二百十九話 邪界導師との激闘
2020/12/25 修正
◇◆◇◆
樹木が不自然に倒れた場所に、魔獣に乗った集団がいた。
彼らは影のような揺らめきを持つローブを羽織る。
「ここか、追い付いたな」
先頭に立つ人物が呟く。
ローブから覗く口元は闇の一色に染まっている。
顔の形は分からない。
「……キレ様、本当にあの未知なる者を?」
「そうだ……」
キレと呼ばれた人物。
ローブの間から出した両手で、フードを上げた。
顔の表面に貼り付いているかのような仮面。
その仮面に付着した皮膚ごと剥がすように闇の仮面を剥いで脱ぐ。
新緑色の髪が靡く。
人族と同じ双眸の合計三つ目をもつ種族、邪族だ。
端正な顔立ちだ。地上で仮に彼を見たら、三つ目のある人族系の亜種と思われるだろう。
そのキレという人物は、三つ目の瞳で、疑問を呈した部下を見ると、部下の一人が、
「キレ隊長、ソソイロスはびびっているんでしょうよ」
「ガムザ……」
「ソソイロスの気持ちも分かるわ。ウルサルグル山脈のように聳え立つ無数の樹木がここまで薙ぎ倒されている状況って、ちょっとねぇ……」
キレの部下の全員が闇の仮面を剥いで脱いでいた。
彼らは邪界導師キレの直属の部下たち。
影鷲王スレイド率いる邪界導師たちの一角、邪神シャドウを崇める軍隊の一部である。
シュウヤに討たれた邪界騎士デグが所属していた導師隊のメンバーだ。
「ガムザとキリの言葉に同意します。ここは我らの領域外。未知の魔族、邪族、杳として行方知れずの気狂いがいるかもしれません。しかも、あの山向こうには、ウルサルグル山脈とは違い、神々が放っておくほどの巨大なモノたちが棲む弱肉強食の領域……」
ソソイロスはシュウヤたちが薙ぎ倒した森林の道を見ていた。
彼の腰には銀色に輝く二つの斧がぶら下がっている。
「……ソソイロス、お前の種族は視力がいいからな。この森がその巨大なモノのように薙ぎ倒されている光景を見て怖じ気づいてしまったか?」
彼の種族はキレが述べたように違う。
邪族の一つウルバミ族。視力は地上に住む人族の比ではない。
しかも、戦士でありながら邪精霊使いという独自の魔法技術を有し他の邪族にはない光を見ることができる。
髪の色は黒。額に入れ墨があった。
「……はい。怖いですね。我らウルバミ族の視力は確かに優れ、遠くからも追跡が可能ですから、相手がどの程度の力を持つか想像はできます。だから、用心深いのです」
「正直な男だ。お前だけでも邪軍へ、他の邪界導師たちのもとへ引き返すか?」
キレは笑っていた。
答えは分かっているのに聞いているという顔だ。
「……ふっ、キレ様、ご冗談を。愚痴を聞いてくださる隊長を失くしたら、わたしの存在意義がない。このシーグの斧でキレ様をお守りいたす」
ソソイロスは目尻を下げると、腰にぶら下がる銀色に輝く斧を見せるように視線を向け、キレの問いに答えていた。
「よし、ならば、覚悟は決めてもらうぞ」
「承知しております」
「我らもキレ様に付いていきますぞ!」
「そうです。デグだけを先に逝かせるわけにはいかない」
キレの配下たちは口々に気合いの声をあげた
「わたしの采配を崩し直近のデグを殺した未知なる者を討つ!」
キレは邪界導師のプライドから自信のある表情を部下たちに見せると――。
中割れた影的なローブを背中へ回し、胸元を覆う滑らかな甲殻鎧を見せた。
左右の肩口から直刀剣の柄を覗かせる。
腰ベルトから着脱式の金具と紐が結ぶ剣帯に納まった二つの直刀剣が腰の左右にぶら下がっていた。
邪軍で有名な双剣のキレ。
四剣のキレと呼ばれているように。
この四剣で未知なる者を仕留めると、意気込むキレ。
彼は馬型魔獣の脚を、不自然に薙ぎ倒された森林地帯へと向けた。
◇◆◇◆
俺たちは巨大猪と片腕だけの異質なモンスターを倒した。
肉、骨、大魔石を回収して順調に森の中を進んでいく。
その途中、香箱スタイル気味で肩で休んでいた黒猫さんが、
「ンン、にゃ~」
と、おもむろに起き上がると、跳躍する。
そのまま森の奥へ走り出してしまった。
「ロロ、あまり奥に行くなよー」
何か匂ったのか?
