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シンシア

 次の日。


 今日も休みだったリリアは、買い物に出たついでにサーカスのテントまでやって来た。何となく、あの少女のことが気になったのだ。

 時間も昨日と同じくらい。


「いるかなぁ?」


 リリアが、そーっとテントの横を覗く。

 少女は、いた。昨日と同じように、馬に餌をやっている。


 相変わらず、その少女は儚さを漂わせていた。生気が感じられないと言ってもいいかもしれない。

 リリアはしばらく少女を見ていたが、思い切って話し掛けてみることにした。


「こんにちは」


 少女に近付いて、リリアが笑顔で声を掛ける。

 少女が、ゆっくりとこちらを向いた。


「ごめんね、突然。私、リリアっていうの。ちょっとお話がしたいんだけど、いいかな?」


 努めて自然にリリアが切り出す。

 少女は無言のまま、少しだけ首を傾げた。


 間近で見ると、少女はとても可愛らしかった。


 遠目から淡い青に見えた髪は、空色といったほうがいいかもしれない。気持ちのいい晴れの日に見上げる、きれいな空の色だ。

 透けるような白い肌と、人形のように整った顔立ち。憂いを含んだブルーの瞳が、静かにリリアを見つめている。

 身長は、リリアよりも少し低かった。

 儚げな印象と、華奢な体つき。


 守ってあげたい


 そんな思いが本能的に浮かんでくる。

 思わず抱き締めたくなる衝動をこらえて、リリアは話を始めた。


「昨日ね、この一座のショーを見たの。すっごく楽しくて、感動しちゃった!」


 胸の前で両手をポンと合わせて、にこりと微笑む。


「それでね、ショーを見終わって帰る時に、あなたを見掛けたの」


 リリアが、少女の顔をさりげなくのぞき込んだ。


「すぐそばであんなに楽しいショーをやってるのに、あなたがちょっと……その……寂しそうだったから。だから、少し気になっちゃって」


 少女は、相変わらず無言。


「ごめんね、急に」


 何の反応もない少女に戸惑って、リリアはまた謝った。

 その時、真横から突然声がする。


「その子は喋れないよ」


 そこには、華やかな舞台衣装をまとった一人の女がいた。


「えっ、喋れない?」


 リリアが驚いて聞き返す。


「そう、喋れないのさ」


 そう言うと、女は少女に向かって言った。


「シンシア、団長が呼んでたよ。早く行きな」


 言われた少女、シンシアは、チラリとリリアを見ると、そのまま奥へと歩いていった。


「あんた、あの子に何の用なのさ」


 女が探るような目で問いただす。


「あっ、あの、何となく気になって」

「気になる?」

「はい。私、昨日、こちらのショーを見せていただいたんです。それで帰りにあの子を見掛けて……。あんなに楽しいショーができる一座に、何であんな寂しそうな子がいるんだろうって、それが気になって」

「なるほどね」


 リリアの説明に、女は多少納得したようだった。

 表情を和らげて、話を始める。


「あの子の両親はね、この一座のスターだったんだ。あの子もショーに出ててね、親子三人、人気者だったんだよ」


 女が笑う。


「でも」


 視線を外して、女が遠くの空を見上げた。


「一年前、旅の途中で一座が盗賊団に襲われたんだ。その時、あの子の両親は、あの子の目の前で殺された」


 リリアが目を見開き、そして息を呑む。


「それ以来、あの子は喋れなくなったし、笑えなくなった。喋らないんじゃなくて、喋れなくなっちまったのさ」

「そんな……」

「耳は聞こえているし、体のどこかがおかしいってことじゃあないと思うんだけどね。私たちが話し掛けても、いつもあんな感じさ」


 女が再びリリアを見る。


「という訳だから、あの子のことは、そっとしておいてあげな」


 それだけ言うと、女は軽く手を上げて、シンシアと同じく奥へと歩いていった。

 リリアは、シンシアの悲惨な過去を知って動けない。


 ショーは次の部が始まったようだ。テントの中から歓声が聞こえる。その声を聞きながら、リリアは力ない足取りで家路についた。


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