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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第十章 自慢の社員たち
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連行

「社長……」


 リリアの目に涙が浮かぶ。


「あり得ない、あり得ない!」


 ヒューリが苛立つ。


「私、怒った」


 シンシアが拳を握り締める。


「やるならいいわよ」


 フェリシアの目が妖しく光る。


「何ですか!? 何なんですか!?」


 ミアが叫ぶ。

 そして最後に、ミナセが言った。


「お茶でも飲もうか」

「ちょっと!」


 ヒューリとフェリシアが同時に声を上げた。


「ミナセ! 何でそんなに落ち着いてるんだ!?」

「そうよ! 会社の危機よ!? 社長の危機なのよ!?」


 身を乗り出して、ミナセに食って掛かる。

 そんな二人に、ミナセが笑顔で言った。


「だって、社長は全然慌てていなかっただろう?」

「えっ?」


 二人が絶句する。


「それなのに、私たちが慌てふためいていたら、社長に恥を掻かせてしまうんじゃないか?」


 目をまん丸くする二人に、ミナセは穏やかな視線を向けた。

 そのやり取りを見ていたリリアが、涙を拭いて動き出す。一瞬遅れて、シンシアもリリアに続いた。


「そうですよね」


 大きく深呼吸をした後、ミアが小さく言った。



 室内に爽やかな香りが漂う。マークが好きなハーブティーだ。

 ミナセがゆっくりとそれを飲んで、ゆっくりとカップを置く。そして、落ち着いた表情で話し出した。


「今回の件は、何かの間違いというより、仕組まれたものだろう。濡れ衣を着させて、何が何でも社長を拘束しようという意図を感じた」


 食い入るように、シンシアがミナセを見ている。


「教会の時と同じだ。おそらく、衛兵を動かせる人物が裏で糸を引いているに違いない」


 ミアの目が大きく開いていった。


「敵が誰で、何が目的なのか分からない以上、慎重に行動する必要がある。下手に騒げば我々も拘束されてしまうし、そうなったら何もできなってしまうからな」


 ミナセがヒューリに視線を向ける。


「社長もそれを分かっていたから、あんなにおとなしく衛兵に従ったんだろう。だから、我々は冷静にならなきゃいけない」


 悔しそうに、それでもヒューリは頷いた。


「リリア、みんなの予定表を持ってきてくれ」

「はい!」


 素早くリリアが動いた。


「社長が担当するはずだった仕事を振り分けよう。仕事はきっちりこなす。エム商会の名を穢すようなことだけは絶対にしちゃだめだ」


 全員が力強く頷いた。

 全員が冷静さを取り戻していた。

 

 マークは比較的フリーであることが多かったが、それでもいくつか仕事は入っている。それぞれが積極的にマークの仕事を引き受けて、無事調整は終わった。


「社長は、まともな扱いをしてもらえるんでしょうか?」


 仕事の話がひと通り終わったところで、リリアが言った。落ち着いたとは言え、やはりリリアの頭の中は、マークのことでいっぱいだ。


「せめて、着替えとか食べ物とかの差し入れだけでも……」

「そうだな」


 ミナセが微笑む。


「何か用意した方がいいかもしれないな」

「食べ物は私が用意します!」

「私も!」


 リリアとシンシアが即座に反応した。


「でも着替えは……」

「それ、私が用意します!」


 リリアの声に、ミアが答える。


「私、男の子の服とかもちょっとは分かりますし」

「いやあねぇ。社長は男の子じゃないわよ」


 フェリシアが笑った。


「着替えは、私とミアで用意するわ」

「頼む」


 ミナセが二人に言う。


「私は!」


 突然ヒューリが立ち上がった。


「私は……どうしよう……」


 そのまま肩を落としてうつむいてしまう。


「まあ座れ」


 ヒューリの背中を、ミナセがポンと叩いた。


「ヒューリは、いつも通り元気にしているのが一番だよ。こんなことくらいでうちの会社は動じないってことを、社外の人たちにも見せてやってくれ。それを社長も望んでいると思うよ」

「元気に、か」


 言われたヒューリは、ストンと腰を落としたまま、少しの間動かなかった。

 ヒューリは、その豪快な行動とは裏腹に、繊細な心を持っている。ミナセに言われたことの正しさを理解しながらも、即座にそれを納得できるほど単純ではない。

 それでも。


「そうだよな。私が落ち込んでいたら、うちの会社のイメージダウンになっちゃうもんな」


 そう言って、ヒューリは再び立ち上がった。


「みんな、暗い顔なんかするなよ! 元気に行くぞ!」

「おぉ!」


 ミアがヒューリに続く。


「シンシア、笑え!」

「いやだ」

「何だとぉ」


 テーブル越しに、ヒューリがシンシアの両頬をつまみ上げる。


「アー!」


 もがくシンシアに、笑うリリア。


「うふふ、いつも通りね」


 フェリシアが楽しそうに微笑んだ。


「ところで」


 シンシアのほっぺたを解放して、ヒューリが言った。


「差し入れを持って行っても、まともに取り合ってもらえないんじゃないか?」

「おぉっ」


 意外にも冷静な意見にミアが驚いている。

 ミナセは、それを聞いてにっこりと笑った。


「じゃあ、こんな作戦でいこう」


 ミナセを中心に、みんなが額を寄せ合う。


「分かりました!」


 作戦を聞いたリリアが、元気に頷いた。


「ところで」


 今度はフェリシアが疑問を投げ掛けた。


「社長って、どこに連れて行かれたのかしら?」

「おぉっ」


 盲点のような問い掛けに、またもやミアが声を上げる。

 アルミナの町には、衛兵が駐屯している場所が何カ所もあった。だがミナセは、やはり落ち着いて一枚の紙をみんなに見せる。


「社長の机の上に、こんなのがあったよ」

「おおぉっ!」

 