あ、オシッコタイムかもしれないな。
と、黒猫の可愛い後ろ姿を見ていると……。
――背後から不自然な気配を、掌握察が捉えた。
魔素が複数、この大きさで、この速度は目的があっての行動。
用心しながら背後を振り向く。
「皆、敵か分からないが、魔素が複数こっちに向かってくる」
斥候担当の俺が皆へ報告。
「分かりました」
「複数……」
「何かしら」
少し時間が過ぎてから、反応を示した方角から魔素の主たちが現れた。
颯爽と登場したのは三つ目の邪族。
先頭に立つ邪族は鼻梁が高く端正な顔を持つ。
緑の頭髪の上に漆黒色の仮面が乗っている。
「見つけたぞっ、未知なる者!」
緑髪の彼が魔獣の上から叫ぶ。
未知なる者か。
漆黒の鎧にマント。
肩口から直剣の柄巻を覗かせていた。
カッコイイ邪族だ。
素直に三つ目邪族の恰好を内心で褒めていると……。
その三つ目の邪族が二つの上腕を肩口へ伸ばし柄巻を握る。
小気味いい金属音を立てながら背中の鞘から武器を引き抜いていた。
同時に下腕の二つの手がクロスしながら腰の両に差していた直刀剣を引き抜く。
今の身のこなしからして、確実に村の奴じゃない。軍にいた奴か?
魔闘術の気配もある、デグのような凄腕か。
「俺に何かようか?」
「しらばっくれるな! 二つ目ェェェ」
やば、怒っているし、急襲か。
右手に魔槍杖を召喚。
「ご主人様、先頭の敵から沈めますか?」
ヴィーネが翡翠の蛇弓を片手に持ちながら、ラシェーナの腕輪を使えるように構える。
「マイロード、ここはわたしに――」
巨大猪を仕留めた娘の成長に影響を受けたようだ。
もう走っている。父としての顔を見せたカルードが前傾姿勢で、魔剣ヒュゾイを腰から引き抜きながら走っていた。
彼の歩法を真似しようと、足の角度、向き、筋肉、魔闘術の割合を分析しながら脳裏にその動きを焼き付けていると、そのカルードが地面を強く蹴り跳躍。
新体操選手のように体を捻ると横回転。
その回転運動を加えた剣戟の威力が増すような技を繰り出した。
あれはユイの得意技かな? 何回か見たことがある。
実際に剣戟を受けて、強引に弾いた覚えもある。
カルードが使うと荒々しい。
一本の魔剣の刃がぶれて見えていた。
三つ目の邪族も、四つの長細い腕に握られた直刀剣を素早く振るう。
迅速な対応で凄い技術。
敵だが剣の軌道は綺麗だ。独特の剣術。
邪族はカルードの回転する魔剣軌道のタイミングに合わせた。
一つの直刀剣の峰でカルードの魔剣を受ける。
と、剣刃と剣刃により威力を相殺させた。
同時に残り三つの腕が握る直刀剣が、カルードの胴体を捉えた。
カルードの腹を直刀剣が引っ掻くように移動していく。
「ぐあっ――」
「カルード!」
思わず叫ぶが、彼は<従者長>だ。
不死身。
カルードは痛みの声をあげて腹から血飛沫が散った。
が、手に持った魔剣は離していない。
反対側に着地して、素早く距離を取った。
冷静な表情だ。
しかし、ヴァンパイア顔となった。
胸と腹の傷痕から迸った血を自らの手で掬っては、血塗れた掌を舐める。
そして、何処かの部族のマークを顔に作るように、その血塗れた手で顔を拭いていた。
カルードさんは本気だ。
「父さんっ」
不死身とはいえ父親だからな。
ユイは心配なのか、カルードの下に駆け寄った。
「閣下、ここは我らが」
「前衛の――」
「いいえ、まずは動きを封じましょう」
ヴィーネが沸騎士たちに指示――。
ラシェーナの腕輪を発動。
彼女の青白い手首に嵌まる闇の魔宝石から腕型小型妖精たちが次々に生まれ出る。カルードを斬った邪族へ向けて飛び出していく。
その瞬間、「キレ様っ」と叫び声が響く。
背後にいたもう一人の邪族の声だ。
彼は銀色に輝く手斧を<投擲>。
魔力を内包した<投擲>の手斧は――。
宙に弧を描く軌道でくるくる回りながらヴィーネが放った小型の腕妖精たちを追跡――。
次々と銀斧が妖精たちと衝突。
小型の腕妖精たちは潰れるように消えていく。
