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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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百九十八話 選ばれし眷属たちの怒れる夜

 ◇◆◇◆



「大丈夫かな、もう二日目だけど」

「ん、大丈夫。シュウヤと血文字で連絡をしているでしょ?」

「うん」


 レベッカとエヴァは、仲良くガールズデートのショッピングを終えて、屋敷へ帰る道がある武術街の通りを歩いていた。


「ハフマリダ教団に出会ったとか」

「ん、地下世界にも、色んな神様がいる。初めて知った」

「そうね。地下都市へ向かっているようだけど、モンスターも多いとか、精霊様が外に出ると、暑くて少し愚痴が多いとかも言っていたわ」

「ん……」


 そこでエヴァは紫の瞳を下げて、下唇を甘く噛む。


「……エヴァ。シュウヤもシュウヤよね。今は、ゲートが使いにくい状況なんだろうけどさっ、精霊様だけ側に置いて、地下世界を楽しんじゃって、ずるいのよ」


 レベッカはエヴァの顔色から、その感情を読み取り、彼女なりの不満を述べるが……切ない感情が分かりやすくエヴァに伝わる。

 エヴァは<紫心魔功パープルマインド・フェイズ>を使わずとも、レベッカの気持ちを理解した。


「……同意。闇ギルドの手伝い、行く?」

「エ、エヴァ、珍しい……目が少し怖いわ」

「ん、わたしだってイライラすることは、ある」

「そ、そうね。わたしも同感よ。うさばらしってことね、いいかも。血文字で、ユイとカルードへ連絡をするわ」


 エヴァとレベッカは、視線を鋭くさせて頷く。


 レベッカは血を操作し、人差し指から出血させる。

 宙に血文字でメッセージを作り<筆頭従者長>としての力を使用した。


 『レベッカ、今、闇ギルドのメンバーであるベネットさんと行動を共にしているから、来るなら、第三の円卓通りの南の大門前で待ち合わせね。そこから一緒にセーフハウスへ向かいましょう』


