ファルサ
魔石を拾い、短い休憩を取った後、パーティーは再び前進を始めた。
進むに連れて、森の様子が少しずつ変わっていく。木々の間隔が広くなり、先が見通せるようになってきた。地面に生える草もせいぜい膝丈くらいで、歩くのに支障はない。
辺りに目を配りながら、マギがマシューに声を掛けた。
「ねぇマシュー」
「なんだ?」
「あの魔物たち、なんか不自然だと思わない?」
「不自然?」
「生息地を無視してるっていうのもそうだけど、奴らのアジトのすぐ近くにあんな魔物がいたら、奴らだって危険だよね?」
マシューも、それは考えていた。
アウァールスのアジトはもう目の前のはずだ。その近くに強力な魔物がいる。アジトができた後に魔物が住み着いたのか、魔物の近くにアジトを作ったのか。
「エイダ、反応は?」
「ない」
マギの問いには答えずに、エイダに確認をしてからマシューが言った。
「とにかく、慎重に進もう」
後ろを振り返って、ミアたちに声を掛ける。
「この先何があるか分からない。何か見付けたらすぐに……」
「くっ!」
突然、マシューの隣でマギが呻いた。
「どうした!?」
マギは、顔を歪めながら足を押さえている。
「ごめん、油断した」
そのふくらはぎには、鋭く加工された木の枝が刺さっていた。
「トラップ!」
ガロンが鋭く叫ぶ。
次の瞬間。
キィン!
マシューが、飛来した矢を剣で弾いた。
「反応は!」
「ない!」
エイダの声がうわずっている。
全員が慌てて戦闘態勢に入った。
マギが気付かないほどの巧妙なトラップ。
エイダの索敵に引っ掛からない敵。
まずいな
マシューが、周囲を警戒しながら考える。
矢は前方から、屈んでいたマギの頭を正確に狙って飛んできた。それほど離れていない場所に、強力な隠密魔法の使い手がいる。
ファルサってやつか?
マシューは、ギルドで聞いた話を思い出していた。
ランクAのもと冒険者。
性別は男。
名前はファルサ。
ギルドからの情報はそれだけだった。
「そいつの職業は何なんだ?」
「それが、はっきりしないんです」
マシューの問いに、職員が申し訳なさそうに答える。
職員の説明によると、ファルサの登録上の職業は、剣士となっているらしい。しかし、パーティーを組んだことのある冒険者の話では、長剣よりもリーチの短い武器を得意としていたようだ。
だが、そもそもファルサは、あまりパーティーを組むことがなかった。にも関わらず、次々と高度な依頼をこなしていき、ついにはランクAにまで登り詰めている。
そんなファルサを、冒険者たちは気味悪がった。
滅多に組まないパーティーを組んでダンジョンに潜り、ファルサだけが秘宝を持って帰ってきた。
盗賊討伐に失敗して全滅したパーティーの所持品を、なぜかファルサが持っていた。
追求されて、ファルサが答える。
「強力な魔物に遭遇して、命からがら逃げてきた」
「闇市で売られていたものを偶然買った」
疑われながら、それでも困難な依頼を達成していく。
限りなく黒に近い、灰色の男。
決定的な証拠はないが、明らかに怪しいファルサを、ギルドはついに除名した。
そして、ファルサは行方不明となった。
「依頼主からの情報と、我々が知っているファルサの特徴が一致していますので、彼がアウァールスにいることは間違いないと思います」
マシューは、その後もファルサについて質問を重ねたが、結局大した情報は得られなかった。
謎だらけのランクA。
マシューも警戒はしていた。しかし今回は……。
安易に近付き過ぎたか?
