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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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百二十四話 エリボルの最期

2021/02/07 10:09 修正

2021/02/07 11:36 修正

2021/02/07 11:47 修正

 エリボルはビルの言葉を否定するように頭を揺らし狼狽。

 涙目でビルにすがろうとする。


「武器をお持ちください、この若造は刺客かと」

「そんなことは分かっている。くそっ、なぜ、わたしに武器を持たせるのだっ! お、お前がさっさと殺らんかっ!」


 エリボルは期待する答えと違ったのか、子供のように怒っていた。


「閣下っ! 早く武器を御取りくださいっ」


 ビルは眉間に皺を寄せては、エリボルを睨みつけ凄みを見せる。


「ぐぐ、ぬうぅ、分かった……」


 ふっくら顔のエリボルは、机下から短剣を取り出し、椅子から立ち上がると、体を震わせながら机の横に出る。

 その足は生まれたての小鹿のように震えていた。


 なんだかなぁっと、溜息を吐きながら、


「……茶番は終わりか?」


 相手を馬鹿にしたような言葉を喋るが、ビルは反応しない。

 彼は、俺の右手に持つ魔槍杖を見つめてくる。


 そして、黒豹(ロロディーヌ)の姿を見て、逡巡。


「……若造……お前は槍使いか?」


 渋いおっさんは、冷静に質問してきた。


「そうだよ。貴方は総長と呼ばれている方かな?」

「いかにも、わたしが総長ビル・ソクード。【梟の牙】の総長だ」


 ビルは手に持つ重そうな両手剣の剣先を俺へと向けていたが、丁寧に名乗ってくれた。

 なら、俺も名前だけでも名乗っておくか。


「俺の名はシュウヤ。シュウヤ・カガリ」

「シュウヤか。それで、何処の闇ギルドの者だ?」

「闇ギルド? 勘違いしているようだけど、何処の者でもないよ」

「しらばっくれるなっ――」


 瞬間沸騰。ビルはいきなり怒る。

 新たな傷が増えたかのように、皺が眉間に集中。

 怒りの形相を作るや否や、床を蹴り、両手剣の鋒を突き出してきた。


 魔闘術の踏み込みからの、中々の剣速。

 後退して、その両手剣の剣突を躱す。


 ビルは俺が剣突を躱しても、構わず次の動作に移り真っ直ぐ伸ばしていた両手剣を引く。

 鋭い踏み込みの一歩と共に、段平を斜めに構えながら大月でも描くように腕をぐるりと回し、斜めの位置から段平刃を振り落としてきた。


 ビルの表情からは怒りしか感じられないが、剣筋は冷静そのものだ。

 剣突からの連撃もスムーズ。

 多少は近接戦を付き合ってやる。

 斜め上から蛇行して迫る両手剣の刃を、少し後退しながら魔槍杖の上部で小さく跳ねるように弾いてやった。

 ビルは両手剣が上方へ弾かれているので、完全に胸が隙だらけだ。


 ――胸へ返し突きを狙う。


 すんなりと、俺の返し突きがビルの胸に決まると思われた。

 だが、ビルは持ち上がった両手剣を“わざ”と空中高く放り上げ、手を離し、無手状態に移行しては、俺の紅矛の突きを、半身の体勢でずれるように躱し、身体を捻りながら前進してくる。

 そのまま、左回し蹴りを繰り出してきた。その靴先には刃物が伸びてくる。

 俺は、そうくるかいっと――その刃がある蹴りを身を捻って躱す。

 ビルは蹴りが躱されるのを想定しているのか、体を駒のようにくるりと回り続け、今度は裏拳で攻撃してきた。


 俺はその裏拳をダッキングで躱す。


 ――蹴りでも喰らえっ!


