二百五十六話 恋の青梨
2022年 6/7 10:57 修正
「……閣下、彼女たちの会話は面白いです。前から聞いてましたが、植物の祭典とやらに興味を持ちました」
「千年植物と似たような植物を探すつもりか?」
「はい、千年ちゃん。あ、今は大人しく過ごしているようですが、持ってきますか?」
「いや、いい」
歌い手のシャナも居るし、余計な音程は必要ないだろう。
「そうですか。しかし、閣下のお尻合いも増えていたのですね……この都市に初めて来た頃が懐かしい」
ヘルメの黝色と美しい蒼色が混ざる美しい双眸に注目した。
彼女の切れ長の瞳の中に、ヴィーネが庭の端に咲いている花々のところへ向かうところ……。
こそこそと隠れながらこっちを窺うレベッカ……。
使用人と話すカルード、ユイとミスティの二人が、ヴィーネが用意したと思われるテンテンデューティーを飲みながら使用人たちと会話している様子……。
続いて、アメリの家族、エヴァたちの家族、ザガ&ボン&ルビア、ご近所の方々と闇ギルドの面々たちが、乱雑に食べて飲みながら合流、見知らぬ同士で何か会話をしている姿が映っていた。
「……色々あった。眷属と仲間も増えて、知り合いも増えたし」
「はい、眷属、家族が増えたことは嬉しいです。そして、このような宴会。生まれて初めての宴会。静かな湖面もいいですが、こういった賑やかな雰囲気もいいものです」
ヘルメは周りを見てから、焚火に視線を移す。
元々は、一日だけの泉の精霊だったんだよな。
生まれて初めての宴会か。
「ヘルメ……」
「ふふ、火の妖精たちも喜んでいます」
「お前はどうだ?」
「はい、楽しいです。閣下がいることで全てが楽しく思えます」
……可愛いことを言う。
そんなヘルメの腰に手を回して抱きしめてあげた。
「あ、閣下……」
「俺もヘルメがいてくれて嬉しい。初めて会った時の衝撃は、いまだに覚えているぞ」
「ふふ、閣下、ボン君が指を差して見てますよ」
「構わんさ……」
ヘルメが指摘するように、肉を食べているボンがエンチャント語を喋りながら指を差していた。
ザガとルビアにも見るように促している。
俺は言葉通り、ヘルメの頬にキスを行ない、唇を重ねて、
「はいっ、そこまでー」
レベッカの素早いツッコミが入る。
「魔素の気配は感じていたさ――」
ヘルメの腰から手を離し、ツッコミを入れてきたレベッカの手を逆に掴んで強引にレベッカを抱き寄せた。
「あぅ」
レベッカは抱きしめられると思わなかったようで、変な声を出して驚いていた。
優しいシトラス系の匂いを得た。
エルフの女性に多いような気がする。
「驚かせたか?」
「うん、けど、脇腹をくすぐられるよりマシかな?」
まんざらじゃないレベッカ。
「お? それは、くすぐられたいというアピール?」
「違うわよっ、でも、こういうみんなで楽しむ宴会はいいわね」
「あぁ、これを機会に顔合わせもできるだろうし、たまには宴会もいいだろ」
「うん、知らない人と話をしたら、実は武術街に住んでいた方でベティさんの紅茶が好きなお客さんだったんだ。会話が弾んだの」
「縁があったんだな」
「うん、隠れた縁。皆、どこかで繋がっているものなのね」
「あぁ、そうだな」
「ベティさんとレベッカが売っているから紅茶を買いに行こうって客も多いかもだ」
「ふふ」
「レベッカの売り子がカワイイからなぁ」
「……真顔で言わないでよ。ドキッとしちゃうでしょっ」
視線を逸らすレベッカ。カワイイ。
気を取り直すようにキリッとした表情を浮かべるとレベッカは俺の唇を見ながら、
「……わたしが売り子している時、武術街の面々とは接点がなかったし少し驚いちゃった。意外とベティさんの紅茶、この辺りで人気なんだと実感した。ザガさんも客から聞いたことあるって言っていたし、ベティさん何も言わないんだもん」
レベッカは笑顔で話す。小柄の腰に廻した手から感じる彼女の柔らかい体の感触がいい。
「で、ちゃんと肉とか食ったか?」
「変なことを聞くのね。当たり前よ。邪界ステーキ、迷宮で散々食べたけど飽きることがないかも。グニグニの焼肉と野菜をいっぱい食べたわ。あ、買っておいたお菓子っ。まだ、食べてない。後でエヴァと食べよっかなぁ」
食いしん坊なレベッカだ。
「そか、よしよし」
そんな調子でレベッカと軽くハグ。
背中を優しく撫でていると、
「おやおや、見せつけてくれるじゃないかァ」
御婆さんの声だ。
「あ、ベティさん」
レベッカは恥ずかしいらしい。
レベッカは急ぎ俺から離れて、取り繕う。
「いいんだよ。若いんだから、もっと抱き着きなさい」
「ううん、いいのよ。ベティさんのお酒とおつまみ持ってくるわね――」
レベッカはベティさんの両手が空なのを見て気を使ったようだ。
急いで、使用人たちのもとへ走っていった。
「ふふ、シュウヤさんといったね? レベッカが信頼しているようだ」
「あ、はい、お世話になっています」
ベティさんはレベッカの母親のように、酒、つまみを張り切って用意しているレベッカの様子を眺めて……。
目を細めて微笑を浮かべていた。
皺が減ったように見える幸せそうな笑顔だ。
そんなベティさんの表情を見ていると、開放市場で買った青梨を思い出した。
決して、ベティさんの顔が青梨に似ているわけじゃない。
ベティさんは、何も食べてないようだし、その青梨をあげよう。
アイテムボックスから青梨を取り出す。
……魔力漂う美味しそうな青梨。
少し嚙りたくなる魅力がある。
「……ベティさん、これを受け取ってください。要らなかったら捨ててもらって構わないです」
「これの青梨を、わたしにかえ?」
ベティさんは豊麗線をきゅっと口角を引き上げ、微笑む。
お婆ちゃんだが、可愛らしい笑顔だ。
青梨を受け取ってくれた。
「はい」
ベティさんは喜んでいたが、途中でキッと鋭く睨み出す。
「全く、天然の男なんだねぇ……」
「えっと? 天然?」
「この青梨さね、この下の表面に紅い斑点があるだろう?」
ベティさんは青梨の下部の表面にある斑点に、枯れた枝のような指を差す。
確かにあった。これが意味があったりするのか。
「……あ、はい」
「これは、最近、滅多にお目に掛かれない青梨なんだよ」
「魔力を感じたのはそのせいでしたか」
「魔力? それは分からないねぇ。昔から、この紅い斑点がある青梨は、とびきりに美味しく質の良い証拠とされる青梨なんだ、別名、恋の青梨。これを、男が女にプレゼントしたり、愛の言葉と共にプロポーズをしたり、デートをしましょうという意味もある。恋の青梨だったのさ」
なんだと……俺はベティさんと結婚!?
