表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第一章 黒い瞳と黒い髪
16/419

冷たい部屋

 炎ではなく、魔石の力で光を放つランプ。魔力が切れ掛けているのか、その頼りない明かりは、大して広くもない石造りの部屋の反対側にさえ届いていない。

 その暗がりの中で、ミナセは膝を抱えてじっと座っていた。


 クレアが消えた後、ミナセは衛兵の分署に連行されて取り調べを受けた。さすがの衛兵たちも、クレアの服を抱き締めて泣き続けるミナセを哀れに思ったらしく、その扱いは非常に丁寧だった。

 ミナセがおとなしく取り調べに応じたことも、衛兵たちを安心させた。犯罪者には容赦しない衛兵たちが、留置所に毛布を用意したほどだ。


「寒い」


 ミナセが、あまりきれいとは言えない毛布を手繰り寄せる。

 取り調べでミナセは、クレアについて知っていることを正直に答えていた。嘘は感じないその様子に、衛兵たちの追求もそれほど厳しくはなかった。

 だが、クレアについて、衛兵が納得できるようなことをミナセは答えられていない。結局ミナセは留置所に留め置かれ、そこで夜を明かした。


 初めて入った留置所。

 体も、そして心も冷たくなっていく。


「会社は、クビだろうな」


 ふとミナセはそんなことを考えた。

 慣れないことばかりで最初は大変だった。それでも、最近は仕事が楽しいと感じ始めていた。旅の目的を忘れてしまう瞬間が、たしかにあった。

 もう少しここで働いてみようかな。そんな風にも思っていた。


 だが、あれだけの騒ぎを起こし、捕まって留置所に入れられているミナセのことを、社員として抱えておく会社などないだろう。

 そうでなくても、集金で失敗したばかりなのだ。さすがのマークも許してくれるとは思えない。


「結局、相談する必要はなかったってことかな」


 寂しそうに微笑むマークの顔を、ミナセは思い出す。


「社長に聞いてみたいことが、いろいろあったんだけど」


 黒い瞳と黒い髪のマーク。

 食事の前に”いただきます”と言うマーク。


「私は、何にも知らないままだ」


 自嘲気味にミナセは笑った。


「社長のことも、クレアのことも……」



 クレアとはいったい何なのか


 そんなことを、衛兵からは繰り返し聞かれた。

 プリーストの魔法で消滅したクレア。アンデッドと同じ体を持ち、普通の女の子と同じ心を持つ存在。だが、そんな存在は一般的に知られていない。

 クレアの正体を明らかにすることは、衛兵にとって重要なことだったのだろう。


 だがミナセにとって、それはどうでもいいことだった。


 クレアの最後の顔を、ミナセは見ていない。

 その顔は笑っていたに違いない。

 そう思いたい。


 クレアの最後の言葉を、ミナセは聞き取れていない。

 それは感謝の言葉だったに違いない。

 そう思いたい。


 でも。


 あんな最後を、クレアはきっと望んではいなかった。あんな結末を、クレアは絶対に望んではいなかった。

 だが、あの結末を招いたのはミナセだ。間違いなく、ミナセがあの結末に導いたのだ。


 今まで出会った問題は、すべて剣で解決してきた。でも、剣の腕なんて何の役にも立たなかった。

 今まで出会った問題は、すべて一人で解決してきた。でも、一人では何もできなかった。


 私は思い上がっていた。自分で何とかできると思っていた。

 だから、クレアに何も言わせなかった。


 だけど、クレアは何かを言いたかったんじゃないだろうか? 

 本当は、私に何か言いたいことがあったんじゃないだろうか?


 クレアとはいったい何なのか


 そんなことは、ミナセにとってどうでもいいことだった。

 ミナセが知りたいことは、ただ一つ。


 クレアの気持ち。

 消えゆくその時の、クレアの気持ち。


「クレア、私を責めてくれ」


 ミナセは自分を責める。


「私に謝らせてくれ」


 ミナセは詫びる。心の中で、ミナセは何度もクレアに詫びていた。


 苦しみが無限に続いていく。


 私はどうすればよかったのだ


 深く暗い闇の中へミナセが沈み込んでいこうとした、その時。


 カツ、カツ……


 突然靴音がした。


「短い時間だけだからな」

「はい、分かりました」


 二人の男の声がした。そのうちの一人が、やはり靴音を響かせながら離れていく。

 顔を上げたミナセが、目を丸くした。ミナセの目の前で、まるで打ち合わせにでも来たかのように、普段通りの声で男が言った。


「ここ、ちょっと寒いですね」




「釈放の手続きがもう少し掛かるみたいだったので、無理を言って入れてもらいました」


 鉄格子の向こうで、冷たい石の上にあぐらをかきながらマークが笑う。

 身元を聞かれた時、たしかにミナセはマークの名前を出していた。


 社長が釈放の手続きをしてくれたのだろうか?


 ミナセは慌てて立ち上がり、マークの前まで行って正座をした。だが、ミナセはその目を見ることができない。


「申し訳ありませんでした」


 そう言って、ミナセは深く頭を下げた。頭を下げ続けて、マークの言葉を待つ。

 マークが、静かに言った。


「顔を上げてください」

「はい……」


 目を伏せたまま、上体だけをミナセが起こす。

 ミナセは待った。マークの宣告を、冷たい床を見つめたまま黙って待った。

 そこに。


「いろいろ、あったんですよね」


 予想していなかった言葉が聞こえてきた。


「お疲れ様でした」


 そう言って、マークは穏やかに笑った。

 意表を突かれて、ミナセが顔を上げる。


「あの、私は会社を……」

「クビになんかしませんよ」


 即座にマークが答えた。


「でも、私は社長にも会社にも迷惑を掛けてしまいました。この間も失敗したばかりなのに……」

「ミナセさん」


 弱々しいミナセの声を、マークが遮る。


「剣の世界では、一度や二度試合に負けただけで、道場を追い出されるものなんですか?」

「え?」


 またもや意外な言葉に、ミナセが目を見開く。


「少なくとも、俺はそんなことはしませんよ」


 真顔でマークが言った。


「会社を構成するのは、人です。うちの会社は、俺とミナセさんでできているんです。ミナセさんを失うということは、会社の半分が無くなってしまうということなんです」


 黒い瞳が真っ直ぐに見つめる。


「失敗したのなら、それを糧に成長すればいい。会社に迷惑を掛けたのなら、頑張ってそれを取り返せばいい。何度でもやり直して、強くなっていければそれでいい」


 黒い瞳が真っ直ぐに見つめ返す。


「それでも、どうしてもこの町で信頼を回復できないというのであれば、ほかの町に行ってやり直せばいい。俺とミナセさんがいれば、何とでもなる」


 黒い瞳が語る。

 黒い瞳が揺れる。


「ミナセさんと何かを天秤に掛けるなんて、俺にとってはあり得ないことなんです」


 そしてマークは、にこやかに言った。


「何たって、ミナセさんはうちの自慢の社員なんですから」


 気負った様子はない。力説している訳でもない。

 ごく自然に、マークはそう言った。


 ミナセがまた目を伏せる。

 その目から、ポトリと大粒の涙が落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