 と、意気込み、屈んだ姿勢からタイのキックボクサーのように膝を持ち上げて、魔力を込めた前蹴りを繰り出す。

 ビルは大柄の体格に似合わない動きで、即座に反応。

 後方に少しジャンプしながら、宙に離していた両手剣を掴み直すと、俺のグリーブの靴底を見せるかのような前蹴りを、両手剣を盾のように扱い、防ぐ。


 ――身を縮ませながら後退。


 しかし、蹴りの衝撃は殺し損ねたのか、背後にあった政務机に背中を衝突させ着地していた。


 その時、水音がピシャッと聞こえ、ビルは靴を濡らす。


 コンマ何秒の間に連撃を組み込んで、俺の反撃を往なす力。

 ビルは組織を率いる総長と言うだけの力はあるようだ。


 それに、あの重そうな両手剣を扱うのが非常に上手い。


 空中で両手剣の柄巻をわざと手離し、こっちに視線を向けながら後ろ向きで跳躍、背中に目があるように宙にある両手剣を掴み直す動きは凄かった。


 両手剣にも流派あるんだろうけど、参考になる。

 新しい魔剣ビートゥ(片手半剣)の動かし方を学べた。


 だが、そんな動きに付き合うのはここまで、あっ――。


 突っ込もうとしたら、黒猫(ロロ)が突っ込んでいる。

 黒豹型黒猫(ロロディーヌ)が前進しながらの六つの触手をビルへ伸ばして攻撃を開始していた。


 ビルとの一戦を見て、タイミングを計っていたようだ。

 良いところを持っていく……。

 なんか、最近はこのパターンが多い。


 ビルは一歩も動けずに防戦一方だ。

 彼の背後にあった政務机も触手骨剣の攻撃を受けていた。

 机の上に置かれてあった銅製の梟彫像は穴だらけになり、床へ落ちる。

 エリボルにとって、唯一の障害物だった政務机がマシンガンの弾を喰らうように削られ壊されていく。


「ひ、ひぃぃぃぃ」


 その一方的な光景に、エリボルは戦意を削がれ怯えたのか、へなへなと崩れるように床に沈む。


 黒豹(ロロ)が放っている触手骨剣の連撃攻撃は止まらずに続いている。


 ビルは必死な表情を浮かべながら連撃で繰り出される触手剣を両手剣の先を左手で握り、モードスラッシュを扱うように防いでいく。激しくぶつかり合い斑な光を魅せる火花が散り、金属の悲鳴が響いていた。


 スタミナ切れか、彼は肩で息を始める。

 だが、逃げようとしない。

 巧妙に触手攻撃を防いでいるが、一歩も動こうとしなかった。


 おかしいな? と、視線を下へ向ける。

 あ、あ~、なるほど、ビルの足元にある水溜まりはヘルメか。


 どうりで、不自然な水溜まりが床に広がっていた訳だ。


 よく見ると、ビルの履いてるブーツが凍り漬けになり、もう太股近くまで氷で覆われていた。

 まるで、ヘルメの魔法が徐々にビルの足を侵食しているように見える。


 その状態を知っているのか分からないが、黒豹(ロロ)が放つ連撃はより激しくなった。


 すげぇ、ガトリングガン的な連撃速度だ……。

 足が凍ったうえに、六本の骨剣による連突はさすがのビル総長も対応できず。


 胸を刺され、首が刺され、頭部に突き刺さり、上半身のあちこちから血が噴き出していた。

 更には、氷のように侵食されていた下半身に触手の骨剣が突き刺さると、氷が割れるように下半身がバラバラの肉片となったところで、ビルは、腸の一部を露出しながら完全に絶命。


 彼が持っていた段平の両手剣は、血色に広がる床に落ち、びちゃっと血水が跳ねる音を響かせる。


 水状態のヘルメに両手剣がぶつかるが、ダメージは受けてないようだ。

 スライムのように水が蠢くと両手剣を飲み込むように水がせり上がりつつ女体に変化した。

 宵闇の水精霊のヘルメは、最終的に黝色の足で両手剣の剣身を踏みつける体勢となった。


「ロロ、ヘルメ。ごくろうさん」

「にゃお」

「はいっ、ロロ様の華麗な触手骨剣は素晴らしいですねっ」

「にゃんお」


 黒豹(ロロ)は『まあニャ』とでも言うように、くるりとうしろを向いてヘルメに対してお尻を向ける。

 尻尾を傘の柄のように立たせると、太腿毛と尻尾を震わせるポーズを取った。


 彼女、もとい黒雌猫は、何をしたいのかは、理解不能だ。


 ヘルメのお尻ポーズに影響されたか?

