボンが寂しそうな顔を浮かべて両手を左右に振っていた。
特に黒猫だと思うが、俺たちを見送ってくれた。
俺たちはそんなドワーフ兄弟の店を後にして通りを歩く。
「キッシュ、店への案内をありがとう」
「あぁ、役に立ったのなら嬉しい」
隣を歩くキッシュは美人なエルフ。にこやかな笑顔も美しい。
それでいて性格は男前だな。
「……そりゃ役に立ったさ」
短く感謝の気持ちを込めて言う。
「そうか?」
キッシュは嬉しい雰囲気を匂わせるが、疑問風に聞き返してくる。
「ンン、にゃ」
「ほら、ロロも十分と返事をしているぞ」
黒猫はもう一度「ンン」と喉音を微かに鳴らす。
尻尾をふりふりと動かして、ちゃんとキッシュへと可愛らしいサインを送っていた。
「はは、こりゃ利口な猫だ。あの時もロロ殿は凄い活躍だった」
「にゃおん」
キッシュの褒め言葉を聞いた黒猫さん。
嬉しいのか『えっへん』と顔を上向かせる。
首下と胸元のふっくらとした黒毛が揺らぐ。
そのモフモフとした黒毛を触りたい。
しかし、誇らしげな顔だ。
肉球を見せるように片足を持ち上げた。
その片足を下げて、ぽんっと俺の肩を叩く。
前足を握り、魅力的な肉球ちゃんを揉み揉みしたくなった。
キッシュと相棒と、ほのぼのとした雰囲気で会話をしつつ歩いていると、背後に一定の間隔でついてくる魔素を感じ取る。
つけられている?