闇の腕妖精を潰しながら、空中を漂う銀製と思われる手斧。
斧の表面に闇色の靄が纏ったように見えた。
銀斧を<投擲>した奴を含めてキレの部下らしき者は三人。
乗っていた魔獣から跳躍して降りてきた。
「ん、見た目の装備から確実に軍関係者」
「最初に衝突した軍の奴らがここまで追ってきたの? 予想外ね」
「ん、シュウヤ、どうする?」
エヴァに頷きながら、邪族の分析をしていた。
体内の魔力操作の練度は高い。
全員が魔闘術系を使えると判断していいだろう。
「……俺が、先頭の魔獣に乗っているキレという四剣使いと戦おう。魔獣を降りている斧使いを含めて、三人の対処は任せた」
そう話している間に、全ての小さい腕妖精を潰した銀製手斧。
くるくると回りながらブーメランのように旋回しつつ銀製手斧を<投擲>した邪族の手に戻っていた。
あの斧、ハンカイが<投擲>していた金剛樹の斧とは、違う系統か?
「……ん、分かった」
「了解――」
エヴァは魔導車椅子に乗りながら、くるりと横回転。
綺麗な紫の瞳が邪族たちを捉えると、全身から紫色のオーラ的な魔力を放出していた。
その彼女の隣に居るレベッカは蒼炎弾を生み出しながら横に素早く走り、腰ベルトに差してあったグーフォンの魔杖を引き抜く。
動きを止めると、魔杖の先端を邪族たちへ向けて構える。
風により、黄金色の髪が漣のように揺れる最中、蒼い炎を纏った丸い弾が二つ、三つ、四つと小柄のレベッカを守るように漂う。
「エヴァ、先にやるから――」
彼女はエヴァと仲間に対して合図を送る。
グーフォンの魔杖に魔力が込められた瞬間――。
炎の壁が、キレと部下たちを引き離すように出現。
火球ではなく炎の壁か。
熱波が少し感じられる。
いい判断だ。
更に、レベッカは細眉を中央に寄せつつ蒼炎の丸い弾を自分の目の前に出現させるや<投擲>――。
銀製の斧を構え持つ邪族に蒼炎の丸い弾が向かう。
――蒼炎の丸い弾は速い。
避けることは不可能と判断した斧使いの邪族。
両手に構え持った銀製手斧を胸の前でクロスさせる。
銀製斧と蒼炎の丸い弾が衝突。
銀が溶けるような激しい閃光が斧から飛び散った。
「――ぐぬっ」
邪族はレベッカの蒼炎の丸い弾を防いだかに見えた。
しかし、全てを防げない。
砕けた蒼炎の一部が体に燃え移り、中割れたローブが蒼く燃えつつ体の一部にも燃え広がった。
「ソソイロス、平気か?」
キレは四剣で構えを取りながら炎の壁越しに部下の様子を窺い聞いていた。
「キレ様、この程度の傷、<邪霊功>にて癒やしてみせます」
ソソイロスは銀斧を握ったまま身体全体の魔力を活性化。
蒼炎で燃えた身体の一部を癒やすように黒いオーラが身体を包む。火傷のダメージを瞬時に回復させていく。
その瞬間、キレと呼ばれた邪族は僅かに隙を見せた。
――チャンス。俺は前傾姿勢で突進。
キレと呼ばれた邪族との間合いを詰める。
邪界の地を壊すような鋭い踏み込みから、腰から右手へひねり続く螺旋の極みである回転する魔槍杖の紅矛<刺突>をキレの胸元へ伸ばしていた。
キレは魔闘術らしき魔力を纏い、素早く半身を捻り避けようと動く。
だが、螺旋した紅矛がキレの身に着けているローブを巻き込みながら脇を突き抜けた際に、紅斧刃が彼の横腹を鎧ごと斬り裂いていた。
「痛ッ――」
脇腹が裂いたキレは、バランスを崩しながらも転倒はせず。
馬魔獣から跳躍。
片膝を地面に突けて着地するや立ち上がりつつ四剣を構えている。
四剣の構えは独特で渋い。
が、じりじりと後退。
間合いを取る。
そこで、赤い髪の邪族がユイとヴィーネに対して四剣を使いつつ斬り合いを行うところが視界に入った。
激しい剣戟音が響く。
近くでは、ソソイロスと呼ばれていた斧使いもいる。
魔脚でレベッカに詰め寄った。
銀斧でレベッカを狙う。
一瞬、心配。
が、レベッカは自身の周りに漂っていた蒼炎弾の形を変えた。
防御に回した蒼炎で銀斧の攻撃を防いでいた。
凄い。両手から蒼炎を生み出して、逆に銀斧の刃を押さえ込んでいる?