 同じ一族であるユイの血文字メッセージが目の前に浮かぶ。


 『了解、すぐに向かうわ』


 レベッカは返事の血文字をユイへ送っていた。


「エヴァ、見ていたでしょ。行きましょ」

「ん、南の大門前」 


 彼女たちは双眸を吸血鬼系の光魔ルシヴァルの力を証明するように充血させた。

 目尻から耳元にまでの皮膚の上に血管が浮かぶ。

 それら血管は波を打つ。

 エヴァは死神の笑みを作り、


「ふふ」

「あはは」


 小悪魔の笑みで応えるレベッカ。

 光魔ルシヴァルの選ばれし眷属として高らかに笑う彼女たち。



 ◇◆◇◆



 同時刻、倉庫街にて。


 長太刀の使い手が切っ先で宙に弧を描く。

 キィンと金属音を立てつつ屋根を蹴った長太刀使いはポルセンに近付いた。

 そのまま剣の間合いから口髭カールが特徴的なポルセン目掛けて長太刀の刃を振り降ろす。

 剣線の狙いは肩口、否、胴抜きに変わる軌道を描く。

 ポルセンは涼しげな表情のまま、片手が握る血塗れた手斧を掲げて、長太刀の軌道に対応。

 長太刀を斜めに手斧の刃で受けて、横に、その太刀の刃を流してから――左手に出現させた血塗れた杭を、その長太刀使いの胸を突き刺そうと伸ばす。


 長太刀使いは軽やかに体を捻る。

 先端が尖る杭を紙一重で避けつつ壁へと跳躍し、その壁を足の裏で蹴る。

 三角飛びでポルセンから距離を取った位置に着地。


 長太刀使いは、着地際も隙はない。

 悔しげな表情を浮かべつつも、長太刀をその場で振るう。

 ――切っ先と峰でZの字を宙に描いた。


「――髭男爵、やっぱりあんた強いな」

「あなたこそ、中々やりますね」


 渋い口調で答えたポルセン。

 その刹那、彼を狙う一条の影が迫る。


 ポルセンは鋭い視線のまま、その影の刃をしっかりと捉えていた。


「――もう、その不意打ちは喰らいませんよ」


 ポルセンはそう語りつつ顔に迫った影刃を血濡れた杭で受け持つ――。

 そして、杭で、影の刃を巻くように、ぐるりと杭で円を描くと影刃を弾く。


「そこっ――」


 青髪アンジェの気合い声だ。

 鈴のような音が鳴る突剣を、ポルセンが弾いた影刃が引き込まれる場所へと伸ばす。

 鈴の音を響かせた剣の切っ先が、影に刺さったように見えた、が、影は影。

 影に物理攻撃は効いてないのか――。

 影は、にゅるりと、不気味な音を立てつつ蠢くと路地の奥へ粘液染みた動きで移動していく。


 その路地の奥から現れたのは、影を纏う女。

 体から煙のような黒い影を発してる。


 ポルセンがその女を睨みつつ、


「そんなモノは効きませんよ」

「――パパ、またあいつ、影使いヨミ」


 アンジェはポルセンの近くへ走りよる。


「ふむ。あの時とは我々(・・)も違う」


 ポルセンが含みを持たせて話すと同時に、

 小柄な少女たちの首薙ぎ剣閃が影使いヨミの背後に決まっていた。


「――あらっ」


 影はそう呟くと、霧のように消えていく。


「……見事な暗剣術ね。わたしの影がまともに斬られて消えたのは久々よ」


 パチパチと小さい柏手を行いつつ楽し気な口調で話す主は影を纏う女。

 路地ではなく……。


 その真上にある屋根の端に座った状態だ。

 軒下に長い足を垂らして、下のポルセンとアンジェに惨殺姉妹の様子を眺めていた。


 影使いの女は微笑を浮かべている。

 自らの能力を示すように、体から奇妙な蠢く影を発していた。

 女の髪は艶のある黒色でショート。

 額には小さい鴉の入れ墨がある。

 眉も細く、瞳の色彩も銀色に輝いていた。


 唇も銀色という少し変わったアジア風の顔立ち。


「ララ、あの女、要注意。それと長太刀の男がこっちにくる」

「うん、ルル、でもさっき、絶剣流の『薙司』がうまくきまった」


 惨殺姉妹は互いに微笑みながら両手に持った刀剣をクロスさせる。


「うんうん、わたしよりも鋭い、ララは偉い」

「ううん、ルルの剣線の伸びは、わたしと同じだったよ」


 二つの刀剣から微かな金属音を響かせると、嬉々として語る。


「女だろうが、構わずいくぜ――」


 長太刀使いは、そう言葉を投げかけながら、その惨殺姉妹に向けて長太刀を振るった。


「やらせん」


 両手剣使いのロバートだ。

 惨殺姉妹のララを守るように両手剣を掲げた。

 長太刀使いの太刀の刃を見事に両手剣で防ぐ。

 両手剣と長太刀の衝突面から火花が散った。

 

「ロバート、ありがと」

「……構わん、今はこいつに集中しろ」


 両手剣使いのロバートと長太刀使いは、力が拮抗。

 つばぜり合いの形となる。


「顔と言葉といい、イケメンだな」


 長太刀使いも随分と整った平たい顔立ちだが、あえて話しかけているようだった。


 そのタイミングでポルセンが片手斧を<投擲>。

 長太刀使いは反応した。

 体が七色に光ると、対峙していたロバートの両手剣を上方へ弾く。

 そして、独特の剣術歩法で素早く間合いを取った。

 

 離れながらも隙を見せない長太刀使い――。


「チッ、追尾かよ」


 そう愚痴りながらも両手に持つ長太刀を振るった。

 目の前に円を描くような軌道を描く長太刀。

 

