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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第二十章 笑っていたい
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家族

「大変な思いをさせてしまったね。本当にお疲れ様」


 マークがねぎらうが、シンシアの表情は冴えない。


「ちゃんと依頼は果たしたんだ。よくやったと、私は思うぞ」


 ミナセの慰めにも、シンシアはうつむくだけだ。

 そんなシンシアに、ヒューリが言う。


「その息子と友達になれるんだろう? お前、友達少ないんだから、ちょうどいい……うっ!」


 突然ヒューリがもがき始めた。

 真っ青な顔で口をパクパクさせるヒューリに、シンシアが冷たく言い放つ。


「余計なことは、言わない方がいい」

「シン、シア……」

 

 ヒューリが必死に何かを訴えるが、シンシアの目は冷たいままだ。

 そんな二人の様子を見たフェリシアが、感心したように言った。


「風の魔法の第三階梯、サフォケーション。それを”お願い”なしで発動するなんて、シンシアも成長したわね」


 サフォケーションは、対象の周囲の空気を薄くして相手を窒息させる魔法だ。第三階梯という分類はシンシアにとって意味をなさないが、”お願い”なしでの発動は、確かに驚くべき進歩と言える。

 フェリシアに褒められて、だがシンシアは、特に嬉しがるでもなくヒューリを見る。


「剣技でも格闘技でも、私はヒューリに勝てない。でも、私が精霊使いだということを……」

「シンシア、ヒューリさんが」


 リリアに腕を掴まれて、しぶしぶシンシアがサフォケーションを解除した。


「ぐはぁっ! ゼェ、ゼェ」


 むさぼるようにヒューリが呼吸を始める。

 ミアが慌ててコップに水を入れてくるが、今のヒューリに必要なのは水じゃなくて空気だと、そこにいる全員が思った。


 落ち着いたヒューリがシンシアを睨む。

 シンシアがそっぽを向く。

 苦笑いをしながら、マークが言った。


「今度からは、この手の依頼はなるべく受けないようにしよう」

「そうします」


 リリアが、申し訳なさそうに小さくなっていた。



 そんな出来事があった数日後。

 事務所に女性社員たちが揃っていた。マークは、外出中で不在だ。

 あの一件以来、考え込むことが多くなったシンシアに、ミナセが聞く。


「シンシア、まだこの間のことを気にしているのか?」


 ミナセには、相手の心の動きが分かる。あれ以来、シンシアの心に何かが引っ掛かっているであろうことを、ミナセははっきりと感じていた。

 ミナセに聞かれては、シンシアも隠す訳にはいかない。


「私、あれから考えていることがある」


 シンシアが話し始めた。


「あの時、依頼主のお母さんが言ってくれた。”あなたには、絶対幸せになってほしい”って」


 みんなが、ソファに座り、あるいは壁にもたれながらシンシアの話に耳を傾ける。


「それで、私、考えてみた。私にとって、幸せって何だろうって」


 意外なことを言い出したシンシアに、ミナセが目を見開く。

 すると、ヒューリが似たようなことを言い出した。


「そう言えば、入社前に社長が言ってたな。俺は、社員のみんなに幸せになってほしいと思ってるって」


 それを聞いて、フェリシアが続く。


「私も聞いたことがあるわ。俺は、みんなの幸せを願ってるって」


 二人の言葉に頷いて、シンシアが続ける。


「私は、今も幸せ。だけど、あのお母さんが言ってた幸せは、たぶん、今の幸せとは、少し違う」


 シンシアを見ていたミナセが、そっと視線をそらした。

 それに気付いて、リリアが目を伏せる。

 フェリシアが、シンシアをじっと見つめた。


「今の幸せに、不満なんて全然ない。でも、違う幸せも、あると思う」

「たとえばどんな?」


 ミアが聞いた。


「あのお母さんは、息子さんのことを、本気で心配してた。怒ったのも、許したのも、損とか得とか、そんなのじゃなくて……」

「愛情ってやつね!」


 大きな声でミアが言う。

 ちょっとびっくりして、しかしシンシアは、その言葉に頷いた。


「そう、だと思う。あれが、母親なんだなって思った。あれが、愛情なんだなって思った」


 うんうんとミアが頷く。


「それで、思い出した。私のお母さんも、私のことを叱ってくれた。たくさん心配してくれた。お父さんも、同じだった。私は、二人のことが大好きだった。家族でいる時間が、大好きだった」


 シンシアの顔には微笑みが浮かんでいる。

 声を失うほどのつらい過去も、今は心を温めてくれる暖かい思い出になっていた。

 そこに、またもやミアの声がする。


「家族かぁ。私も、いつかは家族を持ちたいって思ってるんだぁ」


 ミアが目を輝かせる。


「愛する夫と愛する子供たち。小さな家と、大きな犬」


 妄想が走り出す。


「私ね、ミナセさんが教えてくれた”いただきます”っていう言葉を子供たちに教えてあげるの。それからね……」


 ミアの妄想は止まらない。呆れながら聞いていたヒューリが、その頭をポカリと叩くまでミアの語りは続いた。

 ようやく話すタイミングを見付けたシンシアが、真顔で言う。


「ミアの話を聞いて、やっぱり思った」


 みんなを見ながら、シンシアが言った。


「私は、家族がほしい」


 ミナセが目を伏せる。

 リリアがうつむく。

 フェリシアが、シンシアを見つめ続ける。


「私も家族がほしいなぁ。あ、でもその前にご飯……」


 ボカッ!


「あいた!」

「いい加減黙れ!」


 かなり本気でヒューリが叩く。

 かなり痛そうにミアが泣く。


 いつもの光景、いつものやり取り。

 それなのに、そこにはどことなく居心地の悪い空気が流れていた。

 そしてこの出来事が、エム商会を揺るがす大事件へと発展するのだった。


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