第八十七話:そろそろ
炭焼き小屋には、不釣り合いなほど立派な時計が置かれていた。騎士団が時間を正確に把握するために用意したのだろう。
おかげで時間をきちんと知ることができる。
かれこれ十五分が経った。
解毒は進み、そろそろウォーレンは目を覚ます頃合いのはず。
念のためで呼吸や脈を確認するが、安定している。
やはりポーションはすごい。
その時だった。
外で物音が聞こえた。
まさかもうレイノルドが戻って来た……とか?
だがその物音は、炭焼き小屋の周囲を取り巻くように聞こえる。
もしレイノルドなら、すぐに扉から入ってくるはず。
ということはまさか……。
レイノルドが……キングに……?
そんなはずは……それにあまりにも早過ぎる。
心臓がバクバクとしていた。
落ち着いて。
落ち着くの。
レイノルドは強い。
そう簡単には負けないはず。
これまで重ねた戦闘経験もあるのだから。
それでも、もしも……。
ウォーレンのことは守らないといけない。
匂いは消した。
ウォーレンを見ない限り、キングがその存在を感じることはないはず。
そうなると……。
そうか。
私だ。
私だけ、ポーションを使っていないのだから、匂うはずだ。
深呼吸を一つする。
そして覚悟を決めた。
そっと扉に近づき、耳を当てる。
風の音がするが、何かの気配はない。
ゆっくり扉を細く開ける。
暗くて外の様子は細部までは分からない。
それでも月明かりは昨日以上にある。
その事実にもドキリとしてしまう。
月が明るければキングの力はさらに増す……。
扉を出て、まっすぐ行けば小川。
右手は山頂へ向かうことになる。
左手に行けば下ることになるが……。
下った先は、落とし穴も沢山ある。
左には行かない方がいい。
右手の山頂へ向かうと、上りになるため、息も上がり、すぐに追いつかれるかもしれない。
それならば小川で背水の陣だ。
キングもその状況なら……毒を持った腕を喰らうはず。
細めに扉を開け、炭焼き小屋から出て、一目散に小川を目指し、駆け出す。
すると。
「おい、誰か出て来たぞ、あっちへ駆けて行く」
「どうする、追うか?」
「追え、追え、俺が中に入る」
聞こえたのは男性三人の声。
まさか!だった。
てっきりキングだと思ったのに!
なぜこんな場所に!?
魔獣がいるからと、村人は勿論、ならず者さえ、姿を消したはずではなかったの……?
そこでもしやと思う。
日中、駐屯地にいる騎士が、レイノルドの様子を確認しに来ると言っていたが。
今日、彼らに会っていない……と思う。
いや、分からない。
レイノルドは炭焼き小屋に現れる前に、会っている可能性もあるのだ。
それでもこの場所に一般人がいるとは、やはり考えられない。
騎士なのではないか。
日中に来られなかったので、こんな時間ではあるが、様子を見に来た。普通なら日没後、明かりがついていない炭焼き小屋。今日に限って明るいのだ。
何かあったのかと心配しつつ、警戒し、小屋の周囲の様子を伺っていたのでは……?
そう考えると、それが正解に思える。
そんな風に考え事をしながら、走っていると。
石に躓いた。
暗くなければ避けられたかもしれない。
でも今、頼りになるのは月と星の明かりのみ。
「なんだ、転んだのか?」
離れた場所で声が聞こえる。
前世でアスファルトの道で転んだら、声を上げ、しばらく動けなかっただろう。
でも今は違う。
下草も生えた山の中。
しかもズボンを履いている。
なんとか立ち上がり、動き出そうとした時。
「そこに誰かいるのか。あの炭焼き小屋、古そうで寂れているのに。お前、あそこに住んでいるのか? もしかしてお前も追われている身か?」
今の言葉にギクリとして、動きが止まる。
「お前も追われている身か?」と問われたのだ。
つまり今、私に話しかけている男は「追われている身」と判明した。
そうなると騎士ではない……!
まさかと思うが、こんな場所に迷い込んできた、ならず者なのではないか。
そこでハッとする。
ウォーレンが危険だと。
私を追って来たのは二人。
もう一人は「俺が中に入る」と言っていた。
ウォーレンは毒牙による傷が癒え、解毒が終わる頃合い。まだ意識が戻っていなかった。そしてその姿はまだ、お嬢さんのままだ。
男に襲われてしまう可能性がある……!
炭焼き小屋に、速やかに戻らないといけない。
男二人はこちらに向かって来ていた。
月がさらに上り、明るくなってきている。
それでもドレスも着ていないし、近衛騎士の隊服姿。本当に近くに来るまで、私が女であるとは分からないだろう。
何とか二人をすり抜けて、炭焼き小屋に戻るには……。
前世を思い出す。
そうだ。
バスケの要領で突破すればいい。
フェイントをかけ、男達に隙が出来たら、そこをすり抜ける!
出来るだろうか?
いや、やるしかない。
ウォーレンが襲われてしまう!
丁度その時、月に雲がかかり始めた。
これなら接近しても、正体もバレにくい。
ゆっくり立ち上がる。
男二人がシルエットで見えてきた。
「なあ、あの炭焼き小屋に隠れているんだよな? 俺達も今晩も、あの小屋に泊まらせてもらえないか? 俺達は隣の国から逃げて来た」
この言葉にハッとする。
不法入国者だと。
「ブローカーに金を払ったら、ここに連れてこられた。この辺りはつい最近まで騎士達がいたが、今はその姿がなく、警備は手薄。簡単に入国できると。確かに誰もいない。だからここまで来れた」
それはそうだ。魔獣討伐、そしてキングのせいで、皆、避難したのだから。
だがそんな作戦を決行していると、いちいち隣国には報告しない。何も知らず、ここへ連れて来られたのだろう。
「だがあまりにもここには誰もいないんだよ。村があると聞いていたけど、村なんてない。無人の家がポツポツあるだけだ。でもあの炭焼き小屋にだけ、明かりがあった。なあ、泊めてくれないか?」
事情は分かった。
でも不法入国をするような訳ありの人間。
すぐに全面的に信じるわけにはいかない。
それに今は私を男性だと思っている。でも女性と分かったら……。
「困った時は、お互い様だろう? なぁ」
男の声がそこで途切れ、夜の闇が濃くなったように感じた。
さらに「うわぁっ」と悲鳴が聞こえ、雲に隠れていた月がその姿を表した。
「!」
逆光の中、キングの姿が見えた。