 <投擲>されてきた血塗れた片手斧を、その円軌道の長太刀を衝突させて弾き返す。

 そのまま身体能力の高さを示すように飛び上がる。


 長太刀使いは屋根の上に着地した。


「――髭男爵と青髪でさえ厄介なのに、イケメンな両手剣使いと変な姉妹も相手とはな。ヨミ、こいつら全部を相手にできるか?」


 その長太刀使いの声を聞いた影使いヨミ。

 立ち上がると、


「数が多いから厳しいかも、さっきので<影体>が完全に消えちゃったし……」

「お前がそう言うなら撤収だ。例の件は変な物を手に入れただけで良しとするか。ま、ウヤムヤだが、ここらでずらかるぞ」

「うん」


 その瞬間、青髪アンジェが軽々と跳躍し屋根上に着地。


「逃がすかっ――」


 素早く軒上を駆けた。

 鈴のように音が鳴る水色の魔剣リクフンフを影使いヨミへ振り下げる。

 ヨミは微動だにしない。

 しかし、振り下げられるコンマ数秒の間に、ヨミは目の前に影の円を発生させた。

 その影の円の縁から金床のような影の物体を出す。

 影の金床を上方へと伸ばして、目の前に迫る水色の魔剣を包み込んでいた。


「なにっ」


 アンジェは完全に取ったと思った一撃が防がれたことに驚愕する。


 そして、影使いヨミは、その金床のような影の円を維持した状態で――。

 体から分身でも作るように驚くアンジェの背後へと瞬間的に移動。


「――えっ、消えた!?」


 ヨミがアンジェの背後に回った瞬間に――。

 揺らめく影の円から影刃のようなものが、アンジェの胸元から飛び出ていた。


「ぐあ――」


 不意打ちを喰らったアンジェ。

 自身の胸から血塗れた影刃が出ていることを凝視しながら路地の下へ落ちていく。


「アンジェッ」


 ポルセンは落ちた<従者>のアンジェの下に駆け寄った。


「あー青髪おねぇちゃん刺された」

「でも、生きている」

「君はしぶといな」


 ルル、ララ、ロバートも怪我を負ったアンジェへ近寄っていく。


「ふんっ、勝手に殺さないでよ、こっちは不死身なんだから」


 そういって、腹筋を生かすようにくるっと回転しながら起き上がるアンジェ。

 血塗れた服の胸元には丸い穴が空いていたが再生していく。


「アンジェがあっさりと不意を突かれるとは……」

「パパ。ごめんなさい」

「いや、十分だ。それより上の奴らにまた逃げられてしまった」

「うん、新総長に報告だね」


 ルルが楽し気に話す。


「パパ……わたしがもっと強かったら……」

「そう気を落とすな。この分だと【大鳥の鼻】はこの辺りの縄張りを荒らしただけの、ただの威力偵察だったのかもしれんな、ルルの言う通りシュウヤ様に報告しなければ……」



 ◇◆◇◆



 数時間後、迷宮都市ペルネーテの南の何処かの家にて。



「【髑髏鬼】幹部“血魔造のザブサ”、“闇斬糸使いゼフ”がこの先にある店を拠点にしていることが確認されたわ。兵士たちもさっき説明した通りそれなりに連れてきているようね」

「その店って?」

「……娼館だよ」


 ベネットは少し恥ずかしそうにレベッカへ説明する。


「あ、そういうこと……」

「それから“紅のアサシン”、“吹雪のゴダイ”の姿は確認できないので、他にも拠点があるのかもしれない。此方側の動きは……ある程度、把握されていると思う」


 ベネットの横で腕を組みながら説明をする【月の残骸】副総長のメル。


「……副総長、俺は先に、血魔造ザブザと闇斬糸使いゼフを叩きたい」

「カズン、貴方の因縁はよく知らないけど、焦りは禁物よ」

「……あぁ、分かっている」


 豹の獣らしい牙を見せながら笑うカズン。

 彼の恰好はコック姿ではなく、メル、ベネット、ヴェロニカ、と似たような黒革を何枚も張り合わせ特殊な金系と銀糸で縫い合わせた専用鎧を身に着けている。


「……総長様の眷属様たちも、今回の仕事を手伝ってくれるようですが、今、話したように、娼館に居座っている、敵の幹部たちの殲滅を行いたいと思いますが、宜しいですか?」


 副総長メルが、総長の眷属であるレベッカ、エヴァ、ユイ、カルードたちへ遠慮気味に話すと、確認を促す。


「巡回作戦とは違うようだから、素直に従うわ」


 ユイは壁を背中に預けながら、副総長メルへ言葉を返す。


「ん、同じく」

「わたしも従う。あ、できれば蒼炎弾で狙いやすい場所がいいかな」

「娼館を拠点している敵の幹部が引き攣れている兵士は、先ほど話した通り三十人ほどなのですね?」


 ユイの隣に立っていたカルードが、逆に、質問を投げ掛けていた。


「えぇ、そうよ」

「それでしたら、路地の手前にあるL字の角を利用し、左右上下から、待ち伏せて急襲しましょう。完全に、一人残さず根絶やしにできますよ」


 カルードは流暢に、献策を述べる。

 彼の目元は充血し、口からは二本のヴァンパイアらしい牙が伸びていた。


「……さすがですね。総長が、褒めるだけはあるようです」


 メルはカルードの渋い顔を見て、素直に褒めていた。


「いえいえ、滅相もございませぬ。昔、戦場で戦っていた経験を買ってくれたのでしょう」

「父さんは【暗部の右手】でも、小隊を指揮していた頃があったからね」


 ユイは父が褒められて嬉しいのか、照れるような仕草を取りながら話していた。


「ユイは指揮してなかったのか?」

「うん。三人で仕事に当たってたけど、指示は受ける側だったからね」

「そうだったのか」


 ユイとカルードは親子の会話を始めていく。


「……ユイさん、素晴らしいお父さんをお持ちですね。今の少しの情報だけで、カルードさんは、わたしの考えと同じ考えに達しましたよ。わたしも、丁度、L字のところへ誘いこんで、上下左右から急襲し一網打尽にしようと考えていたところなんです」


