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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第八章 怖いもの知らず
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共犯者

「この二人は当家に害を為す者たちです! この場で斬り捨てておしまいなさい!」

「はっ!」


 兵士たちが、躊躇うことなく剣を抜いた。

 ソファに座る二人は丸腰。しかも一人は女だ。

 この屋敷におけるメリルの力が見て取れた。


「フェリシア」

「はい」


 名を呼ばれた女が、静かに目を閉じる。

 瞬間、女から強力な魔力が溢れ出した。

 危険を感じ取った兵士たちが、先制攻撃とばかりに一斉に斬り掛かる。

 しかし。


「うっ!」


 カラン……


 突然、兵士たちが青い顔をして苦しみ出した。

 全員が剣を取り落とし、両手を空中にさまよわせ、あるいは喉を押さえてもがいている。


「フェリシア、分かってるな?」

「はい、もちろんです」


 目を開いて、女がにっこりと微笑む。


「かはぁっ!」


 女が魔力の放出を止めた途端、兵士たちが貪るように呼吸を始めた。


「き、貴様ぁ!」


 怒りを露わに、兵士の一人が女を睨む。

 だが。


「うっ!」


 再び兵士たちが苦しみ出した。


「ちょっと静かにしててちょうだいね。適当に調節はしてあげるから」


 魔力の放出を始めた女は、その場にふさわしくないほどの、魅力的な微笑みを浮かべていた。


 風の魔法の第三階梯、サフォケーション。

 対象の周囲の空気を薄くして、相手を窒息させる魔法だ。

 フェリシアは、器用にもソファに座る三人以外にその効果を絞って使っている。


 息を吸ってもまともに空気が入ってこない。呼吸ができないという恐怖で、兵士たちはパニックに陥っていた。

 メリルの顔色が変わっていく。何かを言おうとしているのか、口を半端に開いたまま、唇をわなわなと震わせていた。


「多少雑音がありますが、話を続けましょう」


 すぐ近くでもがいている兵士たちを無視して、マークが再び話し始める。


「ここにいるメイドの皆さんは、一見幸せに暮らしている。本当の事情を知らなければ、彼女たちはそのまま伯爵家に感謝しながら生きていくのかもしれません」


 兵士たちの呻き声の中で、メリルはマークの声を聞いていた。


「でもね、俺は許せないんですよ。自分の欲を満たすために、まっとうに暮らしている人たちを騙し、幸せだった家族を引き裂いてきた。そして飽きれば、まるでゴミのように簡単に捨ててきた」


 メリルの顔が、兵士たちと同じくらい青ざめていく。


「だから、彼女たちやその家族にかわって復讐しようと思ったんです。罪に問われない賢いやり方でね」


 マークの顔に、恐ろしい微笑みが浮かぶ。


「伯爵は死んでしまった。だから、復讐の対象はあなたになりました」


 メリルは、その微笑みに恐怖した。


「妹さん夫婦は、リンダちゃんを大変かわいがっているみたいですね」

「お願い……」


 かすれた声がメリルの口から漏れ出す。


「でもきっと、誘拐されたリンダちゃんを救い出してくれた恩人になら、喜んで娘を預けてしまうでしょうね」

「お願いですから、それだけは」


 メリルを無視してマークが続ける。


「作戦が完了するまで、あなたは別の場所に移っていだたきます。当分の間誰とも連絡は取れなくなりますが、作戦の状況だけは逐一お知らせしますので、どうぞご安心ください」


 悪魔のような言葉だった。

 あまりに無情な、あまりに残酷なやり方だ。


「私は……」


 メリルの目に、涙が浮かぶ。


「私は伯爵に従っただけなのです。私だって良心が痛みました。でも、仕方がなかったのです」


 すがるように訴えた。


「仕方がなかったのです。私だって……」

「仕方がなかったんですね?」


 マークが、メリルを遮って問い掛ける。


「そ、そうです! 仕方がなかったのです!」


 問い掛けにわずかな希望を見い出し、メリルは勢い込んで答えた。


「では、妹さん夫婦やリンダちゃんが不幸になるのも、仕方がないことですよね」

「そんな!」


 わずかな希望は、氷のような言葉でいとも簡単に打ち砕かれる。


「カーラさんたちが騙されたのも仕方がないこと。あなたの身内が不幸になるのも仕方がないこと。あなたの周りは、仕方がないことだらけですね」


 蔑むような視線がメリルを貫いた。


「仕方がなかったっていう言葉はね、全力で何かに取り組んだ人が、それでも結果が出なかった時に使う言葉なんですよ」

 

 厳しい言葉がメリルに突き刺さった。


「言い訳のための”仕方がない”は、見苦しいだけです」


 冷たい言葉は続く。


「あなたは、彼女たちを助けようなんて本気で思わなかったんでしょう? 俺たちを抹殺し、カーラさんたちに毒を盛って、何もかも無かったことにする気だったんでしょう?」


 鋭い言葉は続く。


「伯爵が生きていた頃の”仕方がない”は、百歩譲って理解できます。でもね、伯爵が死んだ後もあなたは変わらなかった。彼女たちを解放する気は欠片もなかった。あなたは主犯ではなかったかもしれないけれど、確信的な共犯者です。だから、あなたは罰を受けるのです」


 反論できなかった。

 何かを言おうとして、しかしメリルの口からは何の言葉も出てこなかった。


 メリルだって、最初は嫌だったのだ。

 怪しい男が次々と連れてくる美しい女たち。メイドとしての心得より先に、夜伽について説明しなければならない自分を嫌悪した。

 伯爵の寵を失ったメイドに毒を盛って働けなくする。正当な理由で屋敷を追い出して、また新たなメイドを迎え入れる。追い出されたメイドがどうなったのか、恐ろしくて調べる気にもならない。


 繰り返されていく、決して裁かれることのない罪。

 積み重なっていく、決して消えることのない心の重荷。

 だが、それも少しずつ麻痺していった。


「お前だけは手放すつもりはない」


 伯爵の言葉。

 家族を領地に置いたまま、一年のほとんどをこの屋敷で過ごす伯爵が、自分だけに見せてくれる表情。


 自分は特別


 伯爵は、この屋敷の切り盛りをすべてメリルに任せていた。執事も置かず、仕事の補助までもメリルにさせていた。


 自分は大切な存在


 伯爵が次々とメイドたちに手を出していっても、それは遊びに過ぎない。飽きられたメイドは、あっさり捨てられていく。

 所詮メイドたちはオモチャ。


 でも、私は違う


 伯爵が亡くなった時、メリルは泣いた。自室でひっそりと泣いた。

 そして決意した。


 このお屋敷は、私が守る!


 しかしその思いと、身内の不幸を見過ごすこととは別の話だ。

 伯爵の顔が脳裏をよぎる。同時に、妹一家の楽しそうな声が胸に甦ってきた。


「私を……」


 メリルの口から、かすれた声が漏れた。


「私を殺してください。そのかわり」


 目から涙がこぼれ落ちる。


「どうか私の命で……」


 高まる感情で、言葉は最後まで続かない。

 そんなメリルに、冷めた声でマークが言った。


「あなたが死んだから、どうなるって言うんですか? あなたは苦しまなければならないんですよ。自分の無力を、自分の罪を心の底から実感して、もがき苦しみ、のたうち回らなければいけないんですよ」


 冷徹な宣告がメリルを打ちのめす。


「あなたは罰を受けるのです。逃げることなど許されません。あなたは……」

「社長」


 突然、フェリシアがマークを見た。

 話を遮られたマークが、その目を見て驚く。


 フェリシアの目には、涙が浮かんでいた。


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