「……杖を持つわたしを、近接で仕留めようとしたのね。普通なら正解。でも、昔と違って、わたしは、もう普通の魔法使いじゃないの」
レベッカは可愛い顔で相手を睨みつけながら語る。
「言葉が分からぬ……が、この蒼炎は何だ……」
ソソイロスが驚くのは少し分かる気がする。
俺も油断はできない。
目の前で構えていたキレだ。
間合いを外し、更に、距離を取った。キレは鎧の留め金を外し鋼の鎧の一部を床に落とす。
と、紅斧刃が裂いた傷を確認。
布袋からポーションを素早く取り出し、そのポーションを傷にふりかけ治療を行う。
キレはソソイロスのような、回復系の特殊スキルはないようだ。
油断しているわけではないが、またレベッカが心配だ。
レベッカの行動を凝視。
レベッカは蒼炎を纏う左手を上に同じく、蒼炎を纏う右手を下に伸ばす――。
蒼炎の両手で宙に円を描く――。
蒼炎拳法?
綺麗だ。
レベッカの両手の間で、渦を巻いた蒼炎が、ソソイロスの銀斧を囲うように取り巻いた。
体格に勝るソソイロスを、その蒼炎の力で銀斧ごと、押し切る。
ソソイロスの体勢を崩した。
レベッカは双眸に蒼炎を灯す。
その刹那――。
両手から発した蒼炎の力を爆発させたように増幅させた。
それはガソリンに火が放たれた如くの蒼炎の火炎風となった。
蒼炎の塊と蒼炎の渦がソソイロスの銀斧を溶かす。
ソソイロスの体を蒼炎が燃焼させつつ吹き飛ばした。
蒼炎に包まれたソソイロスは悲鳴も上げられず太い樹木に衝突。
特殊な回復も間に合わずか。
すげぇ……。
あんな動きも可能なのか。
「ソソイロスがっ」
四剣使いの女邪族の言葉だ。
魔導車椅子に座るエヴァに向かおうとしていたが、視線を外した。
その隙は致命的だ。
対峙していたエヴァの操る緑色の金属の刃の群れが、その視線を逸らした女邪族の半身を抉り取った。
さすがはエヴァ。
しかし、半身になり死んだ邪族の女も素早く避けようとした結果か。
相手も中々の強さだった。
と感心しながら、キレが<投擲>してきた銀光煌めく短剣を視界に捉える。
急ぎ、右手に持った魔槍杖を上段から振るい下げて――。
紅斧刃で銀刃を叩っ切る。
短剣を弾き斬ったあと、その短剣だった二つの鉄は、左右に散って地面に突き刺さった。
俺は左手から<鎖>を射出。
キレは体がぶれた。
横に移動して<鎖>を避ける。
その<鎖>を操作。
空中で弧を描く<鎖>は、その避けたキレの背中側に回る。
が、キレは対応。
半身の姿勢になって<鎖>を見つめながら<鎖>を避けてきた。
初見で<鎖>を避けるキレか。
反射神経が他の奴とは違う。
キレを尊敬の眼差しで見ながら地面に刺さった<鎖>を消した。
栁の枝を連想させる歩法だった。
キレの歩法を脳裏に焼き付ける。
キレは動きを止めて、
「……ふん、未知なる者よ。視線は外しているようだが、ちゃんと見ているとは、お前は本当に二つ目の種族なのか? 四つ眼を持つ魔族共ではないのか?」
そう語りかけてきながら、三つ目を鋭くさせている。
その三つ目の中にある瞳の色彩は魔力が内包されていた。
足にも魔力を溜めると、全身からも魔力を放出していく。
魔力操作は独特だが、その練度は高いと判断出来る。更には導魔術のような魔線を周囲へ発生させている?