 副総長メルは深い知性を感じさせる笑みを作り、カルードへ尊敬の眼差しを送る。


「父さんは、やっぱり父さんね」

「……メルさん。貴女も切れ者ですな。きっと、偉大なるマイロードも、貴女を選ばれし眷属、<筆頭従者長>、或いは<従者長>の一人にしようと考えておられるはず……」

「えっ、ちょっと!」


 高い口調の少女の声が響く。


 背丈の高い椅子に座っていたヴェロニカの声だ。

 彼女は小さい細い手に持っていた血入りのゴブレットを乱暴に机の上に置くと、


「――それは聞いてないんだけど、メルッ?」


 ヴァンパイアらしく充血させた目を浮かべメルのもとへ詰め寄っていく。


「わたしだって知らないわよ。カルードさんがそう思っただけでしょ?」

「えぇ、はい、その通りです」


 カルードは、礼儀正しく頭を下げている。


「なぁんだ、良かった。わたしだって総長、シュウヤの<従者>になりたいんだからね……でも、なれないし……」


 ヴェロニカは泣きそうな顔を浮かべて<筆頭従者長>たちを羨ましそうに睨む。


「う、そんな視線を向けられても、困っちゃうわ」


 レベッカは気まずそうに顔を叛けた。


「ん、ヴェロニカ先輩。目が怖いけど、綺麗……」


 紫の瞳をキラキラ輝かせるエヴァ。

 優しい表情を浮かべながら少女のヴァンパイアの目を見て、沈黙しながら微笑を讃える。


「あ、ありがと。エヴァさん? も、凄く綺麗な紫の瞳を持つのね、吸い込まれそう……」


 ヴェロニカは褒められて嬉しいのか直ぐに機嫌を直すと、うっとりとしながらエヴァの紫の瞳を見つめていく。


「それじゃ、カズンも待ちきれない顔を浮かべているし、作戦を述べるわよ。最初の誘い役、ようするに待ち伏せ役は、わたしとカズンが行います。続いて、ヴェロニカ、ベネット、総長様の眷属様たちが上下左右の位置から、敵の幹部、兵士たちへ急襲を行い、その全てを殲滅。これでいいわね?」

