第六十三話:毒にも薬にも
レイノルドには想う人がいた。でもサイレンジン公爵令嬢に勝る令嬢は、この国にいない。
……王女がいるが、さすがに王女が相手なら、サイレンジン公爵も引くはず。
ゆえに王女ではない。
サイレンジン公爵を黙らせ、沢山の求婚状のしがらみを一蹴できるのは、国王陛下の鶴の一声だけだろう。
そこでレイノルドは気が付く。
国王陛下に、自身の望む相手との婚約を認めてもらうには、マトリアークの伴侶であるキングを討伐するしかないと。
なるほど。
今、レイノルドが向かった北東の地には、キングがいるんだ。
それをサイレンジン公爵令嬢に確認すると……。
「ええ、その通りよ。セドニック副団長が向かった北東の地に、キングがいる。キングは既にマトリアークが亡くなったことを知っているわ。つまり怒り心頭。とても屯所にいる騎士達では手に負えない。そこで討伐要請が来た。それを聞いたセドニック副団長は、自分が切れるカードの存在に気付いたのよ」
これを聞いた私は安堵する。
想い人がいて、その相手と結ばれたいからと、討伐へ向かったわけではなかった。自分の願望を実現するために、騎士団を巻き込んだわけではない。
キングが現れ、手に負えない――その討伐に向かうことで、奇しくも自身の願いも叶うことになっただけだ。
「マトリアークを討伐したことで、騎士団全体の士気が上がっていると思います。セドニック副団長も怪我は既に回復しており、体調も万全。きっとキングを倒すことができるかと」
期待も込め、私がそう言うと、サイレンジン公爵令嬢は……。
「勝てないわよ。キングには」
「!?」
サイレンジン公爵令嬢は、残っているスコーンにたっぷりのクロテッドクリームをつけ、パクリと口に入れる。私もひとまずスコーンを口に運んだ。
「お父様としては、切り札と考えていたのでしょうね。婿にしたセドニック副団長が、最終的に団長に選ばれるための」
キングに勝てない件と切り札。一体何の話……?
でもキング討伐に向かったことは、公にはされていない。
ここに何かからくりがあるの……?
「キングの件は公にされていませんね」
「現地でキングの存在を実際に確認し、発表するつもりなのでは?」
そう言い置いた後、サイレンジン公爵は、ソファの背もたれに身を預ける。
「それはガラスのケースに入れられ、鍵も掛けられているから、持ち出すことができなかった。でも書かれている内容は頭にいれたわ」
そこでサイレンジン公爵令嬢は目を閉じる。
「マトリアークに選ばれたキングは、繁殖の栄誉と彼女に負けない強さを得るが、それは一時のこと。二カ月。マトリアークが出産するまでの間、キングはこの世界で最強の魔獣になる。だがマトリアークが出産を終えると……」
彼女は目をゆっくり開ける。
「出産を見届けるように、キングは死ぬ。だが死ぬまでの二カ月。キングは最強だ。通常の武器は勿論、銀や聖水で倒すこともできない。特別な祝福を受けた塩でもダメだ。特別な毒と聖剣でのみ倒すことができる。……いや、倒すことは考えず、二カ月を待つべきだろう。二カ月待てば、死ぬのだから」
心臓が大きく飛び跳ねる。
通常の武器は勿論、銀や聖水で倒すこともできない。そしてキングは二カ月の間、最強の魔獣になる……!
「キングは……討伐する必要がない。だって二カ月待てば、勝手に自滅してくれるから。お父様はこの事実を知っていた。でも国王陛下にも報告していない。そしてこのことが書かれていた紙は、あきらかに本の一頁よ。もしかするとかつて騎士団長を務めた祖先が、討伐の際、役に立つと思い、王家の書庫からこのページを破り持ち帰ったのかもしれない。お父様をそれを見つけ、自身の野望のために役立てようと、大切に保管していた。他に誰も知らない情報だから、毒にも薬にも活用できる」
毒にも薬にも活用できる……。
マトリアークが生きていれば、一年ごとにキングが現れるのだ。このキングの討伐方法……というか、討伐する必要はないのだが、秘密が分かれば一芝居打てる。
誰も倒せないキングを倒してみようと名乗りを上げ、キングが自滅する直前に討伐へ向かう。キングは、マトリアークの伴侶に選ばられた摂理で命を失うが、それをあたかも討伐したように見せれば……出世の礎にできる。これは一応、薬としての活用。
キングを討伐する必要がない事実を伏せ、討伐へ向かえば……。唯一キングを倒せる毒と聖剣がなければ、倒すことはできない。つまり、討伐は失敗だ。
多くの怪我人を出す恐れるがあるし、死人だって出るかもしれない。これは毒としての使い方。
そして今まさに、サイレンジン公爵は、毒としてこの情報を使っている……。書かれていた事実を伏せることで、自身の野望を叶えようとしている……。
「サイレンジン公爵は……セドニック副団長が、魔獣討伐を失敗すればいいと考えている……ということですよね? 討伐に失敗すれば、意中の令嬢との婚約を、国王陛下に直談判することもできなくなるからと」
「それだけだといいのだけど……。もしセドニック副団長が怪我を負うようなことがあれば……」
その顔を見て気が付く。
サイレンジン公爵令嬢は、政略結婚で、レイノルドと婚約するよう命じられた。
由緒正しき公爵家の令嬢として育った彼女は、父親の命令には従順なはず。
それなのに今、レイノルドが怪我をするかもしれないことを、心配している。
政略結婚で婚約するよう命じられた相手。
でもサイレンジン公爵令嬢は、レイノルドのことを……。