「……正確には違うが、魔族かもしれない……」
実際、俺の半分はヴァンパイアの血。
人でもあるが半分は化け物であり魔族。
人、魔族、<光の授印>により種族は変わったが、嘘じゃない。
「気狂いと同じ類か……」
彼は納得したらしい。
「「閣下ァァ」」
沸騎士たちの倒された声。
赤い蓬髪の邪族によって倒されたようだ。
一緒に戦っていたユイ、ヴィーネは無傷。
「ガムザ、よく仕留めたっ」
「隊長、こいつらは俺が――」
そのタイミングで、ユイとヴィーネの動きが一段階上がる。
<ベイカラの瞳>を発動したユイが、軽業師のような軌道で赤髪の四剣使いの逆を取ると、右の片腕を斬り落とすことに成功。
「ぐあああ」
続けて、反対の片腕をヴィーネが斬り落とす。
「行きます」
「ありがと――」
黒髪のユイが銀髪が靡くヴィーネの動きに言葉を合わせて連携。
オセロのコンビかという具合に、ヴィーネと交差し重なったユイが、赤髪の邪族に近付いていく。
「こっちにくるなぁー」
赤髪の邪族は二つの腕が斬られても、まだ元気だ。
斬られた両手から血が迸っているが、構わずにまだ残っている二本の腕に握られた直刀剣を振り回していた。
そんな邪族の足を、加速しながらユイが駆け抜けて斬っていた。
左手に握られた魔刀が邪族の足を捉えると、脛の半分が薙がれる。
そして、最後のいいところを奪うように、いつの間にか近付いていたカルードが片腕を伸ばしていた。
白虎を連想させる剣突が、赤髪邪族の胸元に決まっている。
またカッコイイ技を……。
「……くっ、ガムザ、ソソイロスも死んだのか……未知なる者、わたしの面子にかけて、オマエを倒すっ」
向上を述べていたキレは頭髪の上にあった仮面をかぶり直す。
と、直刀剣を持った腕を諸手。
バンザイをするように左右へ広げる。
何をする気だ?
威圧か?
否、それは見せかけだった。
キレは前進――。
疾風迅雷の速度だ。
――黒豹的なしなやかな動きで左回し蹴り――右回し蹴りを――。
放ってきやがった――。
急遽、魔槍杖の紅斧刃を盾にした。
黒豹のようなキレはまさに腰にキレがある。
しゃれている場合ではないが――キレは回転蹴りを繰り出しながら空中を駆け上った。
最後の左足の側面を当ててくるローリングソバットを防いだところで、キレは身軽に着地すると、口を動かしてきた。
「――ふん、反応速度も並じゃないか。わたしの<邪・連蹴牙>のすべてを防ぐとはな」
やはりスキルか。
身に付くか分からないが……今度、練習してみよう。
「……防げたけど、かなり驚いたよ」
「驚いただけか……そういえば、名乗りが遅れた。わたしの名はキレ。邪界導師キレだ」
俺が話せるのが意外だと思ったようで、彼は急に名乗ってきた。
「名はシュウヤだ」
「知らんな――」
礼儀正しいと思ったらコレだ。薙いでくる。
屈んだ姿勢で、風を感じる横薙ぎの剣閃を避けるが、キレは駒のように身体を回転させながら右から直刀剣を振り回してきた。
僅かに身を退いて、その薙いでくる剣刃がギリギリ鼻先を掠りながらも、右下から左上にキレの胴体を薙ぐイメージで魔槍杖の紅斧刃を振るう。
だが、防御用と思われる、キレの右下腕に握られた直刀剣が斜めに伸ばされ、紅斧刃が弾かれた。
俺は防がれても構わず、爪先を軸に身体を横回転し、体勢を低くしながらキレの脚を掬うように魔槍杖を下段へ回し振るう。
キレは右方向へ飛び込むように前転。
俺の下段払いを華麗に跳躍回転しながら躱すと、着地するや否や魔脚で素早く反転――体勢を低くしている俺の頭部を左右から挟みこむように直刀刃を繰り出してきた。
回転させていた片手に持った魔槍杖を右方へ動かし、紫の金属棒の上部で、右の直刀剣を防ぐ。
紫の火花を感じながら、左方から迫る直刀剣には<導想魔手>で包み込むように防いだ。
「チッ」
舌打ちしたキレ。
彼はそこで一旦距離を取ると、また口上を述べるのかと思ったが、三つ目に溜まった魔力を放出する?