「ふぬ! いいぞ!」


 カズンは鼻息を荒くして、承諾。


「いいわ~」


 ヴェロニカは全身から血を放出し、黒鎧に血色の薔薇のマークを描くと、楽し気に、その場でくるりと回りながら話していた。


「あたいは構わないよ」


 ベネットはヴェロニカの行動を微笑んで見ながら、メルへ話す。


「ん、わたしたちも了承」


 エヴァは車椅子を前に動かしながら、<筆頭従者長>を代表したつもりなのか、メルにそう話していた。


 レベッカ、ユイ、カルードは黙って頷いている。


「それじゃ、行きましょ」


 【月の残骸】と<筆頭従者長>たちは闇に乗じて、娼館がある路地へ向かう。


 二つの浩々とした月明かりが、彼女、彼らの背中を祝福するかのように照らしていた。



 ◇◇◇◇



 L字の路地に多数の足音が響く。

 雲から覗いた月明かりにより、その足音の主たちの姿が映る。


 それは角が二つ付いた髑髏鬼の仮面を頭にかぶった特異なる集団だった。


 その先頭に立つのは小柄な角付きの髑髏鬼の仮面をかぶったドワーフ。

 襟に白毛のファーが付いた黒マントを羽織り、紅い革鎧を着こみ腰ベルトには金の飾り鋲がついた血塗れた装丁本を何冊も吊り下げている。


 武器は持っていない。


 背が低いドワーフと対照的なのが、隣に立つ大柄の人物。

 同じく紅い髑髏鬼の仮面をかぶっている。

 背中には、月明かりにより反射が目立つ白い長髪を靡かせ身体中に闇の紐のような物を纏っていた。


 両手には太い闇糸を垂らしている。

 その特異な集団たちは娼館へ向かう予定なのか角を曲がっていく。


 その角の先の陰からぬっと現れた豹頭のカズン。

 続いてカズンの背後から閃脚のメルが現れた。


「……血魔造ザブザ、闇斬糸使いゼフ、ひさしぶりだな」


 その言葉に、髑髏鬼仮面をかぶる集団は動きを止める。

 先頭を歩いていたドワーフが一歩前に出ると、声を発した。


「なんだ? その獣顔は、豹獣人(セバーカ)の、まさか、カズンか?」

「はっ、生きていたとはな」


 ドワーフの背後にいた大柄の男も鼻で笑うように喋る。

 そして、腕先から出した闇糸らしき線をヨーヨーを扱うように伸び縮みさせていた。


「あぁ、お陰様でな、元気だ」


 カズンは皮肉たっぷりに笑い、口から豹らしく牙を見せる。


「仲良く再会を果たして会話をしたいでしょうけど、邪魔するわよ。短小さんとのっぽさんと、その背後の貴方たちは、この都市に何の用で来たのかしら?」


 メルの言葉には弛みがなく芯のある声だ。

 その表情も【月の残骸】の元総長としての経験から辿り着いた、闇の世界の住人が持つ独特の威厳さが感じられた。


 威厳ある女の声、【月の残骸】副総長メルの言葉に仮面をかぶるドワーフはジロリと魔力を目に溜めて彼女の姿を視ていく。


「……その口調に、これほどの魔闘術……【月の残骸】の幹部か? カズンはここに拾われていたのか」

「情報通り【梟の牙】は全滅したらしいな。ザブザ、この女は俺がもらうぜ?」

「はっ、女好きめが。――お前たち、戦争準備だ」


 ドワーフは血塗れた本を取り構えると、背後にいた仲間たちへ指示を出す。

 その瞬間、ドワーフの背後が蒼く光り、仮面をつけていた仲間たちが爆散した。


「な、なんだと」


 そこに、黒光りする矢が、闇糸を全身から放出させている人物の脚に突き刺さる。


「――ぐおっ、待ち伏せか」


 長身の男は糸を操作し、刺さった矢に絡ませ一瞬で引き抜くと、凄まじい練度の質を見せる魔力を全身から放出。

 魔力を帯びた闇糸が彼の全身を包み独特の鎧服姿となった。


 そのまま、軽く跳躍を行い、トントンットントン、と、爪先を使った、独特のリズムでフットワークを見せ始めた。


「ちっ、総長へ連絡を、ぐあっ」


 ドワーフは血塗れた本を使い片腕を上げて、何かをしようとした。

 だが、血が滴る鋭い剣が小さいドワーフの腕を突き抜ける。


 ドワーフの動きは阻止された。


「そんな連絡なんて、させるわけがないでしょ?」


