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64話 セーラのヒ・ミ・ツ

カミラ様の人生難易度は、ベリーベリールナティック(でした)

ではセーラの人生難易度は?



「――――はぁっ! はぁっ! はぁっ!」


 いったい、校舎やグラウンドといった敷地内を何周しただろうか。

 途中から魔力を使わずに走ったお陰で、カミラの息は荒い。


「ま、まったくっ! はぁっ! 何を、して、いるんでしょうね私は…………っ!」


 自問自答しながら、カミラは廊下の壁に背を預けずるずると座り込む。

 恥ずかしさと情けなさで、涙がでそうだ。


(これから、どうしましょう…………)


 ユリウスの事を想うと、カミラの心に歓喜と罪悪感の嵐が吹き荒れる。


(あううぅ…………、い、今から戻って、ユリウス様はまだいらっしゃるかしら、怒ってないかしら――――まだ、好きと言ってくれるかしら)


 戻ってその腕の中に飛び込んで、でも、でも、だって。

 そんな事――――恥ずかしい。


(こ、これが、噂に聞く幻の“両思い”……!)


 片思いより一つ上の領域に至ったカミラは、目の前に立ちはだかる壁に戦慄した。

 ――――端から見れば、壁ではなく薄紙一枚であったが。


(ああ、アメリ、アメリっ! 貴女は今何処にいるの?)


 念話の魔法で呼ぶことも思いつけずに、カミラは嘆いた。

 聞いて欲しい事がある、聞きたい事がある。

 どうすれば、ユリウスと真正面から手を取り合えるだろうか。


(今更、恥ずかしい、なんて――――)


 火照る顔を両手で押さえ、しばし沈黙。

 そしてカミラは、のろのろと立ち上がる。


「と、取りあえず、恥ずかしくなるまで、夜までどこかに隠れ――――」


 何の解決にもならない事を、始めようとした瞬間、カミラ以外誰も居なかった廊下に大声が響く。



「――――ああああああああっ! カミラ様はっけーーーーーーん! 確保おおおおおおおおおおお!」



「でかしたぞっ! グヴィーネっ! おおーーいっ! エミール、リーベイこっちだあああああああ! カミラ様はこっちにおられるぞおおおおおおおおお!」



「な、何事っ!?」



 突如現れたウィルソンとグヴィーネ、そして続々と集まってくる攻略対象とその婚約者達に、カミラは戸惑いと驚きを隠せない。



「――――ぜぇ、ぜぇ……、さ、さぁ……」


「こちらに来て貰いませんかカミラ様」


「ちょっと、グヴィーネ様っ!? エリカ様!? ああもうっ! フランチェスカ様までっ!? 私をどうするおつもりなのです!?」


「現在……、カミラ、様には……」

「全生徒に捕縛命令が出されています」

「安心するのだっ! カミラ様のお体はグヴィーネ達女生徒しか触るなとのお達しなのだ!」


「え? ええ? えええええええええええっ!?」


 事態を把握できぬまま、カミラの右腕、左腕、そして後ろから肩をヴァネッサ取り巻き三人衆が、がっちりと掴む。


「さあさあ!」

「ユリシーヌ様がお待ちですわ」

「連れて行った者達には、報償が貰えるのです。さあ行きましょう!」


「ちょ、ちょっとっ!? そんな無理矢理っ! あわわわわっ!?」


 ぐいぐいと背中を押され、腕を引っ張られるカミラの耳に、校内放送が入る。



「ピンポンパンポーーン! あー、テステス。カミラ様及び、全生徒の皆様聞こえていますかーー!」



「あ、アメリっ! 鐘の音も口で言うのっ!?」



「つっこむ所は」

「そこでは」

「ありませんよカミラ様」



「現在、学院内を暴走しているカミラ様が、ご迷惑をお掛けしていると思いますがっ! そのカミラ様を捕まえて最寄りの生徒会役員まで引き渡してくださーーーーいっ! 連れてきた者は、ゼロス王子から褒美が送られる事になってますっ! みんなどうぞ奮ってご参加くださいっ! タッグトーナメントや魔法体育祭の借りを返すチャンスですよ! 現在カミラ様の居場所は――――」



(こ、これは真逆――――――――!?)