ランクA二人を擁するパーティー。
実力も経験も十分の、地元ウロルでは有名なパーティー。
奢っていたつもりはないが、エイダの索敵に頼っていたのも事実。
それが役に立たないというだけで、メンバー全員が動揺している。
前方に注意を払い、どうすべきかを考えながらふと隣のマギを見ると、その額には脂汗が浮いていた。
「マギ!」
「たぶん、毒ね」
荒い息の中、抜いた枝を忌々しげに睨みながらマギが言った。
それを聞いて、ミアがすぐに魔法を掛ける。
「キュアポイズン!」
マギの体に魔力が流れ込み、そして、その表情が和らいだ。
「ありがと」
マギが礼を言う。
「待っててください。今ヒールも……」
キィン!
再びマシューが矢を弾く。今度の矢は、ミアを狙っていた。
驚くミアの前に、シーズが立つ。
「ミア、マギにヒールを。ミアが魔法を掛け終わったら後退だ。一旦出直す」
「了解」
相手はおそらく少人数。もしかすると一人。強引に突破はできるかもしれない。
だが、今のメンバーの心理状態では危険だとマシューは判断した。
「ガロン、シーズ、前を行け。エイダとミアはその後ろ。俺とマギはしんがりで矢を防ぐ」
マシューの指示に従って、それぞれが動き出す。
しかしパーティーは、残念ながら、そこから一歩も後退することができなかった。
「反応! 後ろと左にそれぞれ二十前後!」
エイダの声に、全員が動きを止めた。
「近付いてくる!」
何かが来るのはみんなも感じていた。だが、その姿は木々に隠れて見えない。
「これは……たぶん人間!」
「人か!」
強力な魔物でないのなら何とかなる。多少強い相手だろうと、人間ならうちの敵じゃない。
「突破するぞ!」
マシューが号令を掛けた瞬間。
ヒュンヒュンヒュン!
大量の風切り音が二方向から聞こえてきた。
「みんな集まって!」
エイダの声でメンバーが身を寄せ合った直後、エイダが魔法を発動した。
「シールド!」
周囲に魔力の壁ができる。
その壁に防がれて、飛来した矢はボトボトと地面に落ちていった。
「助かったぜ!」
ガロンが礼を言った。
しかし、状況はよくない。
後ろと左から男たちが姿を見せた。矢が弾かれたのを見て射掛けるのはやめたようだが、いつでも矢を放てるように、全員が弓を構えている。
剣で斬り掛かって来てくれたのなら何とかなっただろう。だが、離れたところから、しかも二方向から矢で狙われるのは対処が難しい。
前方には、索敵に引っ掛からない面倒な敵がいる。
ならず者の集団を相手にするつもりだったのに、まるで軍隊を敵に回したかのようだった。これほど統制された攻撃は、完全に想定外だ。
さらに。
「あの矢にも、毒が塗ってあるってことか?」
呻くようなガロンの声が、みんなの気持ちを代弁している。
全員がこの状況に浮き足立っていた。
エイダが張れるシールドの範囲は狭い。身を寄せ合っているこの状態を守るのが精一杯だ。このままでは後退ができない。
そして、シールドでは攻撃魔法を防げない。物理攻撃と魔法攻撃の双方を防げるのは、上位魔法のマジックシールドのみだ。
すでに、弓を置いて詠唱を始めている敵が二人ほどいる。
マシューは決断した。
「エイダ。ファイヤーボール、威力を落とせば両手でも撃てたよな」
「問題ない」
「よし。シールド解除と同時に、ファイヤーボールを左と後ろにぶちかませ。混乱に乗じて、全員で右側に走る。隠密野郎の矢は俺が防ぐから、みんなはとにかく全力で走るんだ」
「分かった」
全員が呼吸を整える。ミアも大きく深呼吸をした。
「エイダ!」
「ファイヤーボール!」
エイダの両手から火球が放たれた。
不意を突かれて、男たちが慌てているのが見える。
ドガーン!
着弾とともに、数人の男が吹き飛んだ。
両手で同時に撃つために魔力を抑えてはいるが、エイダはランクAの魔術師。しかも、使い慣れているファイヤーボール。その威力は並の魔術師以上だ。
続けて。
ドガーン!
男たちがなぎ倒される。完全に体制が崩れた。
「今だ!」
マシューの声で、全員が一斉に駆け出した。