そして、先ほどから放出していた導魔術系の魔力と宙で合流させていた。
「秘奥技を味わうがいい……ボゥ・デ・シュビブム・デ・アロー」
そんな詠唱を唱えると、キレの闇の仮面が割れるように分裂。
分身体を二体も作っていた。
胸ベルトに仕舞ってあるホルカーの木片が少しだけ反応したように感じる。
こいつの切り札の導魔術系?
分身との三体だろうと守勢に回るつもりはない。
<脳脊魔速>と血魔力<血道第三・開門>はまだ使わない。
――惑わされず、本体を倒せばいい。
「ぬぉぉぉぉぉ――」
全身に魔闘術を纏い、前傾姿勢で吶喊。
近距離から右の分身体へ<光条の鎖槍>を五つ発動する。
続いて上級:水属性の《連氷蛇矢》を本体へ発動。
左手の<鎖>を左の分身体へ伸ばす。
魔法の《連氷蛇矢》はあっさりと本体のキレが縦に斬って両断。
牽制の魔法は――防がれたが、足止めには十分だ。
その間に、間合いを詰める。
捻りながら魔槍杖を突き出す<刺突>を伸ばした。
キレは二つの直刀剣で螺旋した紅矛を防ぎきり、重そうな反動をみせながら弾くと、体を沈ませる機動で下段回し蹴りを放ってきた。
俺は片足の先端で地面を蹴り、軽く跳躍し下段蹴りを避けると同時に、魔槍杖の石突部位を掬い上げながら、キレの顎を狙う。
キレは必死な表情から身体を仰け反らせ、弧を描くような軌道の竜魔石の顎砕き攻撃を避けた。
風が生まれたのかキレの緑の髪が逆立つと、同時に、キレが左上腕に握る直刀剣を真っすぐ、俺の顔を貫こうと伸ばしてきた。
急ぎ、頭を横に傾け避けるが避けきれず、頬が貫かれ、いてぇぇぇッ、耳にまで直刀の刃を喰らう。
――いてぇが、構やしない。
この腕が伸びきったところを狙い斬る。
左手に魔剣ビートゥを召喚し、下から斬り上げる<水車剣>を発動。
魔剣の紅い刀身がキレの肘を真っ二つ。
「ぐああ――」
キレの片腕だった血が迸っている部位、俺の頬を貫いている直刀剣を握っている腕を引き抜く。
傷付くのと再生が繰り返されるので、痛いが、キレの直刀剣ごと、そのキレの片腕を投げ捨てた。
キレは痛みの声を漏らしながら舌を噛むような表情を浮かべ、残りの三本の腕で失った片腕の傷口を押さえようとしている。
ここだ。一気に畳み掛ける。
血魔力<血道第三・開門>――。
<血液加速>を発動。
俺は速度を増した。
キレの顔が絶望に染まって見えるのは、腕が斬られたせいではないと思う。
血液の躍動を身に感じながら、腰を捻り、右手に握られた魔槍杖の螺旋運動を生み出す突きを打ち出すモーションへ移っていた。
速度は増したが、どこなくスローモーション気味に感じる。
そのまま闇の属性が加味された<闇穿>でキレの胸元を抉り突き、瞬時に魔槍杖を引き抜きながら腹目掛けて<刺突>を突き出し、止めの<闇穿>を頭蓋へ向けて繰り出した。
キレの頭部は千切れ飛ぶ。
首なしの胴体からは勢いよく血が噴出していた。
一方、左の分身体には<鎖>が突き刺さり、右の分身体には光槍が突き刺さり光網に捕らわれていた。
その分身体は本体が倒れると、跡形もなく消えていく。
「……突然襲われたが、強者だった」
必要はないが一応、死体に頭を下げる。
『閣下、お見事です』
『あぁ、カルードを斬った腕は確かだった』
『軍人、キレと呼ばれていたようですが、名の知れた相手だったのかもしれません』
『そういえば……』
戦場で両軍が離れている時に、キレ、邪界導師キレと呼ばれていたな。
ラグニ村の住人もそれらしいことを話していたことは覚えている。
「ンン、にゃおぉぉ」