 マークは歩く。衛兵たちの先頭を堂々と歩く。

 まるで衛兵を従えているかのようなその姿を、すれ違う人たちが不思議そうに見ていた。


「貴様、どこに行く気だ!」

「衛兵の本署に行くんですよね?」


 慌てて声を掛ける隊長に、マークは平然と答えた。


「貴様、なぜ……」

「アルミナの町には、本署が一つと分署が四つあります。所属ごとにその胸章は違う。あなたの胸章は、本署のものですよね?」

「くっ!」

「場所は知っていますので、ご心配なく」


 驚く隊長を、マークは振り向きもしない。

 歯ぎしりをしながらマークの後ろを歩いていた隊長が、やがて決然と言った。


「ちょっと待て!」


 足を早めてマークを追い越す。


「俺が前を歩く」


 それでいいんですか!?


 部下たち全員が心の中で叫んだ。


 本来なら、マークは引っ立てられていくべきなのだ。麻薬違法所持の現行犯。明確な容疑者。縄を掛け、我々に連行されるべき人間なのだ。


 だが全員が、同時に同じことを思っていた。


 この男に、下手なことはできない……


 町の噂は、全員がもちろん知っていた。


 エム商会は護衛で失敗しない。

 エム商会は無敵。


 それは、数字にも表れている。国内を移動する商隊の、賊に襲われる被害の件数がここのところ減っていた。

 最近では、美しい女が護衛にいると、賊は商隊に手を出してこない。

 エム商会に護衛を断られた商隊が、関係ない女に武装をさせて目立つように同行させるという裏技まで編み出されている。

 

 しかし衛兵たちは、実感として持っていた訳ではなかった。

 町の噂や、捕らえた賊たちの証言から間接的にそれを感じていただけだった。


 それを今日、自分の目で、自分の体で体感した。


 体が震えるほどの強烈な殺気。

 空気が振動するほどの強大な魔力。


 あの連中が本気になれば、自分たちなど、文字通り瞬殺されてしまうだろう。そんな連中のトップが、このマークなのだ。

 前を歩く、すなわちマークに背中を見せることだけでも、その勇気は賞賛に値する。

 部下たちは、自分たちの立場を忘れて、無事に本署に着くことだけをひたすら祈っていた。


 その緊張感を、マークがさらに引き上げた。


「念のため聞いておきたいのですが」


 突然マークが話し出す。


「麻薬は、どこで見付けたんですか?」


 低い声で聞いた。

 衛兵の一人がビクッと震える。


「どこで、見付けたんですか?」


 繰り返される質問に、その衛兵が答えた。


「ベッドの、下だ」


 声が掠れている。


「なるほど」


 静かな声。


「包みはいくつあったんですか?」

「……一つだ」

「そうですか」


 ピリピリとしたやり取りが続く。


「ところで」


 マークが、少しだけ後ろを向いて言った。


「どうしてあなたは、さっきから上着のポケットを気にしているんですか?」

「!」


 衛兵が絶句する。


「見付けた包みは隊長さんが持っています。もう包みはないはずですよね? それとも”予備”が、まだポケットに入っているんですか?」

「なっ!」


 その顔が青ざめていく。


「貴様、何を!」


 振り向いた隊長に、続いてマークが話し掛ける。


「隊長さんは、以前左足を痛めたことがありますね?」

「!」


 今度は隊長が絶句した。


「見た目には分かりませんが、少し骨が歪んでいます」


 隊長の顔も青ざめていく。


「それと、俺の左後ろにいる衛兵さん」

「な、何だ!」

「あなたは、心臓が少し悪いみたいですね」

「!」


 その衛兵も、目を大きく見開いて、口をパクパクしている。


「どうしてそんなことが分かるのか、気になりますか?」


 淡々と、マークの言葉は続く。


「俺はね、特殊な力を持っているんですよ。見なくても、触れなくても、人の体の中身が分かるんです。それとね」


 ぞっとするような声で、マークが言った。


「触れなくても、人の体をいじることができたりもします」


 そこにいる全員が、震えた。


「心臓の悪いあなた。ちょっと胸が苦しくなってきたんじゃないですか?」

「やめろ……」


 その衛兵が胸を押さえる。


「やめてくれ……」


 そのまま苦しそうに顔を歪めてしゃがみ込んでしまう。


 ザザッ!


 全員が、一斉にマークから離れていった。

 ゆっくりと体の向きを変えながら、マークが全員の目を見る。一人一人の目を、じっくりと見る。

 そして言った。


「俺のために、一部屋用意しておいてください。留置所みたいなところに入るのは、好きじゃありませんから」


 全員が、心の底から後悔していた。


 俺たちは、手を出してはいけないものに手を出した……


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