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制圧

「泣けるって、ほんとめんどくさい」


 霞んだ月を、フェリシアがじっと見上げている。その目から、しかし、幸いにも涙が溢れ出すことはなかった。

 この部屋の反対側、家の正面に四つの反応を捉えたフェリシアが、急速に冷静さを取り戻していく。


 誰か来た


 お頭の話では、明日まで動きはないはずだ。


 予定が変わったのかしら?


 そんなことを考えていると、その反応が動き出した。

 直後。


「侵入者、四人!」


 見張りの鋭い声が聞こえた。

 家の中に緊張が走る。だが、さすがと言うべきか。家の中の男たちは、音を立てることなく家中の明かりを消しながら、それぞれが動き出していた。

 フェリシアも、即座に部屋の明かりを消した。


 フェリシアが知り得た限りでは、この家には五人の男がいる。

 二階正面の部屋に見張りが一人、残りの四人は、今は一階にいるはずだ。


 さて、侵入者はどうするのかしら?


 それがどんな人間たちなのか、目的が何なのかは不明だったが、数々の侵入任務をこなしてきたフェリシアは、その行動に興味が湧いた。


 その侵入者たちは。


 全員がフード付きのマントを纏い、顔も体つきもよく分からない。

 四人は鉄の門扉の前にしばらく佇んでいたが、先頭の人間の合図で一斉に門を乗り越え始めた。

 その身のこなしは軽い。

 特にその中の二人は、驚くべき早さで門を乗り越えて、あっという間にその内側に降り立った。


 四人はそのまま玄関へと向かう、かと思いきや、右手に向かって走り出す。

 そのまま庭を駆け抜けて、裏手へと回っていった。


「裏を固めろ!」


 見張りの声が、少し慌てている。

 庭には、ワイヤートラップがいくつか仕掛けてあった。

 それらが、一つも発動しなかった。


 今夜は薄雲に遮られて、月の明かりは半分も地上に届いていない。

 視界はよくないはずなのに。


「ちくしょう!」


 今の位置にいる意味がなくなった見張りの男は、仲間と合流するべく一階へと向かう。


 一階では、二人の男が裏口のある台所に向かっていた。

 魔法の力で夜目が利く。暗闇でもかなり自由に動き回ることができた。


 裏口には鍵が掛かっている。解錠するにしても無理矢理ぶち破るにしても、多少の時間は掛かるはずだ。迎え撃つ準備は十分できる。

 そう考えながら、台所に飛び込んだ男の一人が、あり得ない光景を目にした。裏口の扉があっさり開いて、侵入者たちが駆け込んで来たのだ。

 さらに。


 ピカッ!


 突然強い光を当てられて、男が目を眩ませた。


「くそっ!」


 魔法が裏目に出て、完全に視力を失う。

 その男の鳩尾に、強烈な一撃が入った。


「うっ!」


 うめき声を上げて男が崩れ落ちる。

 後ろに続いていた男が慌てて後ろに下がろうとした時、顔面目がけて拳が飛んできた。


「ぐはっ!」


 鼻血を吹き出しながら、男が吹っ飛ぶ。

 その体が床に叩き付けられると同時に、やはり鳩尾に一撃を食らって、男は意識を失った。


 侵入者たちは勢いを止めない。

 先頭の二人がそのまま廊下へと走る。


 階段下で、ちょうど二階から下りてきた見張りの男と鉢合わせになるが、まるでそれが分かっていたかのように、侵入者の一人が拳を放つ。

 顎を打ち抜かれた見張りの男は、声を上げることもなく廊下に倒れ込んで、そのまま動かなくなった。



「奴ら何者だ!?」


 リビングで短刀を構えながら、お頭は唸っていた。

 最後に残った部下が、リビング入り口の影で、やはり短刀を握り締めている。


 入り口からお頭は丸見えだ。

 自分を囮にして、仲間に侵入者を仕留めさせる作戦。


 だがお頭は、この作戦がうまくいかないことを悟っていた。


 トラップはすべて躱され、裏口は簡単に破られ、三人が瞬殺。

 見張りが奴らの侵入を知らせてから、まだ二分と経っていない。侵入者は尋常な連中ではなかった。


「くそったれ!」


 小さく悪態をついたお頭が、索敵魔法を全開にして接近する魔力反応に集中する。

 入り口の影に身を潜めている部下も、短刀を握る手に力を込めた。


 来る!


