打ち上げ
今日は、魔物討伐が無事に終わったことを受けての打ち上げだ。
会場はエム商会の事務所。料理は社員たちの手作り。最近みんなが気に入っているスタイルだ。
打ち上げには、フェリシアも呼んでいる。
カイルとアランにも声を掛けたのだが、何かと忙しいらしく、来られないとのことだった。
「それにしても、フェリシアさんて凄いんですね!」
戦いの様子を聞いたリリアが、感心したように言う。
「ああ。あの強さはハンパじゃないな」
ミナセが、テーブルに料理を並べながら答えた。
シンシアは、黙々と飲み物の準備をしている。
「でも……」
リリアが、急に顔を曇らせる。
「私だったら、もう生きていないかもしれないです」
フェリシアの生い立ちを聞いた時、リリアもシンシアも泣きそうな顔をしていた。特にシンシアは、その話を聞いてから何やら考え込むようになっている。
「シンシア。フェリシアさんが来た時に、そんな顔をしてたらダメだぞ」
マークが、シンシアをのぞき込むようにして言う。
シンシアは、マークをじっと見つめ返すと、真剣な表情で頷いた。
ちょうどそこに。
「たっだいま! フェリシアを連れてきたぜ!」
大きな声と共に、ヒューリが帰ってきた。
「お帰り。それと、いらっしゃい」
マークがヒューリと、後ろのフェリシアに声を掛ける。
「お邪魔します」
フェリシアが、遠慮がちに挨拶をした。
「さあ、入った入った」
ヒューリが、フェリシアの背中を押して部屋に入れる。
そこにリリアとシンシアが駆け寄っていった。
「あの、改めて自己紹介します! リリアです!」
リリアが緊張気味にお辞儀をする。
リリアにとってフェリシアは、カフェで会った時から”素敵な人”という位置付けだ。戦いの様子や生い立ちを聞いた後からは、”尊敬すべきお姉さん”という称号も加わっている。
誰に対してもニコニコと接することができるリリアが、珍しく固くなっていた。
その隣では、シンシアが名前を言おうと頑張っている。
「んっ! んっ!」
口の形だけは”シ”になっているのだが、やはり声は出ない。拳を握り締め、顔を真っ赤にして、一生懸命名前を言おうとしている。
やがてシンシアは、声を出すことを諦めて、ポケットから紙を取り出した。
シンシアです
ちょっと涙目で、上目遣いにフェリシアを見る。
その表情は、悔しそうで、悲しそうで、そして、とてもいじらしい。
なんて可憐。
なんて健気。
「可愛い……」
思わずフェリシアがつぶやいた。
その途端。
「シンシアァ! また反則技使ったな! お前はその技で、いったい何人の人間をたぶらかしてきたんだ?」
ヒューリの、謎の言い掛かりである。
すると、シンシアが叫んだ。
「もー! ヒューリの、バカッ!」
「くそーっ、相変わらず文句だけは言えるのか! この口か、この口がそれを言うのかっ!」
「アー!」
両方のほっぺたをつままれて、シンシアがジタバタともがく。
「コラッ、やめないか!」
ミナセがヒューリの耳を思い切り引っ張る。
「いててててっ! ごめん、許してぇー!」
今度はヒューリが涙目になって訴えた。
その光景に唖然としていたフェリシアが、突然笑い出す。
「ふふっ、ふふふふっ」
可笑しさを堪えるように、口に手を当てて笑っていた。
「さて、歓迎セレモニーも終わったことだし、始めましょうか」
「はい!」
マークの声とリリアの元気な返事で、みんなは席に着いた。
長方形のテーブルの、奥のお誕生日席にマーク、左側にミナセとヒューリ、右側にシンシアと、隣にフェリシア、マークの正面にリリアが座った。
フェリシアの席は、リリアの強い希望で決まっている。素敵なお姉さんを迎えるにあたり、真正面や隣は緊張するということで、斜めの位置に落ち着いたのだ。
「これとこれはミナセさん、この三つは私、こっちはシンシアが作りました!」
リリアが料理の作成者を発表する。
「私はフェリシアを迎えに行きました!」
ヒューリが自慢げに言う。
「お前はそれしかできないからな」
呆れ気味のミナセに、ヒューリが平然と答えた。
「私にしかできないってことさ!」
「相変わらず強いな、お前」
「うふふ。ヒューリは、ちゃんとエスコートしてくれたわよ」
「だよな!」
フェリシアのフォローに、ヒューリが胸を張る。
そんな会話の合間に、シンシアがみんなの飲み物を注いでいた。
「皆さん、よろしいですか? では、魔物討伐の完了と、みんなの無事の帰還を祝して、乾杯!」
「かんぱーい!」
六つのグラスがカチャンと音を立てて、打ち上げが始まった。
「ゴクッゴクッ……プファー、うまい!」
豪快にヒューリが酒を飲み干す。
「社長、どうぞ」
ミナセがマークに料理を取り分ける。
「フェリシアさん、食べられないものありますか?」
「大丈夫よ。何でも食べられるわ」
フェリシアが笑ってリリアに答える。それを聞いたシンシアが、料理を取り分けてフェリシアの前に置いた。
シンシアも少し緊張しているようだ。お皿の置き方がやけにたどたどしい。
動きの硬いシンシアを見て、フェリシアが冗談交じりに聞いた。
「シンシア、私のこと、怖い?」
するとシンシアは、目をまん丸くした後、ブンブンと頭を横に振った。続いて何かを言おうと口を開くが、やっぱり声が出ない。
悔しそうにシンシアがうつむく。
そんなシンシアを見て、フェリシアの胸は高鳴った。
やっぱり可愛い!