 高い綺麗な声質で話すのは小柄なヴァンパイアの少女(ヴェロニカ)だ。

 彼女は両腕から放出した血を細い剣に作り変えていた。その血が滴る剣は無数だ。


 多数の血の剣を別個に意識があるかのように浮かばせている。

 ヴェロニカは漂う血剣たちとダンスを行うように髑髏鬼仮面をかぶるドワーフへ近付いた。

 その間にも、蒼炎弾に吹き飛ばされた髑髏鬼の兵士たちの生き残りが、ユイとカルードにより斬られ仕留められていく。


 首を一刀の如く斬られた髑髏鬼の兵士の頭が、路地に舞う。

 斬られた頭が地面に落ち慣性にしたがって転がり被っていた仮面が外れ、素顔を晒す。

 その顔は、人族ではない。

 額に、赤い特殊な三角模様が刻まれた怪物の顔であった。

 そう、彼らは僅かに知能がある怪物たち。


「こいつら、人族じゃないのね」

「そのようだ。ゴブリン、オーガ系か」


 ユイとカルードが、血塗れた刀剣を払いつつ怪物の顔を見ながら、感想を述べる。


「な、なんだと。この一瞬の間に……兵士たちが……」


 ドワーフは動揺を示す。

 じりじりと背後へ後退し壁に背中を当てて動きを止めていた。


「あれ、もう終わり?」

「ん、まだ、幹部がいる」


 レベッカが屋根上の軒先から、エヴァがヴェロニカの反対側から、髑髏鬼仮面をかぶるドワーフと闇糸を使う幹部たちへ話しながら近寄っていく。


 そこに黒い矢が連続で大柄の闇糸使いのもとに向かうが、魔力を帯びた闇糸が凄まじい速度で矢と衝突し、簡単に、黒い矢を鏃部位から垂直に両断していた。


「……闇斬糸使いと名乗るだけはあって、もう急襲は、効かないか」


 弓を仕舞いながら登場したのはベネット。

 短剣を握りいつでも投げられる体勢で、エヴァの背後に降り立った。


「影弓か。見知らぬ奴らも混じってやがる――」


 そう喋りながら睨みを利かせる闇斬糸使い。


「ん、その鋼鉄のような糸、全部を貫く」


 エヴァが自身の力を示すように紫の魔力を纏わせた無数の緑の金属刃群を出現させる。


 それは通路の壁を覆うほどの量だ。

 仲間たちが知る質ではない。

 エヴァの<念動力>、金属を扱う特異なる力は確実に成長を遂げていた。


「はは、なんだありゃ、ザブザ、こんなのがいる(・・)とは聞いてねぇぞ」

「……わしだってしらんわ」

「よそ見とはね、血をまき散らして死になさい」


 緑の金属刃群に動揺していると、左方から血剣たちによる遠隔攻撃が始まっていた。


 仮面が斬られ、顔を晒すドワーフ。


 焦燥顔のドワーフは壁際で血塗れの剣を躱そうと必死に動き、もがくが、血剣の数は多い。

 踊るような剣線の軌道に反応が遅れたドワーフは全身が切り刻まれていった。

 全身がいいように斬られて傷だらけのドワーフは避けるのを止めた。

 そして、


「いいようにやられはせぬわっ」

 

 そう叫ぶが、その直後に、血剣により首がざっくりと切られる。


 ――鮮血が迸る。

 が、ドワーフの目力は強い。ドワーフは血塗れた本を開く。

 刹那、その血塗れた本に切られた首から出た夥しい量の血が吸い込まれた。

 血を吸い込んだ効果か、開いた頁にあった無数の血色のルーン文字群が光沢を示すと、赤黒く光りつつ物凄い速さで、頁が捲られていく。


 更に、血を吸い込んだ本の中から血色の巨大な手がぬっと現れる。


 本の内部から這い出たのは、身の丈三メートルはある巨人。

 全身は煌びやかな銀色の膜が覆う赤黒い巨人の怪物であった。


 ドワーフの周りで剣舞を繰り出していたヴェロニカの血剣群は、その巨人が出したフィールド魔法によってすべてが弾かれた。


「グボァアアァァァァァ」

「……インディウス、あいつらを処分しろ」


 ドワーフは壁を背にしながら、指示を出す。

 首の傷はポーションにより回復していた。


「あの本、禁書ね……」


 メルが赤黒い巨人を見上げながら呟く。


「出たか、俺が対処しよう」


 カズンが背中の毛を膨らませる。

 変異体の証拠でもある、より大きな豹獣人(セバーカ)と化した。

 

