赤い瞳
エム商会の三人が、満ち足りた表情で通りを歩いている。
「あのお店、結構美味しかったね」
「はい、大満足です! ありがとうございました!」
「いつかまた行ってみましょう」
三人は、リリアの歓迎会の帰りだった。
ミナセの商隊護衛があったため少し間が空いてしまったのだが、「やっぱりこういうことはちゃんとやらないと!」というマークの一言で、晴れて実施となった。
夜の食堂は実質酒場と化すので、酔客に絡まれても面倒だということで、昼食を兼ねての開催だ。それでも一行は、食堂にいた客たちから興味津々という視線を浴びていた。
その原因は、ミナセとリリアだ。
美女と美少女。
この二人は、どこにいても目立つ。
エム商会の評判がいいのは、二人がきちんと仕事をするということもあるが、それよりも、その美しさに拠るところが大きかった。
いや、美しい二人がきちんと仕事をするから評判がいい、というのが正解か。
いずれにしても、アルミナの町でエム商会の知名度が徐々に上がっていることだけは間違いなかった。
そんな二人とマークが、歩きながら話をしている。
「そう言えば、覆面の山賊さんって、全然顔が分からないんですか?」
「そうだな。布で顔を覆っていたからな」
「それじゃあ、今すれ違っても分からないですね」
「まあね。確実に言えるのは、女だったってことと、瞳の色が赤かったってことだけかな」
赤い色の瞳。
この世界ではそれほど目立たない特徴だ。ミナセやマークの黒い瞳の方がよほど珍しい。
「でも、向こうはミナセさんの顔を知ってるから、町中で偶然会えば向こうが……」
マークがそこまで言った時。
「どろぼう!」
女の人の叫び声が響いた。
見れば、一人の若い男が、鞄を抱えてこちらに向かって走ってきていた。
「ひったくりか?」
周りの人たちが騒ぎ出す。だが、誰も男を捕らえようとはしない。
男が手に持つナイフを見て、誰もが慌てて道の端へと避けていた。
「まったく、食べたばかりだって言うのに」
ミナセが大きくため息をつく。
「ちょっと待っててください」
そう言うと、ミナセが一歩前に出た。
「どけどけ!」
ナイフをちらつかせながら、男が走ってくる。
通行人が、パニックになりながら逃げ惑っている。
そんな中、向かってくる男の正面から一歩も動かない人影があった。
前を向いているため、ミナセから顔は見えない。だが、その後ろ姿は落ち着いていて、恐怖で動けないということではないようだ。
短めの髪は、燃えるような赤。小振りの剣を腰に差し、すらりと立つその姿からは、一種の品格のようなものを感じる。
「そこの女、どけっつってんだろ!」
動かない人影は、どうやら女のようだ。
だが、怒鳴られても女は動かない。
「ちくしょう!」
正面に立ち続ける女に苛立ちながらも、傷付けてまで押し通る気はないようだ。男が進路を変えて、女のすぐ横を駆け抜けていく。
その時、女が男の側にひらりと体を開きながら、手を振り上げた。
次の瞬間、突如意識が断たれたように男が崩れ落ちる。そのまま地面に倒れ込んで、男は動かなくなってしまった。
「手刀!」
ミナセが驚きの声を上げる。
走ってくる相手をすれ違いざま手刀で意識を失わせるというのは、恐ろしく高度な技だ。
地面に転がる男を無視して、女が鞄を拾い上げる。
そこに、鞄を取られた女の人が駆け寄ってきた。
「ありがとうございます!」
大きな声で、赤髪の女にお礼を言う。きっと大事なものが入っていたのだろう。鞄を抱き締めながら、何度も頭を下げていた。
「大したことはしてないさ。まあよかったな、鞄が戻って」
そう言って、赤髪の女が笑った。
その笑顔を見て、女の人が動きを止める。赤髪の女を、大きな瞳がうっとりと見つめている。
「えっと……」
突然動かなくなった女の人に、赤髪の女が声を掛けた。
すると。
「あのっ! ぜひお礼をさせてください!」
弾かれたように女の人が動き出した。
財布でも出そうというのだろうか。鞄を開けて中を探っている。
すると、赤髪の女が慌ててその手を押さえた。
「いや、何にもいらないから! ほんとにいいから!」
相手の手を握ったまま、赤髪の女が必死に断る。
手を握られた女の人は、なぜか顔を赤くしてうつむいてしまった。
「大丈夫だから! じゃあ私はこれで。気を付けてな!」
赤髪を翻らせ、慌てたように女が立ち去っていく。
「あっ!」
その背中に手を伸ばし、だがもう届かないその後ろ姿を見つめながら、女の人は、握られていたその手を幸せそうに抱き締めていた。
赤髪の女が、女の人から逃げるように歩いてくる。その先には、ちょうどエム商会の三人がいた。
正面からやってくる女を見て、リリアが思わず声を上げる。
「わぁっ、かっこいい!」
くびれた腰と、控えめながらもはっきりと分かる胸の膨らみ。誰が見ても、一目で女性だとは分かる。
だが、その甘いマスクと短い髪には、ドレスより男性の正装が似合いそうだ。
しなやかに伸びる手足と、その身にぴたりと寄り添う腰の剣。背筋を伸ばしてきれいに歩くその姿は、不思議な品格を漂わせている。
男装をして舞踏会にでも行けば、間違いなく女たちの注目を集めることだろう。
手を握られた女の人が顔を赤くしていた理由が分かった気がした。
歩いていた女が、リリアの声に反応してこちらを見る。
その目が、ミナセと合った。
「うっ!」
ギクリとして、女が動きを止める。
途端。
急に向きを変えて、女がもの凄い速さで走り出した。人混みの中を、信じられないフットワークで駆け抜けていく。その背中は、あっという間に見えなくなってしまった。
リリアが呆然としている。
その横で、マークがミナセに聞いた。
「もしかして、今の人が?」
ミナセが、前を向いたまま答える。
「はい。あの動き、あの小振りの剣、そして、あの赤い瞳。おそらく……」
「ええっ、今の人が!?」
驚くリリアの声を背中で聞きながら、女が走り去っていった方向を、ミナセはじっと見つめていた。




