面接直前
ここは、面接対策室。
と言うのはヒューリが勝手に付けた呼び方で、ようするに、宿屋のフェリシアの部屋だ。
ミナセとヒューリが泊まっている定宿に、二人の勧めでフェリシアも移ってきていた。
「前回の反省を踏まえると」
ミナセが口火を切る。
「何をしても無駄ってことだな」
ヒューリが終わらせた。
対策終了。
「私、結構真剣なんだけど」
フェリシアが、大いに不満ありという顔でヒューリを睨む。
「だってぇ」
「子供か」
ふくれっ面のヒューリにミナセが突っ込むが、その言葉に勢いはなかった。
「じつはね」
フェリシアに向き直って、ミナセがヒューリの面接の時の様子を説明した。
「なるほどね」
フェリシアが、納得という顔で頷く。
「ミナセの対策、なーんにも役に立たなかったからな」
「悪かったよ」
珍しくミナセの立場が弱い。
「実際のところ」
気を取り直してミナセが話し出す。
「社長の面接って、よく分からないんだ。リリアの時は”自由になりたいか”だったし、ヒューリはさっき話した通り。シンシアは、”名前を言え”だしね」
「どれも、面接っていう感じじゃないわね」
「その通り! だから、何をしても無駄ってことになるのさ」
「ふーん」
ミナセとヒューリは腕を組み、フェリシアは頬杖をついて黙り込む。
「でも」
体を起こして、フェリシアが言った。
「私、やっぱり社長さんのこと気になるかも」
「どういうこと?」
ミナセとヒューリが揃って首を傾げる。
「私ね、相手の性格とか好みとかを見抜くの得意なのよ。そうじゃないと仕事にならなかったから」
ちょっと反応に困っている二人を気にするでもなく、フェリシアが続ける。
「だけど、社長さんってよく分からないのよね。私が知っているどの人間とも違う。だから私、もっともっと社長さんのことが知りたい。もっともっと一緒にいたいって思うの」
そしてフェリシアは、頬に手を当て、うっとりしながらとんでもないことを言った。
「これって、恋なのかしら?」
「コッコッコッコッ、コイ?」
極端にミナセが反応する。
「鶏か?」
珍しくヒューリが突っ込んだ。
「こい? コイ? 恋?」
ぶつぶつとつぶやくミナセの目の前で、フェリシアが立ち上がる。
「私、この面接に絶対合格してみせるわ! 二人とも見ててね!」
やる気満々のフェリシアに、どうかしてしまったミナセ。
「ま、いいか」
ヒューリだけが、珍しく冷静だった。
当日、フェリシアは少し早めに宿を出た。面接は昼過ぎなのだが、何となく落ち着かなかったので、散歩がてら遠回りをして事務所に向かおうと思ったのだ。
今日は土曜日。エム商会は休みだが、マークが空いている一番早い日程ということで、今日になった。
ほかの社員たちも全員集まるという。ミナセとヒューリも、朝から修行とやらに出掛けていって、そのまま事務所で待っていると言っていた。
なぜ面接に社員が全員揃うのか。
フェリシアは会社勤めなどしたことはないが、エム商会はちょっと変わっていると思う。
「ほんと、変な会社」
ぽつりとつぶやくフェリシアの顔には、だが微笑みが浮かんでいた。
自分の生い立ちを聞けば、大抵の人は引いてしまうのではないだろうか。
それを、あんな風に受け入れてくれて、その上面接まで受けさせてもらえる。
魔物討伐の時、フェリシアが自分の生い立ちを気楽に話せたのは、あの時点では、あの三人がどうでもいい存在だったからだ。
もし今マークたちに生い立ちを話すとなったら、フェリシアは躊躇ったかもしれない。
その意味では、さっさと話してしまって正解だったと思う。
みんなの気持ちに応えるためにも、頑張らなくちゃね
そんなことを考えながら、適当に路地を曲がり、適当に通りを歩く。
フェリシアは、予定通り少し遠回りで事務所に向かっていった。
そのフェリシアが、荷物を抱えて前を行く一人の少女を見付けた。きれいな栗色の髪が、歩みに合わせてゆらゆらと揺れている。
フェリシアは、近付いて後ろから声を掛けた。
「こんにちは、リリア」
「あっ、フェリシアさん! こんにちは」
振り返ったリリアが嬉しそうに笑う。
「お買い物?」
「はい。食料品をちょっと買い溜めしておこうと思って」
リリアの持つ袋の口から、野菜がいくつか見えていた。
「これから面接ですよね」
「そうなの。何だか緊張しちゃうわ」
リリアに言われたフェリシアが、軽い調子で答える。声も表情も、緊張しているとは思えないほどのんびりとした印象だ。
だが、その表情の裏で、フェリシアはじつは困っていた。
面接に失敗したからと言って、死ぬことなどありはしない。これまでの仕事と比べたら気楽なものだ。
そう思うのだが、反面で、どうしても大きな不安を振り払うことができない。
この面接に落ちてしまったら、私はどうすればいいの?
死への恐怖も、強烈な嫌悪感さえも押さえ込んできたフェリシアの理性が、今回はあまり活躍してくれていない。
事務所が近付くほどに高まっていく緊張感に、フェリシアは手こずっていた。
そんなフェリシアに、リリアが言った。
「大丈夫ですよ。いざとなったら、私たち全員でフェリシアさんを応援しますから!」
フェリシアが驚く。
全員で私を応援する?
私の面接なのに?
フェリシアにはない発想だった。
フェリシアにはよく分からない言葉だった。
ほんと、変な会社
フェリシアは思った。
そう思って、だけど、何だか嬉しくなった。
フェリシアが笑う。
「ありがとう。私、頑張るわ!」
とても自然にフェリシアは笑った。
その時、横を走っていた馬車が急に止まったかと思うと、小窓を開けて、男が大きな声を上げる。
「フェリシア……フェリシアではないか!」
その男を見たフェリシアの顔から、表情が、消えた。