 二人がリビングの入り口を凝視した、その時。


「動くな」


 突然、真後ろから男の声がした。 

 同時に、鈍く光るナイフが喉元に突きつけられる。


「なっ!?」


 まったく予想外の出来事に、お頭の思考も体も完全に停止した。


 索敵魔法に反応はなかった。殺気も物音もしなかった。

 その声は、突如として真後ろから聞こえた。

 その刃は、何の前触れもなく自分の喉元に現れた。


 入り口にいる部下が、自分の後ろにいる男を見て驚愕の表情を浮かべている。

 呆然としていたその部下は、リビングに入ってきた侵入者によって一瞬で倒されてしまった。

 床に倒れた部下が、縄で縛られていく。


 殺すつもりはないのか?


 喉元のナイフを意識しながら、お頭がその一部始終を見ていると、侵入者がリビングに集まってきた。


「三人とも縛っておきました」


 侵入者の声に、お頭は驚く。


 女?


 しかも、かなり若い。


「お疲れ様」


 背後の男がその女に声を掛けた。

 お疲れ様とは、何とも場違いな言葉だ。声の調子もやけに軽い。


 フードをかぶった四人と、背後の男。


 こいつらは、とんでもなく強い。しかも、そのうちの一人は間違いなく女だ。

 そして、背後の男からは魔力をまったく感じない。索敵魔法に反応しないのも当然だ。


「貴様等、いったい何者だ?」


 名乗るはずのない相手にお頭が尋ねた。

 すると。


「俺は、この町で何でも屋をやっている、エム商会のマークと言います」


 名乗った!?

 どういうことだ!?


 混乱するお頭の目の前で、男の言葉を聞いた侵入者の一人が大きなため息をついた。


「あーあ、名乗っちゃったよ」


 そう言いながら、フードを取る。


 こいつも女!?


「社長、何のために私たちがこんな格好をしてきたと思ってるんですか? こいつらに素性がバレないようにするためでしょう?」


 口を尖らせながら文句を言っている。

 すると、その隣から涼やかな声が聞こえた。


「考えてみれば、顔を隠す意味はなかったかもしれないな」


 フードを外しながら、その”女”は言った。


「そうですよね。フェリシアさんがうちで働き始めたら、結局は分かっちゃうことですし」


 そう言いながら、女が顔を見せる。

 その横で、最後の一人もフードを取った。


 全員女!?


 お頭は目を疑った。

 こんな奴らに、うちのメンバーがやられたっていうのか?


 信じられなかった。

 うちの一団は、カサールの裏社会ではそれなりに名が通っている。だからこそ、有力貴族であるガザル公爵に雇われているのだ。

 その俺たちが、女なんかに。


「貴様等いったい……」


 同じ言葉を繰り返すお頭に、マークと名乗った男がまじめに返す。


「だから、エム商会です。何でも屋の」

「エム商会? 何でも屋?」

「そうです。何でも屋ですから、何でもします。たとえば、裏稼業の集団のアジトを簡単に見付けたり、そのアジトを二分で制圧したり」

「……」


 お頭は何も言えなかった。


 信じられない。

 信じられないが、事実だ。

 こいつらは、俺たちなど足元にも及ばないプロ集団だ。


「ところで、あなた方の雇い主、カサールの有力貴族さんに伝えてほしいことが二つあります」


 マークが、喉元からナイフを外し、それをお頭の目の前でちらつかせながら言った。


「一つ目。フェリシアは俺たちが預かります。いいですか?」

「……分かった」


 お頭が答える。

 ほかに答えようがなかった。


「二つ目。今後一切、フェリシアにも俺たちにも関わらないこと。もし変な動きをしたら、命の保証はしません。いいですね?」

「……伝えよう」


 同じくお頭が答える。


「結構です、必ず伝えてください。それから」


 一旦言葉を切ると、ナイフの位置はそのままに、マークが背後から目の前に回り込んできた。


 お頭がその顔を見つめる。

 声の印象通りの優男だ。


「あなた方は、失態を犯しました。もしかすると、雇い主からお叱りを受けたり、場合によってはヤバいことになってしまうかもしれません」


 その通りだ。

 その通りだが、こいつらには関係ないことのはずだ。


「だから何だ?」


 疑問と、若干の苛立ちを込めてお頭が言う。

 そんなお頭に向かって、マークが笑顔で言った。


「もし困ったことがあったら、うちを尋ねてきてください。絶対に、とは言えませんが、力を貸すことはできるかもしれません」

「何?」


 あまりに想定外の言葉にお頭が驚く。

 次の瞬間、その顔が苦悶に歪み、そしてそのまま床に倒れ込んだ。

 鳩尾に拳を食らわせたマークが、みんなを振り返ってにこりと笑った。


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