 カミラは戦慄し、思い知った。

 これは“先程”の続きだと、ユリウスは何が何でもカミラを自分の“女”にすべく、アメリやゼロス王子まで味方に付け、全生徒を利用して自分の前に連れてこさせるつもりだと。



「おのれ裏切ったわねアメリいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」



「わっ!」

「きゃっ!」

「か、カミラ様!?」



 カミラは三人を全身から魔力を放出して、尻餅を付く程度に吹き飛ばす。



「ぜぇええええええったいっ! 捕まるもんですかああああああああああああああっ!」



 心の準備とか、整理とか、そういうものをさせる間もなく、ユリウスはカミラを“落とし”に来ている。

 それはとても嬉しい事だったが――――。



「――――――――まだ、恥ずかしいのよっ!」



「…………ぐはっ」

「僕まで巻き添えにっ!?」

「むぅうううううううううううう!」



 慌てて立ちふさがる攻略対象三人組を、衝撃波でひとまとめに薙ぎ倒し、ついでに割れてしまったた窓からエスケープ。



「ああっ! あれ見て! カミラ様よ!」



 逃げ込んだ中庭にも、カミラを見つけて突撃する生徒達を見て、更なる逃亡を開始する。



「後で覚えておきなさいよアメリいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」



 多勢に無勢はまだしも、流石に生徒達相手に本気を出すわけにも行かず。

 強固な結界で居座れば、ユリウスがやってくるだろう。

 かと言って、学院外に出るのは“負け”だと、何が“負け”か解らないが“負け”だと断じて。

 カミラは圧倒的に不利な鬼ごっこに身を投じた。





「さ、流石にっ! ここまではっ! 盲、点、でしょう…………っ!」



 あれから三十分、よってくる男子生徒をちぎっては投げ、群がる女生徒を結界に閉じこめたり。


 時には大きな土の壁を作り校庭を荒し。


 そしてある時には、校舎の壁を教室ごとぶち抜きダイナミックエントリー。


 コロシアムも、男子生徒の服だけ溶かす酸の雨で阿鼻叫喚に陥らせ。


 そして、そして漸く人気のなくなった東屋で、カミラはぐたっと座り込んだ。


「あー、流石に喉が乾いたわ…………」


「だったら、これ飲みなさい」


「あら、アイスティーじゃない。貴女にしては気が利くわねセーラ…………セーラっ!?」


 横から手渡されたアイスティーをしっかり飲みながら、カミラは飛び退いた。


「けっけっけっ、無様ね若作りババア。でも安心なさい、アタシは敵じゃないわ」


「信じられるものですかっ! ――――だって、貴女はきっと私を恨んでいるでしょう」


 少し哀しそうに俯いたカミラに、セーラはずかずかと近づいてデコピンを一発。


「あだっ!」


「馬鹿な事いってるんじゃないのよ糞ババア。――ったく、この聖女様であるアタシが、一々モブのした事を根に持つ訳ないじゃない。ほら、とっととそこ座る。話あるんだから、逃げると通報するわよ」


