第八十九話:天国
どれだけの時間が経った分からない。
でも手に温もりを感じた。
五感はなくなったと思ったのに。
なぜ温かさを感じるのかしら?
次第に温かさだけではなく、感触も知覚する。
右手に感じるのは……小さな手。
これは……ミルリアとギル……?
二人の顔が浮かび、涙が溢れる。
左手は大きい。私より大きな手に包まれ、とても温かい。
もしかするとレイノルドなの……?
そこで心臓がドキッと反応する。
失われた肉体の感覚が戻ったかのようだった。
同時に。
とても疲れたように感じる。
「姉様」「お姉様」「ウィリス嬢」
ギル、ミルリア、レイノルドの声が聞こえる。
頬に柔らかい布が触れていた。
三人に会いたい……!
強い気持ちに突き動かされ、目を開けると。
キャラメルブラウンに碧い瞳……めっきり泣くことが減ったはずのギルが、涙をこぼしている。
ブロンドにアーモンド色の瞳……もうぐちゃぐちゃの泣き顔のミルリア。
金髪に、紺碧から澄んだ空色にグラデーションした瞳……今にも涙がこぼれ落ちそうな目をしているのは、レイノルド。
三人だけではなかった。
少し離れた場所に、まだお嬢さん姿のウォーレンもいた。それにヘッドバトラーのジョルジュもそこに控えている。
見慣れた天蓋付きのベッドや調度品も見え、ここが王都にレイノルドが用意してくれた私の部屋だと理解できた。
会いたいと願った人達。
戻りたかった場所。
会いたい人に会えた。
戻りたい場所に戻れた。
そうか。
私、天国に来ることができたんだ……!
「お姉様~!」
ピンク色のドレス姿で抱きついたミルリアの温かさ、重み。それは生きていた時に感じたものと変わらない。
私は上半身を起こし、ミルリアを抱きしめる。
「!」
青い色のスーツ姿のギルまで抱きつき、さらに……。
空色のセットアップを着たレイノルドが、私、ギル、ミルリアの全員を守るように抱きしめてくれる。
そんな風にされると、親子四人という感じがしてしまう。
この四人で親子なんて。
何度も夢想したことだった。
叶うことのない世界観。
でもそれが実現しているなら……。
さすが天国だ。
「目覚めたようなので、回復のポーションを飲ませてあげてください」
ウォーレンが神妙な表情で告げると、レイノルドが体を離し、ジョルジュからポーションの入った瓶を受け取った。ポーションを手にしたレイノルドが、私を真っ直ぐに見る。
「ウィリス嬢。目覚められて本当に良かったです。安心してください。キングは倒しました。そしてここは王都のウィリス嬢の部屋です。ウォーレンさんもあの通り。後はウィリス嬢がこの回復のポーションを飲み、元気を取り戻してくれれば……」
最後の方は感無量となり、声を出せないレイノルドに、私の胸も熱くなる。
ただ、少し胸も痛む。
全てが私の望んだ通りになっているが、それはここが天国だからだろう。
では現実の世界ではどうなっているの?
キングは……私が天国にいるのだから、毒により倒れただろう。ただ絶命したキングを見つけたレイノルドは、驚愕したはず。
自身がとどめを刺したわけではないのに、キングが倒れているということは。
毒で命を落としたことになる。
そして私の姿がないことに気付き……。
ウォーレンは……不法入国者の男が悪党でなければ助かっているとは思う。
王都で留守番になったギルとミルリアは、私の訃報を聞いて……。
「ウィリス嬢、回復のポーションをお飲みください。お水もあるので、苦みは一瞬です」
ポーションを受け取り、そのままじっと考え込む私を、レイノルドが心配そうにのぞき込んだ。
「もしまだ体に力が入らないようでしたら、自分が飲ませますが」
天国でもレイノルドは優しい……そういうわけではないのかもしれない。これは私が望んだレイノルドなのだろう。
彼には想い人が王都にいて、私にここまで甲斐甲斐しくする必要はないと思うのだ。でも私はレイノルドに……。
「セドニック副団長」
ちゃんと声も出た。
そのことにレイノルドだけではなく、ギルやミルリアも「「ようやく声を出した!」」と喜んでいる。
「最後にハグをしそびれて、天国に来ちゃいました。小さな心残りの一つです。まずはハグをしていただけ」
そこで勢いよくレイノルドに……ハグ?普通に抱擁されているような気が……。
ともかくぎゅっと抱きしめられていた。
その力強さと、寝間着越しでも感じる温かさに、涙が出そうになる。
「ウィリス嬢! ここは天国ではありません。キングを自分が倒している間、ウォーレンさんが魔術を使い、ウィリス嬢を蘇生させたのです。どんな魔術を使ったのかは……分かりませんが」














