第八十五話:意識を保って
突然、大きな影の下に、自分が入り込んだように感じたが、あれが……キングだったのだ。
レイノルドから聞いたマトリアークも大きかった。
だがキングもそれに匹敵する大きさだ。
しかしなぜ、まだ太陽は地平線に没していないのに、姿を現わしたの……?
心臓が早鐘を打ち、そして壮絶な唸り声に、全身に鳥肌が走る。
同時に。
衝撃を受け、固まっていた体が動きだし、左斜め後ろを見ると……。
キングを追い払うようにしている、レイノルドの姿が見える。
既に聖剣は腰に帯びていたので、キング襲撃と同時に鞘から抜いていたようだ。
「!」
地面にウォーレンが倒れている。
駆け寄ろうとした私は悲鳴を上げ、気絶しそうになるが、踏みとどまった。
意識を保って。
私にはするべきことがある。
炭焼き小屋にもポーションがあると、レイノルドが見せてくれた。
それを持ってくるのよ、私!
自分自身に喝を入れ、炭焼き小屋に戻る。
様々な物資が置かれた棚から木箱を取り出し、中を見ると、確かに沢山のポーションが入っていた。
落ち着いて。
これは疲労回復のポーション。
瓶の色が違う。
隣の木箱を取り出し、中身を確認し、さらに隣の木箱を見る。
これだわ。
水色のポーションの瓶が入った木箱ごと手に持ち、外へ出ようとすると。
扉が外からバンと開けられ、悲鳴を上げる。
「ウィリス嬢、自分です! レイノルドです!」
レイノルドがウォーレンを抱きかかえ室内に入って来た。
心臓が信じられない程、ドキドキしている。
さらに。
レイノルドが着ている隊服が血に染まっているのを見て、体が固まる。
それでも本能で尋ねていた。
恐怖の根源が今どこにいるのか。
知るために。
「キングは……」
震える声で尋ねると、レイノルドは先程とは違い、落ち着いた優しい声で、私に応じてくれる。
「聖剣の一撃を受け、キングは左目に傷を負いました。これまで一度だって、剣で傷をつけられていません。ゆえに相当驚いたようで、退避しました。……しばらくは戻ってこないはずです」
そこでレイノルドは、テーブルにウォーレンを横たえた。
私は木箱を手に固まっている状態。
それに気づいたレイノルドが、私の手をゆっくり木箱からはずす。
「ポーションを取りに戻ってくれたのですね。さすがウィリス嬢、冷静です」
私から木箱を受け取ると、レイノルドは穏やかに微笑む。
「ですが液体では飲めないでしょう……」
ウォーレンは肩から首にかけ、キングに噛みつかれ、その場から連れ去られそうになっていた。だがレイノルドが即応戦したので、くわえていたウォーレンを、地面へ落としたのだ。
つまり今のウォーレンは……。
毒牙が刺さり、血が流れ、傷口が見ている状態。
「布にポーションを含ませ、傷口に当てましょう」
「そうですね。分かりました」
ようやく体を動かすことができた。
自分がすべきことが、明確になったおかげだ。
レイノルドが止血を試みている間に、私は未使用の布にポーションをかけ、ひたひたの状態にする。それを受け取ったレイノルドが傷口にのせ、素早く包帯を巻く。これで首の方は処置ができた。すぐにもう一枚、ポーションを浸した布を用意し、レイノルドに渡す。肩の方も同じように処置をする間、思わず尋ねていた。
「まだ日没前なのに、姿を現わすなんて……」
「それだけ力が増してきているのかもしれません。陽射しを嫌うも、この時間帯であれば我慢できる……ということなのかもしれません」
肩の治癒が終わると、レイノルドは血の付いた上衣を脱ぎ、暖炉にくべながら私に告げる。
「このポーションは、魔獣を相手にするアルセン聖騎士団のために調合された、強力なもの。十分ほどで深部の傷は塞がります。その後は、この解毒のポーションを飲ませてください。解毒のポーションを飲むと、毒の度合いにもよりますが、十分から二十分は意識を失います。その間に匂いを消すポーションをウォーレンさんにかけてください。意識を取り戻す頃には、外皮の傷も塞がり、動ける状態になるはずです」
これを聞いた私は心底安堵する。
ウォーレンが助かると分かったからだ。
「ウォーレンさんが動けるようになったら、すぐに王都へ戻ってください。もしもの時は回復のポーションもあるので、飲んでもらって構いません。……魔術師でも効くと思うので」
「分かりました……でも匂いを消すポーションを、ウォーレンさんかける必要があるのですか?」
「ここからは自分の推測です。キングはまさに突然、姿を現わしました。あの場には三人の人間がいたのです。ですが自分は匂いを消すポーションで、もうマトリアークの匂いはしません。そこでウィリス嬢とウォーレンさんを見て、ウォーレンさんを襲うことにした……彼女が襲われたのは偶然だった、とは思いません」