黒猫が走って戻ってきた。
「どうした?」
「にゃん」
紅いつぶらな瞳で見つめてくる。
片足をポンと、地面を一回叩く。
「ここを掘れ? 犬の童話じゃあるまいし」
「ンン、にゃおんにゃぁ~」
黒猫はプイッと頭部を逸らす。
『こっちニャ~』とトコトコと歩き出す。
「案内か」
相棒は振り向くと、「ンン――」と喉声を発して、速く来いと言うように前足で地面を叩く。
「ロロ、少し待った――皆、そいつらの装備品は集めないでいい。キレが使っていた直刀剣が使えそうなら回収してもいいが、戻ってこい」
「うん」
「了解」
皆が走り寄ってくる。
「にゃご」
黒猫は『いくぞ』って気合いのある声を発してから歩き出す。
相棒の姿は子猫だから面白い。
……暫く森の中を歩いた。
途中で、沸騎士たちを再召喚。
「閣下ァァ」
「閣下、敵は何処!!」
「よう、沸騎士たち。今は森の中を進行中。ロロのあとを続こうか」
「「承知――」」
そのまま黒猫の尻尾と後脚の付近の毛を眺めつつ森の中を彷徨うように歩いて進む。
そして、右辺に、大量の落ち葉と緑葉たちが、岩場の穴の中へ吸い込まれている現場に到着した。
風による吸い込み?
渦を巻くように緑葉は岩場の中へ消えていく。
「にゃぉ」
先頭を歩いていた黒猫も動きを止めていた。
なるほど、ここから強い匂いを感じたのか。
その強い匂いが何か気になるところだが……。
丁度、魔宝地図も、その右辺にある岩場の穴からだ。
「偉いぞ、ロロ。そこが目的地でもある。魔宝地図の発掘場所だ」
「洞窟なのね。何か削られた跡もあるし、桶、材木に樵の斧が数本、立てかけてある。誰か住んでいるのかしら」
「ん、こっちには壁に絵が描かれてある」
「興味、ビンビンね――」
ミスティはエヴァがいる壁際にゴーレムを連れて走っていく。
ビンビンって、少し表現がエロいような気がするが指摘はしない。
天井の高さは三十メートルはあるか、横幅もかなりの広さ。
誰かが生活しているのは間違いないが、入り口近辺から魔素の気配は感じられない。
すると、ヴィーネが、黒鱗の鞘を古びた家具に伸ばし、
「机にランタン、箪笥もあります」
と、指摘。
「村長の忠告通り、誰かが住んでいるようだ。しかし、よりにもよって魔宝地図の場所に……」
「あ、ご主人様、これを見てください」
黒色の鱗が目立つ鞘の鐺を布の穴に入れて持ち上げた品物は……。
穴の空いた皮パンツだった。
「使用済みか」
「そのようです」
「にゃおん」
黒猫が興味を持ってしまった。あ、もしかして……。
鞘の鐺にぶら下がる使用済み皮パンツへと黒猫は小鼻を近付けて、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「――くしゅっ」
余程臭かったらしい。
フレーメン反応を起こしたうえに、くしゃみまでしているし。
もう一度嗅いでいる……。
やはり、遠くからこの匂いを感じ取っていたのか。
濃厚なフェロモンが好きなのかもしれない。
相棒なりのセキュリティーチェックで、新しい未知の匂いに脅威を感じたか。
さすがは相棒!
面白い。
因みに、馬のフレーメン反応を見たことあるが、あれは凄い顔だった。
「……ロロ、それはもう嗅がないほうがいい」
「にゃおん」
くちゃー顔がカワイイから、もっと見たい気もするが。
「ヴィーネも、剣が臭くなるからあまり……」
「は、はい」
彼女は鞘を振るう。
臭い皮パンツを捨てた。
が、毒の剣だ。
臭い匂いで効果が倍増?
鞘だし違うか。
鞘を使った新しい臭剣術には使えるのか?
