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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第二章 栗色の髪の少女
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結末

 どれくらい時間がたっただろう。

 唐突に、マークが言った。


「まったく、面倒くせぇ」


 その言葉に、主人が顔を上げた。


「助けてやるよ。命だけはな」

「本当ですか!?」


 驚くほどの早さで主人が反応した。

 女将も、焦点の合わない目でマークを見る。


「ああ。ここでてめえらを殺しちまうと、足がつくのは間違いないからな。俺は、今日中にあの方に報告しなきゃあいけねぇんだ。証拠隠しもアリバイ作りもやってる時間がねぇ」


 主人の目に、希望の光が射した。


「紙を二枚と、ペンを持ってこい」

「?」


 意味が分からず主人が黙っていると、マークが怒鳴った。


「紙とペンだよ! 早く持ってこい!」

「はいっ!」


 慌てて立ち上がり、主人が奥へと駆け出していく。

 主人がバタバタと動き出したことで、女将の思考も動き出したようだった。


「助けてくれるの?」


 女将が聞いた。


「ああ、そう言ったろ」


 ぶっきらぼうな答えに、女将が正気を取り戻していく。


「助けてくれるの!?」


 今度は、はっきりした声で聞いてきた。


「うるせえなぁ。そうだよ」


 もう一度答えたマークを見る女将の目から、再び涙が溢れ出す。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 お礼を連呼し始めた女将から目をそらして、マークが小さくつぶやいた。


「ほんとに、面倒くさい」


 やがて主人が、紙とペンを持って戻ってきた。それを受け取ると、マークはさらさらと何かを書き出す。そして、でき上がったものの片方、”借用書”と書いた紙を夫婦に見せながら話し始めた。


「今回は、最初のシナリオ通りに話を進める。あの子の両親は、十年前に三十万リューズを借りた。利子は無し、返済期限も無しだ」


 続けて、”返済記録”と書いた紙を見せる。


「あの子の両親は、死ぬ直前に、まとめて十五万リューズを返した。その後あの子が借金を引き継いで、この店で働きながら、年に一万ずつ、四万リューズを返した」


 夫婦は、真剣に二枚の紙を確認していた。


「残金は十一万だ。これをあの方が肩代わりする。今のペースであの子が返済し続けても十年以上掛かる金額だ。恩を着せるにはちょうどいい」


 そして、二枚の紙を主人に向けて指示をする。


「借用書のここと、返済記録のここ全部にサインをしろ」


 貸した人の名前欄と、返済金の受け取り確認欄だ。

 少し躊躇ったものの、主人は指示された場所すべてにサインをした。


 続けてマークが、女将に借用書を向けてやはり指示をする。


「お前は、この欄にあの子の父親の名前をサインするんだ」


 それは、借りた人の名前欄だった。

 女将もやはり躊躇ったが、それでも、震える手を押さえながらサインをした。

 二枚の紙を確認したマークが、念を押すように説明する。


「この二枚を適当に汚して古い書類に見せ掛けた後、それを持って俺はあの方に報告に行く。あの方は、即答で今回の話を了承されるだろう。俺は、明日のこの時間、結果を持ってまた来る。そうしたら、お前らはあの子に、今回の件を簡単に話すんだ。詳しい話は俺からするから、余計なことは絶対に言うな」


 二人は無言で頷いた。


「言っておくが、俺はヤバい橋を渡ってるんだ。一歩間違えば確実に殺される。それはお前らも同じだ」


 二人がごくりと唾を飲み込む。


「今後のことは、明日きっちり話をしてやる。お前らは、俺の言うことをきっちり守るんだ。死にたくなければな」


 そういうとマークは、書類とナイフと、金貨をしまった。


 女将が、未練がましく金貨を目で追っている。

 そして、厚かましくもマークに尋ねた。


「あの、その方が肩代わりするっていう十一万リューズは、私たちに……」


 主人の目が点になった。


 こいつ死ぬ気か!?


 案の定、マークが怒りを爆発させた。


「ふざけるな! この金貨も、その十一万も俺がいただくに決まってんだろう! この程度の金額貰ったって割に合わねぇくらいヤバい状況なんだよ! 死にてぇのかてめぇは!」


 マークが、再びナイフを取り出して女将に突き付けた。


「ひぃっ! ごめんなさい!」


 頭を抱えて女将がテーブルにうずくまる。

 その時、主人が訴えた。


「すみません! ほんとにこいつ、どうしようもない馬鹿なんですけど、こんな奴でも俺のカミさんなんです! どうか許してやってください!」


 女将にかぶさり、女将をかばいながら、マークに慈悲を乞う。

 女将の肩が、ピクリと震えた。


「まったく。ふざけるのもいい加減にしろ」


 それを見て、マークはおとなしくナイフをしまった。


「明日また来る。あの子を引き取る段取りは、その時だ」


 そう言いながら、二人に背を向けた。


「念のため言っておくが、これ以上あの子を傷物にするなよ。魔法でも消えない傷が付いちまったら、あの方の機嫌が悪くなる」


 最後のせりふを残し、マークは店を出ていった。

 残された二人は、しばらくの間呆然としていたが、やがて主人がぼそっと言う。


「俺たちは助かったんだ。これ以上に望むことはない」

「あんた……」


 女将が主人の手を握る。

 そして。


「ごめんよ、ごめんよ」


 泣きながら主人に謝った。

 主人が、そんな女将の髪を撫でながら、やはりぼそっと言った。


「その顔と、汚しちまった床をきれいにして着替えてこい。早くしないとリリアが帰ってきちまう」


 その言葉で、女将がのろのろと動き出す。

 主人が、天井に向かって大きく息を吐き出した。


「神様ってのは、やっぱり見てるもんなんだな」


 独り言を言いながら立ち上がり、もう一度大きく息を吐き出して、主人も開店準備を再開した。


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