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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第七章 頑張るだけなら
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クレーマー

 惣菜屋のミゼットの店の前には行列ができている。

 店の前には、エプロンの裾を商品棚に引っ掛けて焦っている、一人の美少女がいた。


「ちょっ、ちょっと待っててくださいね!」

「あ、いいよ、慌てなくて」


 片手に商品を持ち、片手で引っ掛かった裾を引っ張りながら、照れくさそうに少女は笑う。


「お待たせしました!」

「大丈夫?」

「はい、大丈夫です!」


 元気いっぱいのその笑顔に、客の男は笑った。

 そこに、つい先ほど弁当を買っていった客が戻ってくる。


「あの、お釣りが違ったんですけど」

「えっ、すみません! えーと……」

「あと十五リューズください」

「はい! これでいいですか?」

「うん、大丈夫」

「すみませんでした!」

「ああ、いいですよ。頑張ってください」

「はい! ありがとうございます!」


 そのやり取りが終わるのを待って、並んでいた女性客が注文を始めた。


「その揚げ物と、こっちの煮物、それにコロッケ三つと、このサラダね」

「あの……えっと……」

「覚えられないの? しょうがないわねぇ」


 そう言いながら、その女性は自ら商品を取って包み始めた。

 少女も急いで、コロッケ三つを袋に詰める。


「全部で百五十リューズだよ。はい、これお代」

「ありがとうございます。助かりました!」

「いいのよ。頑張ってね」

「はい、頑張ります!」


 これだけ不慣れな接客に、しかし誰もクレームを言うことはない。失敗して「てへへ」と笑う少女に、みんながみんな、頑張れと声を掛けていた。

 その少女の後ろ、補充の商品を持ってきたミゼットが、なぜかそのまま急いで戻っていく。


「足りないのは、魚のフライじゃないか!」


 しょうがない子だねぇ、と言いながら、ミゼットが笑う。

 厨房では、主人が慌てて魚のフライを揚げ直していた。



 そんな店の様子を、少し離れた物陰から見つめる男女がいた。


「……」


 男は、言うべき言葉が見付からずに黙っている。


「私、助けに入った方がいいでしょうか?」


 少女の一人が心配そうに見つめる。


「あんなの、ずるい」


 もう一人の少女が頬を膨らませる。


「言っとくけど、お前だって反則だったんだからな」


 赤髪の女がその頬を突っついた。


「可愛い子って、何をしても許されるのねぇ」


 胸の大きな女がうっとりと微笑む。

 その隣で、黒髪の女が聞いた。


「おじさんはどう思います?」

「まあ要するに、あんたたちは最強ってことだな」


 やけに楽しそうな声で、男が答えた。


「あの子なら、ある意味何があっても大丈夫だろ。俺も時々見とくから、みんなは仕事に戻りな。もう、誰も衛兵に通報なんかしないだろうけど」


 にかっと笑って、雑貨屋の主人が言った。


「じゃあ、お言葉に甘えて行きましょうか」


 マークがみんなに声を掛ける。


「はい。じゃあおじさん、また」


 六人は、ミアに見付からないようにそっとその場を離れていった。



 通りを歩きながら、ミアの仕事振りをネタにみんなが盛り上がる。そんな中、マークは落ち着かない様子で歩いていた。


 なぜ、フェリシアは聞いてこない?


 いつもなら、「私の時もあんな風に……」となるはず。

 だがフェリシアは、ミアの可愛さを讃えるばかりで、一向にマークに話し掛けてくる様子がない。

 ついにマークは、勇気を出してフェリシアに声を掛けた。


「フェリシアは、今日みたいに自分の仕事を見られるのって、その……どう思う?」


 いつものマークらしからぬ、頼りない声だ。

 フェリシアは、その様子を不思議そうに見ながら即答した。


「私はぜんぜん平気ですよ。見られているのは分かっていましたし、注目されるのには慣れていますから」

「あははは。そりゃそうだよね」


 索敵魔法を常時発動しているフェリシアが、マークたちに気付かぬはずがない。

 そしてフェリシアは、どこにいても熱い視線を浴びている。


 無用な心配だったと、マークはため息をついた。


「フェリシア。今日はファルマン商事の仕事だろ? 途中まで一緒に行こうぜ」

「ええ。ではここで」


 ヒューリとフェリシアが、みんなと分かれて角を曲がる。


「私たちもここで」


 リリアとシンシアも、手をつなぎながら走り出した。


 残ったミナセが、マークをちらりと見る。

 マークも、ミナセをちらりと見た。


 一瞬だけ、お互いの目が合う。

 途端にミナセが、慌てて目を伏せた。

 その頬が、赤く染まっていく。


 何だ?

 何だこの反応は?


 もっとも付き合いが長いくせに、もっとも読めないミナセの気持ち。

 マークは、何だかドキドキしてきた。


「あの、社長……」

「な、何でしょうか?」


 ミナセの声は、とても小さい。

 凛々しい女剣士の恥じらうようなその姿は、マークを動揺させた。


 ミナセさん、いったい何を?


