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第3話

「わ、私が……生徒会に?」


 当然ながら、突然の出来事に春陽は驚いたように斗真に確認をする。斗真は不思議そうに首を傾げた。


「お前だろう? 入試、入学後テスト共に満点の鬼才とやらは」


(満点!?)


 この言葉にはさすがに聴衆もざわめいた。まき子も思わず春陽を凝視する。斗真の言うことが正しいのならば、春陽は可愛らしい顔からは想像もできないほどの学力を備えているということだ。

 いや、顔で判断するのは失礼過ぎるけれど。


 まき子も入試、入学後テストはもちろん受けたが、普通に難しかったし、しかもそれを満点など信じられない。


(頭も良くて、その上とても可愛いだなんて、なんて理不尽な世界だ……。いや、勿論その学力は春陽ちゃんが努力して手に入れたものだろうけど……いや、羨ましい!)


 まき子は神を恨んだ。


「一年生で君が一番優秀だと判断した。だから、君を生徒会会計に任命したい。どうだ? 悪い話ではないはずだが」

「私を!? 本当ですか!?」


 ガタッと椅子から立ち上がり、春陽は尋常ではない食い付きを見せた。それにも驚くことなく斗真は取られることのなかった差し出した手を引っ込めて、コクりと頷く。


「やる気ならば話は早い。──だが、生徒会は甘い組織ではな……」

「や、やる! やります! やらせてください!」


 斗真の言葉を遮って、春陽は彼の手をガッシリと掴んだ。春陽の予想外の迫力には斗真も驚いたように目を見開いた。

 それを見ていた女子が、卒倒するかのような悲鳴をあげる。今度は喜びや興奮ではなく圧倒的に非難の悲鳴だった。


「あ、ありえない! 斗真様のお言葉を……っ!」

「手、手をにぎって!?」


 あまりにもショックで言葉が出ないようだ。まき子は生徒会ファンだと言う美千代を見るのが怖い。彼女たちのように般若みたいな顔をしているのだろうか……。

 ちらりと隣を見て拍子抜けする。美千代は意外にも普通に彼らを眺めていただけだった。


「美千代……大丈夫?」

「え? どうして?」

「だって、その、美千代の好きな生徒会のメンバーが女の子と話してるから……」

「いや? 別にどうでもいい。私の推しはあくまでも清史様だから。他はオマケ」


 ファンの線引きがまき子にはよく分からなかった。さっきまであんなに熱狂的に生徒会について語っていたのに、推しとやら以外は何があってもいいらしい。


 つまり、推しになると話は別というわけで……。どう考えても、この場には生徒会長を好きな人が沢山いるだろう。春陽に対する厳しい目は、嫌悪なんて生易しいものではない。斗真と春陽を見ている女の子たちが悪口にも聞こえそうな愚痴を溢している。そのざわめきはやがて大きな喧騒になっていく。


 ザワザワと騒がしくなった外野を一喝したのは斗真だった。


「お前たち、うるさいぞ。文句なら春陽より良い点数を取ってから言え」


(えぇっ!? 呼び捨て!? しかも庇った! こんな展開、少女漫画でしか見たことないけど!?)


 目の前の光景が信じられず、まき子は軽く目を擦った。初対面で呼び捨てし、さらに春陽を庇うような発言をする。こんな驚きの急展開はフィクションでしか見たことがない。


「あーあー、呼び捨てにしちゃった」


 美千代のポツリとした呟きにまき子は首を傾げた。


「え、呼び捨てに何か意味があるの?」

「伊集院先輩はね、生徒会のメンバーを親しみを込めて全員下の名前で呼ぶんだ。だから、彼が呼び捨てにしたってことは、あの子を生徒会の一員として認めたってこと」

「な、なるほど……」


 そんな意味があったのか……とまき子は少し納得しかけたが、それにしたって距離が近くないか? と思い直す。


「生徒会に案内するから俺についてきてくれ」

「は、はい!」

「……手を離してくれないと歩けないんだが?」

「あ、ごめんなさい!」


 春陽はカァッと顔を赤くして慌てたように謝った。これこそヒロインゆえの鈍感さである。なぜ手を繋いだまま気付かないのか。

 しかし、少女漫画的現象は止まらなかった。なんと繋がっていた手を再び斗真が握り直したのである。


「君は新入生だからな。手を繋いであげた方がいいか?」


 斗真は八重歯を見せるようにニヤリと意地悪く笑った。イケメンのあまりの色気にボンッと春陽は顔を赤くする。


 野次馬は阿鼻叫喚。もはや地獄絵図であった。女子は女子と思えぬ奇声をあげ、次々と力が抜けたように倒れていく。斗真は冗談だ、と真顔に戻って春陽の手を離した。


(目の前で起きていることが何一つ信じられない……。ここって漫画の世界だっけ……?)


 斗真は野次馬に向き直り、釘を刺すように低い声で忠告する。


「春陽は生徒会の一員となった。春陽への誹謗中傷は生徒会への反逆とみなす」

「そ、そんな、どうして斗真様!」

「優秀な者が上に立つのは当然のこと。さっきも言ったが文句を言うなら春陽より点数を上げてから言え。テストごときに手間取っているお前たちが生徒会の仕事までこなせるとは思えない」


 これにはぐうの音も出ないようで、ファンの子たちは押し黙った。まき子もなんだか胸に刺さる。斗真の言葉は正論だが、勉強しても満点まで到達できるとは思えない。春陽ほどの地頭があってこそ、努力が報われるのである。


 ファンの中には唇を噛み締めて涙を堪える子もいた。きっと、彼女たちは斗真の言うように、"点数を上げようと努力した"者だろう。それでも、ふるい落とされた。

 ぽっと出の一年にその座をかっさらわれた彼女らの気持ちは察するに余りあった。


「辛いなぁ」

「なにが?」

「いや、あのファンの人たちも頑張ってただろうになぁって」

「ああ。まぁ、それでも叶わない夢ってあるでしょ。そういう場所なんじゃないの? 金持ちの世界って。昼ドラみたいにドロドロしてそーじゃん」


 美千代はあっけらかんとそう言って、肩を竦めた。斗真と春陽は人を掻き分けて教室を出ていく。まき子はやっぱりこの学園が自分に合わないとしみじみ思った。

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