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護衛探し

「さて、どうしたもんかな」


 カイルがつぶやく。


「そうですね。意外と難しい問題です」


 アランも、眉間にしわを寄せている。

 二人は、酒を飲みながら、フェリシアの出した条件について話していた。


「魔法を集中して使えるように、私を守ってくれる人を、二人か三人用意してちょうだい」


 フェリシアの要求はいたってシンプルだ。

 だが、それを満たすのは意外と厄介だった。


「うちの中で腕の立つ奴を当てることはできるが」

「そうすると、守りが手薄になりますね」


 漆黒の獣は精鋭揃いだ。新兵を除けば、みなそれなりの腕を持っている。

 しかし、乱戦の中、あるいは魔物の群に突っ込んでいった時にフェリシアを守るとなると、相当な技量が必要になる。隊長クラスか、あるいは自分たちくらいの力量がなければ無理だろう。

 だが、いずれも隊の要となる人物だ。フェリシア専属の護衛要員にはできない。

 中途半端な人間を充てることはできないし、したくない。フェリシアの気概には絶対に応えなくてはならない。


「困ったな」


 カイルが嘆いたその時、隣の席の会話が二人の耳に飛び込んできた。


「しっかし、ミナセってほんとに強いよな」

「ああ。盗賊五人を一瞬だぜ」

「しかも、返り血一つ浴びてない。ありゃ化けもんだ」

「ばーか。あんなべっぴんさんの化けもんがいるかよ。ありゃ、戦いの女神様だ」

「そっか、そうだよな」


 話しているのは傭兵らしき男たち。

 いずれも屈強な体の持ち主だが、そんなことよりも。


「すまねぇが、その話、詳しく聞かせてもらえないか」


 カイルが、目を血走らせて男たちに詰め寄っていった。



「引くな、踏み込め!」

「ふんっ!」

「もっと相手を見ろ!」

「はぁっ!」


 早朝の中庭に、ヒューリの厳しい声が響く。

 ヒューリが相手をしているのは、シンシアだった。


 入社してしばらくした頃、シンシアは、武術を習いたいと言い出した。どうやらリリアに刺激されたらしい。それ以来、事務所のアパートの中庭では、毎朝厳しい修行が行われていた。

 井戸の横では、ミナセとリリアが汗を拭きながら二人の様子を眺めている。


「シンシアって、凄いですね」


 リリアがポツリとつぶやいた。

 嬉しそうな、寂しそうな、ちょっと複雑な表情だ。


 リリアの言う通り、シンシアの動きは、とても習い始めたばかりとは思えないものだった。

 敏捷性、柔軟性、反射神経、バランス感覚。シンシアは、それらを高いレベルで備えていた。それらすべてが、武術の修行で存分に発揮されている。

 だが、シンシアの本当に凄いところはそこではない。特筆すべきなのは、シンシアの模倣する能力だった。


 シンシアは、一度習っただけで、すぐにその動きを再現することができた。もちろん完全ということではなく、さらに指導を受ける必要はあるのだが、一つの動きを修得するまでの期間が考えられないほど短かった。

 サーカス一座で培ったシンシアの特異能力。ミナセもヒューリも驚くスピードで、シンシアは強くなっていた。


 先に武術を習い始めたリリアが、すでにシンシアに勝てなくなっている。

 そんなリリアの手を、ミナセがそっと握った。


「気休めかもしれないが、私の直感だと、リリアはシンシアより強くなるよ」

「私が?」


 リリアが首を傾げる。


「そうだ。リリアは、日々確実に成長している。リリアの、努力を惜しまない姿勢がそうさせているんだ。それはとても重要な素養だ。だけど、リリアにはそれ以上に凄いものがある」

「凄いもの?」

「リリアには、鋭い観察眼があるんだよ」


 ミナセは、リリアの最大の武器がその観察力にあると見ていた。相手の視線、表情、体の動きを、リリアは一瞬で捉えることができる。

 加えて、リリアの視野は驚くほど広かった。相手の周囲、自分の周囲の状態を瞬時に把握できている。


 尾長鶏亭で鍛えられた、全体を見渡しながら、個別の客の動きを捉える能力。自分の位置、客の位置や動きを把握して、混雑する店の中を自在に駆け回る。何かを言いたそうな客を見付けて素早く寄っていく。