 そんなに見てないはずなんだが、あ、分かった。オシッコタイムか。

 

「……ロロ様っ、それはお尻の匂いを出して、褒めてくれているのですねっ」


 そう受け取ったのか……。


「……ヘルメは目に戻っていいぞ」

「はいっ」


 ヘルメは瞬時にスパイラルな放物線を描いて俺の左目に収まった。

 後はエリボルだけだ。

 エリボルは木から落ちた猿、丘に上がった河童のように、尻餅をついた状態で憔悴しきった顔色。

 木屑の残骸となった政務机を一点に見つめて、濁りきった目を見せている。


 完全に戦意を喪失していた。

 魔槍杖を消して、呆然としているエリボルに近寄った。


「エリボル。見ての通り、君の頼みの綱である総長は死んだよ」

「ヒャッ、ヒィィィ――く、くるなぁ」


 エリボルは奇声を上げる。

 目が血走り、失禁。

 むあっとアンモニア臭が広がり、血の臭いと混ざる。

 エリボルは後退しようとするが、手が血溜まりによって滑っては転び、上手く後退できずにいた。


「落ち着けよ。エリボル。お前は大商人でもあるんだろう? 少しは気概を見せろ……」


 凄みをみせる口調で話す。

 胸ベルトから短剣を出し憔悴顔のエリボルに近付いた。


 尻餅状態のエリボルと視線を合わせるために、膝を曲げて屈む。


「わ、わたしはオセベリア王国とも繋がりを持つ大商人だぞ……殺せば、お前は国からも追われることになるだろう」


 俺の短剣の白刃を見て、エリボルは怯えていたが、逆に俺を脅そうと強気な態度に出てきた。

 エリボルにも、多少なりと、気概は残っていたようだ。

 さすがは大商会を率いていた男でもある。


 んだが、股間からはおしっこ漏らした状態。

 強がっているが、情けない姿のエリボルだ。

 んだが、こいつはこれでも八頭輝だ。


 俺が知らない情報は幾らでもあるだろう。


「そんなことはどうでもいい。何かしらの有意義な情報をくれるなら、俺は、殺さないでおいてやる」


 視線を合わせ、短剣の刃をちらつかせながら質問した。


「ほ、本当か? 何を話せばいいのだ?」

「本当だとも、まずは他の八頭輝と呼ばれてる人物名。その人物が持つ組織を教えろ。後は、お前のマカバイン大商会と【梟の牙】がどんな役割を持ち、どんな相手と取引、抗争をしてきたか、詳しく聞かせてもらおうか」

「わかった。他の八頭輝は……」


 闇ギルド【白鯨の血長耳】

 盟主はエルフのレザライサ・フォル・ロススタイン


 闇ギルド【星の集い】

 盟主は未知なる人族のアドリアンヌ・リーカンソー


 闇ギルド【海王ホーネット】

 盟主は魚人のブルー・ブレイブ


 闇ギルド【シャファの雷】

 盟主は人族のガイ・ギュルブン


 闇ギルド【雀虎】

 盟主は虎獣人(ラゼール)のリナベル・ピュイズナー


 闇ギルド【ベイカラの手】

 盟主は鱗人(カラムニア)のガロン・アコニット


 闇ギルド【ノクターの誓い】

 盟主は猫人(アンムル)のホクバ・シャフィード


「この七つの闇ギルドの(トップ)たちが、わたしを含めての八人の輝く闇ギルドの頭たちだ。地下オークションを取り仕切るための名目コミュニティの組織、八頭輝だ」


 八人の輝く禿げ頭たち。

 という単純な名前理由ではないってことか。


 【白鯨の血長耳】と【海王ホーネット】なら知ってる。

 他の組織名はどっかで聞いたことあるかもしれないけど殆どが、初だな。

 忘れちゃいそうだけど、一応、覚えとく。


「その八頭輝の会合や印みたいのはないのか?」

「印は無い。八頭輝とはあくまでも地下オークションを円滑に進めるためにある名目でしかない。会合なら年末だ。地下オークションの前日にある。その日に全員の盟主たちがペルネーテに集まるはずだ。因みに、実力的には、この八頭輝に迫る実力のある闇ギルドは数多くいるぞ、南の王都に近い【鉄角都市ララーブイン】の主勢力である【髑髏鬼】、遠いが南東【鉱山都市タンダール】の【影翼旅団】、都市ではないが王都近くの東海岸にある【大墳墓の血法院】など……」