「我は【月の残骸】のカズン! ザブザと巨人、いつぞやの恨み晴らさせてもらう! ぬぉぉぉぉぉぉ――」


 巨人に対して、雄叫びをあげながら吶喊していくカズン、直接的に殴りかかっていく。

 彼の両手の拳にはスパイク状の鉤爪が伸びていた。


 その数秒後、エヴァの紫魔力を纏う緑の金属刃の群れが、闇斬糸使いへ襲いかかる。


「ちっ、ザブザ、フォローはできねぇからな」


 ドワーフのザブザは青白い顔を浮かべるゼフの横顔を見ながら


「……分かっている」


 と、短く語る。


 闇斬糸使いゼフは急いで全身から出した闇糸の群れを操作。

 鴉の羽の如く羽ばたかせながら緑の金属刃の群れへと差し向けた。


 しかし、緑の金属刃の群れは――。

 あっさりと闇糸の群れを切り裂く。


「――何だと!? 鋼鉄さえ切り裂く闇斬糸がっ」


 その言葉が闇斬糸使いの最後の言葉となった。

 彼の体は複数人で遊ぶ投擲ゲームの的にでもなったかのように……。

 緑の金属刃の群れによって無残に埋め尽くされた。


 刺し貫かれた闇斬糸使いゼフは何も言えずに地面に倒れる。

 彼の体を覆っていた闇糸は鋼としての力を失ったように縮れて塵になって消えた。


「な、なんだと、ゼフが一瞬で……」


 カズンと殴り合いをしている巨人の背後で、驚愕の表情を浮かべるドワーフ。


「エヴァ、やるぅ、近接用の蒼炎拳を考えていたんだけど、必要なかったみたい」

「ん、モンスターのが歯ごたえある」


 美しい微笑。

 だが、天使ではなくかつて敵対した冒険者たちから死神と呼ばれていた片鱗を思わせる微笑であった。


「それもそうねぇ、邪獣のが強かったし。でも、あそこの巨人は歯ごたえがありそう」


 至極当然といった様子で楽しげに語る<筆頭従者長>の彼女たち。


 この時、側で見ていたメルの頭にはあることが過っていた。


 〝総長より怖い〟

 〝この方々とは絶対に敵対してはならない〟


「……メル、総長の家族とは、これからも末永くよい関係を築くべきだと思う」

「ベネット、わたしもそう思うわ……。さ、そんなことより、あの禁書から出た怪物退治が残っているわよ、カズンのフォローをして頂戴」

「了解」


 ベネットはスキルだと思われる動きで跳躍し影の中へ消える。


 そして、影の中に消えたベネットが放ったと思われる鋭い黒い矢が、カズンと殴り合いをしている巨人の顔、肩、足に連続で突き刺さっていく。

 しかし、巨人には効いてない。


「十層地獄の兵士インディウスよっ、セバーカの変異体なぞ、潰してしまえっ」


 ドワーフは巨人の強さ、虎の威を借りる狐のように隠れながら、巨人に指示を出していた。

 彼の小さく太い手に握られた血が垂れている禁書と呼ばれている魔造書が、巨人とリンクしているのか、光り輝いている。


「うごおおお――」


 巨人は咆哮した。

 そこに、カズンの右フックからの、回し蹴りが巨人の鳩尾にクリーンヒット。

 しかし、巨人は蹴りを喰らっても微動だにせず、


「良い蹴りであった――」


 巨人は低い音声で渋く語ると素早く両手を眼前で組む。

 その組んだ両腕を振り上げて――その両手の拳を振り下ろす――。

 

 カズンの豹頭へと両手の拳を喰らわせた。

 ハンマーが衝突したかのように頭部を揺らすカズン。


「――ぐあっ」


 カズンはガクッと膝が折れたように膝頭で地面を突く。

 更に、巨人は拳を突き出した。

 空間を削ぎ取るようなパワーナックルが、カズンの胸元に直撃。


「がぁぁ――」


 カズンは通路の奥へと錐揉み回転しながら吹き飛んでしまう。


「カズンッ」


 ヴェロニカが急いで倒れたカズンに近寄ってはポーションをかける。


「苦戦しているようね」


 そう語るのは、ユイ。

 壁の天辺をゆっくりと歩きながら……。

 獲物を仕留める前の猟犬のような鋭い相貌を作る。


 彼女特有の力の<ベイカラの瞳>だ。

 巨人を暗殺ターゲットに加えるべく巨体を赤く縁取った。


 ユイの左右の手は特殊魔刀を握る。

 壁の上を歩くたびに、その二振りの魔刀がゆらりゆらりと揺れる。

 

 魔刀の刃が血を求めているように見えることだろう。

 そのユイをフォローするかのように壁の下の通路を歩くカルードの姿もあった。


「二、二、六」


 カルードが壁上を歩くユイに独自な暗号文で指示を出す。


「了解、行くわよ」


 ユイが先に巨人へ飛び掛かった。

 脇腹を薙ぐイメージだと分かる軌道を描く魔刀。

 ――速度のある斬刀だ。


 続いて通路を歩くカルードも出る。

 巨人の反対側へ走った、否、跳躍――。

 切っ先から刃が血に染まる――巨人の脇腹を捉えて脇腹を切り裂く。

 と、カルードはユイの正反対の位置に着地。

 制動もなく流動しながら返す刀で、また、巨人の右足を斬る。

 続けて<ベイカラの瞳>を発動させたユイがカルードと交差しつつ魔刀を振るう。

 ユイの魔刀は、巨人の左足の膝の裏を斬った。


 タイミングが絶妙な二人の剣術の続く。


 瞬く間に、巨人はくるぶしが斬られ、膝裏が斬られ、脛がざっくりと斬られた。

 傷だらけとなった巨人は片膝で地面を突く。

 しかしながら、魔界の巨人は太い腕を振り回して、連携剣術を魅せるユイとカルードを大きな掌で捕まえようとした、が――光魔の血を受け継ぐ<筆頭従者長>と<従者長>の眷属の力は強大だ。