 ホールで働く者なら誰もが心掛けることなのかもしれないが、それをリリアは、とんでもなく高い次元で実現していた。

 治癒魔法が使えるためか、魔力に対する感度も高い。


 今はまだ体がついてきていないが、もっと鍛え上げれば、リリアはひょっとすると……。


「まあ、しばらくはシンシアに勝てないだろう。だけどリリア、お前は絶対に強くなる。私を信じて、これからも修行を続けるんだ」


 ミナセの言葉は力強い。

 その言葉に、リリアは頷いた。


「はい! 私、頑張ります!」


 リリアのもう一つの武器、素直な心。

 期待の弟子に、ミナセはにっこり微笑んだ。


「ところで、昨日の話だけど」


 ミナセが、ヒューリたちを見ながらリリアに話し掛ける。


「そのフェリシアって女の人、本当に、お茶を飲みながらフレームアローを連射してたのか?」


 興味津々という顔でミナセが聞く。


「はい。まるでランプに火でも点けるみたいに、簡単に撃ってました」


 リリアとシンシアは、図らずも遭遇してしまったカフェでの出来事をみんなに話していた。

 魔物の異常発生についてはマークも気にしていたし、何よりいろいろ衝撃的なことがあったので、黙っていることができなかったのだ。


「会ってみたいよな、その女」


 修行を終えたヒューリが、井戸のそばにやってきた。後ろから、フラフラになったシンシアが続く。

 ミナセもヒューリも、魔物たちの異常な行動や漆黒の獣には関心を寄せつつも、一番気になるのは、フェリシアのことらしかった。


「クランの国軍にも、そんなに凄い魔術師はいなかったな」

「私も、それほどの魔術師には会ったことがない」


 フェリシアが使ったのは、誰もが習得できる第一階梯魔法。だが、カイルとアランが感じたように、フェリシアがかなりの使い手だということを、二人も十分に感じ取っていた。


「会ってどうするんですか?」


 リリアの疑問に、ヒューリが答える。


「うーん、分からん」

「お前らしいな」


 ミナセはちょっと呆れ顔だ。


「まあ、強い奴に会ってみたい。単純にそう思うだけさ」


 そう言いながら、ヒューリはミナセを誘った。


「さあ、私たちの番だ」


 ヒューリの不敵な笑みに、ミナセが答える。


「よし、やるか!」


 二人の本格的な修行が始まった。



 二人の男が、レンガ作りのアパートの前で佇んでいる。


「予想と違ったな」

「そうですね」


「この辺りじゃ有名だぜ!」


 自慢げに話す傭兵たちの様子から、もうちょっと立派な建物を想像していたのだが。


「ほんとに、こんなところにいるのかねぇ」


 男の一人、カイルが言う。


「まあ、とにかく入ってみましょう」


 もう一人の男、アランが歩き出した。


 二人は、酒場でミナセの話を聞いてエム商会を訪れたのだった。傭兵たちの話が本当なら、相当な使い手がここにいるはずだ。

 五人の盗賊を、返り血を浴びることなく一瞬で倒す。本当だとすれば、尋常な腕ではない。話半分としても、ある程度期待はできそうだ。

 アパートの中に小さな看板を見付けたカイルが、その扉を叩く。


 トントントン


「どうぞ!」


 すぐに可愛らしい声が返ってきた。

 カイルが、ゆっくりと扉を開ける。油断なく周囲を警戒しながらそっと中を覗くと、そこには見たことのある少女が立っていた。


「いらっしゃいま……あっ!」


 少女が驚いている。

 カイルとアランも驚いていた。


「あれ? お嬢ちゃん、たしか」


 固まっているリリアの向こうから、落ち着いた声が聞こえる。


「もしかして、カイルさんとアランさんですか? どうぞ中へ」


 声の主が、立ち上がりながら穏やかに笑った。


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