 マークの喉がごくりと鳴る。

 そのマークに、顔を伏せながら、ミナセが言った。


「その、開いてます」

「えっ、何がですか?」

「あの……ズボンの、前が……」


 言い終わったミナセが、さらに真っ赤になって走り出す。

 その後ろ姿を呆然と見送りながら、マークがつぶやいた。


「ミナセさん。本当に申し訳ない」



 その日の夜、エム商会の事務所では打ち合わせが行われていた。


「ミア、今日はお疲れ様」


 マークがねぎらう。


「はい、ちょっと疲れました。働くって大変なんですね」


 ミアが、ソファにもたれながら大きく息を吐き出した。

 社員が増えたため、応接セットは六人掛けに買い換えられていた。それに合わせて、カバーも抜かりなくリリアが用意している。


「でも、ミアのエプロン姿、可愛かったわよ」


 フェリシアが、こっそり見ていたことなど忘れたかのように、素直な感想を言った。


「えっ、そうですか? えへへ」


 照れくさそうに笑うミアは、その感想に一切疑問を抱いていないようだ。

 みんながちょっぴり呆れ顔でミアを見つめる中、マークが話を始めた。


「では、俺からいくつか。まず、リリア」

「はい!」


 明るく返事をするリリアを、マークが、ちょっと怖い目で睨んだ。


「書類のミスが、五カ所あった。どれも単純なミスばかりだ」

「すみません」


 リリアがしょんぼりする。


「リリアには、俺のかわりに事務作業全般をできるようになってほしいと思っている。いずれはお金の管理も任せるつもりだ。同じミスを繰り返さないように、気を付けてくれ」

「はい……」


 人当たりがよく、機転も利くリリアではあったが、書類の扱いにはなかなか慣れないらしい。

 それでもマークは、リリアに事務仕事を任せるつもりのようで、ここのところリリアに対して厳しい言葉が多かった。


「次に、シンシア」

「……」

「返事は?」

「はいっ!」


 リリアが叱られていたせいで緊張していたシンシアは、すぐに声が出せなかった。マークに催促されて、慌てて返事をする。


「シンシア。お前は、声を出さないことがクセになっている。これからは、一人で仕事に行ってもらうことも増えるだろう。意識して声を出すように気を付けるんだ」

「はい……」


 シンシアもしょんぼりする。


「最後に、ヒューリ」

「は、はいっ!」


 意外と緊張しやすいヒューリが、うわずった声で返事をした。


「ファルマン商事から、お礼を言われたよ。この間の護衛は本当に助かったって」

「あ、そ、そうですか? あれくらい、どうってことないですよ!」


 ホッとしたせいなのか、ヒューリの声はやけに大きかった。


 最近は、護衛に美しい女がいると、山賊たちが商隊を襲うことを躊躇うようになってきている。


 エム商会の護衛には勝てない


 イルカナ国内の山賊や盗賊の間では、それが常識になりつつある。

 その常識を知らない新参者の山賊が、ファルマン商事の商隊を襲った。

 二十人を超える山賊たちは、しかし、たった一人の護衛、ヒューリによってあっさり撃退されたのだった。


「ヒューリ、頑張ってるな」

「ありがとうございます!」


 マークの言葉に、ヒューリは満更でもない様子だ。


「そんなヒューリに、頼みがある」

「何ですか? 何でもやりますよ!」


 やる気満々のヒューリに、マークが笑いながら言った。


「サラさんのおじいちゃんは知ってるね?」

「えっ、サラさんの……」

「そうだ。そのおじいちゃんのところに行ってもらいたい」

「……」


 さっきまでの勢いが消えた。

 ヒューリが、もの凄く渋い顔をしている。


「えっと、私、あのおじいちゃんは……」

「行ってくれるね?」

「うっ!」


 ミアを除くその場の全員が、ヒューリに同情の視線を送る。


 サラさんのおじいちゃん。


 エム商会を以前から使ってくれているお客様だ。

 名前はゴート。依頼主は、本人ではなく孫のサラだった。

 仕事内容は、おじいちゃんのお世話だ。

 やることは単純。おじいちゃんの指示で家事全般を行うだけ。家の中の模様替えやお使いなど、家事以外も頼まれることがあるが、難しいことは一つもなかった。


 しかし、このおじいちゃんには大きな特徴があった。

 それは。


「あのおじいちゃん、厳しいのよねぇ」


 フェリシアが小さくつぶやく。

 そう。そのおじいちゃんは、仕事の出来にとても厳しかった。

 いや、厳しいというのは間違っているかもしれない。はっきり言えば、たちの悪いクレーマーだった。

 何をしても褒められることはない。必ず何かしら文句をつけては怒り出す。サラを通じてクレームがくることもあれば、マークが呼び出されることもあった。

 全員がその仕事を嫌がる中で、リリアだけが、いつもニコニコと仕事を引き受けていた。

 一度シンシアが、真剣にリリアに聞いたことがある。


「リリアは、なんで、あのおじいちゃんが、平気なの?」


 その質問に、リリアは笑って答えた。


「だってあのおじいちゃん、殴ったり蹴ったりはしないもん」

「……」


 人間というのは、厳しい環境を乗り越えた時に強くなる。

 その場にいた全員が、そんな当たり前のことを実感した瞬間だった。


「ヒューリ、命令だ。あさっての午後、おじいちゃんの家に行ってくれ」

「……はい」


 しぶしぶ返事をするヒューリの肩を、ミナセが優しく叩く。


「ヒューリ、やけ酒には付き合うぞ」


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