 へぇ、大きい会合になるんだろうな。


「なるほど。次はお前の商会組織についてだ」

「わたしの商会は海運だ。大運河であるハイム川に連なる各都市を結び、外洋の独立都市を繋ぐ大事な仕事を請け負っている」


 独立都市か。


「外洋の独立都市について、もう少し詳しく」

「海光都市ガゼルジャンだ。そこを支配する闇ギルド【海王ホーネット】と不可侵条約を結んでいる。これの背景には【オセベリア王国】の商船をガゼルジャン海賊や海のモンスターから守るという盟約も含まれているのだ。わたしは、そのお陰で、オセベリア王国の海軍大臣ラングリート侯爵と懇意な仲なのだよ」


 こいつは俺に価値があると思わせようとしてるな。

 だが、まぁセーヴァが語っていた、ガ・ペ裏協定のことを思い出すと辻褄が合うね。


「なるほど、それがこの国との繋がりか」


 少し考える素振りを見せると、エリボルの目に活力が戻る。

 しめた、と言うように、にやけた顔が一瞬浮かぶ。


「そ、そうなのだ。わたしは価値があるぞ。おまえとて国に追われたくはあるまい? 今回のことは不問に処そう。そして、ソナタに莫大な大金を渡そうではないか」


 白狸が調子乗り出した。


「煩い。お前は俺の質問にだけ答えればいい」

「っ……」

「――返事はどうした?」


 白刃の腹で白狸のホッペを叩く。


「わ、わかった」


 軽く脅すとまたアンモニア臭が匂う。


「それで、その独立都市との契約だが……なぜ、お前の【梟の牙】が海光都市を支配している闇ギルド【海王ホーネット】と不可侵条約を結べたんだ?」

「それは、オリーブ油、クルックの実、合成魔薬の密輸、奴隷の販売、などの他商会に無い各種貿易の販促ルートがあるからだ。互いに大きな市場を利用することによって莫大な利益になる」


 オリーブ油とはあの体に良いオリーブ油かな? 

 名前が地球と同じか、違う油か? 後、クルックの実? これはどっかで聞いたことがある。


 それより、まだ何か話してないことがありそうだ。

 キナクサイ。


「……本当にそれだけか? 何か【海王ホーネット】の弱味を握っているんだろう?」

「ひ、……そ、そんなモノはない」


 その時、一瞬、エリボルの視線が部屋隅にあった箪笥へ向けられた。


 分かりやすい反応だ。

 あそこに何かあるのか?


「ロロ、こいつを見張っといて」

「にゃお。――ガルゥゥ」


 黒猫(ロロ)は口を広げ牙を剥き出し、触手をエリボルへ向ける。

 俺は短剣を仕舞いながら箪笥を探った。


「ど、どうしてわかったのだ……」


 エリボルは項垂れている。

 よほどの大事な物が入っているのか、箪笥には鍵が掛かっていた。


「目は口ほどに物を言う。という諺は知らないのか? さぁ、エリボル、ここの鍵を出せ」

「い、いやだ……そこにあるのは全部わたしのだ……」

「死にたいのか?」


 そう脅すと、黒猫(ロロ)は即座に行動。

 触手から伸びた銀色に輝く骨剣の先っぽがエリボルの眉間に当てられた。


「――うあっ、うぅぅぅ、わ、わかった。全部は持っていかないでくれ……鍵はここにある……」


 エリボルは首にかけていたネックレスを取り出す。

 そのネックレスから鍵を外し持つと、その鍵を握って震えながら頭上へ持ち上げていた。


 その鍵を黒猫(ロロ)の触手が器用に掴むと、宙に弧を描くように触手を捻らせて、俺のもとにその鍵を運ぶ。


「ロロ、ナイス」


 その鍵を受け取り、鍵穴へ差し回す。

 カチャッと大きな音が鳴った。引き出しを開けてみる。


 おぉぉ、驚愕。

 そこにはたっぷりと金貨、白金貨、宝石が入っていた。

 大白金貨も二枚ある。

 しかも、宝石だけじゃなく、帳簿らしき物や、儀式に使うような黄金色に輝く合金製の大杖もあった。


 先端には大きな竜が腹に抱きかかえるように巨大エメラルドが嵌められてあるし、合金の表面には精巧な小竜たちが造形され巨大エメラルドを八辺から支えるように作られてある。


