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96話 久しぶりに主従のまともな会話



 そこは、上も下も明確に存在しない奇妙な空間だった。

 立っている筈なのに、地面は無く。

 相手が見えるのに、光源は無い。



(――――それどころか、空気があるかすら怪しいわね)



 ただ一つ確定しているのは――――“銀時計”の仕業だと言うことだ。

 その証拠に、アメリの胸元で淡く輝きながら、ふわりと浮いている。



「カミラ様……、ここはいったい何処なのでしょう?」



「さあ? 知らないわ」



「のわりに、落ち着き払ってますよね…………。検討ついているんじゃないですか?」



 澄ました顔で思考を巡らすカミラに、アメリはジト目を送る。



「そういう貴女こそ、落ち着いているじゃない。さっきまで取り乱していた癖に」



「そりゃーもう、カミラ様と一緒ですもの。それに、カミラ様が冷静でいるって事は、少なくとも危険性は無いって事でしょう?」



 信頼し、安心しきった目をするアメリに、カミラは胸を熱くしながら微笑んだ。



「…………ありがとう、アメリ。そして――――ごめんなさい」



「何を謝る事があるんですかカミラ様。今回、わたしがこうなってしまったのは、確かにカミラ様の指示があったかもしれませんが。――――わたしの“意志”があったからです」



「でもっ!」



「気に病まないでください、カミラ様。わたしは嬉しいんです、貴女の役に立てた事。――――それに、ちゃんと助けれくれたじゃないですか…………っ!」



「きゃっ!」



「カミラ様~~!」



 キラキラと満面の笑みで抱きつくアメリに、カミラは告げた。

 とても残念なお知らせである。



「――――助かって、無いわよ?」



「はい? 今、何と…………」



 無邪気に首を傾げるアメリを引き剥がして、カミラは、なむー、と合掌する。



「だから――――助かってないわよ、貴女」



「へ? は? え、だって、こうして元の姿に…………カミラ様だって…………? え、あれ? カミラ様も元の姿に!? という事はユリウス様も…………あ、あれぇ!? ユリウス様は何処? というか他のみんなは何処ですか!?」