なわけねぇ。
「し、しりませんでした」
「まぁいいさね、このことは、あの子に内緒だよ?」
ベティさんは、にこやかに片目を瞑りウィンクを繰り出してから、青梨を食べていた。
「ふゃっふゃっふゃっふゃ……」
やべぇ、ベティさんはふざけているのか変な笑い声をあげて食べていく。
逃げよう。
「で、では、向こうに行きます。楽しんでください」
「あぁ、そうするさね」
その場から足早に離れて、ボンが踊っている火の回りを歩いていくと、
「この素晴らしい催しに呼ばれて嬉しいですぞ、シュウヤ殿」
大通りを挟んで、お向かいにある道場主のトマスさんが挨拶してきた。
カルードが側に居たので、彼と何か話をしていたらしい。
そのカルードは闇ギルドの面々たちのグループに合流してメルと話し合っている。
「……あ、どうも、トマスさん。ご近所ですからね」
「はい。連れてきた武術互助会のメンバーたちも楽しんでいるようです」
トマスさんと武術互助会のメンバーか。
「それはよかった」
「今日は、家内のナオミも連れて参りました」
トマスさんは隣に居る女性を紹介してくる。奥さんか。
「……シュウヤ様。はじめまして、トマスの妻のナオミと申します」
おぉぉ、美人さん。ナオミさんは丁寧な所作で頭を下げてくる。
トマス氏、やるな。禿げて無精髭が目立つが、渋いマッチョなだけはある。
「……これはご丁寧に、ナオミさん。はじめまして。俺はシュウヤ・カガリといいます」
「はい、わたしは、互助会の会長代理も務めさせてもらっているんです。今日はお招きをありがとうございます」
ナオミさんは、細身だけど、女の武芸者かもしれない。
言葉の節々だけでなく、武の雰囲気を持つ。
「……互助会という活動は素晴らしいですね。今後も暇があれば協力したい思いなので、気軽にこの家へ訪ねてきてください」
そう心を込めながら語り、紳士的に頭を下げる。
美人である前に、その活動が素晴らしい。
「こちらこそ。夫は仕事がら家に居ない事が多いですから、宜しくお願い致します」
そうして、古風美人のナオミさんと会話を続けていく。
途中で、隣に立つ筋骨隆々なトマス氏から、武術街の互助会仲間である人族の剣術家と思われる男性、虎獣人の槍使い、人族の槍使いの男性、鱗人の格闘家のような女性を次々と紹介してくれた。
すると、近くに居たアメリとナオミさんが話を始めていく。
アメリの父さんは、ミスティや使用人たちと錬金商会の魔石の取り扱いについて話し込んでいた。更に、ザガもその会話に混ざり錬金と鍛冶についての話で盛りあがっていく。
ボンは火の回りでスキップを始めていた。ルビアは笑いながらもボンの真似をしようとしている。
俺はアメリとナオミさんの会話が気になった。
さりげなく、耳をそば立てる。
耳がピクピクと動いているかもしれない。
「こんばんはです。アメリといいます」
「あら、貴女は……厳しい貧民街での互助会活動に参加をしている?」
ナオミさんは、アメリのことを知っているようだ。
「はい」
「聞いたことがあります。目の不自由な方が、身寄りのない貧しい人々を助ける活動に参加していると」
ナオミさんは感心した様子でアメリの姿を見る。
「そうなのですか?」
「えぇ、はい。今宵は素晴らしい方に出会えました……わたしも、この武術街で互助会の活動を行っている、ナオミと申します」
「ナオミ様ですね。わたしこそ同じ思いです」
アメリはイイ子だな。
神はどうしてこんな素晴らしい子に枷を……。
しかし、この出会いは良縁になりそうだ。
アメリを呼んでよかった。その彼女たちは、
「今後は連携して互助会の活動を行いましょう」
「はいっ」
と語り合うと、神咎をうけて盲目になった話、病に臥せっていた父のために薬草を売り歩いていた話、俺とヘルメにその父が救われた話、様々な話を続けていく。
その様子を、微笑んで見ているとルビアが近寄ってくるのが見えた。
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