「……ああ、ああ。そうでしたね貴女は」


「“前”と比較するなし超絶チート持ちめぇ……」


「チートと言うほど便利なモノではないのですけれど」


 むしろ、呪いに等しかったが。

 兎も角、とカミラは東屋に備え付けられた椅子に座る。

 腰を落ち着けると景色を楽しむ余裕も出てきて、あの日ユリウスに告白した時と、咲き誇る花々が変わっている事に気づいた。


「ここは何時来ても綺麗ですね……」


「流石、ゲームでスチルの定番場所となっただけあるわよねぇ…………じゃなくて、話よ話。聞きたいことがあんのよコッチには」


 どことなく難しそうな顔をしたセーラに、カミラは首を傾げる。

 わざわざ話すような事があっただろうか。


「……その顔、思い当たる節は無いって顔ね。これだから老人は物忘れが激しくて困るのよ」


「あら、喧嘩売っているのかしら? 聖女装備も無しに魔王である私に?」


「ハンッ! このアタシは負ける戦いはしない主義なの、せいぜい勝者の余裕ってヤツで教えなさい――――何故、アンタは“聖女”を奪わなかったの?」


 軽口が一転、予想だにしなかった事を切り込まれてカミラは言葉に詰まる。


「――――は、え? え、えっと…………ユリシーヌ様との事じゃなくて、聞きたいのが…………それ?」


「そっちも後で聞くわよ、でもアタシにとっての優先事項は、こっち」


 何を当たり前な事を、と言わんばかりのセーラの表情に、カミラは嘆息してアイスティーを一口啜る。


「…………ふぅ。まぁ、貴女がそれでいいなら答えますわ。魔――――」


「――――魔王の方が強くて格好いいから、なんて馬鹿な答えは無しね」


「では、ユリシーヌ様が――――」


「――――勇者の家系だから、いつか勇者に覚醒したユリウスに倒される為、っていうのも無しね」


「…………」


「…………」


 セーラとカミラは同時に手を差しだし堅く握手。

 前世ではよくいた、極まった変態ユリウスファンの妄言であった。


「ではどう答えろとっ!」


「真面目に答えればいいのよババア!」


「ぐぬぬ……!」


「ほれほれ、ぐぬぬってないでとっとと吐きなさい。それとも、こっちから言った方がいい? ――――アンタが“奪う”事が出来る条件は相手を“殺す”事だと。アンタはアタシが好きだから殺さなかったって」


 ため息混じりで突きつけられた言葉に、カミラは沈黙した。

 概ね、その通りであったからだ。

 静かに目を閉じ、深呼吸を一つ。

 カミラはまっすぐにセーラを見つめる。

 セーラもまた、カミラをじっと見つめていた。


「――――何時から、気付いてました?」


「はっきりと違和感を感じたのは、閉じこめられた時ね」


「それは何故?」


「普通さ、子供が暴力事件起こして、親に連絡が行かないわけないじゃん」


「ええ、そうですわね」


「あの黒幕学園長が言ってたけどさ、アタシの実家と連絡取れないんだって? 登録してある住所にはずいぶん昔に焼け落ちた家があるだけ。……ゲームではこっそり王の庇護下にあったって設定があったのに、おかしくない?」


「それこそ、王が手を回して書類を改竄した結果では?」


「ふん、それは無いわね。アタシだって馬鹿じゃないわ密かに抜け出して確認に行ったわよ。――実際、その通りだった」


「……つまり、何が言いたいのです」



「今更とぼけないでよ――――アタシは“何”?」



 その問いに、カミラは正直に答えた。



「セーラ、――――貴女は“聖女”です。少し前までは。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」



「ああ、成る程、ね。やっぱりアタシは…………」


 哀しそうに笑ったカミラに、セーラも哀しそうに自嘲した。


「ゲームの中の主人公に転生なんて、都合の良い話だと思ったわ…………それで、何でアンタが聖女装備“始祖”シリーズに細工なんてしたのよ?」


「――――運命の鎖から解き放つ為、と言ったら格好付け過ぎかしら」


「聖女を魔族化させる……それが、アンタの出した“最適解”ってワケ?」


「正確には“聖女”から“人”へ近づける為の処置、という所ね。――貴女に黙っていたのは、うん、謝らないわ。……だって私、貴女の事、嫌いだもの」


「ええ、アタシもアンタの事、嫌いだわ。だから――ありがとう」


「別に、貴女の為にやっているのではないわ」


「嘘ね、アンタはきっと優しい馬鹿だから」


「勝手に言ってなさい」


 カミラとセーラは繋いだままの手を、優しく重ね合わせる。

 異なる時代の記憶を持ってしまった同士。

 “人”でなくなってしまった同士。

 主人公だった者とモブだった者の、奇妙な友情がそこにはあった。



(嗚呼、でも。何故だか涙が出そうな程、心地い――――)



「――――んで、ユリウスとは何処まで行った?」



「空気呼んでくださいますかっ!?」



「えー、後で聞くっていったじゃん」


 

 けらけら、けっけっけっと屈託無く笑うセーラに、カミラも自然と笑みを浮かべた。



「まったく、だから貴女は嫌いなのですわ」



「はいはい、嫌い嫌い。でさ、一応宣言しとくと。アタシはハーレム諦めたワケじゃないからっ! 王都でダメなら他の土地で探すわっ! ――――でもその前に、アンタを幸せにしてあげる」



 だから、全部話しなさい、と愉しそうに笑うセーラに。



「貴女に話した所で、どうなるモノでも無いと思いますけれど、まぁこの際です、聞くだけ聞いてくださいまし」



 と、カミラは投げやり気味に話を始めた。



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次話でユリウス編は終わり。

物語後半、カミラ編に行きます。


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