 今更ながらに、きょろきょろと周囲を見渡し、この異常事態を正確に把握したアメリは。

 みるみるうちに顔を青くし、カミラに詰め寄る。



「も、もしかしてヤバいんですかカミラ様!? はぁっ! 真逆これはわたしが死の間際に見てる妄想!?」



 何やら面白い答えにいたったアメリに、バチンと一発デコピンをかまし。

 カミラは、ため息混じりに言った。



「あ痛ぁっ!」



「落ち着きなさいアメリ。これは現実……よ、一応」



「一応って言った!? 一応って言いまし――――あだっ!?」



 カミラは再度デコピンで、アメリの沈静化を計る。



「落ち着いて状況を把握なさい…………。貴女はいったい何処までの記憶があるの?」



「いつつ…………。えと、なんか化け物に成りつつも、イケメンカミラ様を庇った所までは覚えているんですが…………」



「じゃあその後。完全に化け物になって、ユリシーヌとガルドをボコボコにした事は?」




「…………マジ、ですか? またまた~~。わたしが何か変なのになっても、あの二人をボコボコに出来るわけないじゃないですか」



 またまたご冗談を、と冷や汗をかきながらひきつった笑みを浮かべるアメリに、カミラは真実を告げる。



「冗談であればよかったのだけどね…………。貴女ときたら“時間停止”まで使って暴れるものだから、苦労したわ」



「後で謝りに…………って、“時間停止”? あの糞学園長がわたしの体でやってた事ですか? え? 何でわたしにも出来てるんですか!? ――――もしかして、これが?」



 アメリは目を白黒させて驚いた後、まじまじと“銀時計”を見つめる。



「ええ、貴女の考えている通り“それ”が原因でしょうね」



「でもわたし、使い方なんて…………」



「大方、貴女の無意識に勝手に反応したって所でしょうね」



「そういうものなんですか…………でも、なんでわたし達こんな所にいるんですか? それに助かってないって…………?」



 不安そうに瞳を潤ますアメリに、カミラは近づくと抱きしめる。



「大丈夫よ。多分、何とかなるわ」



「…………そこは、はっきり言ってくださいよぅカミラ様」



「ふふっ、ごめんなさいアメリ」



 カミラが大丈夫と言うなら、大丈夫であろう。

 そう確信したアメリは、胸元で浮く銀時計を手に取り、カミラに渡す。



「どうぞ、カミラ様。――――ここから出るには、きっと必要なんですよね?」



「ええ、ありがとう」



 受け取ったカミラは、銀色の懐中時計の蓋を開けてみると。

 そこには、四つの文字盤とそれぞれの針が、各々の時間を記していた。



「わたしを化け物にしたり、時を止めたり。何なんでしょうねそれ? 魔族の秘宝がどうのこうのって言ってましたけど」



「あくまで推測に過ぎないけれど、貴女を化け物にした機能は後付けね、これは――――ええ、やっぱり。“タイムマシン”だもの」



「タイムマシン? “時間停止”とは何が違うんですか?」



 言葉の意味合いが解らず首を捻るアメリに、カミラは時計を“解析”しながら答えた。



「“時間移動”を――――正確には“時空間移動”を可能にする“機械”よ」



「“機械”!? カミラ様が考案した、あの雷で動く歯車みたいなヤツですか!? マジックアイテムじゃなくて!?」



 魔法という汎用性の高い手段と、“世界樹”のテクノロジー制限により。

 この時代では、前世で言う科学技術はほぼ無い。

 何年か前に、カミラが自領限定で復活させたくらいだ。



(どこから出現したか解らない、“未来”の技術からしてみてもオーパーツなんだけど…………)



 伝えても余計な混乱を招くだけね、とカミラは説明を省いた。



「取り敢えず、時空間を操作出来るモノとして認識していればいいわ」



「はぁ、そういうものですか…………」



 納得がいかない顔で頷いたアメリに、カミラは話を本筋へ戻す。



「私達は暴れる貴女を捕まえる為に、一番厄介な“コレ”を止め様として――――ええ、こうなっているのよ。だから“現実”の貴女はまだ“化け物”で、私は“男”ね」



「ホントにまだ、助かってなかったっ!? っていうかマジでここ何処なんですか!?」



 あわわ、と慌て始めたアメリの、その頭を撫でながら言う。

 あくまで感覚だが、これは、きっと――――。



「――――私の“意識”の中」



「カミラ様の…………“意識”の、中?」



「あの時、私はこの“時計”を掌握したわ。そしてこの“時計”はアメリ、貴女と一体化していた…………」



「理屈は分かりました。でも、これからどうするのですか?」



 カミラは考える。



(今の私には解る…………。これが、これこそが私の“ループ”を実行していたモノ)



 もう“ループ”出来ないと思っていた。

 だって“世界樹”の方のタイムマシン機構は、破壊してしまったからだ。



(これを使ってしまえば、また“ループ”してしまうの?)



 出来るのは、可能となるのはそれだけではない。

 正しく“時間移動”の素質を持つカミラならば、“未来”への移動も可能になるだろう。



(それどころか――――“前世”の時代にさえ)



 考えてしまうと途端に、時計がずしりと重くなる。

 人に、人が持てる力としては重い、重すぎるのである。



 躊躇いは限りなく、しかし、何時までも迷ってはいられない。

 恐らく“外”の時間は、一秒たりとも経過せず“停止”しているだろうが。

 まだ、何も解決していないのだ。



「――――っ」



 銀の懐中時計を握りしめ躊躇するカミラの手を、アメリはそっと両手で包み込んだ。



「大丈夫です、カミラ様」



「アメリ…………」



「わたしには、カミラ様が何を背負っているのか、何を不安に思っていらっしゃるのか解りません。――――ですが、一つだけ解ることがあります」



 真っ直ぐにカミラを見つめ、アメリは続けた。



「信じてください、ご自分を。ユリウス様への“愛”を――――」



 カミラはその言葉に、自分が何を目的として生きているか思い出した。



(そう、そうね…………そうだったわ。私はもう“過去”には戻らない)



「ユリウスの想いを、なかった事にはしない。アメリ、貴女の想いも――――」



「カミラ様…………!」



 力強く言い放ったカミラに、アメリは微笑む。



「何が起こるか解らないけれど、着いてきてくれる?」



「はいカミラ様。例えこの身が果てようとも、何処までもお側にいます」



「ふふっ……。私は果報者ね」



 カミラはそう言うとタイムマシン――――“銀の懐中時計”にタキオン粒子を巡らせ始める。

 その途端、周囲が黒一色の空間から、鮮やかに色づき始め――――。



「――――カミラ様、これは!?」



「…………そう、そう言う事なのね」



 辺り一面に、先ほどの光景が映し出される。

 そしてそれは、時計の針を巻き戻す様に。

 カミラの“記憶”を、超高速で逆再生していた――――。



次回更新は9/5、20:00頃です。


※更新日訂正。

割烹にあった事や、仕事が忙しかった事などで。

執筆がまたも遅れています。

今暫くお待ちください。

来週には、なんとか、多分……。

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