と、変な妄想をしていると、
「ねね、紅茶の束と薬草の束を数種類見つけた。紅茶は高級なモノだと思うけど見たことのない茶葉だったわ」
紅茶には蘊蓄があるレベッカさん。
真剣な表情を浮かべている。
「この地上のような場所だ。新しい茶もあるだろう」
「うん、興味はあるけど、見るだけにした」
「それじゃ、皆、この辺の探索は後回しだ。奥へ向かおうか」
「ん、行く」
「はい」
「マイロード、進みましょう」
カルードの凛々しい男前の顔を見てから、洞穴の中を歩いて進む。
窪み歩きにくい土の地面。
そんな洞穴を進む途中で、少し先に地面の凹凸を隠すように大きい絨毯が敷かれてあるのが見えてきた。
しかも、金色の魔力を発している。
金色と銀色が混ざったペルシャ模様の絨毯。
「絨毯に魔力が内包している?」
「ご主人様、あの絨毯は防衛機能がある特殊な絨毯では?」
「可能性はある……」
乗れば空を飛べたりして?
それか、パカッと地面が開いて落とし穴の剣山がある仕込みの罠か?
「にゃおおん――」
あっ、迷っていると黒猫が金色絨毯の上に寝っ転がってしまった。
背中を擦って楽しげに遊ぶ黒猫さん。
「……警戒のしすぎか」
「ですね、ロロ様可愛い」
ヴィーネは黒猫のことを眺めている。
「もう、ロロちゃんっ、わたしも混ざるっ!」
……レベッカが黒猫に抱き着くように一緒に絨毯の上に転がり出している。
「ふふっ、レベッカ面白い。猫耳つけたら雌にゃんこ?」
魔導車椅子に乗りながら絨毯の上をすいすいと移動して、転がるレベッカの様子を楽しそうに語るエヴァ。
「ロロ殿がお腹を見せておられる!」
「何と素晴らしいお姿だろうか、魔界の癒やし神になれますぞっ!」
沸騎士たちは興奮。
黒猫を魔界に持って帰りたいようだ。
気持ちはもの凄く分かるが、駄目だ。俺の相棒だし。
「……でも、不思議ね。壁に凝ったアルコーブがある」
ユイは沸騎士たちの言葉をスルーしながら、壁を見ていた。
確かに壁には一定の間隔で窪みがある。
外側に張り出す形で小部屋があり、そこにはランタン系のマジックアイテムと小さい彫像が飾られてあった。
「……天井に続く螺旋模様も何かの意味があるのでしょうか」
カルードも呟く。
「ただの模様だろう」
「このランタン、貰っていい?」
ミスティがアルコーブの品に興味があるらしく、手に持って聞いてくる。
「いや、今はだめだ」
「はーい」
しかし……時々、洞窟の奥からいい匂いを含んだ風を感じるんだが、気のせいか?
その匂いを疑問に思いながら絨毯を歩いていくと、一番奥に到着した。
行き止まりではなく、岩場の間に設置された大きな鉄扉がある。
鉄扉の側には、葉が大量に入った大きな袋があった。
これ、先ほど洞窟の入り口から吸い込まれていた葉たちかもしれない。
ま、そんなことはどうでもいい。
鉄扉の奥から一つの魔素の気配を感じる。
「この中に誰か居るのは確実ね」
「ご主人様、鍵を調べますか?」
ヴィーネが聞いてくる。
「よろしく」
「はい、ではっ」
彼女は長い足を折り、屈んだ体勢で、鉄の鍵穴を覗く。
首を縦に振り頷き、腰ベルトに付属している布袋から針金を取る。
その針金の先端を鍵穴へ入れ回し捻っていた。
カチャ、カチャと微かな金属音が聞こえる。
ヴィーネがまた一回そこで頷く。
その瞬間、大きくカチャッと、音が立った。
鍵が開いたらしい。
「成功です。かなり精度の高い鍵でしたが、なんとか開けられました」
彼女がそういうなら本当にそうなのだろう。
「素晴らしいわ。ヴィーネさんは手先が器用なのね」
「ミスティも鍵開けできそうだな?」
「錬魔鋼があるから鍵の複製はできると思う。迷宮の宝箱もそれで開けるつもりだったけど、試したことがないから、実際に開けられるかは分からない」
「……そっか。それじゃ、この先に進むぞ。どんなのが待ち受けているか分からないから、一応、戦闘態勢を取れ」
「「はいっ」」
「了解」
「ん」
「マイロードと共にっ」
仲間を見て、準備万端か確認。
各自、武器を構えているので大丈夫そうだ。
鉄の大扉へ振り向き、掌を冷たい感触の鉄扉に押し当てた。
両手を前に押し出し扉を開いた先には……。




