表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/419

リリアの決意

 明け方の、人影がまばらな町の通り。

 澄んだ空気を切り裂くように、もの凄い速さでヒューリが走っていた。

 面接の時、まったくマークについていけなかった。それがヒューリにはショックだった。以来ヒューリは、毎朝欠かさず走り込みをしている。


 間もなく、マークがスピードアップした場所だ。

 そこから事務所まで、全力ダッシュ!


「見てろ、社長ー!」


 うおぉぉぉぉぉぉっ!


 ヒューリがさらに加速する。

 砂塵を巻き上げ、野良犬が怯えて逃げ回るほどの勢いで、早朝の町をヒューリが駆け抜けていった。



「ハァ、ハァ、ハァ……」


 走り込みを終えたヒューリは、事務所のアパートの裏手に回る。そこはちょっとした庭になっていて、住人たちが洗濯などで使う井戸があった。

 いつもはそこで汗を拭い、一休みした後で、ミナセと剣の修行をすることになっていた。


 相変わらずミナセには勝てなかったが、それでも、少しずつ自分が強くなっていくのを実感する。誰と戦ってもほとんど負けることがなくなっていたヒューリにとって、ミナセは最高の修行相手だった。

 それはミナセにとっても同じようで、最近ヒューリにこんなことを言っていた。


「やっぱりお前は凄いよ。技が多彩で動きが読みづらいし、動きが読めても、予想を上回る速さで攻めてくる。時々信じられないような勘の良さも発揮するし。おかげで私は、自分が強くなっていくのを実感している」


 ミナセは、相手の動きを読んで、瞬時に戦いを組み立てる。相手は、ミナセが描くシナリオ通りに戦い、そして負けていくのだ。

 だが、ヒューリが相手だとそれが簡単には行かないらしい。


 シナリオが描きにくい上に、描いたシナリオが思わぬところで崩される。先読みの精度、とっさの対応力、そして全体的な地力を上げていかないと、いずれヒューリに勝てなくなるだろう。

 そんなことを、ミナセはとても楽しそうに話していた。


「お前と出会えて、本当に良かったよ」


 それを聞いて、ヒューリは嬉しくなったものだ。


「私も、ミナセに出会えて良かったよ」


 濡らしたタオルで首筋を冷やしながら、ミナセとの会話を思い出してヒューリは微笑んだ。

 そのヒューリの目の前、庭の中央には、ミナセとリリアがいる。


「私、強くなりたいです!」


 リリアがそう言ってから、今日で三日。

 ヒューリとの修行の前に、ミナセがリリアを鍛えることになってから三日が経っていた。


「そこで引いたらダメだ。前に出ろ!」

「はいっ!」

「目を閉じるな!」

「はいっ!」


 ミナセの厳しい指導が続く。

 今は、まだ武器を使っていない。基本的な体さばきを教わっているところだ。

 それを見ていたヒューリが、小さくつぶやく。


「だいぶ良くなってるな」


 たった三日だが、リリアの動きは、初日とは比べものにならないくらい良くなっていた。

 ミナセの教え方がうまいこともある。

 だが、何よりリリアは素直だった。


 教えられたことを、そのまま受け入れて実践する。課せられた日課をきっちりとこなす。

 子供が成長するように、日々成長していく。


 小さな子供は覚えが早いと言うが、それは、余計なことを考えないからだ。

 大人になればなるほど、人は自分で判断するようになる。せっかくいいことを教わっても、それは必要ないとか、その部分は違うなどと自分で判断してしまう。


 だが、リリアは言われたことをすべて実行する。

 迷わず、躊躇わず行動に移していく。


 だから成長する。

 だから伸びる。


 こりゃあ意外と……


 ヒューリが思ったその時、リリアが盛大に投げられた。

 芝生の上で、リリアが大の字になっている。息が上がってすぐには動けないようだ。


「今日はここまで」


 ミナセが終了を宣言すると、リリアは最後の力を振り絞って立ち上がり、礼をした。


「ありがとう……ございました」


 リリアが、ふらふらとヒューリのところにやってくる。ヒューリが、自分のものとは別の濡らしたタオルをリリアに渡した。


「お疲れさん。頑張ってるな」

「はい……ハァハァ、ありがとう、ございます」

「朝からこんなに動いて大丈夫なのか?」

「はい……ハァハァ……大丈夫です」


 リリアは気丈に答えるが、やはりつらそうだ。


「体が慣れるまでは、しばらくきついだろうな」


 ミナセもやってきて、リリアに言った。


「はい……私、強くなりたいんです……だから、頑張ります!」


 そう言って、リリアはタオルを握り締めた。

 そんなリリアにヒューリはにこっと笑い、そしてミナセに向き直る。


「じゃあ、次は私の番だ。ミナセ先生、よろしく!」

「いいぞ、かかって来い!」


 二人が庭の中央に立って木刀を構える。

 そして、激しく打ち合いを始めた。


「やっぱりすごい」


 首にタオルを掛け、足をだらっと伸ばし、両手を後ろにして体を支えながら、リリアは二人の修行を見る。

 とにかく動きが速い。細かいところは何が起きているのか分からないほどだ。それでいて、動きに無駄がない。

 リリアには信じられない高度な攻防が繰り広げられている。


 その光景を前にしながら、リリアはシンシアの姿を思い浮かべていた。

 リリアは、この三日間シンシアに会えていない。テントに行く度にシャールが出てきて、同じ言葉を告げられた。


「ごめんね。シンシア、まだ調子が悪いみたいなんだ」


 リリアは、申し訳なさそうに謝るシャールに差し入れを預けて帰ってくる。三日間、そんなことを繰り返していた。


 でも。


「私、絶対に諦めない!」


 力を込めてリリアが言う。

 決意を新たに、リリアは一人拳を握り締めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