 大杖の装飾されている黄金類にも驚くが、やはり、この巨大宝石だろう。

 いったい、何カラットだよ……。

 後端は巨大な鍵の形。その不思議な大杖を握ってみた。

 わぉ。大杖を握った途端、大杖から独特なパワーが感じられた。


 先端にあるエメラルドからも光が発せられている。


『凄い。閣下が握られた瞬間、この大杖から魔力が溢れ出しました。しかも、膨大な魔力が宝石の中に内包されています』


 精霊ヘルメも驚いているようだ。


「エリボル、この大杖は何だ?」

「そ、それは海光都市にあるとされる、次元界の扉を開くためのウォータエレメントスタッフ。鍵杖だ」


 ウォータエレメントスタッフ? 鍵杖? 次元界か。前に沸騎士たちがそれらしいことを言っていた気がする。

 魔界(セブドラ)神界(セウロス)といった他世界のことか。


「……そんな大層なもんを何でお前が持っているんだ?」

「それは【海王ホーネット】との戦争中に、我らのギルドメンバーが海光都市の内部にある海中遺跡で見つけたものだ。魚人共はそのウォータエレメントスタッフを祀り、神と崇めていた」


 これを神ねぇ?

 エレメントスタッフを握りふりふりと振り回してから、エリボルに聞く。


「――ずっしりとした重さ。お前は、この神とされるウォータエレメントスタッフを使い魚人たちと、有利な取引をしたと。……それでその次元界の扉とやらは本当にあるのか?」

「あるにはある。だが、普通の人族ではその扉に辿り着くことは困難だ。海の地下深い場所にその門はあり、更に一部の魚人たちがその海底を根城にして守っているのだ。しかし、水属性の高位魔術師を連れていけば辿り着ける」


 ほぅ、その口調だと実際に見てきたのかな?


「お前は実際にその扉を見たことがあるのか?」

「ある。そのウォータエレメントスタッフと同じ宝石でできた巨大な門扉があったのだ。その表面には巨大な竜、グレートイスパルの姿が宝石で創られてあった。その巨大竜は本当に生きてるように精巧で、生々しく感じたのだ……。あまりにも神々しい物といえた。わたしは急に怖くなったのだ。違う世界へ引き摺り込まれるのではないか? とな。その扉を開くことはせずに地上へ引き上げ海光都市に戻ってから、ウォータエレメントスタッフを用いて【海王ホーネット】と有利な取引を行い、海光都市から撤退したのだ」


 へぇ、巨大な竜か。

 その門は海繋がりな次元と繋がっているんだろうか。

 だけど……。


「そもそも、何故、その海底にある門扉が次元界の扉だと、分かるんだ?」

「わたしは研究者ではないから詳しくは知らんが、各都市の中には、その次元界に繋がってる証拠みたいのがあるようだ。塔烈中立都市セナアプアがその代表的な都市らしい。あそこは巨石が空中に浮かび、その巨石の上に塔が乱立した空中都市が出来上がっているからな」


 へぇ、都市の中には次元界に繋がるものがあると……。

 迷宮都市ペルネーテもひょっとして、違う次元界に繋がっていたりして……。


 まぁ話としては面白かったけど。

 次元界のことはあまり興味ない。

 むしろ、このウォータエレメントスタッフな鍵杖、武器として使えるかどうかの方が興味ある。


 試しに頭上に掲げて、少しだけ杖へ魔力を送ってみる。

 その瞬間、水、海水がエメラルドの宝石から迸るように、溢れ出てきた。

 急ぎ、魔力の流れを止めると、大杖から放出されていた海水もストップ。


 びしょ濡れだ。

 ほんの少し魔力を通しただけで、コレかよ。


「お前は水属性持ちの魔術師でもあるのか……そのウォータエレメントスタッフを使用すれば、何故か今のように海水が扱える」


 エリボルは水に滴る俺の姿を見て笑うことはせずに、そう解説してくれた。


「なるほど、これはこれで、武器になりそうだな」

「ふん、ただの武器ではない。魚人共が神と崇めているだけはある武器だ。使用者が水属性で、膨大な魔力を持ち、その魔力を消費することができれば、海を割ることも巨大津波さえも人工的に引き起こせる代物なのだからな、とんでもない物なのだぞ」