 元暗殺者親子の剣舞大会を止めることはできない。

 巨人は延々と下半身を切り刻まれ続けて、両足が完全に消失。


「ぐぉおぉぉぉぉ……」


 巨人は足をなくすと、初めて痛みの声を上げた。


「魔界騎士、死海騎士のような奴らよ……」


 二人の元暗殺者に対して、魔界諸侯たちが羨む暴虐の王ボシアドが有する魔界騎士の名を挙げて褒めるように呟くと、まだ無事な頭を守るように両腕で顔を覆い防御を構えた。


「ひぃ……インディウスがっ」

「ザブザ、隙ありよ――」


 メルが視線を鋭くさせ低い声で、そう指摘した瞬間――。

 疾風迅雷の動きで巨人の背後で隠れようとしたザブザに近付く。

 そのままドワーフの首へと閃光が伴う片足の蹴りが決まった。


「ぐお」


 メルは蹴りの威力をワザと抑えていた。


 メルはスラリと伸びた長い足でドワーフの首を刺すように、ドワーフの体を持ち上げる。

 ザブザは壁を引きずるような勢いで体が持ち上がった。

 喉元に刺さったメルの爪先。


「ふふ――」


 メルは嗤うと、ドワーフの首の奥を更に深く突くように長い足を上げる。

 衣装がはだけてメルの太股が露出。


「……ぐあぁ、離せっ」


 何とか喉に嵌まったメルの足を――手で叩いて退かそうとする。

 しかし、メルは見よかし顔。

 が、すぐに視線を鋭くさせる。


「ここまでね――」


 冷たく言い放ったメル。

 ドワーフの首を押さえていた長足の踝から黒翼を生やした。

 そのまま――黒い閃光が伴うほどの一回転蹴り(サマーソルト)を見せる。


 ザブザの頭部と首は黒翼によって縦に両断――。

 彼が持つ血濡れた本に大量に血がかかった。


 が、不思議と血塗れた本の周りにはザブザの血は侵食しない。

 元の血塗れた本の状態を保つ。

 一方で繋がっていると推測できる召喚された巨人は、まだその場に残っていた。

 まだ防御体勢を取っている。


 が、その防御体勢も一瞬だった。

 頭部を防ごうといている巨人の両腕にレベッカの蒼炎弾が直撃。

 腕が大きく弾かれた巨人。

 燃え上がる蒼炎を浴びて腕の皮膚が爛れて血肉が沸騰。

 その防御が崩れたところへと太い首を薙ぐユイとカルードの剣術技が華麗に決まった。

 刹那、巨大な頭部はシュッと音を立て、ゆっくりと地面に落ちる。


 すると、おどろおどろしい音が響く。

 地面に不可思議な裂け目が誕生――。


 裂け目の間から無数の歪な手が出現。

 転がった巨人の頭部に、それら歪な手が伸びた。


 無数な歪な手は巨人の頭部を潰すように掴む。

 更に、巨人の胴体をも掴む。

 と、頭と胴体を圧し折りながら圧縮するように――ただの血が滴る肉の塊にしながら地面の割れ目に無数の手と共に巨人の残骸のすべてが吸い込まれた。


 裂け目は自動的に塞がる。

 普通の道となった。切れ目なんて最初からなかったように元通り。

 

 その場に月の残骸メンバーが集まってくる。

 続いて、ルシヴァルの眷属たちも尋常ではない速度で集まっていた。


 カズンは頭を振りながらヴェロニカに支えられて、副長メルが立つ側へ歩いていく。


「さっきのは何かしらね?」

「魔界の亡者?」

「どうだろうか……」

「ん、化け物の手が沢山いた……」


 選ばれし眷属たちが、不思議な裂け目について感想を述べていると、


「……皆様、おつかれさまです。幹部二名、含め兵士の抹殺に成功しました」


 【月の残骸】副長メルが皆へ向けて、挨拶、報告を行い出した。


「あいつらは死んだのか……俺が、仇を討ちたかったが……まぁいい」


 カズンは嬉しそうに微笑みながら語る。


「カズン、いい笑顔じゃないか、そんな笑顔を見せれるのなら、もっと前から見せて欲しかったね」


 ベネットが思い入れのある言葉を放った。


「そうだな」


 カズンは思い零れるように微笑む。


「カズン、頭を殴られたから笑顔を取り戻した?」


 側にいたヴェロニカも笑いながら話しかけている。


「酷い言い方だな。だが、今は気分がいい……」


 カズンは遠くを見る。

 その瞳にかつての自分と仲間への想いが籠っているのは【月の残骸】のメンバーたちには理解できていた。

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