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ミナセの理由

「後は、ミナセさんが知ってる通りだよ」


 語り終えたヒューリが、すっきりとした顔でソファに背中を預ける。ずっと溜めこんでいたものを吐き出すことができて、少し楽になったような気がしていた。


「だけど、ミナセさんに言われて気が付いたんだ。私はやっぱり間違ってるって」


 体を起こしてミナセを見る。


「山賊と一緒に生活してても、姉さんと呼ばれて慕われてても、心は全然晴れなかった。行くところがなくてそこにいるだけだってことは、自分でもよく分かってた。だから、ミナセさんに負けて、窪地の底で目を覚ました時、こんなことはもうやめようって思ったんだ」


 そう言って、ヒューリが微笑んだ。

 そのヒューリが、うつむく。


「山賊は、捕まれば死刑だ。だから私は、もうまっとうな人生など歩むことはできないだろう。いや、本当なら今すぐ出頭して、おとなしく処刑されるべきなのかもしれない」


 うつむいたままヒューリは話す。

 だが、その顔に不思議と悲壮感はなかった。


「だけど、最後に話をしてみたかった。私を正気に戻してくれた人と。私が本気で戦って勝てなかった人と」


 ヒューリが笑う。


「ミナセさんには本当に感謝している。人生の最後に、私をまともな道に引き戻してくれたんだからね」


 そう言って、晴れやかにヒューリが笑った。

 そのヒューリをミナセが見つめる。少し驚いたように見つめる。

 そして言った。


「私のことは、ミナセでいいよ」

「じゃあ、私もヒューリで」


 二人が微笑みを交わす。穏やかな沈黙が訪れる。

 やがて、ミナセが話し始めた。


「想像はついているかもしれないが、私は、あの時の隊長に”覆面の山賊の男は死んだ”と報告してある。だから、覆面の山賊とヒューリを結び付けるものは、仲間だった山賊を除いて他にはない」


 ヒューリが頷いた。

 ミナセは、自分のところに来いと言っていた。だが、山賊という立場のままで、ヒューリがミナセを訪ねることなどできはしない。ならば、”覆面の山賊を殺してヒューリを切り離す”のが最も簡単な方法だ。

 わざわざ”男”と報告するほど念を入れていたとは思っていなかったが。


「でも、どうして私なんかを……」


 ヒューリが聞いた。

 素性も分からないただの山賊。言葉を交わした訳でもない、出会ったばかりの他人。

 それなのに。


 ヒューリが、真っ直ぐミナセを見つめる。

 その視線から、ミナセが目をそらした。


「お前ほどの剣士が犬死にするのはもったいないとか、万全のお前ともう一度戦ってみたいとか、そういう思いがなかった訳ではないのだが……」


 少し躊躇った後、視線を戻し、ヒューリの目を見てミナセが言った。


「私は、お前が私に似ていると思ったんだ」

「似ている?」

「そうだ。まあ、根拠はうまく説明できないんだけどね」


 かすかに苦笑を浮かべて、ミナセが続ける。


「私と似ていると思ったお前が、山賊をしている。道を踏み外してしまっている。でもそれは、一歩間違えば、私の身に起きていたことかもしれないんだ」


 ヒューリが目を見開いた。


「私には為すべきことがある。そのために、誰よりも強くなりたかった。誰にも負けない強さを手に入れたかった。そう思って修行をしてきた」


 ミナセが語る。

 真剣にヒューリが聞く。


「でも、最近分かったことがあるんだ」

「分かったこと?」


 ヒューリが首を傾げた。

 ミナセが、ヒューリを見て言った。


「それは、人間としての成長なしに、剣士としての成長はないっていうことだ」

「人間としての成長……」


 ヒューリがうつむいた。


「どんなに剣の腕があっても、心が弱ければ必ず綻びが生じる。戦いでも人生でもそれは同じだ。そして、剣の腕だけでは解決できない問題が、世の中にはたくさんある」


 まったくその通りだな


 苦々しげにヒューリが笑う。


「私は剣士だ。だけど、私の人生のほとんどは、仕事をするとか人と話すとかの日常生活で占められている。その日常でつまずけば、私だって道を踏み外してしまうかもしれない」


 ミナセの声が熱を帯びてくる。

 ヒューリが、顔を上げた。


「心が強くなければ、人生そのものがうまくいかない。心を強くするっていうことは、つまり、日常で起きるいろいろなことにちゃんと向き合っていくっていうことなんだ」


 ミナセの目は真剣だ。


「でもそれは、私にとって、剣の修行よりもつらくて大変なことだってことに気が付いた。いくつかの経験して、そう思ったんだ」


 熱く語っていたミナセが、突然黙り込む。

 切ない記憶と切ない感情、それが胸に込み上げてきた。


 可愛らしい笑顔と小さな手。

 自分の腕の中で消えていった小さな体。


 沈黙が訪れた。

 ヒューリが、静かにミナセを待った。


「剣の道とは人の道なり」


 ミナセがぽつりと言った。


「父に言われたんだ。ずっと前に言われていたのに、私は、ずっとそれを忘れていた」


 再びミナセが話し出した。


「私は、父を越えなければならない。奥義に到達した父の、さらにその先に行かなければならない」


 そしてミナセは前を向く。


「だけど、その道を一人で歩いていけるほど、私は人として成熟していない。私は、未熟で弱い人間なんだ」


 ミナセがヒューリを見る。


「だから、剣の道を歩んできた、私と似ていると思ったヒューリが一緒にいてくれたら、もしかしたらもっと強くなれるかもしれないって思ったんだ」


 ミナセが、ヒューリを見て強く言った。

 その視線が、下を向く。


「ヒューリを見逃したのは、言ってみれば、自分のためなんだよ。まあその……何て言うか……悪かったな」


 チラリとヒューリを見て、ミナセが謝った。申し訳なさそうな、照れくさそうな表情を浮かべながら、ミナセが話を終えた。


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