 エリボルは俺のウォーターエレメントスタッフの扱いが気に入らなかったのか、反論気味に話していた。


「膨大な魔力か。使用する本人もそれなりの魔術師じゃなければ、死ぬな」

「……確かにそうだろう」


 ……んじゃ、この杖については聞くことは無いな。


「さて、この件についての、話はもういいや……」


 その言葉を耳にしたエリボルはすがるように俺を見る。


「もうかなり話をしただろう? 解放してくれないか?」

「いや、まだだ、他の幹部、まだ生きている奴がいるだろ? 後は迷宮都市ペルネーテ内で行われている他の闇ギルドとの縄張り争いを詳しく教えてくれ」


 エリボルは顔を沈ませて溜め息を吐く。


「……そんなことを知ってどうするのだ。もう、わたしの【梟の牙】と大商会は終わりだぞ。船商会は各船長たちがいるので暫くは続くだろうが……表の纏め役も兼ねていた総長であるビルが死んで、生き残っている幹部もベックとレネの二名だけだ。縄張りもその二人が守る倉庫街のみ。その縄張りも何処かに取られるのは時間の問題だろう」


 幹部はまだ二人残っていると……注意が必要だけど、エリボルが言う通りなら、放っておいても他の闇ギルドとの争いで死にそうだな。


「それで、どこの闇ギルドに縄張りを取られたんだ?」

「食味街を【月の残骸】に、賭博街を【夕闇の目】に、市場街を【覇紅の舞】に取られた。それもここ数日の間にだ。……お前は本当に闇ギルドの刺客ではないのか?」


 まるで、野生ライオンの社会みたいだな。

 弱った闇ギルドは周りの闇ギルドから集中的に狙われて根絶やしにされるようだ。


「……そうだ。刺客ではない。俺自身の判断でここにいる。単に、自分へ掛かる火の粉を払っただけ。ただの、冒険者だよ。……それと、この帳簿は何だ?」

「……それは、裏帳簿だ」


 へぇ、取引関係か。

 エリボルは帳簿を見ると、頬や眉をびくびく動かし、顔が引き攣るような反応を示している。

 相当な代物か?


「どういった関係者が出てくるんだ?」

「……お前は冒険者なのだろう? ……それを知れば、国、大貴族に追われるぞ?」


 エリボルはいたずらに遅疑逡巡を繰り返し話していた。

 今さらだな。詳しく聞いておこう。


「そんなことはお前が心配せずとも良い、さっさと話せ」

「……わかった。知らんからな。これは衛兵隊、第二青鉄騎士団、ホワイトナインの関係者である貴族たち、オセベリア王国の重鎮貴族たちとの取引内容だ。隠蔽私掠船、格安で奴隷提供、国の商業組合である行政には通さない海光都市経由の各種貿易の融通、オリーブ油とクルックの実を用いた資金洗浄、不正価格操作。魔薬取り締まりの融通、貴族仲介者への利益提供、などだ」


 うへ、どんだけだよ。隠蔽私掠船と言うことは隠れて他国の船を襲う契約をオセベリア王国の貴族たちと結んでいたのか。

 まぁこいつらは海運商会。通常の商売だけで無く裏で海賊行為を正当化していた訳だな。


「【オセベリア王国】の貴族たちが、お前と組み利益を得ているのか」

「そうだ」


 皆、ずぶずぶの闇鍋パーティか?


「貴族に、大貴族か……名前を詳しく」

「海軍派のアロサンジュ公爵、ラングリード侯爵、フレドリク伯爵、ゼントラーディ伯爵、トニライン伯爵、デクオル伯爵、リード子爵、ダラー子爵、などだろう」


 公爵までいるのかよ。


「それら貴族の中で、お前が頻繁に取引を行い会っていた人物は誰だ?」

「セスドーゼン領を治める海軍大臣のラングリード侯爵。迷宮都市を治める第二王子ファルス様の補佐をする立場であるペルネーテ行政副長官デクオル伯爵、同じく副長官トニライン伯爵。その第二王子護衛の一人、ホワイトナイン序列第八位大騎士であるダラー子爵。衛兵隊隊長を兼任する第二青鉄騎士団団長のリード子爵だ」


 この四人か。

 俺がエリボルを消した後、色々と詮索してくる可能性はこの貴族たちが高いかもな。

 帳簿を見ると、確かに、この四人の名前が多い。

 この帳簿を分かる奴に提出したら、一大スキャンダルに発展しそうだ。


 ま、暫くはアイテムボックスの中に眠ってもらうか。


「……さて、情報は聞けた。もう用はない。サヨナラだ――」

「話が違……」


 俺はロロに視線を向けて頷く。

 黒猫(ロロ)は再度、触手をエリボルの眉間に当てた。


 だが、その瞬間、部屋の右手から扉が開かれる大きな音が響く。


「――待って、殺さないでっ」


 扉から現れた女が、叫んだ。

 何故か、その叫んだ女は白い花嫁衣装を着ている。

 扉向こうにあった魔素の正体は、女か。


 彼女は胸を張るような体勢で、両手を背中に回している。


 背中に武器を隠しているな。

 ん、もう一つ小さい別個の魔素がある。

 背中に隠し持った武器か道具が反応しているのか?


