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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第六章 ブロンドの問題児
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気配

「何で分かったか、聞いてもいいですか?」


 マークが、隣にいるミナセに聞く。

 ミナセが、窓の外から目を離さずに答えた。


「私がコクト興業なら、うちの想定外の動きに焦ると思います。何かしらの強硬手段に出てもおかしくない。次に、私が社長なら、そこに気付いて対策を取ろうとします。でも、奴らがいつ動くかなんて分からない。だから、私たちにずっと奴らを監視しろっていうのは無理がある」


 ミナセが、マークを見て微笑む。


「だから、社長は自分で何とかしようとする。きっと社長は、教会への侵入場所として一番可能性が高いこの場所を監視場所に選ぶ。そんな推理をしました」

「参りました」


 マークが、もう一度同じことを言った。


「でも、なんでこの部屋だと分かったんですか?」

「それは、気配です」

「気配?」


 フェリシアでは、窓を閉め切った部屋にいるマークを見付けることはできない。だがミナセなら、そして、もしかしたらヒューリも、マークを見付けることができる。

 それは、何度も命のやり取りを経験してきた者が身につける勘のようなもの。明確に説明はできないが、明確に感じることができるもの。

 魔力とは違う、まさに気配。


「ミナセさんにはかないません」


 マークが笑った。


「ところで」


 今度はミナセが質問をする。


「もしここに怪しい奴らが現れたとして、社長はどうやってそいつらを追い払うつもりだったんですか?」


 マークでは、チンピラレベルならともかく、ちょっと腕の立つ奴がくればどうしようもないだろう。

 だが、マークは得意げに床を指さしながら答えた。


「ここにある石を投げて、追い払おうと思ってました」

「石?」


 見れば、確かに投げるのに手頃と思われる大きさの石がいくつか転がっている。


「これで?」


 ミナセが微妙な顔をした。


 石つぶて、つまり投石は、立派な攻撃方法の一つだ。

 ただそれは、大勢の人がいっぺんに投げるから効果があるのだ。


 一対一の戦いで、投石は余程の不意打ちでないと意味がない。

 ここから教会の塀までは、およそ二十メートル。マークが石を全力で投げて、それが相手の頭にでも当たれば効果はあると思うが、そうでなければこちらの居場所を知らせるだけの行為になる。

 ましてや、相手が複数だった場合はなおさら意味がない。


 社長、本気?


 そんなミナセに、マークは平然と言った。


「これで敵を倒そうなんて思っていません。自分たちが監視されているということを知らせれば、それで十分です。だから、投げられるだけ投げて、あとは全力で逃げるつもりでした。ちゃんと逃走経路も確保してありますよ」

「なるほど」


 ミナセは納得した。


「それにしても、いつまでこの監視を続けるつもりだったんですか?」


 ミナセが、窓の外に視線を戻しながら聞く。

 マークも、視線を外に向けながら答えた。


「分かりません」

「……社長って、時々分からないですよね」

「そうですか?」


 まったく。

 このまま奴らが動かなかったら、毎晩ここに来るつもりだったのだろうか?


「仕方ありません。社長、明日から見張りは私と交代でしましょう」

「えっ? でも……」

「でもじゃありません。明日は私が来ますから、社長はあさってお願いします」

「……分かりました」


 一歩も引かないミナセに、マークは折れた。

 そして、ミナセに微笑む。


「ミナセさんは、優しいですね」

「!」


 その微笑みと言葉は、ミナセの不意を突いたようだった。

 ミナセの顔が、真っ赤になる。


「そ、そんなことは、どうでもいいです!」


 微妙に意味が分からない言葉を返して、ミナセは窓の外を睨んだ。


 そう言えば、こうして二人だけの時間を過ごすのは久し振りだ。


 最初の頃は、何をするにもマークと二人だった。

 お客様への挨拶も二人でよく行ったし、打ち合わせはもちろん二人きり。回数は少ないけれど、一緒に仕事をしたこともあった。事務所の掃除をしたり、食事に行ったり。

 それが、みんなの入社でずいぶん変わった。


 お客様への挨拶は、ミナセが新しい社員を連れていくことが多くなった。打ち合わせは賑やかだし、掃除も食事もみんなと一緒だ。

 もちろん、それは好ましい変化だ。ミナセはみんなのことが大好きだし、みんなもミナセのことを慕ってくれている。


 だけど、少しだけ、本当に少しだけ、寂しい。

 そんなことを、今思った。


 私、何考えてるんだろう?


 寂しいと思ったことに自分で驚く。


 寂しいはずがない。

 大好きな仲間たちと一緒に仕事ができる。ヒューリやフェリシアと酒も飲める。

 ミナセは、自分が旅の途中だということを、この頃ほとんど考えなくなっていた。背負っている過去の重さが、だんだん軽くなっているような気がしていた。


 毎日が充実している。

 なのに、なぜ寂しいのか?


 ミナセは視線を動かさない。

 顔を外に向けたまま微動だにしない。


 だけど、ミナセは感じていた。

 すぐ隣にある気配。

 穏やかで、不思議で、そして暖かい。


 私は、この人のことを……


 その時マークが鋭く言った。


「来ました!」


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