「冗談よ、ごめんね。あなたを困らせるつもりじゃなかったの」
そう言いながら、フェリシアはシンシアを抱き寄せた。
座ったまま、シンシアが頭を抱かれる。その顔が、大きな胸に埋もれていた。
一瞬びっくりしたシンシアは、やがてうっとりと目を閉じてフェリシアに身を委ねる。
「シンシア、ずるいぞ!」
「何がずるいんだ?」
「いいなぁ」
周りがいろいろ言っているが、シンシアは気にしない。
柔らかくて、あったかい。
少し前にもこんな気分を味わったような気がするが、その時より、ずっとずっと気持ちがいい。
ごめんね、ヒューリ
「と、ところで、フェリシアさん」
目の遣り場に困っていたマークが、フェリシアに話し掛けた。
「この間倒したヒュドラっていう魔物、あれって珍しい魔物なんですか?」
かなり取って付けたような質問だ。
だが、それにミナセも食いついた。
「私も知りたい。あんな魔物は見たことがない」
二人から質問されて、フェリシアがシンシアを解放する。
シンシアは、ちょっと不満そうだ。
「たしかにヒュドラは、普通の人が目にすることはまずないと思います。ダンジョンの深部や、滅多に人が近寄らない地域にしかいません」
「じゃあ、あそこにヒュドラがいたってことは……」
「誰かが連れてきたか、作り出したかでしょうね」
「やっぱりそうなりますか」
マークが考え込む。
「だけど、フェリシアって魔物に詳しいよな」
ヒューリが、フェリシアのグラスに酒を注ぎながら言った。
「私もそう思う。魔法にも詳しいし、魔法の威力は規格外だし」
ミナセも頷く。
だが、フェリシアは少し困ったような顔をした。
「うーん、どうなのかしら。私、誰かと知識や魔法を比べたことがないから、自分がどれくらいのレベルなのかよく分からないのよねぇ」
フェリシアは本気で言っているようだ。
「フェリシアって、ある意味とんでもなく世間知らずだよな」
ヒューリの言葉にミナセも大きく頷く。
その後もみんなは、フェリシアにいろいろと質問をし、その答えにびっくりしたり呆れたりしながら楽しく時間を過ごしていった。
リリアも緊張が解けて、フェリシアの食べ物や飲み物に気を配りながら楽しそうに話をしている。
シンシアは、さりげなくイスをずらしてフェリシアにくっつくようにしていた。フェリシアも、時々シンシアの髪を撫でながらみんなと話をしている。
会話には参加できなくても、シンシアはご機嫌だ。
食べて、飲んで、話して。
みんな笑っている。
みんな楽しそうだ。
シンシアの温もりを感じ、みんなの笑顔を見ながら、フェリシアは考える。
これは、現実?
仕事では、男たちと食事をすることも多かった。パーティーに出たことだって何度かある。
妖艶に笑い、相手の気を引き、目的を果たす。
孤児院にいた頃、似たような光景は見た気がする。
大勢の子供たちと、奪い合うように食べ物を食らっていた。
だが、今は仕事ではない。
ここは孤児院でもない。
これは何?
ここはどこ?
黙りこんだフェリシアを、シンシアが心配そうに見上げる。
そのフェリシアが、突然立ち上がった。
「ちょっと、外に出てきます。ごめんなさい」
驚くみんなの視線を感じながら、フェリシアは足早に部屋を出ていった。
「フェリシア?」
全員が呆然としている。
そんな中、シンシアが、フェリシアの後を追って駆け出していった。