「ロロ、止めろ」


 様子を見るため、黒猫(ロロ)を止めた。


「誰だお前は」


 女に名前を聞く。


「し、シルフィリア! 居たのか? ここに出てきちゃ駄目だっ」


 眉間に骨剣が当たった状態で、エリボルが女の名前を叫ぶ。


「エリボル黙れ。次喋ったら問答無用で殺るからな? 俺はこの女に聞いているんだ」


 エリボルはがくがく震えながら頷く。


「それでお嬢さん、お名前を聞こうか」


 少し目を細めてから、白地の衣装を着ている女に尋ねる。


「……わ、わたしは、シルフィリア・マカバイン。そこにいるエリボルは、わたしの父親です。わたしは娘です」


 この白狸が親かよ。

 と言うか、娘に来るなと、エリボルは話したが、このいかにも越後屋的な悪役が、良い父親だったのかねぇ。

 きたなく稼いで清く暮らしていたと?


「……娘か、隠れていれば良いものを……でも、なんでそんな格好をしているんだ?」

「これは、父さんに見せるためです。わたしはもうすぐ結婚式があるので……」


 なるほど……。


「そっか、それで、シルフィリアさん。俺とエリボルの会話は聞いていたんだろ?」

「はい」


 シルフィリアさんの表情は青ざめているが、結構な美人だ。


「だったら解るな? これはエリボルが始めたことだ」

「いえ、解りません。父は優しい人です。わたしを育ててくれました」


 話しても無駄か。

 娘からしたら、俺は完全に悪者だな。

 だが、俺に向けた刃、エリボルは闇の頭。そのケジメは取る。子分か、女だったら考えてもいいが。

 更には仲間のために、そして知り合い(ガイアの天秤)たちの仇は取らせてもらう。


 俺は感情を顔には出さずに、黒猫(ロロ)を見て、頷く。


 黒猫(ロロ)はすぐに反応。

 エリボルの眉間を骨剣で突き刺していった。


「ヒィィァァ、は、話がちがっ――」

「俺は確かに殺さないと言ったが、他は知らないぞ?」


 エリボルは俺の皮肉を込めた嘯く言葉を耳にしながら死んだ。

 その双眸からは光が失われて最後には瞳孔が散大していた。


「え、え、え、え?」


 娘のシルフィリアは何が起きたか分からないという様子を見せて、取り乱している。


「な、なんでぇぇぇ、ころぉしたぁぁぁぁ――」


 シルフィリアは背に隠していた短剣を胸前に持ち、殴りかかってきた。

 しょうがない。

 エリボルは、この子にとって良い父だったらしい。


 俺は右手に魔槍杖を出現させると、その魔槍杖をさっと持ち上げるように、縦回転。

 石突の竜魔石を掬い上げるように振り上げて、シルフィリアが持つ短剣に衝突させた。


「――ぁ」


 彼女の手に持つ短剣は弾かれる。

 更には、シルフィリアの足を引っ掛けて転倒させた。

 その際に白地の衣装が引き裂かれるが、気にしない。


「無駄なことはよせ」

「な、なんで、ころした、のよ……とぅ、さん…………けっこん式に、来てくれる、って……」


 シルフィリアは泣きながら床を這いずり話している。

 父親を殺っといてなんだけど……。


「すまん。……事情を知るにせよ知らないにせよ。お前の父親は立派な大商会を持つ商人である前に、裏では闇ギルドのトップだったんだよ。盗み、殺し、違法取引、その他、多くの悪行に手を染めていたんだ」


 ま、こんなのは気休めだ。

 俺も同じ狢、悪人であることは変わりない。


「……そんなの知らない。この、人殺しっ! 」


 そうだな。


「分かっているよ。そこでじっとしとけ。見逃してやるから」

「嫌――」


 彼女は怒りを込めた言葉と共に立ち上がると、落ちていた短剣を拾いに走る。

 やはり、あの歪な短剣、魔力を内包して纏っている? その魔法の短剣を拾うと、刃先をまた俺に向けて歩いてきた。


 あんな短剣で、俺に立ち向かうのか?

