対ベルガ
何が、起こったのか。
「……キレイ」
「ありがとう。さぁシェリナ? 何と戦いたい? もちろん、俺とでも構わないよ」
誤魔化す必要なんて無い、わかっている。
私の身の回りを囲むように展開された、いくつもの刃。
ぞっとするような冷たい輝きをしているのにも関わらず、身体の芯が溶けるような危うい熱量を持っている。
冷たさも過ぎれば熱に感じるとはこのことなのでしょう。生存本能が触れてはならないと言っているのに。
「流石、お目が高い。それはつい最近改めた騎士剣術なんだ」
魅入られたように、一つの刃から目が離せなくなった。
そんな私に、彼は笑って杖を一振りして。
「答えを言っておく。振り下ろしはフェイク、振り上げを全力で回避しろ」
「っ!!」
言われるや否や、目にも映らない速さで私の前で刃が踊った。
フェイク? 避ける?
何を言われたのか理解できない私は。
あ、死ぬ。
「あぁあああっ!?」
「ん、正着だな」
身動きできない私を気つけるような袈裟斬りで我に返り、死にたくないという願いで飛び退くことができた。
「は、あ……い、いまの、は?」
「騎士剣術の奥義。アーノイドさんにはホント学ばせてもらったよ。おかげでこいつはまた一歩剣の最奥へと近づけた」
襲ってきた刃はいつの間にか、まるで従順なペットがボールを取って来た後かのように、彼の傍へと控えている。
……まって、今の刃をそれはと言いましたか?
「その様子じゃ気づいたか。ご明察、ここに展開した剣、一つ一つに俺が学んだ剣術の理が込められている、俺自身では再現できないものも含めてな。千とは言ったが流石にまだ届いていないし、修めたものを全部展開したくてもここじゃ狭すぎる。出し惜しみしているわけじゃ、ないからな?」
あり、えない。
目視できるだけで10は超えている。
言われたことを信じるならば、彼はそれだけの数、剣術を修めているということだ。
もはや、人の為せる技じゃない。
「ばけ、もの」
「とても嬉しい言葉だけども。生憎ホントのバケモノには全然届いていない。あの人は実際に千以上の剣を修めていたらしいしな。それに、再現できるのもその剣術の奥義だけだ。まだまだだよ」
違う。
いや、違うわけじゃない。
それだけ多くの剣術を修めたことも十分におかしい。
けど、それ以上に。
「あ、バレた? そうなんだよ、実は展開したまま俺も動けるし、なんなら他の魔法も使える。もっと言えば同時に五本までなら刃を動かすこともできるんだ」
あぁ、この人は、人智を超えている。
からからと楽しそうに、純真無垢な子供を思わせる笑顔を見せて、どうだすごいだろなんて自慢するかのような態度のこの人は。
「今、なら……わかり、ます」
「うん?」
「あなたは、剣よりも魔法のほうが、心底得意なんだと」
魔法的な才能がない私でもわかる。
これは、極まった魔法だと。
極まった剣の理をねじ伏せるために磨き上げられた、魔法だ。
だってそうでしょう?
彼は俺自身では再現できないものを含めてといった。
それはつまり、理を解することは出来ても、実行に移せなかったということだ。
自分では出来ないから魔法で可能としようとする、なんて。
いっそ清々しいほどの傲慢さで、力づくな解決方法。まさしくこの人は、魔の天才だ。
「テレシア、ありがとう。消化不良だと思うけど今回は顔見せってことでこの辺で」
不意にそうつぶやいた瞬間、刃が一斉に消えた。
残ったのは、私と彼だけ。
「参りました」
「あいよ」
この人なら。
魔法を愛している、この人なら。
「私、シェリナは……ベルガ様のお慈悲に縋りたく存じます」
魔法に愛されすぎているあの方を、救ってくださる。
「第二王女、メル様を解放して欲しい、ね」
そう言えばベルガ様は難しそうな顔をされた。
と言っても当たり前だ。
何一つ詳しい事情を説明していないのだから。
でも私は悪くない。
悪いのはベルガ様だ、戦いが終わったとするや否や一瞬で三重陣を壊してしまったのだから。
急に屋敷が崩壊したと思ったら、すぐに元通り。
この人多分頭に必要なネジが全部取れてる。天才というかバケモノ怖いです。
呆然とする私に、どうして欲しいのなんて言われてもちゃんとなんて言えない。
だから私は悪くない。
「実は――」
「わかった、なんとかしよう。解放するって言葉じゃピンとこないんだが、要するにあらゆるしがらみをなくしてやれば良いってことだな?」
「え?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
いや、その、えぇ?
「何豆鉄砲喰らったような顔してるんだよ」
「だっ、だってまだ何も詳しいことをお話しておりませんのに!?」
「救われ方を考えるだけでいいって言っただろうに。シェリナが救われ方をそうだと定めたのなら俺は頷くだけだよ。背景やらなんやらには興味ない」
手をひらひらと振りながら、呆れたように言われてしまいました……。
正直、呆れるのはこちらの権利のような気もするのですが、それは。
「というか、だ。本人がどう考えているかが先だろう? シェリナの思い込みでこうすればってのと、本人の望みに乖離があっても困る。解放……何をしがらみと感じているのか、聞くなりなんなりして調べなきゃな。俺は余計なお世話をしに行きたいわけじゃない」
……やっぱりベルガ様が呆れるのが正しかったようです。
この人、トリアさんが仰ったように時折鋭くぐさっと来ますね、ぐぬぬ。
「どの道、カタリナ姫への剣術指南は順調だ。ってことはそろそろメル様にもしなくちゃならなくなる。会話する機会には困らない。それよりも俺はシェリナのほうが心配だよ」
「え? あ、私、ですか?」
はて? 何か心配されるようなことはありましたっけ?
「今回のヤツは相当マジだったんだろ? キミに命令を下した人間がいるはずだ、そいつへの対処を考えなきゃならない。シェリナには今後も安心して俺の侍女をしてもらいたいしな」
だからっ! この人はっ!
あーもうっ! トリアさんっ! 今度秘蔵のお酒を飲み明かしましょう! ええ! 約束です!
「こ、こほん。えぇと、その心配はございません」
「そうなのか?」
「私にベルガ様を殺せと命令されましたのは、他ならぬメル様でございますので」
「……えぇ?」
あ、ちょっと気分がいいですね。
苦虫を何回咀嚼すればこんな顔になるのか。
苦々しい表情のベルガ様を見て、少しだけ敗北した悔しさが消えた気がしました。




