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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第二章 栗色の髪の少女
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未来へ

 雲一つなく晴れ渡る空。気持ちのいい風が吹く午前中の町を、マークとミナセは歩いている。

 向かうは尾長鶏亭だ。


「それにしても、よく金貨なんて貸してくれましたね」


 ミナセがマークに話し掛ける。


「ご隠居に事情を話したら、割とあっさり貸してくれましたよ」


 マークがさらりと答えた。

 さすがご隠居と言うべきか、さすがマークと言うべきなのか。


「でも、あんなに手の込んだ芝居、本当に必要だったんですか?」


 少し納得がいかないというようにミナセが聞いた。


「そもそも、社長がちゃんと悪役を演じられたのかっていうのも気になりますし」

「あははは」


 笑いながら、マークが頭を掻いた。


「だって、リリアのご両親が借金を完済していたのは分かっていたんですよね?」


 そうなのだ。

 マークの調査で、借金の金額も、ご両親が亡くなる前に返済を済ませていたことも分かっていた。


「面倒だとは思ったんですけどね」


 そう前置きをして、マークが説明する。


「残念ながら、物的証拠がありませんでした。だから、一個人としてあの夫婦に迫っても、知らぬ存ぜぬで押し通されたらそれでおしまいでした」

「だったら衛兵に通報すれば……」

「たしかに、そうすれば借金のことは明るみになり、あの二人は捕まって、リリアは解放されたのかもしれません。でも、リリアはそれを望まなかったでしょう」

「まあ、言われてみれば、そうですね」

「そうです。何だかんだと言っても、リリアが今日まで生きてこられたのはあの二人のおかげです。リリアは、そのことへの感謝は忘れないと思います」


 本当に優しい子


 リリアのことを思ながら、二人はしばらく黙って歩く。


「でも、今回の件少し無理があるんじゃないでしょうか?」


 ミナセが話し出した。


「リリアは賢い子です。借金を肩代わりしてくれた人がいるって言っても、その人の存在をうやむやにしたままでは……」

「それは大丈夫だと思います。リリアには、落ち着いたら全部話すと伝えてありますから。あの子は賢いけれど、それ以上に優しいんです。何か事情があると感じれば、それ以上聞いてくることはしないでしょう」

「それって、リリアがあの夫婦に借金の金額を聞かなかったことにもつながっているんでしょうか?」


 ミナセは不思議だったのだ。いくら借金があるのか、いくら返済が済んだのか、リリアが夫婦に聞いたっておかしくない。


「もしかしたら、そうなのかもしれません。何となく聞ける雰囲気じゃないって感じてしまったら、確かめなきゃとは思っていても、相手を気遣って聞けなくなってしまう。そんな風に過ごしているうちに、聞く機会を失ってしまった。賢いからと言って、賢く生きられる訳ではない。そんなところかな、とは思います」


 マークの答えに、ミナセは半分納得、半分不満と言った表情だ。


「まあ、結局のところ」


 マークが、かすかに笑って言う。


「人は不完全なんですよ。俺も含めてね」


 その言葉には、ミナセも頷かざるを得なかった。



 二人が尾長鶏亭に着くと、店の前に、出発の準備を終えたリリアが待っていた。


「おはようございます!」


 リリアが笑顔で挨拶をする。


「おはよう。体は大丈夫か?」


 ミナセが心配そうに尋ねるが、リリアは元気いっぱいに答えた。


「はい、問題なしです!」


 実際、リリアは元気だった。

 マークの訪問以来、伯父夫婦は、リリアに非常に気を遣った。手荒なことをしなくなったのはもちろんのこと、ヒーラーを呼んでリリアの体の傷をすべて治してもらうことまでした。

 リリアが気持ち悪くなるくらい、二人はリリアを大切に扱った。


 その二人から、リリアはびっくりするような話を聞かされた。


 借金は、ある人が返済してくれたこと。

 その人については、いつか改めて話があること。

 店を出て、エム商会で働くこと。


 その話を聞いて、リリアはいろいろ考えた。


 マークが尽力してくれたのは間違いない。

 借金は、マークが返してくれたのだろうか?

 でも、それならなぜそのことを隠すのだろうか?

 私は本当に借金から解放されたのだろうか?

 どうして伯父さんたちの態度が一変したのだろうか?


 いろいろ考えた末、リリアは一つの結論に辿り着く。


 社長さんを信じよう


 時期が来れば、マークがきちんと話をしてくれるだろう。

 今はそれでいい。


 リリアは優しい子だ。そして、自分の人生を柔軟に受け入れることができる子だ。

 それが、いいことか悪いことかは別にして。


「忘れ物はないか?」


 ミナセに聞かれて、リリアは足元を見る。

 そこには小さな鞄と、頑丈な布でできた袋が一つ。


「はい、大丈夫です」


 そう言うと、リリアは鞄を肩に掛け、ずっしりとした袋を大事そうに抱えた。


「じゃあ、行こうか」


 マークの声に「はい!」と答え、そして後ろを振り向く。

 そこには、気まずそうな、でもどこか吹っ切れたような、複雑な表情の伯父夫婦が立っていた。


「まあ、なんだ。その……元気でな」


 主人がぼそっと言う。


「えっと、いろいろ悪かったね」


 女将は謝罪の言葉を口にするが、リリアと視線を合わせることはなかった。

 そんな二人をじっと見つめていたリリアが、別れの挨拶をする。


「私、伯父さんと伯母さんには本当に感謝しています。どうか、これからもお元気で。私も、これから頑張って生きていきます」


 リリアが笑う。

 屈託のない、素直な笑顔。


 一度頭を下げ、くるりと向きを変えて歩き出す。


 リリアの前に広がるのは自由な世界。

 リリアを待ち受けるのは、自分で切り開く未来。


 暖かい日差しが頬を染める。気持ちのいい風が栗色の髪を揺らす。

 前を行く二つの背中を見つめ、その先の景色を見つめながら、真っ直ぐ前を見てリリアは歩いていった。


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