 普通、逃げるだろう?

 何故ここまで強気なんだ……ったく。


 シルフィリアは凄い形相だ。憎しみが籠った目で俺を睨んでくる。

 すると、黒猫(ロロ)が身体を少し大きくさせた。

 中型大きさの黒豹になる。


「ガルルゥッ」

「何よっ、化け猫っ!」


 黒猫(ロロ)が唸りシルフィリアに飛びかかろうとした。


「ロロ、下がっていろ」

「にゃ?」


 黒猫(ロロ)はすぐに指示を聞き、後ろに下がる。


『閣下、わたしが殺りますか?』


 ヘルメが怒りながら視界に出現。


『いや、俺が始末をつける』

『はい』


 ヘルメは頭を下げて視界から消えていく。

 彼女は一般人だ。

 一応、説得を試みる。


「……シルフィリア。その短剣は捨てて、向こうへ行け」

「お前をォ、殺してやる」


 はぁ……状況が理解できてないか。


「結婚式を挙げるのだろう? 俺に近寄ったら無駄に死ぬことになるぞ」

「……」


 おっ、動きを止めて沈黙した。


「やっと理解したか、ほら、さっさと消えろ」

「――理解なんてしない。父を殺した黒き獣も、お前も殺す……」


 すると、シルフィリアは急に頭を激しく左右に振ってから頭を斜に構える。

 憤然とした雰囲気だ。


「正気か? こっちに来るな」

「――うるさいっ! 父さんの仇――」


 こりゃだめだな。

 シルフィリアは憎しみに染まった目。

 淀んだ目を見ると、一瞬、ミアのことが頭を過る。


 ミアも一瞬だが、あんな目をしていた。

 だが、ミアが、このシルフィリアの負の螺旋を受けなかっただけで良しとするか。


 シルフィリアは魔法の短剣で、俺の胸を刺そうと、走ってくる。


 わざと動かない。

 シルフィリアの短剣の刃が魔竜王の鎧に衝突し、魔竜王の鎧からキィンっと硬質音が響いた。


「な、なんで、当たらないのよっ」


 頭に血が上りすぎて、鎧があるのが見えてないのか?

 それとも、もう、気が触れているのか……。

 

 何度も駄々っ子のように突き刺してくるが、刃先は鎧に弾かれるのみ。


「これは鎧だ――」


 そう言いながらシルフィリアの鳩尾へと素手のボディブロウを喰らわす。

 シルフィリアは魔法の短剣を床に落とし、気を失ったように倒れる。


 ――だが、背中を後ろに反らした状態で、宙に浮かぶように体が止まった。


 え? なんだ?


「ヒェリッ、ヒェリオオオオオ――」


 シルフィリアは奇声を叫ぶ。

 続けて、シルフィリアの体から肉が軋む音が響くと、反らした体を元に戻した。


 その顔色は激変。


 青筋のような血管が顔に浮き出て、黶のような薄青い魔法陣も顔に浮き彫りとなる。

 更には、目から血が流れて、少し眼球が飛び出ていた……。


「何だ? おい?」

「ヒェリオオオオオ――、お、マ、エ、コロスッ」


 白い花嫁衣装を着るシルフィリアは、怪物のように爪を立てた指を活かすように殴りかかってきた。

 だが、見た目だけの変化だけか? あまり速くない。


 手を伸ばして殴りかかってきたシルフィリアの腕を掴んだ。

 その腕を引いて、シルフィリアを抱き寄せた。

 

 病気があったら怖いが……。

 もう、こうなったら殺るしかない。


「聞こえているか分からんが、あの世で後悔するんだな――」


 そのままシルフィリアの首筋に噛みついた。

 血を吸って魂も頂くとしよう。


「キアッヒァァァァァ」


 シルフィリアは奇声を上げつつ、体が干からびていった。

 刹那、シルフィリアの首筋に棲んでいた小型の蟲がにゅるっと音が響くように現れては、一気に萎れて消えた。

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[気になる点] 百二十四話 エリボルの【最後】 ではなくて、【最期】では?
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