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本物の笑顔

 静かな夜の町を、六人はのんびりと歩いていた。

 フェリシアの左腕には、シンシアがぶら下がるようにしがみついている。右手は、リリアの両手にしっかりと握られていた。


「ちょっと、歩きにくいんだけど」


 言われた二人は、「いいの!」と言って取り合わず、フェリシアの両側を占拠し続けている。


「まったくもう」


 その言葉とはまるで反対の、嬉しそうな顔でフェリシアは歩いていた。


「ところで」


 フェリシアが、ちょっとまじめな顔になってマークに聞いた。


「どうしてあの場所が分かったんですか?」


 大いなる疑問だった。私を案内した男も、そして私も尾行に気付いていなかった。

 あくまで尾行されていたとするなら、ではあるが。


 その疑問に、マークが答える。


「それは、尾行したからさ」


 やっぱり、そうなのね


 フェリシアの自信が音を立てて崩れていく。

 私の研鑽の日々は、いったいどこへ……。


「まあ、読みが当たったっていうのが大きいんだけどね」


 目が虚ろになってしまったフェリシアに、マークが説明を始めた。



 リリアの話を聞き、事務所を出たマークは、そのままフェリシアの泊まっていた宿屋へと急いだ。

 フェリシアは、公爵のもとに行くか、町を出て身を隠すかどちらかを選ぶだろう。

 いずれにしても、宿屋の荷物を取りに戻るはずだ。


 その読みは当たった。

 マークは、ちょうど宿屋から出てくるフェリシアを目撃する。その少し前を、風采の上がらない男が歩いていた。


 マークは慎重に尾行を開始した。

 魔力のないマークは、索敵魔法では見付からない。それでも相手はプロだ。二人を離れた位置から監視する仲間がいるかもしれない。

 そんな可能性も考えながら、ある程度の距離を保って二人を追っていく。


 やがて二人は、上流階級が住む地域の、古い一軒家に入っていった。

 普通に考えて、玄関側には見張りがいるはずだ。マークは正面を避け、窓もカーテンも閉まっている方角から敷地内に侵入する。

 閑静な住宅街は人通りも少ない。隙を見て塀を乗り越えるのは簡単だった。


 さすがに家の中には入れなかったが、窓の位置から家のおおよその間取りを把握し、裏口の鍵の状態を調べ、周囲に設置されているトラップを見付けておく。

 しばらくそこで様子を見ていると、一人の男が家を出て行った。

 フェリシアは、出てこない。


 ガザル公爵と言えば、隣国カサールの有力貴族だ。ならば、イルカナの貴族の家に滞在している可能性が高い。

 フェリシアをその家に連れて行くのは無理がある。フェリシアは、少なくとも明日まではこの家に留まるに違いない。


 そう確信したマークは、その家を離れて走り出した。


 事務所に戻ったマークが、みんなに状況を説明する。

 ざわめく四人に、力強くマークが言った。


「さあ、みんなでフェリシアを迎えに行こう」


 驚くみんなを落ち着かせ、作戦を伝えたマークは、単独で再びその家に向かい、暗くなるのを待って侵入。トラップを解除し、裏口の鍵を開けてみんなの到着を待った。


 四人は、予定通りわざと見付かるように正面から侵入し、トラップがあるはずの庭を駆け抜けて裏口から突入。

 男たちが四人に集中するように仕向けておいて、その隙にマークがテラスの柵を乗り越え、リビングの扉を開けて、家の中に入った。


「だいたいこんな感じかな」


 話し終えたマークが、爽やかに笑ってみせた。

 だが、話の中身は爽やかとはほど遠い。


「どうして社長は、トラップを解除したり、鍵を開けたりできるんですか?」

「それはまあ、何でも屋だから」


 フェリシアの真剣な問いに対して、あまりにあっさりした答えだ。


「やり方、教えようか?」

「結構です! 私もできますから!」


 フェリシアはできて当然だ。

 そのように訓練を受け、何度も実践してきている。


 聞きたかったのは、なぜマークがそんな技術を持っているのかだ。


 それなのに、まったくもう!


「そう言えば、どうして社長は、相手が五人だって分かったんですか?」


 ミナセが横から聞いてきた。

 マークは、それにもあっさり答える。


「まあいろいろあるけど、結局は勘だな」

「勘……?」


 フェリシアの口が呆れたように開く。

 

 何なのよ、勘って!

 本当にこの人は! どこまで本気かぜんぜん分からない


 そんなマークが、のんびりと言った。


「一番予想外だったのは、みんながわざわざフードを被ってきたことかな」


 その言葉に、ヒューリが興奮したように叫んだ。


「だって! 内容的に、今回って隠密作戦でしょ! そうしたら顔隠すでしょ! そうだよな!」


 フード付きのマントを用意したヒューリがみんなに訴える。


「うーん、そうなのかな?」


 ミナセは煮え切らない。


「あっ、裏切るのか!? ミナセ、お前はそういう奴なのか!?」


 迫るヒューリに、ミナセはそっぽを向いた。


「おのれ、許さん!」


 ヒューリが、真っ赤な顔をしてミナセに掴み掛かる。

 だが、ミナセはそれをひらりとかわした。


「キィーッ、ミナセ!」


 追い掛けるヒューリに、逃げるミナセ。

 シンシアは相変わらず左腕にぶら下がっている。

 リリアは右手を放してくれない。

 マークは、ニコニコと笑いながら追いかけっこを眺めている。


 不思議な人たち。

 不思議な気持ち。


 フェリシアは、自分が笑っていることを自覚していた。

 作り笑いではない、本物の笑顔。


 だって、楽しいんだもの


 私の人生は、今日、この場所から始まる。

 この仲間たちと一緒に。


 何だかワクワクしちゃうわ!


 空を覆っていた薄雲は、いつの間にか消えていた。


 月明かりがフェリシアを照らす。

 楽しそうに笑うフェリシアの顔は、その光を受けて、キラキラと輝いていた。



 エム商会五人目の社員、紫の髪のフェリシア。

 笑顔と涙を手に入れて、入社。


 第五章、完結です。

 お読みいただいた皆様、ありがとうございました。

 この章のメインキャラクターであるフェリシアは、美人の上に強力な魔法の使い手。とってもよくある設定ですが、どちらかというと、その美貌や強さより内面にスポットを当ててみました。

 流行り物とは違うストーリーにしたつもりですが、読者の皆様はどう思われたでしょうか。

 次のメインキャラクターは、「問題児」です。でも、不良とかじゃないです。

 次章もよろしくお願いいたします。

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