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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第八章 怖いもの知らず
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職業は……

 ミアが、受付の女性の目の前で登録用紙に記入を始めた。

 ギルドの中では、あちこちでヒソヒソ話が交わされている。


「あの子、登録する気だぜ」

「うちのパーティーに誘うか?」

「いいねぇ。職業は何だろうな」

「アサシンとかいけるんじゃねえか」

「分かる! 俺、あの子になら狙われてもいい!」


 周りがいろいろ言っているが、ミアには聞こえていない。

 記入項目は少なかった。ミアは、あっという間に書き終えて、にこやかに用紙を女性に手渡す。


「ありがとうございます。お名前は、ミアさん。年齢は十六、出身地はアルミナでよろしいですね?」

「はい!」


「ミアちゃんっていうのかぁ」

「可愛い……」

「十六才だってよ!」


 即座に周囲が反応する。

 窓口の女性は、こっそり息を吐き出しながら、確認を続けた。


「えー、職業は……」


 そこにいる全員が聞き耳を立てる。

 静まり返った建物内に、女性の声がやけに大きく響いた。


「会社員?」


 ……

 …………

 ………………


「ブワッハッハッハッハッハ!」

「おもしれえ、会社員だとよ!」

「ねぇちゃん、最高だぜ!」


 ブワッハッハッハッハ!


 ギルドの中に、冒険者たちの大笑いが響き渡った。腹を抱えてゲラゲラと笑っている。

 ミアは、何が起きたのか理解できずにポカンとしていた。

 そんなミアに、女性が言った。


「記入要領をよくご覧ください。職業は、そこにある一覧の中から選んで記入するんです」


 女性は呆れ顔だ。


「あ、そうなんですか?」


 見ると一覧には、剣士や弓使い、魔術師など、冒険者としての特性が並んでいた。


「てへ、間違えちゃいました」


 ミアが頭の後ろに手をやり、照れ笑いをする。


「気にするな、ねえちゃん!」

「可愛いから許す!」


 あちこちから声が上がった。


「あははは。どうもー」


 冒険者たちにペコペコと頭を下げたミアは、気を取り直して職業欄を訂正する。


「職業は、ヒーラーですね?」

「はい、それで大丈夫です」


「ヒーラーかぁ」

「癒されるねぇ」


 今や、ミアの一挙手一投足が注目されている。

 窓口の女性が、やりにくそうに手続きを進めていった。


 ミアに針を渡して、新品のカードに血を一滴垂らしてもらう。書類をいくつか書き、カードに魔法を掛けて、登録は終わった。


「はい、これがミアさんの登録カードになります。詳しくはこのしおりをお読みください。簡単に説明いたしますと……」


 カードには、名前、ランク、職業が記載されている。冒険者同士でパーティーを組む時に最低限必要な情報らしい。偽造防止のための、登録したギルドの特殊な印も押してある。

 カード所有者の本人確認は、誰にでも使える簡単な魔法で可能らしく、しおりに修得方法が書いてあった。

 依頼の達成実績などの情報は、カード本体に魔法で記録するので、どの町のギルドでも追加訂正が可能。ランクアップの判定も、同様にどこのギルドでもできる。

 ただし、ネットワークによるギルド間での情報共有などという高度なことはできないので、復旧不可能なほどカードが壊れた場合やカードを無くした場合は、基本的に登録からやり直しだ。


「絶対に壊したり無くしたりしないでくださいね」

「はい、大切にします!」


 ミアが、ランクEと書いてあるカードを嬉しそうに抱き締める。


「では、これで手続きは終わります。何かお聞きになりたいことはありますか?」


 女性はにこやかに、しかし若干の疲労をにじませながら言った。

 注目を浴び続けて神経がすり減っている。ミアの平然とした表情が信じられなかった。


「あの、一つ伺ってもいいですか?」

「……どうぞ」


 まだ続くの……


 女性がわずかに表情を硬くする。


「アウァールスっていう集団の討伐依頼について、詳しく知りたいんですけど」


 どよどよ、ざわざわ……


 再びギルドの中がざわめいた。


「なに言っちゃってんだ、あのねえちゃん」

「本気か?」


 窓口の女性の顔が引きつった。


 もう、誰か替わって……


 盗賊団や山賊の討伐依頼は珍しくない。だが、アウァールスの討伐依頼は難易度が高かった。


 ランクAの、もと冒険者が用心棒をしている。


 どんな冒険者でも、実績を積み重ねればランクBまでは到達できる。しかしその上、ランクAになれる冒険者は圧倒的に少ない。どの国でも、十人か、せいぜい二十人前後といったところだろう。

 

 すでにギルドから除名されているとは言え、その実力が落ちる訳ではない。

 同じランクAか、一国に一人いるかいないかと言われるランクSでもない限り受けられない依頼。

 冒険者たちの間で話題になっている依頼。

 そんな依頼のことを、登録したての天然娘が知ろうとしている。


 受付の女性が、大きくため息をついてからミアに言った。


「ミアさんではその依頼を受けられません。もっと経験を積んでから……」

「大丈夫です!」


 女性の言葉を、ミアが笑顔で遮った。


「もの凄く強い人と一緒に行くので、絶対大丈夫です!」


 ミアは、自信満々、やる気全開で主張した。


 どよどよ、ざわざわ……


 三度ざわめき。


 女性は、とうとう面倒臭くなったようだ。


「申し訳ありません。その依頼は、すでにあるパーティーが引き受けましたので、そのパーティーが依頼を達成するか、放棄するまで内容をお伝えすることはできないんです」

「ええっ!」


 成果の横取りなどを防ぐための、ギルドの規定だ。当然といえば当然のルール。しかし、ミアにとっては当然では済まされない。


 まずい、ミナセさんに怒られる!


「そ、そのパーティーってどこにいるんですか!? どんな人たちですか!?」


 ミアが女性に詰め寄る。

 今までと違って必死だ。


「申し訳ありません、それはお答えできません」

「そこを何とか! お願いします!」


 ミアが粘る。


 何としても情報を持って帰らないと!


 ミアと女性の押し問答が始まった。

 周りのみんなが、それを見て呆れている。


「お願いします!」

「ダメです」

「お願い!」

「お引き取りください」


 延々と続くやり取りに、みんなが飽き始めた頃。


「お前、そんなにその情報がほしいのか?」


 突然、一人の男が声を掛けてきた。


「あ、マシューさん!」


 女性が驚いている。

 男は女性に軽く頷くと、ミアに向かって言った。


「事情によっては、教えてやらんこともないぞ」

「ほんとですか!?」


 喜び一杯、期待一杯のまなざしで、ミアが男を見る。


「とりあえず、ついてきな」


 そう言って、男はギルドの出口に向かって歩き出した。


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