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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第二章 栗色の髪の少女
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借金

「あのペンダント、何かあるんだろうな」


 尾長鶏亭に向かって歩きながら、ミナセは昼間の出来事を思い出す。

 リリアも年頃の娘だ。アクセサリーに興味を持ったっておかしくはない。でも、あれはそういう単純な話ではないだろう。


「今度、聞いてみようか」


 そんなことを考えながら歩いていたミナセは、いつの間にか尾長鶏亭の裏手にやって来ていた。


「今日は泣いていないといいけど」


 少し心配をしながら、暗闇をのぞき込む。


「リリア、今日も来たよ」


 控えめに声を掛けるが、返事はない。


「おかしいな? いつもの時間なのに」


 ミナセは路地に入り、店の裏口辺りに懐中電灯の明かりを当てた。

 そこに浮かび上がったのは、小さく呻き声を上げてうずくまる、リリアの姿だった。


「リリア!」


 ミナセが駆け寄って抱き起こす。

 その背中にミナセが触れた瞬間。


「痛い!」


 リリアが苦痛の声を上げた。


「ごめん!」


 とっさに謝りながら、ミナセは背中の状態を見ようと明かりを当てた。

 いつも着ているワンピースが、ところどころ破れていた。破れた隙間から、腫れ上がった素肌が見えている。あちこちで皮膚が裂けて、そこから血がにじみ出ていた。


「ひどい」


 ミナセが顔をしかめる。


「ごめんなさい。私、まだ治癒魔法がうまく使えなくて、手のひらを当てられるところじゃないと治せないんです。ミナセさんが来るまでに動けるくらいになっておきたかったのに」


 痛みをこらえながら、リリアが謝った。


「そんなことはどうでもいい! どうして……どうしてこんなにされるまで……」


 ミナセは言葉を詰まらせた。


「店の主人にやられたのか? 女将か?」


 ミナセの声は、怒りで震えている。


「リリア、答えるんだ! 私は、こんなひどいことをした奴らを……」


 強い口調で言い掛けた、その時。


「私、借金があるんです」


 リリアが、小さな声で言った。


「借金?」


 予想外の言葉に、ミナセは怒りを忘れてリリアを見つめる。


「正確には、両親の借金なんですけど」


 リリアが、ゆっくりと話し出した。


「私が小さい頃、両親がやっていたお店が火事になっちゃって、大変な時期があったみたいなんです。その時助けてくれたのが、ここの伯父さんと伯母さんだったそうです」


 この店の夫婦が、リリアの両親を助けた?


 信じられない気はしたが、ミナセは黙って続きを待った。


「お店を建て直すのにお金を貸してくれて、そのおかげでお店をまた始められたって、お父さんからも聞いたことがありました」


 リリアの父親が言っていたのなら、本当のことなのだろう。


「ここに引き取られてしばらくした時、伯父さんと伯母さんに言われたんです。”お前の両親にはたくさんお金を貸していて、まだぜんぜん返してもらっていない。だからお前が働いて返すんだ”って」


 そう言うと、リリアは顔を上げた。


「だから私、一生懸命働いて、借金を返したいんです」


 ミナセを強く見つめる。


「私、お父さんとお母さんが大好きでした。だから、二人が残していったものは、私がきちんと終わりにしたいんです」


 ミナセには返す言葉がなかった。


 本当に優しい子。

 本当に、お父さんとお母さんが大好きだったんだ。


 でも、だからって……


「こんなにひどいことをされているのに、じっと我慢してるだけだなんて」


 ミナセが弱々しく反論する。

 その言葉が終わらないうちに、リリアが突然大きな声を上げた。


「じゃあどうすればいいって言うんですか!」


 リリアが叫ぶ。


「私が逃げたりしたら、お父さんとお母さんが悪者になっちゃうんですよ! それに」


 リリアが涙をこぼす。


「私には、ここしか住むところがないんです」


 リリアの叫び。

 リリアの悲痛な叫び。


 ミナセが一人で生きてこられたのは、剣の腕と、父が残してくれたお金があったからだ。

 リリアのような少女が一人で生きていけるほど、この世界は甘くない。

 今のミナセにだって、リリアを助けてあげられるほどの余裕などない。


 大好きな両親のためにも、自身が生きていくためにも、リリアはこの店で耐えるしかないのだ。


 ミナセは、息がうまくできなかった。

 拳を握り、涙をこらえて、リリアを見つめることしかできなかった。


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